【第二章 スライム街へ】第十一話 天子湖

 

「はい。上村」

 上村蒼は、運転しながら車のハンドルに付いているハンドフリーで電話を受けた。
 車に装備されている機能を使っているので、相手の声も同乗者には解ってしまう。

『上村中尉!』

「どうした?珍しいな。間違えるな。俺は、もう中尉じゃないし、お前の上官でもない」

『失礼しました。上村さん。今、時間は大丈夫ですか?』

「あぁ車で、移動中だ。孔明とギルドのメンバーも一緒だが、問題はない」

 上村蒼は、元部下にギルドの仕事で移動していると伝えた。
 ギルドのメンバーが一緒だと伝えることで、会話が筒抜けになっていると、暗に伝えている。元部下も、上村蒼の言葉から、内容を理解した。それに、元部下としては、ギルドメンバーが聞いているのは都合がよかった。

『ちょうどよかった。天子湖の件ですか?』

 スピーカーから聞こえてくる声は、思った以上に落ち着いている。
 緊急な用事というよりも、情報共有が目的な様子だ。

「ん?お前?」

 上村蒼は、運転をしながら答える。
 肯定も否定もしないのは、榑谷円香の反応を見るためだ。もし、承諾が得られなければ、目的地を誤魔化す必要がある。

 榑谷円香は、上村蒼の意思を感じて、”問題はない”という意思を伝える。

『はい。現場に居ます。ギルドに連絡をしたら、出ていると・・・。メッセージが流れて・・・』

 車の中に緊張が走る。
 言葉から緊急性は低いと思えるが、なんらかの問題が生じている可能性が高い。

「それは、いい。天子湖で何かあったのか?」

 ギルドに連絡をしたのは、予想外だが、状況から考えれば、当然の流れなのだ。
 現地にいる者たちでは、対応が難しい状況になってしまっている。

 上村蒼は、車についているナビを確認する。
 国道1号線を東進しているが、まだ富士川にも到着していない。バイバスで渋滞に捕まった。バイバスを目指さずに、下道で行けばよかったと上村蒼は少しだけ後悔している。

『はい。マスコミが報道してしまって、野次馬が増えています』

 ギルドメンバーの想像以上に状況は悪い。マスコミの存在は確認していた。
 報道されるだろうとは思っていたが、野次馬が手に余るほど集まるとは考えていなかった。

「はぁ?報道規制は?」

「蒼。魔物に関しては、報道規制はない。自然災害と同じだ」

 榑谷円香が横から口を挟む格好になってしまった。
 ギルドから、放送の自粛は出せるが、魔物は”犯罪”ではなく、”自然災害”だと”日本”では思われている。そのために、火山が噴火した状況や、土石流の報道と同じと、報道各社は考えている。

「円香。それは・・・」

「しょうがないだろう。報道協定とか意味のわからない物がある。ギルドの情報をネットだけに絞っても、偉そうにしてくる奴らがいる。今は、その話はいいだろう?」

 実際には、魔物の特措法で規制は出来るのだが、ギルドの上層部とマスコミと官僚が犯した問題がある行動のために、報道規制は見送られた。榑谷円香は、元々報道規制には反対していた。報道協定にも、意味がない物として取り合わなかった。そのために、マスコミから受けるギルドの評判は最悪なのだ。

『はい。警察と消防は、野次馬対策を急いでいますが・・・』

 車の中に居るギルドのメンバーは、”無理だろう”という見解を持っている。
 魔物の強さは、戦った者しかわからない。そして、戦って生き残った者にしかわからないことが多い。スキルを得る事で、魔物の強さがはっきりと感じ取れるようになる。

「犠牲者が出たのか?」

 質問の形にはなるが、既に犠牲者が居るだろうと考えていた。

『はい。人数が、どうしても限られてしまって、全域を封鎖できません。山側は特に、抜け道が有るようで・・・』

 想像通りの返答に、ハンドルを握っている上村蒼の腕に力が入る。

「何人だ?」

『はっ。自分たちが把握できたのは、12名です』

 孔明の呼びかけに、自衛官は、緊張した声で答える。

「12!」「それは・・・」「12?!」

 里見茜も上村蒼も榑谷円香も、わかっている。12という数字が、最低の数であり、全体ではない。
 12以下になることはない。それは、死者数も同じだ。

「犠牲者の状態は?」

 孔明が冷静に確認をする。
 犠牲者であって、死者数ではない。けが人でも、犠牲者としてカウントを行う。

『不明です。自分たちは、魔物が出てこないようにするのが精一杯です』

 不明は、”わからない”と言っている意味ではない。

「連れて行かれたな?」

『はい。マスコミからも犠牲者が出ています』

 自衛官は、孔明が確認のために使った”連れて行かれた”を肯定した。
 魔物が、人を食料として見ているのかわからないが、これで共存が不可能な状況になった。殲滅しなければならない対象になった。

「マスコミは?」

『喚いていますが、ギルドから出ている”自己責任”を立てに、無視をしています』

「わかった。情報は感謝する。それで?」

『はっ。自衛隊は、ギルドに魔物の情報と、状況を確認していただいた後で、ハンターの派遣を依頼します』

「ギルドは、ハンターの派遣は時期尚早だと考えます。まずは、状況を確認したく考えています。魔物の情報は、現地にて提供します」

 榑谷円香が一気に言い切る。
 実際には、派遣ができそうなハンターは存在していない。現地で、自衛隊と協力して、魔物を減らすくらいしかできることはない。スキルを持った者の登録は増えているが、戦闘訓練を受けていない者を、魔物との集団戦に投入するような愚行は出来ない。

『情報だけでも助かります。マスコミ対策は?』

「現地の方々におまかせします」

『助かります。警察・・・。山梨県警が、縄張りだと出張ってきて・・・』

「それなら、山梨県警に情報を渡すので、マスコミ対策はしてもらいましょう」

『はい。殉職者も出していまして、今にも突撃しそうな勢いなのです』

「それは、自衛隊で抑えてくれ、俺たちギルドは、あと2時間程度で、天子湖に到着できる。遅れそうな時には連絡を入れる」

 ナビの到着予定時間を確認する。1時間30分と出ているが、マスコミが報道しているのなら、野次馬が増えるだろう。
 警察が交通整理を始めているとしても、静岡県側までしているとは思えない。

『わかりました。お待ちしています』

 そこで、通話が切れた。

「茜。魔物の情報へのアクセスは?」

「大丈夫です。端末を持ってきています。照会が可能になるようにしてきました」

 里見茜は、本部のデータベースに繋げて、画像での照会が出来るようにした端末を持ってきている。特殊な暗号での通信が可能になっている端末だ。魔物を撮影して、本部に照会をかければ、該当する魔物の情報を返してくる。
 世界中の魔物の情報が集まっているデータベースだ。

 ギルドから出てから、里見茜は本部だけではなく、各国にあるギルドの情報を調べている。

「円香さん。孔明さん。蒼さん。ありました!」

「茜。何が見つかった?」

 桐谷円香の問で、少しだけ里見茜は冷静を取り戻した。

「すみません。魔物の集団行動が、チリとペルーとアルゼンチンで確認されています。他にも、集団行動が疑われる事例が、メキシコにありました」

「条件は解っているのか?」

「不明ですが、全部に共通しているのは、上位種で構成されていることです」

「茜。今の言い方では、魔物が上位種だけだと言っているぞ?」

「円香さん。私は、言い間違えていません。魔物の全てが上位種です」

「・・・。そのギルドは?」

「軍が出て、包囲殲滅したそうです」

「孔明」

「無理だな。キャンプ場は民間だ。それに、戦車を持ってくる許可が降りるとは思えない」

「蒼」

「無理だ。攻撃ヘリでの強襲が出来ても、2-3機だけだ」

「あっ蒼さん。ヘリはダメです」

「ん?なぜだ?」

「上位種は”魔法”を使います。攻撃魔法を使ってきます。メキシコでは、戦車を破壊されて、ヘリを落とされています」

「それなら・・・」

「対地ミサイルです。それでも、数体は生き残ったようです。そこを、戦車からの砲撃で倒しきったそうです。山が形を変えたそうです」

 上村蒼が運転する車のエンジン音だけが、車の中に響いた。
 絶望的な情報が、里見茜から告げられた。

 そして、最終宣告に近いセリフが里見茜から告げられる。

「今まで確認された魔物の集団行動は、メキシコが最大で、37体です」

 天子湖に居る魔物は、確認出来ているだけで、50体を軽く越えている。山の中にも居ると予測されていて、それらを含めると100体に届く可能性すら有る。

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