【第四章 スライムとギルド】第八話 聞きたくない
「お邪魔します」
「はい。スリッパをどうぞ」
主殿の家は、外から見た時と印象が全く違った。
周りに民家が無いのも不思議です。
「ありがとうございます。聞いていいですか?」
「なんでしょうか?」
「主殿の家の周りには、民家がないようですが・・・」
「あぁ・・・」
「あっ言い難いようなら・・・」
「別に、隠していないですし、調べたら解ってしまう事ですので・・・」
驚愕です。
聞いた、自分を褒めてあげたい。主殿のご両親と住んでいた家だということだ。これで、主殿の素性が解る。円香さんからの宿題の一つが解決した瞬間だ。それだけではなく、裏山ともう一つ向こうの山も主殿の土地だと笑っていた。
何も資源にもならない山だけど、新幹線のトンネルが通っているだけで鉄塔もないから、固定資産税はJRから入ってくる利用料で賄えてしまうようだ。そして、二つの山とプラスαは、人が殆ど踏み入れない場所になっている。
主殿は、裏山を利用して、動物たちの楽園を作った。魔物になってしまった動物を保護している。
そして、主殿が持ち込む素材の出所がはっきりとわかった。
裏山には、ゴブリンやオークだけではなく、オーガまで居たらしい。
家族で協力して討伐したと笑っていたが、オーガ種を討伐できる者は限られている。それこそ、世界のトップだけだ。自衛隊が完全武装でも討伐できるのか不安になるレベルの魔物が、町の近くにある山に湧いていたのか?
「あっ安心してください」
「え?」
「静岡側の山は、監視しています」
「監視?」
「はい。後で、紹介しますが、フェズやアイズやドーンたちが交代で、近隣の山を見て回っています」
「近隣の山?」
「そうですね。安倍川までと富士川の間で北は、県境までです」
「何故?県境?」
「え?魔物は、県境を理解しているのか、越えてきませんよ?」
新しい情報が、出てきます。
良かったです。レコーダーで録音しています。聞き逃しがあっても大丈夫です。
一応、メモもします。できる社会人だと主殿に見せる為です。
「それは・・・」
「あっ」
「どうしました?」
「海は、魔物が比較的自由に移動します。魔物が、川は越えないので、忘れていました」
「海?海?え?え?」
「はい。海にも、魔物は居ますよ?見つかっていますよね?」
落ち着こう。
海の魔物は、ギルドでも議論はされています。
”存在している”と言われていましたが、実際に海に居る魔物が確認されたことはありません。
3,000メートル級の火山で魔物が産まれる。これは、不文律です。
「いえ・・・。初耳です」
「え?!本当ですか?海の方が、魔物が多いですよ?討伐していると思っていた・・・。茜さん。先に、少しだけ家族と話をしていいですか?もちろん、茜さんにも助言を頂きたいので、参加して欲しいのですが・・・」
断れない。
断りたいけど、断れない。
主殿があざとく上目遣いで見上げてきました。凄く可愛いです。
「わかりました」
「良かったです。裏庭に移動します。あっ大丈夫です。縁側がありますので、そこで座って話が出来ます」
主殿は、私を縁側に案内してくれました。
凄く安心できる庭です。昔ながらの日本の裏庭の雰囲気です。少し・・・。本当に、少しだけ、存在してはダメな生き物が見えますが、私には見えません。
ネコはいいです。家でネコを飼っている人は多いでしょう。猛禽類を飼っている人も居ます。でも、数がおかしい。
鷲?鷹?梟?9匹が喧嘩もしないで並んで待機しています。
何故、蛇の上に蜂が止まっているの?蜂のサイズもおかしいよね?ミツバチ?別の蜂になっているよね?
鳥の種類は解らないけど、数えるのも面倒に思えるくらいの数が居ます。
狸とハクビシンとアライグマが一緒に水を飲んでいる。その隣で、栗鼠が丸まっている。可愛いから許します。
鳥の上に蜘蛛が乗っているのも納得ができない。蜥蜴も居ますが、数がおかしい。蝙蝠も居ますが、まだ昼間です自重してください。
ふぅ・・・。
落ち着こう。
水槽を見ないようにしていましたが、自己主張が激しい子が居ます。
それも、二匹。
あれは、鮎ですよね?もう一種類は解らないけど、川魚なのは間違いない。なぜ、川魚が泳いでいる池に、ウツボとタコが居る?
タコは、1万歩くらい譲って我慢が出来ますが、ウツボはダメです。
「新種のウツボですか?」
ダメです。
私の言葉が解るようです。ウツボが水面から首を出して、横に首を振っています。
ギフトの恩恵だと思ったのですが、違うようですね。他のスキルが反応しません。
「茜さん。どうぞ」
主殿が差し出してくれたコップを受け取ります。
しっかりと冷えていて美味しそうです。凄く甘そうな匂いがします。
「あっ甘い物は大丈夫ですか?」
「好物です」
食い気味に言ってしまった。
「良かったです。パルたちが作った蜂蜜と蜜柑を使ったジュースです。美味しいですよ」
「パルさん?」
あぁ・・・。蜂さんの名前なのですね。
私の言葉で、蛇の上で休んでいた大きな蜂が飛びあがって挨拶してくれました。会釈をして返します。挨拶は大事です。
「ごめんなさい。今、ライが売りたい物をまとめているので、先に海の話をしていいですか?」
「はい」
突っ込んだら負け。
深く聞いたら後悔する。
「オクト。ノッグ。海の魔物は野放しみたいだけど、大丈夫?」
「あの、主殿?海に魔物が居るのは確定なのですか?」
「あっ簡単に説明しますね」
辞めておけばよかった。私の好奇心が・・・。
でも、これも聞いておいて良かったのかもしれない。
聞かなければ、問題になっていた可能性があった。
海に魔物は居るけど、地上に居るようなゴブリンやオークやオーガではないようだ。
問題は、主殿も認識はしていないけど、ドラゴン種が居る可能性が示唆されたことだ。やっぱり聞かなければよかった。
今まで長いあいだ議論して、無駄な資料を大量に作らせた、自称有識者たちを殴りたい。主殿をアドバイザーに迎えたい。
主殿の説は、目から鱗・・・。どころではない。海底火山。3,000メートル級の海底火山が存在している。
その周辺で魔物が産まれて、移動を行う。
海には国境があるが、曖昧な部分も多い。地上と違って、県境はなかったと思う。あるかもしれないけど・・・。そういうのは、偉い人が考えればいい。今は、天使湖のような事が発生しないように・・・。無理でも、あの悲劇は繰り返してはダメだ。
主殿は、タコのオクトさんとウツボのノッグさんと話をしている。
地上と同じように、海の中の警戒網を構築できないか考えてくれるようだ。
「なぜ?」
「え?」
あっ
声に出てしまった。
「主殿は、そこまで魔物の討伐を考えるのですか?」
「うーん。たいした理由は無いのですが、私は、誰かが得たスキルで魔物にされました」
そう言って、人間の姿からスライムの姿に変わります。
知っていても驚く光景です。
そして、池の近くから、跳ねながら移動して、縁側に登ってから人の姿に戻りました。服はどうなるのかと思ったら、服もしっかり着ています。
「・・・」
主殿がどんな気持ちなのか解らない。
でも、スライムにされて、人として得られるはずだった物を諦めなければならないのは悔しいはずです。
”わかる”なんて軽い言葉は、口が裂けても吐けない。
「茜さん」
「はい」
「人がスキルを得るのは、魔物を倒した時ですよね?」
「基本はそうですね」
「それは、間違っているのですが・・・。今は、魔物を倒すことで、スキルを得られると考えている人が殆どです」
え?
あっ。私の様なパターンもあるのか?
「・・・。はい」
「私は、最初に私を魔物にした化け物が許せない。次に、そんな愚か者にスキルを与えた魔物が許せない」
「え?」
「だから、もう人がスキルを得るような状態にならないように、私が、私の家族が、魔物を駆逐する。人に戻る方法があるか解らないですけど・・・。可能性の話として、方法があると考えれば・・・。魔物を倒し続けて、新しい知見を得るか、新しいスキルを探すしかないですよね?」
「・・・」
主殿の考えは解りました
でも、私に同じ事ができるのか?
目の前に居る魔物になってしまった少女は、心まで魔物に化け物に愚か者になっていない。
私に、私たちに、”何が”できるか解らないけど、この少女の手助けをしてあげよう。
一筋の涙が頬を濡らすのが解って、慌てて拭きとった。
主殿は、私の動作を見て、可愛く笑いかけてくれた。
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