【第三章 ソーシャルストーカー】第二話 依頼説明

 

 5分くらい遅刻して、クライアントが到着した。
 打ち合わせの部屋は、もう一つの応接室になるようだ。

 最初に、未来さんが、クライアントを話をして、俺が調査を受けるのか、話をする事になる。

 先輩たちは、すでに、クライアントのところに行っている。
 俺は、この部屋で待機している。

 10分くらい経過したところで、副会長が俺を呼びに来た。
 この時点で疲れて見えるのは、多分気のせいだろう・・・そう思いたい。

 部屋に入ると、大きめのテーブルの上座の位置に、”お嬢”と呼びたくなるくらいの女性が座っている。その後ろに、護衛だろうか、黒服の女性が2人と男性が1人立っている。先輩たちは少し疲れた顔をして、少しずれた位置に座っている。

 俺は、言われるままに未来さんの横に腰を下ろす。自然と、お嬢の正面に座る事になる。

「それで、この男性が問題を調べてくれるのですか?」

 いきなり言われるとは思っていなかった。

「篠崎といいます」
「わたくし、貴方のお名前に興味がなくってよ。それよりも、貴方なら、わたくしの問題を解決できると聞いたのですが、できるのですか?」

 帰ろうかな・・・帰ってもいいよな。

「そんな貧素な高校生に頼むなんて事はしたくなかったのですが、弁護士先生の紹介でもありますし、お二人の問題を解決したという事ですので、お話くらいは聞いて差し上げます」

 ユウキを連れてこなかったのは正解だな。トラウマ以前の問題だ。

「わたくしの事はご存知だとおもいますので、さっさと問題を解決してくださらない?」

 席を立とうしたら、未来さんに服を掴まれた。先輩たちも、手を合わせている。

「必要なお金なら心配しなくてよくってよ。あなた程度では見ることができない報酬を用意いたしますからね」

 椅子に座り直して、用意されているお茶で一息入れる。
 テーブルの上に両手を出して、殴らないように、指を絡める。

「はぁそれで?私は、あなたがどこの誰様なのか知りません。状況は、未来先生と先輩たちより伺っていますが、情報が絶対的に足りません。それだけで解決できる物ではありません。そもそも、落とし所はどう考えているのですか?それによっては、ご協力できない場合もあります。私は、探偵でも、警察でも、弁護士でも、便利屋でもありません。あなたに唯々諾々と協力する義務も恩義もありません。ただネットワークが好きで、プログラミングが好きで、電脳世界が好きなだけの一般人です」

 副会長は、笑いをこらえている。会長は、”やっぱりね”という顔をしている。
 でも、後悔は一切ない。”バカにされたまま、仕事をするな”は、オヤジからも桜さんからも言われている。俺の家の家訓だ。”お嬢”をにらみつける。心が自然と落ち着いていく。

 沈黙だけが流れていく、何も反論が無いのなら・・・。

「何も無いのですね。それでは、私は帰ります。ご縁がなかった事、残念に思いますが、どうぞ、ご自分の狭い世界での解決をお祈りいたします」

 椅子から立ち上がる。

「お待ちなさい!」

 ”お嬢”が立ち上がって、俺を呼び止めるようだ。
 無視して、
「未来さん。先輩方。申し訳ありません。別に、お金に困っていませんし、気持ちよく仕事ができそうに無いので、ここで失礼します。また別件で何か有りましたら、お声がけ頂けたら幸いです」

 ドアの方に歩みを進める。

「”待ちなさい”と、言っているのです!」
「はぁ?あんた、何様なんだよ?俺は、あんたの関係者じゃない。少なくても、俺は一度、あんたに礼儀を示した。それを、あんたは、非礼で返した。非礼をかえす相手に、俺が礼を尽くす必要があるのか?あんた、何様だ!親がどんなに偉いか知らないが、あんたは、ただのわがままなで無礼な”お嬢”だよ。困っているのは、俺じゃない、あんただよ”お嬢”。勘違いしているようだから指摘してやるが、あんたに今まで従っている人は、あんたではなく、あんたの親の金や権力や人脈や魅力に頭を下げているだけで、あんたの魅力や、あんたの築いた物事に頭を下げて居るわけじゃない。”お嬢”。あんたは、ただのわがままで無礼な可哀想な人だよ。権力なんて、使い所を間違えれば、哀れなだけだ。ストーカの一人も見つけられない程度の権力なんだろうからな。ソーシャルストーキングされている事も気が付かないまま、毎日の様に顕示欲を示すために、承認欲求を満たす為に、写真や文章や個人状を上げ続ければいいさ。あぁ確かに、あんたの親や親族はすごいかも知れない。だが、あんたは、何もできない、ストーカに怯える可哀想な一般人だよ。”お嬢”!」

 場を沈黙が支配する。
 未来さんは、俺の性格をわかっているのだろう、好きにしろという雰囲気を出している。さすが、オヤジや桜さんと付き合えるだけ有る。
 会長と副会長は、目を丸くしているが、何か納得している。

「それじゃ帰ります。失礼しました」

 護衛の人に、頭を下げる。
 向き直って、未来さんと先輩たちにも軽く会釈する。

「ハハハ。いや失礼。蘭香。お前が悪い。篠崎殿。申し訳ない」

 護衛の一人が俺に向って、頭を下げる。
「お兄様!わたくしは」「黙っていなさい。蘭香。篠崎殿。今一度、私たちにチャンスをもらえないか?」

 未来さんも、先輩たちもびっくりしている。
 仕込みじゃ無いようだ。

「いいですが、マイナスからの交渉になりますが、それでよろしいのですか?別に、私でなくても、ソーシャルハッキングの事を考えれば、護衛の皆さんを使って、ストーカなら見つけ出せると思いますよ?」
「本当に、篠崎殿は、高校生なのですか?すぐにでも、僕の腹心になって欲しいくらいですよ」
「高校生ですよ。家と、幼馴染の家が少しばかり特殊なだけですよ」
「ハハハ。その辺りの事は、人間関係ができてから、是非聞かせてほしい。まずは、交渉を行いたいが、問題はないか?僕は、春日晴信という。春日と呼ばれるのは、好きじゃないので、晴信と呼んでほしい」
「わかりました、様。それで、私に何を望みますか?」

 椅子に戻らないで、壁に寄りかかった状態で返事をする。

「あなた、お兄様が」「蘭香。先に礼を欠いたのは、僕たちだ。彼が、篠崎殿が椅子に座ってくれるようにするのも、交渉だ」「しかし・・・」

「あぁ済まない。身内の非礼。重ねてお詫びしよう。キミへの望みだが、まずは、正常な交渉を行いたいのだが、いいだろうか?」
「・・・わかりました。貸一つで手をうちます」
「キミへの貸しか、高く付きそうだな・・・わかった、なんでもとは言わないが、キミからの要望は僕が責任持って受け入れることにしよう。これでいいかい?」
「いいでしょう。晴信様の謝罪は受け入れます」

 座っていた場所に腰をおろした、空いていた椅子に、春日晴信が座る。

 俺が座った事を確認して、春日晴信が話し始める。
「怖いな。こんな、怖い交渉は久しぶりだよ。蘭香。キミは、部屋から出ていなさい!」
「お兄様・・・しかし、いえ、わかりました」

 護衛の一人が、お嬢様に付き添って、部屋から出ていこうとする。
「未来先生。部屋を一つ使って申し訳ないが、蘭香を待たせておきたいがいいですか?」
「構いませんよ」

 内線で、事務員を呼んで、部屋に案内するようだ。

「さて、篠崎殿」「”くん”でも、”キミ”でも、いいですよ。晴信様からみたら、高校生の餓鬼ですからね」
「そうか、それなら、下の名前を聞いてもいいかい?」
「”タクミ”といいます。晴信様」
「ハハハ。本当に、蘭香じゃ相手になるわけがないな。わかった、タクミくん。僕が、キミに望むのは、蘭香をストーキングしている連中の手口の特定と、再発防止案の確定。できれば、ストーカ連中の特定だ」

 ちょっと待て、一人じゃないのか?
 ストーカのグループがあるのか?

「晴信様」「呼び捨てでいいよ。タクミくん」
「・・・晴信。少し確認したい。未来さんから渡された資料には、ストーカの特定はできていないとなっていた。その上で、複数形ではなかった。しかし、今、”連中”と呼称した、ストーカが複数。または、グループなのか、それは確定なのか?」
「そうだ。あくまで蘭香の意見だが、複数であろう」
「そうか・・・」

 複数だと、厄介な問題が残る。
 全員を特定しないと、ストーカ行為が継続する可能性がある。

「複数だと何か問題なのかい?」
「いえ、ご要望に関しては、問題ないと思いますが、妹さんへのストーカ行為をなくすのは難しいと思います。仮に、今のストーカが、妹さんの近辺に居ないとしたら、対策を行えばある程度は終息するとは思いますが、完全になくすのは難しいです」
「あっその件なら、タクミくんは気にしなくていい。ストーカ被害は、妹、愚妹の責任だから、残ってしまっても、しょうがないと思っている。大事なのは、これ以上増えない事と、どうしたら再発しないのかだからな。実家に迷惑がかからなければ問題ない」

 何か、複雑な事情が有るのだろう。

「わかりました。どれを優先しますか?現在のストーカを特定するのなら、方法を考えます。特定しなくていいのなら、妹さんの現状の活動をお聞きする事になります。再発防止は、その後になります。簡単に言えば、妹さんはどこまで協力してくれて、どこまでの事ができるのですか?」
「どういうことだい?」

 簡単にいま出ている情報からの予測だという前置きをして説明した。

— ソーシャルストーキング
 ソーシャルメディアに投稿している内容をウォッチして、活動や行動を推測したりして、行動の先回りをしたりする行為。ネットワーク上でのつきまといが殆どで、”ストーカ規制法では規制できない”

 未来さんからの補足も入る。
 この問題が難しいのは、迷惑行為であるのは間違いないが、規制できる事が少ない事だ。
 リアル世界でのストーキングなら、罰する事や接近禁止などができるが、ネットワーク上の事では、接近禁止なんて事は無意味だ。法整備が追いついていない一面である事は間違いない。

 蘭香と呼ばれていた”お嬢”が、どんなSNSをやっているのかわからないし、設定がどうなっているのかわからないが、どこかに出かける時に、”インスタ映え”とか言って、画像を撮影して投稿したら、その画像からもかなりの情報を読み取る事ができる。
 少なくても、ストーキングする者にとっては、宝の山だ。

 プロジェクターにパソコンをつないで、適当なソーシャルメディアから、適当な画像を選び出す。
「タクミくん。本当に、申し訳ないが、少し休憩を入れていいかい?」
「私は問題ないですけど、未来さん大丈夫ですか?」
「えぇ構いませんよ。春日様の後ろには予定を入れていません」

 10分程度の休憩を取る事になった。
 副会長が面白そうな顔をして近づいてくる。

「キミ。すごいね。春日家の者に、あそこまで言った人間を、僕は知らないよ。惚れてしまいそうだったよ」
「それは、美優先輩を捨てて、俺のところに来るということですか?」
「タクミくん!」「うーん。それもいいかも知れないけど」「梓!」「いや、やっぱり、やめておくよ、ユウキに怒られそうだからね」
「え?ユウキ?なんで、ユウキが?」

 急に、ユウキの名前が出てきた。
 今の流れでは、ユウキは関係ないと思うのだけどな。

「はぁ・・・未来先生」

 未来さんは、お手上げのような雰囲気を出している。
 まぁいい。それよりも気になった事がある。

「副会長。春日家って・・・あの春日家なのですか?」
「ハハハ。やっぱり、知っていたのだね。そうだよ、あの春日家だよ。でも、分家だったと思うけどな」
「本家筋という事ですか?」
「さぁな。気になるのなら、聞いてみればいい」
「いや、別にクライアントであるのなら、別に誰だろうと関係ないです。リアルを調べるわけではないので、俗世界はそれほど関係無いですからね。そうですか、春日家なのですね」

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