【第二章 王都脱出】第十四話 おっさん話を聞く
おっさんは、いつの間にかソファーで寝てしまっていた。
ドアを叩く音で起こされた。
「まーさん。食事の準備が出来たみたいだよ」
カリンが、まーさんを呼びにきた。
「わかった。食堂に向かう」
「うん。イーリスとロッセルが、”一緒に食事をしたい”と言っていたよ」
「わかった」
まーさんは、伸びをして固まった筋肉を解した。そんな動作で、まーさんは身体が若返ったことが確認できた。
寝る前に見ていた、スマホの電源を落とした。ソーラーパネルがあるといっても、バッテリーを休ませておく必要を感じたからだ。そして、スマホを知らない人に、見られた時に電源が入っていなければ、ごまかせると考えている。
ドアを開けると、足下にバステトがちょこんと座っていた。
カリンと一緒にまーさんを起こしに来ていたのだ。
「バステトさん。ありがとう」
”にゃぁ~”
カリンには見せない、甘えた表情と声でまーさんの足にじゃれる。カリンが、バステトさんを見つめながら、何かを呟いているが、まーさんは気にしないことに決めたようだ。やはり、バステトさんが信頼しているのは、まーさんなので、カリンの所で寝ていたとしても、帰る場所はまーさんの所だと言うことだ。
「どうした?」
「なんでもない。まーさん?」
「食事の時に、話ができればと思っているのだけど、ロッセルも居るのなら、今後の話をしておいたほうがいいだろう?」
「うん。私も、決めたよ」
「そうか・・・」
真面目な表情を向けるカリンを見つめて、まーさんは”そうか”とだけ返事をした。カリンの覚悟を笑うつもりも、否定するつもりもまーさんには無い。ただ、カリンの選択を尊重すると決めているだけだ。
まーさんとカリンが食堂に向っている。
その食堂では、イーリスとロッセルが深刻な表情で、一枚の羊皮紙を見ていた。ロッセルがまーさんに報告したい事の一つだ。
イーリスとロッセルは、まーさんとカリンが食堂に入ってきたのも気がつかずに、羊皮紙をテーブルの真ん中に置いて深刻そうな表情をしている。
開け広げられているドアを、まーさんがノックすると、二人が慌てて立ち上がった。
「まーさん殿。カリン殿」
「ロッセル。いい加減に、殿を外せ。ロッセルさん殿と呼んでいるのだぞ?」
「はぁ・・・。解っているのですが・・・」
まーさんとロッセルのいつもの挨拶が終わって、ロッセルがイーリスの横に移動する。ロッセルが座っていた場所に、まーさんが座って、まーさんの横にカリンが座る。バステトは、カリンの膝の上に飛び乗って、テーブルに頭だけ出す格好になっている。
「まずは食事にしよう。それから、何が有ったのか話をしてくれるのだろう?」
イーリスとロッセルは頷いた。
厨房に合図を送ると、食事が運ばれてくる。
いつもなら率先して、話題をふるイーリスが黙ってしまっていることで、食事は静かに進んだ。バステトも、床に置かれた自分の食事を黙って食べている。
食後の飲み物がテーブルに運ばれてきた。
「さて、イーリス。何があった?」
脇においてあった羊皮紙を、ロッセルがまーさんに渡した。
「ほぉ・・・」
まーさんは、羊皮紙を一読してから、カリンに渡した。
「え?」
カリンは、まーさんから羊皮紙を受け取ってから、文章を目で追っていくうちに表情が険しくなる。
読み終わって、羊皮紙をテーブルの中央に置いた。バステトに触らせないように配慮したのだ。
「イーリス。これは、正式な文章なのか?」
「はい。押印もされていますし、魔法印もあります。国からの正式な文章です」
「そうか・・・。拒否は?」
「え?」
イーリスは、まーさんが言っている”拒否”を考えたことがない。
「イーリス。この文章では、従わなかった時の罰則は無いし、実行するための期間が書かれていない。それだけではなく、結果が伴っていれば問題が無いように読める」
「??」
「あっ!」
カリンは、頭が柔軟なのか、それとも異世界の知識からなのか、まーさんが言っている内容で、羊皮紙にかかれている命令を回避する方法に思い至った。
「どうしました?カリン様」
イーリスは、まーさんは教えてはくれないだろうと思って、なにかに気がついた、カリンに質問をした。
カリンは少しだけ困った表情を見せたが、まーさんが頷いたので、自分の考えを話し始める。
羊皮紙は、領地を持つ貴族に向けた命令書になっていた。
宰相であるブーリエが署名している。体格と同じで、修飾が多い文章だが、要約すれば・・・。
—
5名の勇者が召喚された。
勇者の助力を得て、帝国は飛躍する。そのために臣民からの支援が必要だ。勇者をもり立てるために、勇者税を設立する。
—
「イーリス。ブーリエから来ているのはこれだけ?他の貴族にも、この指示書だけ?」
「えぇ」
「それなら、臣民と書いているけど、領主が税を集めて持ってくればいいのよね?」
「・・・」
「だったら、領主が払ってもいいわけでしょ?それに、一人あたり、1口とか書いてあるのは、誰かの入れ知恵だろうけど・・・」
カリンは、まーさんを見る。
「そうだな。甘いな。俺なら、1口の金額を抑えて、1人ではなく家族で支払わせる。それを、領主ではなく、もっと小集団の・・・。そうだな”村長”あたりにまとめさせる」
「え?」
「それで、村長や領主に、1口辺り1割り程度の手数料を貰えるようにするかな。計算が面倒になるように、1割3分とかでもいいな」
「・・・」「・・・」
やっと、まーさんが言っている意味が理解できたイーリスとロッセルは黙ってしまった。
「でも、まーさん。税収が減っちゃうよ?」
「ん?あぁそうだけど、共犯ができるだろう?こんな税を集めて、民が黙っていると思うか?」
「え?」
「暴動が起こるとは思えないけど、不満は貯まるよな?」
「うん」
「その時に、集めたのが、”勇者のため”であり、村長や領主だってことになれば、貴族や王家に向く恨みつらみは少なくなる可能性が有るだろう?」
「あ・・・」
「矛先は、勇者と身近な村長と領主に向くだろう。村のことを考えない村長なら、手数料が入ると思って、無理な取り立てをするかもしれないだろう?」
「・・・」「・・・」「・・・」
”にゃ!”
まーさんの話を聞いて、イーリスとロッセルは苦虫をまとめて噛み砕いた様な表情をしている。簡単に想像できてしまうのだ、その後で、村や街に自分たちの都合がいい人物を送り込む事も出来てしまう。
「話がそれたが、カリンが言っているように、貴族がまとめるのなら、いくらでもやりようがあるだろう。どうせ、領民の数なんて、勇者はもちろん偉大な宰相であるブーリエ閣下も把握していないだろう?」
イーリスは、詳しくわからないので、ロッセルを見る。ロッセルは、頷いているので、まーさんの指摘が正しいのだろう。
「でも、まーさん殿。あまりにも少ないと問題が出ると思います」
「その辺りは、貴族家の当主が考える事だろう?」
「そうですが・・・」
ロッセルが言い淀んだのを感じて、まーさんは息を吐き出してから、ロッセルの方に羊皮紙を指で弾く。
「ロッセル。誰に相談されたのか聞かないけど、もう少しうまく誘導しないと、足元をすくわれるぞ?」
「え?」
領主でもない、イーリスやロッセルが、”正式”な指示書を持っているのに違和感を覚えたまーさんは、ロッセルかイーリスのどちらかが、親しい貴族から相談されたのだと思ったのだ。
「まぁいい。この税の危なさを感じている貴族が居るのなら、まだ帝国は持つかもしれないな・・・。そうだな。派閥の垣根があるかもしれないが、問題意識を持つ貴族家で結託して、過少申告すればいい。この税の問題は、国が勝手に始めたことで、国民に負担を強いることだ」
まーさんは、二人の表情を見るが、よく解っていないようだ。
「俺は、勇者や貴族が悪く思われようが、どこかで革命の狼煙が上がろうが一向にかまわないが、俺たちが巻き込まれるような状況にはなって欲しくない」
今度は、カリンとバステトを見る。1人と一匹もよく解っていないようだが、イーリスとロッセルよりは危機感を持っている様に感じられた。
「まーさん殿。今のお話ですと、辺境伯の派閥と他の派閥の対立が強くなるだけでは?」
「それでいいと思うぞ?色がはっきりする。それに、辺境伯の派閥と王家の関係は修復が可能なのか?」
「・・・。無理です」
「それなら、気にする必要はないと思うぞ?」
まーさんの話は、割り切った話だ。
二人には、そこまで割り切ることは出来ない。相談を持ちかけてきた貴族たちも同じ思いだろう。
安穏とした生活の終わりが近づいてきていると、まーさんだけが感じている。
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