【第八章 リップル子爵とアデヴィト帝国】幕間 クラウス辺境伯。神殿を視察3
儂は、クラウス・フォン・デリウス=レッチュ。バッケスホーフ王国の辺境伯だ。絶賛、後悔中だ。好奇心に負けた過去の自分を殴りたい。
「クラウス殿。ここが貯蔵庫だ」
「貯蔵庫?」
「そうだ、ここで蒸留酒を寝かせている」
「しかし・・・」「そうだ、単純に寝かせているわけではない。ヤスが作った部屋で、端から1年。2年。4年。8年。16年。32年。と、なっている」
「??」
「嬢ちゃんに聞いていないのか?」
「えぇ何も?」
「そうか、それじゃしょうがないな。この部屋は、広さは20メートル四方くらいの部屋で、1日で言った年数が進む部屋だ」
「は?」
「扉を閉めている間だけ、時間が加速すると考えればいい」
「・・・。イワン殿?それは」
「本当だぞ。さっき試飲しただろう?あれは、8年物だ。神殿でも、この部屋があるのは、儂らの工房だけだ。エルフたちの果樹園は、エルダーエントやドリュアスの恵みがあるから通常よりも早く収穫できる上に品質もいい。それらの果実を使って、酒精を作って蒸溜して寝かせている。実験的に作った物も多いからな。味がよかった物から、量産している」
確かに、ここはドワーフの聖地だ。うまい酒精で、酒精が強い飲み物が揃っている。それだけではなく、数も揃えられる。
「値段は、嬢ちゃんに聞いてくれ」
「え?」
「だから、値段だよ。欲しいのだろう?」
「もちろんですが、値段を公表していると言うのは?」
「かなり前から嬢ちゃんたちには言っているぞ?ヤスからも、娯楽品や嗜好品は売っても構わないと言われている。実は、工房で作った二級品の酒精が大量の在庫になっていて、困っている。クラウス殿。安くするから、買ってくれないか?あと、武器と防具と日用品や魔道具も頼む」
「は?」
「後で嬢ちゃんに言っておくが、魔剣や聖剣もできれば買っていって欲しいが、止められているからな王家に献上してもいいが、数本だろう?出来た酒の置き場の方が大事だからな。儂たちが飲んでいるが、出来る方が早い。ワインを蒸溜した物を32年の部屋で・・・。お!飲んだほうがいいな」
何を言っているのか理解することを頭が拒否した。しかし、話しはそのまま進んだ。
儂は、表で売っていた武器や防具や日用品を買えるのか?ここで作っている酒も買えるのか?
そして、イワン殿が戻ってきて出された透明なグラスに琥珀色の液体が満たされている。ここで作った酒精だと言われた。出された琥珀色の飲み物を口に含んだ瞬間にすべてがどうでも良くなった。
「イワン殿。これは?」
「ヤスは、ブランデーと呼んでいたな。凄まじいだろう?32年の部屋で、5日間置き忘れていたら、最初の量の半分以下になってしまった残りだ。160年近く寝かせた物だ。ここには、それに匹敵する物が多い。儂たちが常に飲む物だ」
「・・・。確かに、これを飲んでしまうと、先程まで至高だと思っていた物が二級品と言われても納得してしまいますな」
「ハハハ。これが解る人だとは嬉しい。2-3本持っていけ!タダでくれてやる。その代わり、二級品をさばいてくれ、置き場所の為に、ヤスに工房の拡張を頼むのもあまり頻繁だと悪いからな」
「・・・」
惜しいが、1本は王家に献上しよう。ヤス殿からの贈り物として・・・。それから、武器と防具も娘と相談だな。酒精は、商会を通したら・・・。ダメだ。通常ルートでは、王国にある酒精を作って居る貴族が何を言い出すかわからない。王家と儂の派閥だけで・・・。娘たちが売りに出さなかった理由が解る。売りに出せば、確実に問題になる。欲しがる者が殺到するだろうし、提供が少なければ値段が高騰する、多ければ既存の製作者が潰れる。
本当に聞かなければよかった。
「イワン殿。在庫は?」
「二級品か?武器と防具は、二級品未満の物は冒険者と商隊が買っていくから、ある程度は捌けているが、奥の工房で作った武器と防具と魔道具が売れ残って困っている」
「作らないという選択肢は?」
「ないな」
解っていたが、はっきりと言われてしまった。
「ヤスの奴は、俺たちがなにか作ると、新しい製法や理論を考えるからな。実験がてら作っているだけだからな。酒精は辞めないぞ?儂たちの命だからな」
「酒精は諦めました。それに、ドワーフ族が増えたら、消費も増えるでしょう。際限なく飲めるでしょう?」
「ガハハ。そうだな。ドワーフ族が増えれば、儂のようなエルダードワーフも来るだろう。そうなったら、在庫の問題も解決だな」
ん?今、聞いてはならない情報が耳に入ったが、スルーさせてもらおう。
イワン殿が、ドワーフ族の王族に連なる、エルダードワーフだとは聞いていないし、知らない情報だ。
「イワンさん。お父様。そろそろ次の視察に向かいたいのですが?よろしいですか?」
正直な思いとしては”助かった”と思った。これ以上、この場に居ると知りたくない情報が入ってきそうだ。
「お!嬢ちゃん。クラウス殿が、在庫を処分してくれると約束してくれた」
娘の視線が痛いが、これ以上の情報は欲しくないし、儂が考えを拒否している最中に、話が進んで、なんか買うと決まってしまったのだ。
儂になにが出来たと言うのだ!
「はぁ・・・。わかりました。多分、そうなるだろうとは思っていました。お父様。値段や量などは、後日でよろしいですか?」
「それで頼む。頭がパンクしそうだ」
儂と娘が立ち去ろうとした所で、イワン殿が何かを思い出したのだろう、娘を呼び止めた。
「嬢ちゃん。ヤスから、渡されて困っている物がある。相談に乗ってくれ」
「・・・。はぁいいですよ?でも、アブソーバーみたいな物は困りますよ?」
「ハハハ・・・。はぁ・・・。嬢ちゃん・・・。すまん。先に謝っておく」
「え?」
娘が言ったアブソーバーも気になったが、イワン殿が先に謝るような物とは?
イワン殿が奥から、抱えられる程度の箱を持ってきた。なぜ、儂は、この時点で逃げなかったのか・・・。嫌な予感はしていたが、好奇心が勝ってしまった。
「これは?」
イワン殿は、箱を娘に渡した。娘は、受け取ったあとで中身を聞いたが、イワン殿は、開けて中身を見て欲しいと言っている。
娘は、諦めたようで、箱をテーブルに置いて蓋を開ける。そこには、瑞々しい葉っぱと神気さえ感じる枝。そして、蓋はしてあるがそれほど豪華でなない入れ物に入った水のような物だ。娘を見ると、顔色が赤くなってから青くなって・・・。今は、白に近い色になっている。
「イワンさん。ヤス様のことですから、これだけではないですよね?」
「正解だ。葉っぱは、100キロ。枝は200キロ。樹液に関しては、ほぼ無制限にある。奴は、あのバカは、この樹液で果実水を作ったら美味しかったから、酒の原料に使って欲しいと言ってきた。葉っぱや枝は、不純物を除くし、”菌”を殺すから、部屋の浄化にも使えるだろうと・・・。どうしたらいいと思う?」
「・・・。イワンさん。それで作ったのですか?」
娘がイワン殿を睨む。イワン殿も諦めたのか、正直に言った。
「・・・。作った」
何を作った。そもそも、それは?
「サンドラ?イワン殿?」「お父様・・・。後悔しますよ?」
「クラウス辺境伯様。これは、精霊樹の葉と枝だ。水は、精霊樹の樹液だ」
「・・・・・・・・。えぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!?せ、精霊樹?今、確かに精霊樹と言いましたか?」
娘が頭を抱えている。娘の魔眼なら、精霊樹の素材だと解ったのだろう。
「イワンさん?」
「すまん。巻き込みたかった」
「それはもういいです。お父様も自ら聞いたのです、自業自得です。それで?作った物は?」
イワン殿が別の箱を持ってきた。さきほどの箱と比べて大きめだ。
凄まじい効果がある。儂も欲しい。王家も欲しがるだろう。いや、貴族だけではなく、値段次第では誰もが欲しがる。
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