【第五章 共和国】第五話 原因
御者台に座っていたクォートが、俺の所まで来た。
「旦那様。本日は、このまま野営になると思います」
他の馬車も、野営の準備を始めている。馬車の前後に空間があるが、馬車を道と垂直になるように移動するのが、この辺りのマナーのようだ。
「シャープ」
「はい」
「数名で動いている行商人に、野営時のマナーを聞いてきてくれ、付け届けにホワイトベアーの牙を渡してみてくれ、あと、行商人と交渉して、荷物を売ってくれるのなら、買い取ってきてくれ」
「かしこまりました」
シャープが、ホワイトベアーの牙を持って、野営の準備を始めている行商人に近づいて、挨拶をしている。
「クォート。ひとまず、馬車を周りに合わせて、移動してくれ、シャープが聞き出してきたマナーに合わせて、野営をしよう」
「かしこまりました」
俺が作った馬車は、他の馬車と違って、回頭性もしっかりと考えている。
馬車を動かすだけでも、周りの者たちは、大変な様子だ。
垂直にする理由がわからないが、マナーだと言われたら、従っておくのがいいだろう。面倒な対応を考える時間が減らせる。
それにしても、道に対して垂直に変更して、元々の馬車の幅が、俺たちが利用できる幅になっているようだ。
長い馬車は、道に垂直にしてしまうと、道を塞いでしまう。
そうか、野営しているときに、後から来た者たちが、先に行かないようにするための処置になっているのか?
俺の作った馬車のサイズは一般的な物になっている。そのために、馬車がギリギリ通られる程度には、道には隙間があるが、商品を積んでいる馬車は、荷物を広げて商売をしている。
通れそうで通られない状況を作り出している。
考えられている。
誰がやり始めたことなのか、わからないけど、意味は存在している。
「旦那様」
シャープが戻ってきた。
「どうだった?」
シャープが、行商人に聞いてきた話を総合すると・・・。
「そうか、”よくある”話なのだな」
「はい。最近になって増えてきた印象があるらしいのです」
「どういうことだ?」
「はい。どこかのダンジョンが攻略されて、一つのホームに支配されたらしく、その攻略されたダンジョンがある街と貴族家が潤っているのを見て、共和国にあるダンジョンに視察に赴いて・・・」
「はぁ・・・。カルラ」
「はい」
「シャープの話は知っていたのか?」
「いえ、とある公爵家の派閥の方々が、共和国にあるダンジョンに興味を持っているのは掴んでおりましたが、まさか・・・」
「そうだよな。そんな、くだらない理由だとは思わないよな?」
愚かな貴族の一部は、ウーレンフートの発展と、ウーレンフートに引っ張られるように経済が回りだしているライムバッハ家の躍進は、ダンジョンからの資源だと考えていて、国内のダンジョンはすでに貴族家が管理していて、手出しが出来る場所は存在しない。
そのために、共和国に存在するダンジョンを武力で制圧して、専有しようと考えたようだ。
確かに、共和国は中央の政治基盤が弱く、地方で勝手にやっている者たちが多い。
しかし、王国の貴族を受け入れてかつ、ダンジョンを明け渡すような者がいるとは思えない。出来たとしても、実質的な支配が限界だろう。
そして、関所で揉めているのは、そんな貴族が派遣した部隊への支援物資を送る馬車たちなのだ。
行商人からの情報では、軍事物資の持ち出しに相当する”やばい”物を積んでいる場合が多く、それらを指摘されると、逆ギレする。そして、上の者が対応して、さらに上の者と対応するようにと、先送りされる。
国直轄の関所で、前までは、公爵派閥の力が強く影響しているのだが、どこかの貴族家の殺害で評判を落とした、公爵家の派閥は力を落とした。国境の関所は、通常の、まともな警備兵が検査を行っている。そのために、”やばい”ものが持ち出せなくなっている。
以前は出来ていた力技での通過が不可能になり、ごね始める貴族や貴族の関係者が増えている。
行商人たちは、”しょうがない”と思っているようだ。
「それで、旦那様。物資を買い占めた行商人から感謝の言葉を頂きました」
「どうした。彼らも商売なのだろう?お土産がよかったからと言うわけではないのだな?」
「はい。共和国に行かないと、売れない物を多く取り扱っている行商でした」
「ん?」
今度の説明は短い。
簡単に説明を終えて、俺の表情を伺っている。そりゃぁ行商人だから、売れる物を持っていくのは当然だろう?
「旦那様」
「カルラ?」
「旦那様。共和国でしか売れない物資を持った行商人が恐れるのは?」
「恐れる?まずは、共和国に入られないことだろう?でも、シャープが買ってきた物は、日持ちはするし、数日程度の足止めは問題にはならない」
「はい。行商人も、2-3個や一種類だけの買い占めなら、それほど感謝をしなかったと思います」
「だよな?全部買ってくれたから感謝したのか?」
「それも当然あると思います。根本の気持ちは、違います」
「うーん。あぁ・・・」
シャープもカルラも言ってくれればいいのに、やっと気がついた。
共和国の治安が悪くなっていると聞いていた。
そうだよな。共和国でしか売れない物は、共和国では”必要とされている”物だ。たしかに、高く売れるが、野盗たちもそれは同じで、狙われる可能性が1段も2段も上がってしまう。
在庫だけでも処分したいけど、売れるのは共和国だけだとしたら、行商人としては損切りを考えて、売るのを諦めるか、同業者に買い叩かれるしか方法は無いわけだ。治安が通常に戻るまで持っていられるほど、行商人に資金力があるとは思えない。
「そうか、そこまで治安が悪化しているのだな」
今度は、行商人たちに話を聞いてきたシャープが答えてくれる。
「はい。2年前から、治安の悪化が始まったようです」
「カルラ。何か、聞いていない?」
「治安の悪化が始まったと言われていますが、主な原因が存在しないので、小さな原因が積み重なった結果だと考えられています」
「そうか・・・。わかった。貴族の話は、クリスに対処してもらおう」
「旦那様」
カルラだけではなく、シャープも悲しそうな表情をする。
「どうした?」
「そこは、嘘でも・・・」
カルラも”嘘でも”とか使っているから、俺の考えていることは理解しているのだろう。
確かに、”ユリウスに動いてもらおう”が正しい言い方だろうけど、実際に頼りになるのは、”クリス”だ。
「そうだな。でも、ここで、あいつらの名前を出して、誰かに聞かれるのは危険だと思わないか?」
「・・・」
カルラが、俺が本心から言っているのか疑っているのだろう。
実際に、心にも思っていない出任せを言っている。
でも、この場所で俺たちと、ユリウスやクリスの繋がりを聞かれるのは、よろしくない。
それなら、名前をはじめから出さなければいい。
「はぁ・・・。わかりました。すぐに動いて、改善するような事ではありません」
「そうだな。クリスの耳に入れておけばいいだろう」
「かしこまりました。次の報告書にしたためます」
話の切れ目を待っていたのだろう、クォートが呼びに来た。
野営の準備が出来て、食事の準備ができたようだ。アルバンとエイダが手伝いをしていた。
治安の悪化は、聞いていた。
王国内の治安もお世辞にもいいとは思えないが、俺は舐めていたのかもしれない。どこか、俺たちなら大丈夫だと安心していた。どこに、安心出来る材料があるのかわからない状態で、漠然と大丈夫だと思ってしまっていた。
準備をしてきた。
出国前に停滞したのは、考えをしっかりとリセットするのに丁度良かった。俺たちは、強者ではない。弱くもないが、治安が悪い場所を笑って通れるような強さはない。もっと精進しないと・・・。
そのために、共和国に行くのだ。目的を履き違えない。物見遊山の気分が心に生まれていたかもしれない。注意しよう。
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