【第二章 王都脱出】第十二話 おっさん辺境伯に会う3
室内は異様な雰囲気に支配されていた。
「まーさん。カリン殿。レシピは全て、遊具も全て・・・。申請を行うというのですか?」
顔を引き攣らせながらラインリッヒ辺境伯は、前に座るまーさんとカリンに真意を問う。
「問題はあるのか?」
剣呑な雰囲気にのまれて、カリンは黙ってしまっているが、まーさんは普段と変わりがない口調で辺境伯に質問で返す。
「”ない”と言えば嘘になってしまいます」
「どんな問題だ?」
「申請は大丈夫だと判断します。全部のレシピの申請が降りるとは・・・」
「それはそうだろうな。似たような料理が存在している可能性もある。それに、レシピ同士でも似てしまっている内容も多い。全部が登録できなくても、大丈夫だ」
まーさんの言葉を聞いて、辺境伯は安堵の表情を浮かべる。
脇においてある、遊具を見る。
「まーさん。あの道具は?」
「遊具だ。ボードゲームの類は、バステトさんの名前で登録しようと思っている」
「ん?バステト殿?」
まーさんは、バステトを辺境伯に紹介していなかったことを思い出した。
「あぁバステトさんを紹介していなかったな」
”にゃ!!にゃ!!”
バステトが、カリンの膝の上に飛び乗った。
どこから出したのか、カードをカリンの膝の上において手で辺境伯の方に押し出す。
「え?」
「俺とカリンと一緒に、召喚されてしまった。バステトさんだ。本名は違うが、こちら風の名前を名乗っている」
”ふにゃ!”
”よろしく”とでも言っているように、バステトは辺境伯に向かって手を上げる。
それと”早くカードを見ろ”と言っているようだ。
カリンが、膝の上に置かれていたカードを取って、辺境伯に差し出す。
「は?バステト・・・。え?」
「無理なのか?」
「あっ・・・・。バステト殿がカードを差し出すと・・・。魔力を流してから、まーさんがカードを差し出せば可能だとは思うが・・・」
「そうだな。試してみればわかるだろう」
「わかった。手配しよう。それと、レシピはいいのか?」
「あぁ好きに使ってくれ」
「見返りは?」
「俺と、カリンと、バステトさんは、王都を出たい。協力してくれ」
辺境伯は、まーさんから以前に聞いていたが、はっきりと宣言されてしまっては、断ることが出来ないと考えた。
「協力は惜しまない。我が領でいいのか?」
「そうだな。領都ではなく、第二の都市がいい。街の中心に近い場所に空き家があると嬉しい。可能なら、国境に近いほうが嬉しい」
「手配しよう。勇者たちのお披露目のときに王都を出る予定でいいのか?」
まーさんは、辺境伯の言い方が気になった。
「ん?今の言い方だと、他にもチャンスがありそうだな」
辺境伯は、表情を変えないが、”言い方”が悪かったと認めるしか無い。
「リスクはあるが、領都に向けて、馬車を走らせる」
「理由を聞いても?」
「宰相が、貴族は全員参加を義務付けやがった。それだけではなく、奥を同伴せよと、王命を出してきた」
カリンが、”奥”と聞き慣れなかったのだろうか、首をかしげる。まーさんが、”奥”の意味を説明して納得している。
「その馬車に乗り込んで、王都を出ることができそうだな」
「可能だ。しかし、領都に向かうぞ。いいのか?」
「構わない。そこで、足あとを残せば、調べるにも時間がかかるだろう。それで、第二の都市での拠点は確保できるのか?」
「そうだな。家の者に指示を出す。馬車が王都を出るまで待って欲しい」
「わかった」
まーさんと辺境伯は、詳細に付いての話を始めた。
蒸留した酒精に果実を絞った物を混ぜた”ジュース”を飲み始めている。辺境伯は、このあとの予定をキャンセルして、まーさんとじっくりと話をするようだ。レシピで簡単にできる物をメイドたちが作って”試食”している。
「辺境伯様。まーさん。私とバステトさんは、部屋に戻ります」
カリンは、大人二人が飲み始めたのを見て、今日は話にならないだろうと思って部屋に戻ろうとした。
「あっカリン。少しだけ待って欲しい」
まーさんが、カリンを呼び止める。
「??」
自分に用事があるようには思えない状況で呼び止められて少しだけ意外な感じがした。
元々座っていた所に腰を下ろした。
「フォミル殿。腹のさぐりあいも嫌いでは無いのですが、時と場合によります。それに、彼女が誤解して、安心してしまうのは困るので、率直に聞きます」
「え?」「・・・」
「勇者たちが、カリンを連れてこい・・・。そうですね。奴隷にでもしようとしているのでは無いのですか?」
「え?あっ・・・」
カリンは声に出して反応してしまったが、辺境伯はカリンではなく、まーさんをまっすぐに見ている。
「それだけじゃないでしょ?カリンの居場所が特定されかけたと・・・。そんなところですか?」
「まーさん・・・」
カリンが、まーさんの言葉を聞いて絶句した。
昨日まで、そんな話はしていなかった。それに、今日の辺境伯の会話でも、勇者たちの動向は話題にも上がっていない。自分を探している理由もわからない。
まーさんは、驚愕の表情を浮かべる。カリンを見る。座り直したカリンの膝の上に座っているバステトさんの頭を優しく撫でる。
「カリンに、料理でも作らせるつもりでは無いのですか?」
「あっ」
カリンも、まーさんが言った”料理”で勇者たちが何を考えたのか想像できた。
この世界の料理は、美味しいのだが味が単調なのだ。塩だけとか、使われても胡椒だけとかになっている。砂糖も使うのだが、素材が美味しいために、料理の技法や味の多様性が産まれていない。
「まーさん。それは、調べたのか?」
辺境伯が、持っていたカップをテーブルにおいて、まーさんをまっすぐに見つめて質問をする。
「いいや。フォミル殿が今日のこの時間に来て、酒に付き合ってくれて、俺たちが王都を出る方法を新しく提示したことを考えれば、予想ができる話だ」
カリンは、まーさんが言っている話がよくわからないが、質問ができるような雰囲気ではない。
大人同士が知恵比べをしている場に紛れ込んでしまったかのような錯覚に陥っている。
「はぁ・・・。カリン殿。まーさんが語った話は、ほぼ正解だ」
「ほぼ?」
カリンが辺境伯に質問をする。
”ほぼ”の内容で、対応が違ってくるからな。
「あぁ居場所の特定はまだだが、時間の問題だ。それと、奴隷ではなく従者にする・・・。と、言っている」
「同じことだな」
辺境伯の説明を、まーさんが両断する。
「そうか、場所の特定は、貴族家の誰かが匿っていると思っているのだな。従者・・・。そうか、勇者のお披露目のときに、晒し者にするつもりなのか?」
「え?」
まーさんの説明を聞いて、辺境伯が驚くが、前半部分が正解だったためだ。後半は、カリンが驚く”晒し者”の意味がわからないからだ。
「晒し者?私が?え?」
大人二人が、カリンを見てから首を横にふる。
カリンは気がついていないようなので、大人二人はあえて教えないという判断をした。
実際に、カリンを連れてくるように言っているのは、一緒に召喚された勇者全員ではなく、女子の3人だ。特に、埜尻玲羅はカリンに見窄らしい格好をさせて、自分の従者のように連れ回して優越感に浸りたかった。カリンを晒し者にしたかった。他の女子二人も、似たような思考だが、埜尻玲羅よりも、現実的で自分たちの料理を作らせようと考えていたのだ。
大人二人は、カリンの容姿を確認してから、また首を横にふる。わからないのは、本人だけなのだろう。
「フォミル殿。それで、時間的な余裕は?」
「それは、大丈夫だ。ここに踏み込まれることは絶対にない」
「なぜ?」
「この前の使者が、”もうひとりの勇者は居なかった”と証言している。女は、ロッセルの実家がある街への移動したようだと報告させた」
「ハハハ。早速、試したのだな」
「あぁ見事に引っかかってくれた」
「そうか、ロッセルの実家には迷惑をかけたな、なにか”礼”をしないとならないな」
「それは、大丈夫だ」
「わかった。フォミル殿を信用しよう」
カリンの膝の上にいたバステトが、丸くなって寝始めたので、カリンはバステトを連れて部屋から退出した。
まーさんと辺境伯は、本格的にレシピの確認と蒸留酒の確認を始めた。
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