【第十章 エルフの里】第十二話 交渉?

 

 ヤスの目の前には、FITに攻撃を仕掛けた愚か者たちが、気絶した状態で放置されている。

『マルス!』

『はい』

『愚か者は、ここに寝ている連中か?』

『否』

 ヤスの顔からは、”やっぱり”という表情が読み取れる。
 実際に、FIT に攻撃してきた者たちは、先にFIT を盗もうとした者たちを助け出そうとした。何も出来ないと悟って、攻撃を加えたのだ。

『そうか、ひとまず、商人に話を・・・。面倒だな』

『マスター。個体名ラフネスに連絡して、引き取らせることを提案します』

『それが良さそうだな。マルス。ラフネスの居場所を調べられるか?』

『是』

『頼む』

『了。個体名ラフネスをサーチ』

 検索結果が出るまで、ヤスは黙っていた。すぐに結果が出ると考えての行動だ。

『個体名ラフネスの居場所を特定。マークを設定』

 ヤスは、ヘッドマウントディスプレイ型になっているメガネを取り出して、装着する。

『データを転送』

『了。終了しました』

 ヤスは、現状を利用して、エルフに楔を穿つ方法を考えているが、元々、この手の頭を使う作業が得意ではない。しかし、それ以上に、エルフは”脳筋”とは違うが、思考停止になりやすい種族のようだ。特に、里で暮らして、同族としか接してこなかった者は、プライドが高いだけど愚か者になってしまっている。ヤスが考える程度の策謀なら、アフネスはもちろんだが、ラナにも看破されてしまうだろう。
 しかし、プライドと自種族の優位を信じて疑わないエルフには十分な策謀になってしまう。

 引き取らせるのは確定としても、ただ渡すだけでは意味がない。ラフネスに、エルフにエルフを裁かせる必要がある。

 ヤスは、地図が示す場所に移動した。
 中から、金切り声が聞こえてくる。女性が興奮して、誰かを詰っているようだ。ヤスは、ノイズと同一の物と解釈して、無視することに決めた。

 扉はあるが、開けられている。他の家を見ると、同じように扉は開けられた状態だ。どうやら、エルフとしては扉を開けておくのは、普段からの行いなのだろう。ヤスは、扉に近づいて、少しだけ強めに扉を叩く。

 一度では無理だったので、数回目に中から返事があった。

「ヤ・ヤス様」

「ヤ・ヤスではないが、ラフネス。少しだけ時間を貰えるか?」

「え?あっ大丈夫です。しかし、少しだけお待ちいただけますか?」

「あぁ大丈夫だ。表で待っている」

「わかりました」

 ヤスは、扉から少しだけ離れた場所に移動した。相変わらず、ノイズは続いているが、徐々に小さくなっていく。
 5分ほど待っていると、ラフネスが現れた。何をしていたのかは、問いかけないで、ヤスは本題を切り出す。

「ラフネス。俺とリーゼが使った、アーティファクトを知っているよな?」

「え・・・」

「知っているよな?」

 ヤスは、確認の意味を込めて、ラフネスを睨みながら、同じ質問をぶつける。

「・・・。はい」

 ラフネスは、ヤスの怒りがわかっている。原因にも心当たりがあった。
 先程まで問い詰めていた者が原因でもある。

「そうか、それは、話が早くて助かる。俺のアーティファクトを狙った者たちを捕らえた」

「え?」

「アーティファクトは、俺の所有物だと認定されている。王国にも認められている」

「・・・」

「意味がわかったようだな」

「っ」

「俺には、盗難の実行者だけではなく、盗難に関わった者や、盗難を指示した者を処断する権利を持っている。神殿は、自治権を持つ小国と同じだ。そして、俺は、その国の代表でもある。意味は解るな?」

 ヤスが言っている内容をしっかりと認識したラフネスは、顔を真っ青にした。
 神殿の主で、人族の青年だと単純に考えていた。エルフと違い、短命の人族なら対応は簡単だろうと、どこか甘く見ていた。ヤスとリーゼの話を聞いた後でも、ヤスは短命の人族だから、ヤスが老いてからリーゼを取り戻せばいいと簡単に考えていた。ヤスと対面して、怖さを感じていたが、”所詮、人族”という見下した感情を完全に消し去ることは不可能だった。

「・・・」

「わかった。ラフネス。俺は、俺の持っている権限で、俺のアーティファクトに攻撃をしてきた者を含めて、処断する」

「・・・。処断?」

「当然だろう?悪いことをしたら、罰がある。当然のことだよな?」

「・・・。証拠・・・。そう、証拠は?」

「必要か?俺が、俺の権限で捕まえた者たちを処断するだけだ。お前・・・。お前たちに知らせただけ温情だと思うが?」

「なに・・。何が、温情?」

「あ?そうだろう!ラフネス。俺のアーティファクトに手を出した。実際に、攻撃を加えた愚か者も存在する。見るなとは言わない。しかし、盗もうとするのは、盗賊と何が違う?盗賊なら、その場で殺害しても誰からも文句を言われない。違うか!」

「違う。盗賊ではない!エルフ族だ」

「だから、なんだ。エルフ族は、人の物を盗まないのか?騙さないのか?殺さないのか?嘘を吐かないのか?」

「そう、そうよ!エルフ族は・・・」

 ラフネスは、自分が言っている内容が、矛盾しているとは思っていない。エルフ族としては、当然の感情なのだ。エルフ族同士なら納得させられる理論なのかもしれないが。相手がヤスでは意味がない。

「そうか、それなら、奴らはエルフではないな」

「え?」

「そうだろう?ラフネスは、エルフ族は、”盗まない”のだろう?だったら、アーティファクトを盗もうとした、やつらは”エルフ族”では無いのだろう?俺が、処断しても問題にはならないな」

「それは・・・」

「違うとは言わせない。ラフネスは、俺に”嘘を言わない”のだろう?自分がエルフ族なら、当然だよな。もう一度だけ、聞くぞ。よく考えてから答えろ、エルフ族は、人の物を盗まないのか?騙さないのか?殺さないのか?嘘を吐かないのか?ラフネス。答えてくれるよな?」

「・・・」

 ヤスの責めに、言葉を失ったラフネス。

「ラフネス!」

 その代わりに、家から一人のエルフが出てきて、ラフネスの名前を叫んだ。酔っているのだろう。足元がおぼつかない。

「義兄さん」

 ラフネスが、”兄”と呼んだ。

「ラフネス。人族に何を手間取っている!さっさと、リーゼを連れてこい。そして、俺の弟を開放させろ!」

 ヤスは、男を完全に無視している。
 酔っぱらいが嫌いだということも、理由の一つでもあるが、酔った状態で他人に命令する奴が、心の底から嫌いなのだ。

「そうか、ラフネス。答えないのか?」

 ラフネスは、ヤスと家から出てきた男性を交互に見るだけで、何も語らない。語ることが出来ない。言い訳もすでに考えられなくなっている。

「お前が!お前が、神殿の主とかいう人族は!」

 ヤスは、興味がなくなったおもちゃを見るような目で、一瞥して、ラフネスに最終警告を告げる。

「ラフネス。アーティファクトを盗もうとした、エルフもどきたちは俺が連れて行く。問題はないな」

「え・・・」

「そうだ。連れて行く、紐でくくりつけて、アーティファクトで引っ張る。同等の速度で走れば、怪我くらいで終わるだろう」

「・・・。速度?馬車の?」

「そうだな。馬車の10倍程度だ。あぁ10人くらいなら大丈夫だ。転んで怪我をしても、安心していい。どうせ、痛みもそれだけじゃないだろう。道で削られて、すぐに感じなくなるだろう。里の周りを2-3往復くらいすれば、赤い線が引けるだろう」

 ラフネスは、聞いてすぐにヤスが言っている内容を理解が出来ない。正確には、言葉の意味はわかったが、現実の絵として認識を拒否している。明確な処分の方法だ。

「・・・」

「奴らは、エルフではなく、この里とは関係がない者たちで、間違いはないのだな?」

「・・・」

 ヤスは、ラフネスから返答が、”無い”と判断して、交渉は終わったとばかりに背中を向ける。
 ラフネスの立場は複雑だ。確かに、里の者を救出したいが、その場合には、ヤスからの協力は得られなくなる可能性がある。それだけではなく、愚行を犯した者たちを、排除しなければならない。そして、その愚行を起こしたのが、夫の兄の家族なのだ。リーゼを確保しろと声高に叫んでいたのが、義兄の嫁なのだ。

「貴様!弟を!どうするつもりだ!」

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