【第八章 リップル子爵とアデヴィト帝国】第四十八話 開戦と終了と後始末

   2020/06/09

「アフネス。ルーサ。ダーホス。ドーリス。サンドラ。ヴェスト。エアハルト。イワン。帝国を殲滅する準備が出来た。ここで、見られるがどうする?」

 ヤスは、皆を見るが、誰一人として帰ろうとしない。
 どんな状況になるのか確認したいのだ。

「わかった。セバス。操作を頼む。マルス。作戦を実行しろ」

「はい。旦那様」

”イエス。マイマスター”

 プロジェクターで投影されたスクリーンには、駐屯する帝国軍が映されている。

 ドッペル兵士たちが、進軍し始めた。まだ距離があるために、二画面に分かれて表示されている。

「ヤス。あの王国兵は、全部ドッペルゲンガーなのか?」

 イワンが、ヤスに質問をする。セバスがヤスに変わって肯定する。
 スクリーンには、イワンの質問を受けて、ドッペルの数や帝国軍の想定されている兵士数が表示されている。

「そろそろぶつかるな。ヤス。これからの作戦は?」

「兵士を分けて、後ろから追い立てながら逃げる」

「え?」「ん?」

「まぁ見ていてよ。最後に立っていればいいだけでしょ?最初から最後まで勝っている必要はない」

 ヤスがやろうとしているのは戦争でも、紛争でもない。

 帝国軍が、ドッペル王国軍の進行に対応するために、奴隷や二級国民を前面に布陣させている。

「それにしても帝国に動きがないな」

 ダーホスが独り言のようにつぶやいた。

「動けないのだろう?」

 ルーサは、イワンから奪った酒精をコップに注ぎながら、ダーホスの独り言に反応した。

「ルーサ殿。それは?」

「あ?セバス殿からの説明でも有ったけど、3つの貴族家が絡んでいるのだろう?先に動いて勝てれば得るものは多いが、負けたら失うのもが大きいのだろう?だから、動けないのさ。他の2家が失敗して自分だけが成功するのが一番いいと思っているような奴らだぞ?自分から動くわけがない」

 ルーサの説明は、今の動きを過不足無く説明していた。

 ドーリスが帝国の布陣を見て、ヤスに疑問を投げかける。

「でも、ヤスさん。これでは、奴隷や二級国民の多くと戦ってしまいますよ?」

「ん?大丈夫。ルーサが言っていたように、貴族の奴らや私兵は動かないだろう?だったら、動かせばいい」

「え?どうやって?」

 ヤスは、ドーリスの質問には答えずに、スクリーンを指差す。

 丁度、ドッペル王国兵たちが帝国軍のぶつかる所だ。

「え?」

 誰がつぶやいたのかは解らなかったが、作戦を知らない者には不思議に見えただろう。
 数の上では、ドッペル王国兵が完全に不利だ。前線に押し出されている奴隷や二級国民よりも数が少ない。

 弓矢での攻撃の射程内で、いきなり二つに分断して左右に別れたのだ。そのまま、奴隷や二級国民の集団を無視して、後ろに控えている本体に向かっていく、慌てたのは本体にいる貴族たちだ。奴隷や二級国民が消耗した所で、自分たちも突撃して美味しい手柄を独り占めしようと前のめりになっていたのだ。

 帝国軍は想定外の動きを見せるドッペル王国兵に対応出来ないでいる。
 ドッペル王国兵は二手に分かれた。数の上で劣勢なのは間違い無いが、烏合の衆ではない。マルスの命令で一つに統率されている。強制進化が行われた個体も多く弓矢や中級魔法程度では倒されない。人数こそ少ないが、一騎当千とまでは行かないが、ドッペル王国兵を倒すのに、統率された兵で5-6人は必要になる。統率されていない軍では恐れる必要はない。

 ドッペル王国兵は、二つに別れた集団をさらに3つに分けた。
 一つは奴隷や二級国民の軍への足止めから引き剥がしだ。殺さないように数を減らしていく。そして、うまく引きながら、中央に空白地帯を作る。

 一つは、帝国軍の背後に回り込む。一人も逃がすつもりはないのだ。
 後方に回ったドッペル王国兵は、布陣して逃げようとする者から殺していく。

 最後の部隊は、本体に切り込んだ。
 貴族の天幕を発見して、ドッペルが貴族に成り代わる。これで、この作戦はほぼ終了した。天幕に居た者たちを殺さずにドッペルが擬態だけする。捕縛された貴族や取り巻きは床に転がされる結果になる。残ったドッペル王国兵は帝国軍の後方に抜けて、布陣している者たちと合流する。

 そして、前線で戦っていたドッペル王国兵が奴隷や二級国民に押されて、敗走を始めたように見せかける。
 ドッペル貴族や取り巻きが、正面の関所を突破しろと帝国軍に命令を下す。ただ乱暴に怒鳴り散らすだけなので、命令にもなっていない。ただ闇雲に突撃するだけだ。ドッペル王国兵は、道を開けて関所の中に誘導する。ドッペルが擬態をした者たち以外が関所を通過した所で、門が閉じられる。

「終わったよ」

 ヤスが皆に宣言するように呟く。

「終わった?ヤスさん。捕らえた者たちは?」

「これから、奴隷と二級国民を分離して、後はどうしようかな?」

「帝国に交渉しないのですか?」

「面倒だよ。得られる物も少ないだろう?」

「そうですが、楔の村ウェッジヴァイクの所有権を認めさせるのは出来ると思います」

「うーん。それも必要ないかな?だって、作るのは、神殿でも王国でもないよ?ドッペル貴族の息子だよ?建前は、”王国が新たに作った関所を監視する為”だよ?」

「え?あっ・・・。そうですね」

「うん。王国と同じで、帝国も開拓した場所は、開拓した者たちの物で大丈夫だし、貴族の命令なら貴族の領土として問題ないらしいからね」

 皆が納得したが、結局は何も解決していない。

「それでヤス。残った連中はどうする?」

「解放しようかな?」

「え?」「なんで?」

 アフネスとルーサとヴェストは黙っているが、それ以外がヤスに質問を投げかける。

「うーん。まず、あれだけの数だよ。食べさせるのも面倒だ」

「・・・」

「ねぇサンドラ。もし、貴族たちよりも、先に兵士たちを無傷で解放したらどうなる?」

「え?」

「そのときに、貴族の取り巻き数名の首を持っていってもらったら?」

「・・・。ヤスさん」

「貴族の身代金を相場よりも高くしよう。期日を区切って、楔の村まで持ってこさせよう。それまで、檻に入れて見世物だな」

 皆が黙ってしまった。
 ヤスがまだ帝国を追い詰めるつもりだと感じたからだ。ヤスのやり方では、”喧嘩を売っている”としか思われないからだ
 開放した者たちは無傷だが、貴族たちは檻に入れられて見世物になっている身代金を持ってこさせる場所は奴隷や二級国民と蔑んだ者たちが中心の村だ。兵士たちを開放して貴族だけを捕らえている。その事実が許せないと思う者たちは多いだろう。

「ヤス。それで、楔の村ウェッジヴァイクはどうするのだ?」

「マルス!」

”はい。マスター。地域名ウェッジヴァイクは、奴隷と二級国民の分離が終わり次第、出現させます。準備は終了しております”

「マルス殿。イワンだ。ウェッジヴァイクを出現させると言っているが、どの程度で村になる?」

”個体名イワンの疑問に答えます。地域名ウェッジヴァイクは、マスターの指示で準備を行っております。出現には、5分40秒必要です”

 息を呑む音だけが会議室になった。

「マルス。その楔の村の施設は?」

”はい。マスターの指示通りです”

「わかった。奴隷と二級国民を確保して解放したら、村を作成。石壁は二重に変更。間は5メートル。堀を作成。関所の湖から水を引っ張って、川を形成して堀に水を入れろ。排水は迷宮にしてしまえ。一部村の中にも水を通せ」

”了。制作に2時間。出現に1分20秒必要です”

「準備まで行え。出現は、同時に行う」

”了”

「ヤス。今のは?」

 アフネスが皆を代表するように、ヤスに質問をする。

「マルスのスキルだ。対価を支払って、建物が召喚できる」

「・・・。はぁ?」

「俺にもわからない。そういう物だと思って欲しい」

 ヤスの言い方もあるが、納得できるような話ではない。しかし、スキルと言われるとそれ以上聞かないのがマナーなのだ。誰しもが奥の手を持っていればギリギリまで隠すのは当然の行動なのだ。

 後始末の方向性も決まった。
 あとは実行するだけになった。

 酒精や食べ物がなくなったのを受けて、今日の会議は終了した。
 後始末の結果を報告するとヤスが言ったので、お開きになったのだ。

 王国に続いて、帝国にも集積場が出来た。

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