【第四章 スライムとギルド】第二十六話 報告(7)

 

「あっ。円香さん。まだ報告は終わっていません。これは、主殿の家族の紹介です」

立ち上がりそうな円香さんの表情が固まります。
わかります。

でも、普段の円香さんなら気が付いてくれると思います。冷静に考えれば答えが導き出されます。

円香さんを見つめます。

「何を・・・」

円香さんが動揺しているのがわかります。
椅子に座りなおしてくれました。

まだ、大丈夫です。
話が出来ます。良かったです。

「主殿は、私や千明と同じです」

「あっ・・・」

「そうです。主殿は、眷属の親です。私と千明が、クロトやラキシやアトスが得たスキルを使える形で、スキルが統合されたように、主殿にスキルが統合されます」

「魔王?」

「そうですね。人間の時の主殿は、可愛い・・・。本当に、可愛い女の子でした。スライムにされてしまって・・・。主殿が持っているスキルを考えれば、魔王でしょう。眷属。家族も、主殿を慕っています。主殿が”死ね”と命令したら喜んで死ぬでしょう。そして、主殿が敵と認定したら、牙を突き立てるでしょう。主殿が、人の敵に回ったら、人は何も出来ません。断言してもいいです。滅ぼされてしまうでしょう」

だから、一人の犠牲で澄むのなら、主殿をスライムにした奴を差し出した方がいい。
私の結論です。主殿が、自ら人を殺すとは思えない。何をするのか解らないのですが、もし、主殿が、復讐相手を殺してしまったとしても、黙認すべきだと思っています。それで、主殿の心が魔物になり果てても、それは人が背負う問題で、主殿の問題ではないと思います。
私も死ぬのは嫌ですが、死ぬなら楽に苦しまないように死にたいと・・・。ユグドたちにお願いしようと思っています。

「茜嬢。それだけではないのだろう?」

孔明さんは、鋭いです。

「これから話すのは、私が感じたことで、主殿にもライにも確認はしていません」

皆を見ます。
千明も、話の重要度が解ったのでしょう。

帰ろうとはしません。
その代わりに、アトスを抱きしめて精神を安定させようとしています。

円香さんは、座りなおして、私を見つめてきます。
怖い目つきですが、怖くありません。しっかりと報告をして、ギルドが絶対に主殿に敵対しないようにするのが、私の目的である最低限の使命です。

「主殿は、スライムです」

皆が頷いてくれます。

「ライもスライムです」

「そうだな」

円香さんが代表して相槌を打ってくれます。
私は、一言、一言、皆を見ながら言葉を選んで、報告を続けます。

「スライムは、分裂します。そうですよね?蒼さん。孔明さん」

自衛隊に居たのなら、実際にスライムと戦った事があるはずです。
それも、産まれたばかりのスライムではなく・・・。

「・・・。あぁ。物理攻撃が効かない個体も・・・。まさか」

「はい。主殿も、ライも、分体を作り出せます。これは、ライに聞いています。正直な話として、何体の分体を作り出せるのか解らないのですが・・・。1体や2体ではないと思います。二桁で終われば・・・・。そして、ライはライとして、別々に意識をもって動けるようです」

円香さんは、やっと私が言った”何も出来ない”が解って来たようです。
解っていたのでしょうけど、納得してくれたようです。

蒼さんは、それでも何か考えているようですが・・・。

「蒼さん。天使湖を覚えていますか?」

「もちろんだ」

孔明さんは解ったようです。
私が未確認ながら、報告をした方がよいと思った理由の一つが天使湖の話です。

「・・・。茜嬢。まさか・・・」

「はい。あれを殲滅したのは、主殿だと思います」

「茜。そこまで、いうのなら証拠があるのだろう?」

「物的な証拠はありません」

「お前の直感か?心証か?」

「心証です。まず、主殿の家は、由比の駅から、西に行った場所です」

「西?さった峠の方向か?」

「はい。急な坂道を上がっていった民家が周りにない場所にありました」

「ほぉ・・・」

「しかし、私には近づくまで、家があることが解りませんでした」

「ん?どういうことだ?」

「蒼さん。私たちが、天使湖に到着して、しばらく経ってから、魔物と人が分離されましたよね?」

「あぁ」

「孔明さん。あの透明な壁は、自衛隊か警察隊か消防隊が、破れましたか?」

孔明さんは首を横に振る。

「円香さん。透明な壁が、途中で中が見えなくなったのを覚えていますか?」

「覚えている。触れば、何かあるのは解るが、中が何も無いように見えていた。まさか・・・」

「はい。主殿の家は、まさにその見えない状況と同じ状態になっていました。主殿は、結界と呼んでいましたが、まさに人と魔物を分ける結界でした」

「・・・。茜」

「まだ確認をしていませんが・・・。政府が自衛隊や警察を動かして、魔物の調査したことがあったと思うのですが・・・。主殿の家の周りは、私有地だと思います」

「え?」

「主殿の家には、”人”はいませんでした。でも、旧家のようです。裏庭もありました。蔵もありました。あぁ蔵は、ドラマに出て来る蔵です。それが3棟。ドロップ品を仕舞っておくのに丁度いいと笑っていました。アイテムボックスにも入れてあるようですが、それでも大量にありました」

「それは・・・。受託販売にして良かったな、孔明」

円香さんが、引きつった顔で、孔明さんに話を振ります。
どんなに売っても大丈夫だと思える量があります。

それに、しっかり調べたら希少種とかの素材も出て来るかもしれません。

「あぁ・・・」

「裏庭だけではなく、裏山も主殿の物らしいです。多分、何かの支流だと思うのですが、小川から裏に広がる山が全部と、もう一つも主殿の土地らしいです」

登記を見れば解ると思います。調べて、解ったとしても、何も対処ができない。”だからどうした”としか言えないレベルの話です。
実際に、主殿が必要だと思って、街中の土地を実効支配してしまえば、誰も逆らえません。
結界で覆うだけで、許可された者しか入ることができないのです。最強のセキュリティです。

「私有地だと、調査は入らないな」

「はい。それに、今は結界で覆われているようです」

「ん?裏庭を?」

「いえ、裏山です」

「は?裏山、全部か?」

どこまでが裏山なのかわからないけど、主殿の雰囲気から全体を結界で守っているのだろう。
裏山は、主殿の家族たちの・・・。眷属の楽園になっているのだろう。

「はい。そうだ。主殿は、家族が見回りをしていると言っていました。あと、遠征にも出かけているようです」

「遠征?」

「はい。人の手が入らない山は結構ありますよ?人の手が入っていても、魔物が湧いても解らない場所は多いと思いませんか?」

孔明さんと蒼さんは、実感として知っているのでしょう。
街中にいきなり魔物が産まれることはない。でも、山で産まれて、降りて来る事はある。

「そうか、ドロップ品は・・・」

「はい。それだけの魔物が、存在していたのです。そして、主殿と眷属が倒した。その証拠です」

ドロップを得るためには、倒さなければならない。

「ねぇそれだけの魔物を倒しているとしたら・・・」

千明が手を上げて、”まさか、そんなことはないよね”という感じで発言しますが、まさに、私が言いたかったことです。

「うん。きっとスキルも成長するよね。新しいスキルを得ても不思議じゃないよね」

「っ。そうよね」

千明の言葉が、全てを物語っています。
私が、報告はするけど、ギルドには”何もできない”と思った理由です。どの時点なら・・・。多分、私たちが主殿を知った時点では、既に手遅れなのです。可能性があるとしたら、主殿をスライムに変えた愚者がスキルを得た時に知っていれば、まだ可能性はありました。
でも、それも、主殿の話を聞いた限りでは、不可能でしょう。

主殿は、産まれるべくして産まれた、”魔”を統べる”王”なのでしょう。可愛い魔王だとは思いますが・・・。

「主殿は、天使湖の原因を知っていると思うか?」

”何か”を考えていた孔明さんが質問をしてきました。

「わかりません。でも、天使湖の魔物の大量発生を討伐したのは主殿だと思います」

強調しておきます。
天使湖の大量発生を考えただけでも、主殿と敵対するのは間違っていると思えます。

私の報告は終わりました。
すっきりしました。

会議は終わりです。
皆がギルドに戻るようです。検証や調べ事をしてくれるようです。

私は、主殿とライを待つことにしました。

主殿とライが来たら、円香さんと孔明さんを呼ぶように言われました。

時間を確認すると、1時間が経過していました。
なんとなく、そろそろ来るような気がします。

お茶でも飲んで待っていることにしましょう。

ユグドの部屋は気持ちがいいです。快適な空間です。夏場は涼しく、冬場は温かい。電気代が浮きそうで嬉しいです。

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