【第一章 少年期】第二十四話 日常
泣き止まないエヴァをなんとか落ち着かせて、馬車が待っている場所まで移動した。
ラウラとカウラが待っていた。
服の裾を掴んで離さない。エヴァを一瞬睨んでいたが、俺が手を挙げると、一礼して、馬車の扉を開けてくれた。
俺とエヴァが並んで座って、正面に二人が座る形になった所で、馬車が動き始めた。
「アル様。なにかございましたか?」
「・・・あ。あぁ少しな。それは帰ってから話す。あっそれよりも、”これ”二人にお土産。髪留めだけど貰ってくれると嬉しいな」
「アル様。私達などに・・・」「アル兄ィ」
「二人の為に買ったのだから貰ってくれないと困るな」
「あっありがとうございます」「うれしいにゃ」
やっとここで緊張していた空気が和らいだ。
二人に髪留めを渡そうとしたが、エヴァがそれを手で制して
「アルノルト様。お二人へのお土産なのですから、アルノルト様が、付けて差し上げなければダメでございましょう」
「え?二人とも・・・」
あっ何か期待している。
エヴァの調子も少しずつ戻ってきているのだろう。小さくため息を付いて、
「ラウラ。カウラ。後ろを向け」
「はい」「はいにゃ」
二人の紙に髪飾りを付けた。
「うん。やっぱり、買ってよかった。すごく似合っているよ」
「ありがとうございます。大切に致します」「大切にゃアル兄ィありがとうにゃ」
馬車は、そのまま寮の玄関に付いた
ラウラとカウラが先に降りて、俺が続いた。エヴァが馬車から降りた事を確認して、御者にチップを渡した。
一礼してチップを受け取ってから御者は馬車を所定の位置に戻しに行った。
馬車の音で気がついたのだろう、玄関にはクリスが待ち構えていた。
俺が下げている刀を見て、そして、鞘に傷がついている事を目ざとく見つけた。
「アルノルト様。今日の事をお聞きした方がよろしいようですね」
「あぁそうだな。ユリウスは居る?」
「はい。アルノルト様に、”おいて行かれた”と、拗ねています」
「・・・。まぁいい。食堂で話をしよう。その前に着替えてきていいか?」
「そうですね。エヴァンジェリーナ様も、お着替えをなさった方がよろしいかと思います」
ラウラをエヴァについていくように言った。緊張もしていただろうし、疲労もあるだろう。
カウラを伴って部屋に戻って着替えを済ませた。
どうせ、後で説明しなければならないので、刀も持って食堂に移動する。
すでに、皆揃っていた。
「アル。それで何があった?」
まだ、エヴァもラウラも来ていない。せっかちにも程がある。
ボニートの事は、エヴァが来てからでいいだろう。
「エヴァが来てからの方がいい話もある。先に、ギル!」
「なんでしょう?」
「シュロート商会は、頭がおかしいのか?」
「え?アルの言葉でも、流石に怒るぞ」
「今日、商人ギルドに行ってきた。預り金を確認してきた」
「あぁこの前、一回目を振り込んだと言っていたからな。入っていたか?」
「そうだな。1千9百万ほど入っていた」
「え?」「な?」「ほぉ」「・・・」
「ギル。確認するけど、シュロート商会は無理したりしていないよな?」
「あぁ聞いた話では、予約を捌くので背いっぱいで、作るのが”まにあわない”らしいぞ。アルへのアイディア料が多くなると話していたけど、そこまでとは・・・」
「そうか・・・無理はしていないのだな」
「あぁ商人だぞ。設けを出すためにやっている事で、無理するはずがない。それにしてもすごいな。アル。おまえ、伯爵なんて辞めて、俺と一緒に商人をやらないか?まだ一回目だぞ。近日中に二回目と言っていたからな。アル。それを元手に何かやらないか?」
「そうだな・・・それもいいか」
「アル!」「アルノルト様」「アル様」
「冗談だよ。ライムバッハ家に、戻ってから使いみちを考えるよ」
「あぁそうしろ!領地運営には、先行投資も必要だろうからな」
ギルとの話はこれで一区切りが付いた。
なにか、ギルが考えているようだが無視する事にした。
「あの・・・。アルノルト様」
ドワーフのディアナだ。
「ディアナ。アルでいいよ」
「それなら、私の事は、ディと呼んでください。親しい者はそう呼びます」
「解った、ディ。それで何?」
「あっそのアルが持ってきた武器は”刀”では無いですか?」
「あぁ怪しげな武器屋が有って、入ったら売っていた。確かに”刀”と書いてあって、この短剣と一緒に買った」
脇差しもテーブルの上に置いた。
「見せてもらっていいですか?」
「いいよ」
刀と脇差しを、ディに渡す。
鞘から抜いて、刀を眺めてから、脇差しも同じように眺める。
「アル。これは、いくらでしたか?差し支えなければ教えてください」
「ん?いいよ。たしか、買った値段は、両方で金貨5枚と大銀貨5枚だよ」
「え?本当ですか?」
ディが何やら興奮している。
「あぁ商人ギルドで、金貨10枚卸して、食事した残りだから、そのくらいだったよ」
「「「え?」」」「食事?」
クリスとギルとラウラとイレーネが何やら感じたようだ。
「そんなはず無いのですが・・・」
「ディ。どういう事?」
「はい。私が、ドワーフなのはご存知の事だと思うのですが、私の家は代々鍛冶を生業にしていまして、主に武具を手がけています」
「あぁ」
「いろいろな武器を作りますが、初代が作ったと言われる物が”刀”なのです。そして、初代は、作り方を伝授しないまま、お亡くなりになってしまって、作り方が伝わっていません」
「そうなの?この刀は、ディのご実家で作られた物なの?」
「いえ・・・そう思ったのですが、違いました。初代が作られた物でしたら、”トキサダ”と銘が刻まれていると聞きました。私では、判断出来ませんが、初代が打たれたものよりも素晴らしい物だとは思いますが、銘が刻まれていません。そして、もっと重要な事なのですが、多分、その刀。売りに出したら、大金貨100枚でも安いと言われるかもしれません」
「え?どういう事?」
「あっはい。アル。刀身に使われている金属ですが、”ミスリル”だと思われます。そして、短剣・・・”脇差し”といいますが、多分ですが”金剛鉄”だと思われます。全部ではなく、芯の部分に使われているだけですので、はっきりとはしません。私の兄さんならもう少し詳しくわかるとは思います」
「え?あっそうか、時間がある時に調べてもらおうかな」
「解りました、兄さんに話をしておきます」
「うん。お願いする」
「横からごめんなさい」
「なに?」
「”金剛鉄”の方はわからないけど、”ミスリル”なら間違いないわよ」
「え?そんな事わかるの?」
エルフのザシャだ。
「えぇそうね。やり方は秘密ですけど・・・ね」
「それは当然だけど、そうか、ミスリルが使われているのか・・・。お買い得だったな」
「そうね。アルには「ザシャ。なに?」」
「ううん。なんでもない」
エルフだけあって精霊の動きや声が聞こえているのかもしれない。
前に読んだ本にそんな事が書かれていた。エルフの一族で”巫女”と呼ばれる者は精霊を見る事が出来ると・・・。
そんな事を話していたら、エヴァが着替えて食堂に入ってきた。
ラウラが席を立って、エヴァを俺の横に座らせた。
デートの話ではなく、ボニートがストーキングしていた事から話をした。
ボニートが剣を使った事で、こちらも刀で応戦して、気絶させた事で、今日は決着となった事まで話をした。戦いの様子や途中の煽りは省略した。
話終えて、エヴァに補足を求めたが、何もない意思表示をしてくれた。
「アル」
「なに、ユリウス」
「それでどうする?」
「どうするって?」
「ユリウス様。アルノルト様もまだ考えが出来ていないのでしょう」
「クリス。だから、どういう事?」
「王国として、帝国に正式に抗議を入れられるがどうするのか?って事ですわよね。ユリウス様」
「・・・そうだ」
「辞めておきましょう」
「なぜだ!下手したら、おまえや、エヴァンジェリーナが、殺されていたのかも知れないのだぞ」
「うん。だから、辞めておきましょう。これ以上、話を大きく複雑にしたくない」
「アルノルト。どういう事だ。俺達の事を、馬鹿にしたのだぞ!そんな事許されるわけがない」
「ユリウス殿下。少し落ち着きましょう。俺の考えを説明します。その上で、まだ何かあれば話を聞きますが、俺の気持ちは変わらないと思います」
皆に説明した。
俺やエヴァに危害を加えようとした者は”帝国貴族”を名乗った。これは、本当の事なのかも知れないが、証拠がない。俺が、相手側の人間なら、”ボニートなら先日から帝国内に居る”と、言うだろう。実際に調べる事が出来ないのだから、これを言われたら抗議した事が問題になってしまう。その上で、”謂れ無き抗議だ。ボニートを見たと言った二人の出頭を求める”と言われてしまうだろう。こちらから言い出した抗議である事からそれを拒否する事は難しい。一度、帝国領内に入ってしまえば、俺とエヴァの生殺与奪は、帝国側に握られてしまう。
あと、正式な抗議と言う事から、王国を通じてとなると、いろんな派閥の思惑が絡んでしまう。もしかしたら、王国内の不穏分子を刺激してしまうかもしれないし、ユリウスの”政敵”が暗躍する事も考えられる。それを含めて、一番無難な解決策はお互いに”なかったこと”する事だ。
最悪、エヴァを亡命させればいいとさえも考えている。エヴァが気にしているのが”母親”だけなのだから。
「アル。少しいいか?」
「なんだ。ギル」
「エヴァの母親だけどな。どうにかなるかもしれないぞ?」
「何?どういう事だ?」
「まだ、エヴァにも話が、いっていないかも知れないが、今、帝国の使節団が派遣されてくる。その中に、”スカットーラ”という名前の婦人が居る。そして、商人との話で”娘に会いに行く”や”内緒にしている”と、話していたらしい」
「本当か?」
「あぁ本当だ」
「そうか・・・。エヴァは何か聞いているのか?」
皆の視線がエヴァに集まる
「・・・母が来る事は聞かされていません。ただ、近日中に使節団が、この街にやってくるので、”出迎えよ”と、父の名前で命令が来ています」
もしかしたら、エヴァの父親は何かを掴んで、母親を逃したのかも知れない。
そのことを察した、ボニートは自分のミスである事を責められて、エヴァ達を”奪還”に来たのかもしれない。エヴァの父親は今のところ味方と考えてよいのかもしれない。
「エヴァ。それじゃ、綺麗にして、母親を迎えないとな」
「はい!」
「ギル。もう少し情報が欲しい、もし資金が必要なら言ってくれ、いくらでもとはいえないけど、ある程度なら用意する」
「あぁ任せろ」
憮然としているユリウスの方を向いて
「ユリウス。これでいいな。エヴァの母親を取り戻してから、帝国が何か言ってきた時には、ユリウスだけが頼りだ」
「あぁ任せろ!」
その後、クリスから執拗なデート内容の取り調べになった。
エヴァは、照れながらも事細かく報告をしている。
俺は居た堪れなくなって席を立とうとしたが、後ろに立っているラウラと横に居るカウラとイレーネに阻止されてしまった。
女性陣に買ってきたおみやげを渡して、ご機嫌取りをした上で、今度エヴァと言った食事処につれていく事になった。また、商人ギルドで、引き下ろしておかないと・・・。食事には、エヴァも一緒に着いてくる事になった上に、なぜか全員分のプレゼントを”別途”購入しなければならなくなってしまった。
理不尽な気持ちになったが、それを言ってしまうと、この”はなしあい”が長引くことがわかっている。おとなしく、話を聞いている事にした。
エヴァの母親が帝国領内から出て、王国内にとどまってくれるのなら、エヴァが気にする事はなくなる。
所属教会を、帝国の教会から王国の教会に変えるだけで、亡命が出来てしまうだろう。まだ、解決には至っていないが、解決への道筋が見えてきた。
まずは、学生の本分である勉強に打ち込む事にしよう。
三々五々話をしながら、食堂から出ていく。
ラウラに、飲み物を持ってきてもらう事にした。
出された物で一息ついてから部屋に戻った。
部屋に戻って、今日のことを考えてみる。
確かに逃げ切れた。あれは、ブノアとエタンが参戦しなかったからだ。それは間違いない。それに、ギルの話を聞けば、憶測に想像を重ねた考えだが、ボニートは追い詰められていたのかもしれない。
結果だけを見れば圧勝に見えるかもしれないが、それほど大きな差が有ったわけではない。途中で”思考加速”のスキルが目覚めなかったら、勝てなかったかもしれない。少なくても、無傷で帰ってくることはできなかっただろう。
魔法のキャンセルも加護が多いから成功したのだろうけど、もっと、もっと力を求めないとダメだろう。
それに、魔法発動速度に関しても、研究の余地はありそうだ。込める魔力の省略は当たり前として、言葉を選ぶなりして複雑にして、わかりにくくしないと、キャンセルされてしまう。
キャンセル自体難しいことではないのは、もうわかっている。実際に、ユリウスやクリスも、使える加護の魔法ならキャンセル出来るようになっている。
今日使ったことで、帝国側にも方法が伝わったと思っていいだろう。詠唱の問題もあるので、暫くは大丈夫だろうけど、キャンセル出来るという事実を見てしまえば、考えることは難しくない。
中等部になれば攻撃魔法が実習で組み込まれる。
焦ってもしょうがない。エヴァのお母さんの事を考えて、来週からの実地訓練の準備を初めて、そして、日常を取り戻さないと・・・。本当に、俺の平穏な日常はくるのだろうか?
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