【第五章 共和国】第二十一話 悪夢
おいらは知っている。
兄ちゃんは、ダンジョンに潜ったり、おいらたちと雑魚寝したり、剣を持って戦わなくてもいい人だ。
王国に住む人なら、赤子以外なら聞いた事がある。ライムバッハ。
それが、本来・・・。名乗るべき家名だ。王国の辺境伯の跡継ぎだった。難しい事はわからないけど、兄ちゃんは目的があって、辺境伯の名前を外して活動している。
兄ちゃんの朝は早い。
寝ている時間は、誰よりも短い。おいらの半分くらいだとカルラ姉ちゃんが言っていた。
おいらは・・・。違う。カルラ姉ちゃんも知っている。
兄ちゃんは、よく魘される。
姉ちゃんから聞いたら、これでもよくなってきているらしい。
カルラ姉ちゃんがいうには、昔はもっと酷かったようだ。魘され方も徐々に落ち着いてきている。らしい。
2-3日寝ないで過ごしていた時期もあったようだ。カルラ姉ちゃんもその頃の事は知らないと言っていたけど、クリスティーネ様がカルラ姉ちゃんに兄ちゃんの睡眠時間を教えていた。
カルラ姉ちゃんからおいらに出された指示で、大事だと言われたのが、兄ちゃんの護衛だ。
でも、兄ちゃんに護衛が必要だとは思えない。詳しく話を聞いたら、兄ちゃんが”捕えられた人”を助けようと無理をする前に、捕えられた人を殺すのが、おいらやカルラ姉ちゃんの役目だ。おいらやカルラ姉ちゃんが、兄ちゃんの敵に捕まったら、兄ちゃんが動き出す前に、死ぬように言われている。
それから、もう一つの役目が兄ちゃんの睡眠時間を記録しておくことだ。毎日ではない。気が付いたときに行えば良いと言われている。クリスティーネ様からは、どのくらい兄ちゃんが寝ているのか?魘されていないか?記録しておくように言われている。
酷いときよりは、”マシ”になってきている。カルラ姉ちゃんは、記録を見ながら教えてくれた。
それでも、兄ちゃんが寝ているところをあまり見ない。
移動中に、うとうとしているのを見るけど、ちょっとしたことで、すぐに目を覚ます。
そして、恐ろしいほどに、時間通りに起きて来る。本当に、待っているおいらやカルラ姉ちゃんが吃驚するくらいに、ピッタリな時間に起きる。
野営の時は、おいらもカルラ姉ちゃんも、兄ちゃんを起こした記憶がない。交代時間になると兄ちゃんが起きて来る。朝も同じだ。
今日も、少しだけ寝ると言って目を閉じた。
新しい魔法を開発して、水中を歩いた。疲れているはずだ。
でも、兄ちゃんはあと10分もしたら目を覚ますだろう。
兄ちゃんは起きだしてからも怖いくらいに普通だ。
カルラ姉ちゃんは、寝起きが最悪だ。機嫌が悪いだけではなく、目つきも悪い。なぜ起こしたと怒っているようにも思える。それだけではなく、受け答えも起きてから15分くらいは怪しい。会話が成立しない時もある。話した内容を忘れていることもある。だから、カルラ姉ちゃんは、起きてから30分くらいは時間を空けないと、いろいろ怪しい。でも、兄ちゃんは、起きてから数秒で意識がしっかりしている。
おいらは、カルラ姉ちゃんほどではないが、カルラ姉ちゃんよりだ。兄ちゃんの様に、起きられる様になれればいいけど、あれは無理だ。いろいろな魔法が使えるのも尊敬するけど、あの寝起きは尊敬を通り越して、畏怖さえも感じる。カルラ姉ちゃんと話して、実は寝ていないのでは・・・。と、疑ったこともある程だ。
エイダが記録してくれるようになってから、おいらたちの仕事は減った。カルラ姉ちゃんが、兄ちゃんに正直にうち開けたら、兄ちゃんは笑いながら、エイダに記録できるような仕組みを作ってくれた。
「アル?」
「兄ちゃん!」
やっぱり、時間通りだ。
「異常はなかったか?」
「うん。大丈夫」
今は、ダンジョンの中。
最下層には、ボスが居る。この場所で寝られる兄ちゃんはやっぱり大物だと思う。それだけじゃなくて、おいらを信頼してくれるのは嬉しいけど、魔物が出る可能性がある場所で・・・。
「アルは、寝なくていいのか?2-3時間なら寝てもいいぞ?」
「え?おいら?うーん。眠くない」
「そうか、それなら、最下層に挑むか?」
最下層には、ボスが居る。
今までの強さから考えると、それほど苦労はしないとは思うけど・・・。
前から兄ちゃんに聞きたかった事を訪ねてみる。
「兄ちゃん。変なことを聞くけどいい?」
「ん?答えられることなら、答えるぞ」
「兄ちゃん。なんで、そんなに、睡眠時間が短くて大丈夫なの?おいらも、カルラ姉ちゃんも、8時間とは言わないけど、長時間は寝ないと、ぼぉーとしちゃうよ」
「ははは。カルラは、どれだけ寝ても、寝起きの機嫌は悪いよな」
兄ちゃんの表情を見ると、怒っていない。
呆れてもいない。ごまかそうとしている訳でもなさそうだ。
「うんうん」
「アルも、機嫌が悪い時があるけど、カルラよりは”マシ”だろう?」
「え?おいら?カルラ姉ちゃんよりは・・・。って、酷いな」
おいらも寝起きがいいとは言わない。でも、兄ちゃんと比べたら、多分、すべての人が”寝起きが悪い”と言われてしまう。兄ちゃんと比べないで欲しい。カルラ姉ちゃんと同じだと言われるのも心外だ。
「ハハハ。悪い。悪い。アル。俺は、”寝ない”のではない。”寝られない”だけだ」
「え?」
”寝ない”と”寝られない”
起きるのは同じだけど、兄ちゃんは”寝ていられない?”
「起きちゃうだけだ」
起きちゃう?
寝られない?
なんで?
「・・・。なんで?」
声に出ちゃった。でも、本当に、解らない。
「アル。寝ていると、夢を見るよな?」
兄ちゃんは笑ってから、少しだけ考えてから、話を始めた。
「うん。覚えていないことも多いけど、見るよ?」
誰でも、夢は見るよ?
「寝ると、短時間でも夢を見る」
「え?あっ。うん」
短時間でも?
うーん。見ているとは思うけど、覚えていない。
「夢は、いい夢ばかりではない」
「あっ」
そうか・・・。
兄ちゃんは、魘されている。
おいらは聞いたことがないけど、カルラ姉ちゃんが・・・。
「睡眠時間が短ければ、寝なければ、悪夢を見ることも・・・。ない。父が、母が、カウラが、ラウラが、そして、ユリアンネが・・・。夢だと解っていても、手を伸ばしてしまう。夢の中でも助けられない。俺は・・・」
そうだ。
兄ちゃんは・・・。
「・・・。兄ちゃん」
「あぁすまん。アルに、そんな顔をさせてしまった。そんな理由で、俺は”寝られない”状況になってしまっているだけだ。短時間睡眠を繰り返すのは、昔からだから気にするな」
昔から?
「・・・」
兄ちゃんは、謝りながら、おいらの頭を撫でてくれる。
辛いのは兄ちゃんなのに、こんな質問で、兄ちゃんを困らせたのはおいらなのに、謝らないで欲しい。でも、兄ちゃんは、謝るのが当然だと思っている。
頭を撫でる手を止めて、おいらを見て来る。
「アル。食事をして、少しだけ休んだら、最下層に挑戦するか?」
「あっうん!わかった」
兄ちゃんが、話を逸らしたけど、おいらには、兄ちゃんの苦悩は解らない。
おいらは、悪夢でも・・・。妹に会いたい。おいらには、他に縋るものがない。
兄ちゃんが、食事を出してくれた。
簡単な物だと笑っているが、ダンジョンの中で食べると考えれば贅沢な物だ。兄ちゃんと一緒に居ると、携帯食を食べる機会が全くない。兄ちゃんと離れて、単独行動している時には、食事だけは辛いと思えてしまう。
柔らかいパンと味付けされた肉の薄切り。それに、新鮮な野菜を一緒に食べる。
あとは、よくわからないけどおいしいスープを飲んだ。食器は、簡単に水洗いをする。
兄ちゃんは、少しだけ休むと言って、壁に寄りかかりながら目を閉じる。
おいらは、眠くないから、武器の手入れをして、兄ちゃんが目を開けるのを待っている事にした。
兄ちゃんの”少しだけ休む”は、30分だ。
きっちり30分後に、目を開けて最下層に挑む事になる。おいらも、最低限の整備だけは終わらせておこう。
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