【第一章 スライム生活】第二十五話 正道
「ねぇ聞いた?」
「なに?なんの話?」
「ほら、中央厨の・・・」
「あぁ」
「また、やらかしたみたいなの?」
「え?また?この前は、市内にゴブリンが出現したとか言って、ロケ隊を引っ掻き回しのでしょう?」
「そうそう、それでニュースで使う画が撮れなくて大変だった」
「ご愁傷さま。それで、今回も?」
「ううん。今回は、視聴者からの情報とか言って、スライムの動画をニュースで流して、スライムの捕縛に懸賞金を賭けたの・・・」
「え?あれって、中央厨の仕業なの?」
「そうなの!私が担当している番組のSNSまで大炎上!いい加減にしてほしい」
「え?繋がりや関係はないよね?番組も違うよね?」
「そうだけど、視聴者から見たら、関係がないよね。放送局の名前が付いているアカウントだし・・・。はぁ・・・」
「それは・・。そうそう、それでね。ギルドと自衛隊から苦情が来たみたいなの!」
「え!本当!」
「うん。今、それで・・・。ほら、あれ」
視線の先には、二人が話している渦中の人が苦虫を噛み潰したような表情で、企画室に入っていくのが見えた。
ギルドからは協定違反の疑いがあり、査閲を行う通知が来た。これが、山本の懇意にしている営業からの通知なら、なんとかなったかもしれないが、日本支部ではなく、ギルド本部からの通知だったのが大きな問題になっている。ギルド本部は世界規模の組織だ。魔物に関する情報を甘く見た報いを受けることになってしまった。
そして、自衛隊からもっときつい通知が来た。
自衛隊は、国民の生活を守るために活動を行っている。そのために、特措法まで作って魔物の封じ込めを行っている。魔物の情報を公開したのは、”国民に情報を伝える上で必要なこと”と、理解を示しているが、懸賞金を賭けて捕縛を行わせようとした事は、マスコミの活動から逸脱している行為だと抗議をしてきた。それだけではなく、責任者の出頭を求めてきたのだ。国民を危険に晒す行為を公共電波に乗せたのが大きな問題になっている。スライムでも、魔物は魔物だ。子供でも勝てるが、必ず勝てる保証はない。
警察からも控えめながら抗議が来たが、静岡県警からの抗議だけで、局長が謝罪に行くだけで済んだ。謝罪も大事なのだが、ギルド本部からの通知や自衛隊からの出頭依頼よりは、対応ができるだけ処理は簡単だった。
山本は、呼び出された、自分の責任ではないと言い続けた。
後日、山本は局から出入り禁止を言い渡された。丁寧に、キー局との連盟での通知だ。
山本は最後まで抵抗をしていた。しかし、ギルド本部からの査閲が始まると、状況は一変した。社員ではない山本を局が守ることはない。中央に居た時の人脈を使ったが、擁護する者は出てこなかった。それだけではなく、どこから流れたのか、山本の過去に行った悪行が週刊誌に掲載された。今まで、泣き寝入りしていた者たちが一斉に牙を向いたのだ。その中に自殺した芸人が含まれていたことから、世論が激しく反応した。
東京に残していた、妻からは判が押された離婚届と、娘の親権を争う訴状が届けられた。妻と娘は、弁護士に代理人を依頼して、自分たちは実家がある福島に移り住んだ。
—
なぜ、俺が責められなければならない。
皆が望んだのだろう?だから、視聴率も上がった。使い潰した?違うだろう。売れない者たちに、俺が一時の幸せを提供してやったのだろう?それを見て、笑った奴ら・・・。
俺は、奴らの為に動いた。今回もそうだ。奴らが、ギルド支部の権力闘争を煽って、ストローを差し込みたがった。それに、古巣と官僚が乗っかった。
そうだ。俺は、何も悪くない。悪くない。
悪いのは、こんな資料を俺に流した奴だ。だから、俺は悪くない。
俺は、こんな場所で終わる人間ではない。巨悪を暴いて、世間から認められる。
娘も妻も泣いて謝ってくる。間違いない。俺は、今まで間違えていない。
—
おかしい。
野良犬をスライムにして倒しても、スキルが得られない。
虫や魚ではダメだ。
危険を覚悟で、小学校に忍び込んで、鶏や兎をスライムにした。
だけど、スキルを得るどころか、何も変わらない。
小学校の動物が”居なくなった”ことが問題になって、TVでも取り上げられたが、偉そうな奴が、数日前に見つけられた”スライム”の仕業だと結論づけていた。魔物が動物を捕食する可能性に言及していた。捕食したのが、動物たちが消えた理由だと偉そうに語っていた。
やはり、世間なんて愚か者の集まりだ。僕が、しっかりと導いてやらないとダメだ。
スライムの情報を報道したことが問題になっている?
ネットニュースで話題になっている。あのスライムは、僕が魔物化した中の一匹かもしれない。この前、公園で昆虫を魔物化しているときに、警報音に驚いて2-3匹逃したのがまずかったか?
でも、僕の偉大なスキルで作られたスライムだとは気が付かれていない。
これから、魔物化するときには注意しよう。僕のミスではなく、他のスライムの可能性もあるけど、スキルが知られた時に、過去の事件まで僕の責任にされたらたまらない。
ママは、家に帰ってきているみたいだけど、すぐに出かけてしまう。パパも家に帰ってこない。
そうだ!
スマホの検索履歴を消しておかないと・・・。ギルドが、優秀なスキルを得た可能性がある者を、見つけ出す方法に、ギルドの検索履歴を使うようだ。僕も検索を使ってしまっている。情報は渡していないので大丈夫だとは思うが、ギルドなんかに僕のスキルを知られたくない。
ギルドは情報を独占している。ギルドは、秘密結社だと僕も考えている。
僕のように優秀な奴を囲い込んで、実験をしているに決まっている。そんな裏組織に、スライムを量産出来るスキルを持つ、頭脳も優秀な僕が見つかってしまえば、強制労働は当たり前だ。僕も抵抗はするし、やられるとは思っていないが、相手は世界規模の組織だ。力を貯めるまでは敵対しないほうが良いし、見つからないほうがいいに決まっている。ギルドの連中が、自分たちの間違いに気がついて、僕の前に平伏すのは決まっているが、まだその時ではない。
—
彼は、毎日。”自分は優秀”だと言い続けている。
そして、同じ作戦を”毎日”思いついている。
彼の精神は既に限界に来ている。
彼は、同級生を魔物にしたことを忘れたかった。
彼の母親は、彼を恐れた。変わっていく息子に手を差し伸べるのではなく、”逃げる”という選択肢を選んだ。彼の父親は、壊れゆく家族を見捨てた。
彼は、被害者だ。これは、紛れもない事実だ。しかし、彼は同級生を魔物に変えている。彼は、事実から逃げ出したかった。彼は、彼を認めて、彼だけを暖かく守ってくれる世界の存在を信じて疑っていない。
—
(俺は・・・。俺は間違っていない)
(そうだ、間違っているのは、奴らだ。俺ではない。俺が正しい)
山本は、住んでいた場所を失った。
局に無理を言って用意させた場所だ。局は、山本を切り捨てることで、健全な組織であるとアピールしたかった。
山本が頼りにしていた中央との繋がりは、”利”で繋がっているだけだ。山本に、”利”が無くなれば切り捨てられるだけだ。今までは、山本が”切り捨ててきた”者たちと同じ立場になっただけだ。
なにも間違っていない。
間違っているのは、自分が切り捨てられる立場に居たことを認識しなかったことだ。
山本は、世間の目から逃れるように、52号を上がっていく、469号に入って更に上がっていく、以前に撮影で訪れた、天子湖に向けて車を走らせる。
自殺をしようとは思っていない。
世間の関心事は、1週間もしたら些細なことだと忘れられると知っているからだ。世間から隠れる場所を考えていた。車の中で、1週間の寝泊まりは若い頃に経験している。少ない食料で、寝泊まりをして、権力者を張り込んだことも有った。
山本も、昔は”ペンは剣よりも強い”を信じて疑わなかった。
自分が持っている”ペン”は不正を行う権力者を打倒するために振るわれると信じていた。権力者から渡される蜜を舐めてしまうまでは・・・。
天子湖は、ダム湖だ。周りを山に囲まれていて、一見”川”にも見える。キャンプ場なども作られている場所だ。山本は、キャンプ場とは離れた場所に車を停めた。撮影で訪れた時に教えられた山小屋を目指すためだ。
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