【第八章 リップル子爵とアデヴィト帝国】第四十五話 帝国の村
子爵たちの処分に目処が付いたヤスは、保留していた帝国への対応を開始した。
マルスからの情報で、帝国軍は、3つの家の連合で作られているようだ。それぞれの家の三男や四男が率いている。連合と言っても、統率が出来ているわけではない。ただ一緒にいるだけの関係だ。兵士数も、各家では3、000の兵士を出して、物資を輸送する兵站を1,000名出している。合計すると1万2,000にもなるが烏合の衆であるのは間違いない。
石壁が始まっている場所で、陣取って動こうとしない。
先に攻撃を仕掛けて、失敗したら笑いものになる。他にも、後ろから攻撃されるのを疑って動けないのだ。
そして、誰かが出し抜くのを恐れている。
ヤスだけアシュリから神殿に戻ってきた。
丁度、カスパルがバスで人を運んできた。帰るので、バスに乗った。リーゼは炊き出しを続けたいと言っていた。サンドラもルーサと詰めの話をした後でリーゼの炊き出しに付き合うと決めたようだ。
「マルス。帝国の動きは変わっていないか?」
『変わりありません』
「そうか、王国側の始末が決まったから、帝国側も始末するぞ?準備は出来ているのか?」
『はい。すでに、神殿の領域を半円で広げています。半径は1キロ程度です』
「わかった。中央は、迷宮区に繋がる洞窟にしたのだよな?」
『はい。難易度の設定は、マスターの指示通りです』
「わかった。まだ開いていないよな?」
『建物や村の施設と同時に開く予定です』
「頼む。さて、ドッペル男爵からドッペル息子を出させて、村を開拓したと思わせたほうがいいだろう」
『手配は終わっております。陣取っている者たちの処遇が終わりましたら、すぐにでも移動させます』
「奴隷商ドッペルにも支店を出させろよ。それから、陣取っている奴らの中にも奴隷や二級国民が居るだろう?全員、解放しろ。解放に値しない奴は、解放後に、神殿の中で過ごしてもらおう」
『了。陣取っている者たちを、数を減らします。その後、捕らえるようにします。攻撃までに選別を行います』
「了解。作戦は、せっかく王国からの客人のおかげで鎧や武器が手に入ったし、指物も有ったから、王国兵として戦って見るのはどう?ドッペルの数も揃っているのだろう?負ける練習が出来るぞ?」
『はい。弱いドッペルも居ますが、一度戦って逃げるだけですから、ドッペルに王国兵に擬態をさせて戦います』
「そうだな。逃げて、”中に誘導できたら門を作る”だったな」
『はい』
「よし、実行してくれ。別に取り逃がしてもいい。奴隷や二級国民はできるだけ確保」
『はい。選別が終了する。明日の朝に実行します』
「頼む」
『了』
ヤスの役割はこれで終わりだ。
王国側の後始末もすでに動き出している。
ローンロットに運ぶ方法は、サンドラが考えるらしい。ルーサもヴェストも準備を手伝うと言っていたので大丈夫だ。ローンロットに居るエアハルトは嫌そうな反応を示しているが、ヤスから頼まれれば嫌とは言えない。関所の森の中に牢獄を作るとヤスが提案したので納得したのだ。
ローンロットまでは、首輪を繋げた状態で街道を歩いていく。見世物になるのは間違いない。辺境伯領や近くの貴族には通達を出している。情報を公にして、子爵家や男爵家を助けようとする者が居れば襲ってくるだろう。それを迎撃するのが目的なのだが、サンドラもルーサも助け出そうとする者はいないと考えている。
ヤスは、明日の朝に戦果を見る。
寝る前に風呂に入っている時に思い出した。
言わないとまた怒られる可能性があるのを思い出したヤスは、慌てて主要人物に連絡を取った。
時間は、夜だと言ってもいい時間だ。サンドラがアシュリに居たのも影響しているが、ルーサも神殿にやってきた。リーゼの運転だ。リーゼは会議には参加しない。
会議は、ルーサ。サンドラ。ディアス。カスパル。ドーリス。ミーシャ。ディトリッヒ。ヴェスト。エアハルト。イチカも近くに居たので、ヤスが連れてきた。少しでも味方が欲しいと思ったのだ。そして、リーゼがアシュリから移動するときにユーラットに寄ったので、アフネスとダーホスも参加している。
集めた後で後悔したヤスだったがもう遅い。サンドラは、なにか問題が発生した時の為に、クラウスとハインツに通話を繋げるつもりだ。巻き込むのなら、多いほうがいいと皆が思っているのだ。
セバスはヤスの後ろに立ち、機器の操作や補足説明をする。ツバキは本来の役目に戻って、給仕をしている。ファースト。セカンド。サード。ファイブ。シックス。セブン。エイト。ナイン。テン。イレブン。も、集まって準備を手伝っている。
会議の口火を切ったのは、アフネスだ。
「それで、ヤス。今度は、何をやらかした?」
「やらかしたって、明日の朝に関所の近くに陣取っている帝国軍を蹴散らすだけだぞ?作戦も、マルスと考えたから、問題はない。実行後に、二級国民や奴隷の村を作ってもらおうと思っているだけだ。あっなんとかいう貴族が協力してくれるのが確定している。奴隷商人も支店を出して、奴隷や二級国民の解放を行う。あと、そうそう、なんとかって言う教会の司祭も協力してくれる。商人も話が着いている。帝国にローンロットの様な場所が出来るから、拠点が出来る。あと何だったかな・・・。あっ!その村の中心に神殿の迷宮区と同じ様に魔物が出る場所が出来るみたいだな。難易度は迷宮区の中層からと同じ位なはずだ。あぁ最終層に到達しても、神殿みたいに攻略にはならない。何か神殿で要らなくなったアーティファクトが入った宝箱は出るけど、それだけだ。どちらか、どちらかと言えば村の資金源と食料確保のためだな」
ヤスは、一気に言い切った。誰かが口を挟む空きを与えなかった。
ヤスの言葉を聞いて、この場で話を聞いたのを後悔した者は6名。すぐに父親に連絡した者が1名。立ち上がってなにか言おうとした者が1名。頭を抱えたものが1名。理解出来なかったものが2名。
「まず、ヤス。帝国が攻めてきているのは本当なのか?」
「ん?見る?セバス!」
「はっ」
ギルドの会議室に集まって話を聞いている皆の前にスクリーンが降りてくる。ヤスにはお馴染みのプロジェクターで投影するのだ。セバスがコントローラーを操作すると、帝国が陣取っている場所が投影された。
この表示を見て帰ろうとした者は後悔した者6名のうち3名だったが、隣に座っている者に腕を掴まれて逃亡に失敗した。
「わかった。これはいつの絵だ?」
「ん。今・・・。正確に言えば、1秒くらい前かな?」
「なぁヤス。お前は、ここにいながら帝国軍の奴らを見て、攻め方を考えて、指示を出せるのか?」
「そうだね。でも、それはルーサやヴェストもやったよね?」
エアハルトを含めた3人がうなずく。サンドラも承諾している内容だ。サンドラは父親を巻き込むのに失敗したようだ。リップル子爵に関する後始末で王都に旅立った後のようだ。
「わかった。それで、数は?」
「うーん。1万2千程度で、今、奴隷と二級国民を選別している。それが、明日の朝には終わるから、殲滅しようと思っている。辺境伯に聞いたら、貴族とか貴族の子弟を捕らえたら身代金が貰えるらしいから、できるだけ無傷で捕縛しようとは思っている」
「サンドラ!クラウスは、ヤスに何を教えた!」
アフネスの怒りの矛先は、サンドラに向けられる。
「知りませんよ!私だって、この話を聞いたのは今日が初めてです。それに、もう一つの問題もまだ片付いていないのに・・・」
「もう一つの問題?」「え?なにか、まだあるの?」
ヤスはすっかり完全に忘れている。侯爵の直筆の手紙が5通見つかって、届けられるとサンドラに伝えてあったのだ。
「あぁ侯爵の手紙?あぁうん。うん。アイツら持っていたことにするよ?」
「ヤス。手紙なんて初めて聞いたが?どういう事だ?ドーリス。ダーホス。それに、イチカとか言ったね。あと、ミーシャとディトリッヒとカスパルとディアスは、この先を聞きたくなかったら部屋から出たほうがいいようだよ」
結局、誰も出ていかなかった。ただ、内容次第では、ドーリスとダーホスは聞かなかったことにすると宣言した。
ヤスの夜は長くなりそうだ。
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