【第二章 王都脱出】第三話 おっさん提案する
まーさんは、マスターの店に足を向けた。
「おっちゃん!」
少しだけ離れた路地に居た子供がまーさんに話しかける。子供が駆け寄ってくる。目線を落として、まーさんは子どもたちの頭を押さえつける。
「何度も言っただろう。”まーさん”と呼べと!」
「おっちゃんは、おっちゃんだよ。おっちゃん。何か、仕事はない?」
まーさんの足にじゃれ付いてきた子どもたちは、全部で3人。孤児院で生活している子供たちだ。まーさんは、街歩きの時に子どもたちに銅貨を渡して、道案内をさせた。それだけではなく、安い店や親切な店を教えてもらった。孤児に親切にしている店や安い店として案内されたのが、まーさんが大量の買い物をしている、店なのだ。店から店を紹介してもらって、買い物をする。大量に買うと持てなくなるから、近くにいる子どもたちに頼んでイーリスの屋敷まで運んでもらう。
孤児院の中でも、年長の3人がまーさんを街で見かけると必ずと言っていいくらいに話しかけてくる。何か、仕事を貰えないかと考えるのだ。
「そうだな。もう買い物が終わって、荷物も頼んだからな・・・。そうだ!お前たち、文字は書けるか?」
「文字?」
「そうだ」
「うん!」
「全員か?」
「小さい奴は無理だけど、5歳くらいになれば書けるぞ!ババアやジジイたちがうるさいからな。勉強しないと、仕事にもいけない!」
「よし!お前たち、院長先生のところに連れていけ」
まーさんは、空を確認して、まだ1時間くらいあると考えた。
孤児院までは、5分くらいで到着する。院長は、40代の男性だ。ラノベの定番と違って、教会に隣接した施設ではない。引退した法衣貴族が運営をしている。街の人たちの善意で集まった物資での運営なので、裕福ではないが、切羽詰まっている状況でもない。
「まーさん。ここだよ。ジジイを呼んでくる!」
「院長先生を呼んできてくれ」
「おぉ!」
元気に子どもたちが孤児院に入っていく、奥で騒がしい状況になっているが、可愛いものだ。
1-2分待っていると、奥から40代の男性と30代らしい女性が子供に手をひかれながらやってきた。
「院長先生ですか?私のことは、”まーさん”と呼んでください。”殿”や”様”の必要はありません」
「はぁ・・・」
女性が一歩前に出て、頭を下げる。
「子どもたちから、まーさんのことを聞いております。ありがとうございます」
「いえ、仕事に対する報酬です。子どもたちを褒めてやってください」
「本当に、ありがとうございます」
更に深く頭を下げる。
まーさんは、子どもたちを見るが、嬉しそうにしているのがわかる。自分たちが褒められたとわかっているのだろう。
男性が前に出てくる。
「それで、本日は?」
「あっそうでした。子どもたちに仕事を依頼したいのですが、院長先生たちのご許可をいただきたいと考えております」
まーさんは、軽く会釈しながら院長の”問”に答えた。
皆が驚く顔をみながら、まーさんは、笑顔を院長に見せる。子どもたちが期待をした目で院長とまーさんを見ている。
「わかりました。できることなのかわかりませんので、お話を聞かせて頂けますか?」
「ありがとうございます」
まーさんとしては、門前払いも覚悟していたために、院の中に通されただけでも成功だと考えている。
通された部屋は、狭いが綺麗にしている場所だ。ソファーがセットで置かれていて、まーさんは長いソファーに腰を降ろした。テーブルには、お茶が置かれた。
まーさんの正面に男性が座った。女性は、お茶を置いてから子どもたちを連れて部屋を出ていった。
「まーさん殿?」
「院長。私には、”殿”は付けないでください」
「はぁ・・・。まーさん。それで?子どもたちにやらせたい仕事とは?」
院長が、まーさんを挑戦的な目で睨む。危険なことは、断固として拒否する覚悟だ。確かに、子どもたちに仕事をさせたい気持ちはあるが、危険なことや悪いことをやらせたいわけではない。目の前に座る”まーさん”が子どもたちや噂で流れてくる話は悪い内容ではない。しかし、院長は”子供”が大切なのだ。
まーさんは、院長の感情を”ほぼ”正確に感じ取っていた。それだけで、院長を信用するつもりはないが、話ができる人であるのは間違いないと思った。
「子どもたちに、野菜や肉や、できれば武器や防具や本なんかの値段を、調べてまとめてから、私に届けてほしいのです」
「え?」
「相場がわかりませんので、ひとまず手持ちの金貨10枚をお預けします。これで、”子どもたち”が書いた物を、できれば毎日がいいのですが届けさせてください」
「・・・。ちょっとまってください。まーさん」
「え?足りませんか?今の手持ちがそれだけなので、見積もり・・・。は、面倒ですよね?」
「いえ、違います。金貨10枚もあれば・・・。冒険者が雇えますし、他にも・・・。それなのに、子供に依頼する理由がわかりません」
まーさんは、ちょっとだけ困った表情をしてから、出された飲み物で唇を湿らせた。品質で言えば、かなりグレードが低いのだろう。でも、丁寧に作られた飲み物を美味しく感じていた。
「子供に依頼する理由ですか?」
「・・・」
院長は、まーさんを見つめながら黙って頷いた。
「そうですね。簡単に言えば、子どもたちのほうが適していると思ったからです」
「え?」
院長の反応は当然だ。大人よりも子供のほうが適していると言われてもわからないのだ。
「失礼な話をしますがよろしいですか?」
院長は、黙ってうなずく。
「院の子どもたちは、裕福な暮らしをしていません」
まーさんは、言葉を切って院長を見る。院長は、まーさんを見つめならが、頷いた。
「子どもたちは、時間を使って、安い店、安心できる店。親切な店を独自に見つけ出しています。そうしないと、生きていけないからです」
「はい。私たちの力不足です」
「院長。それは、違います。子どもたちは自分たちで考えているのです。私は、大人や冒険者とは違う、子供の感性で集めた情報が知りたいのです」
「しかし、まーさんにメリットが・・・。善意だけとは・・・」
「ハハハ。善意なんて、”ひとかけら”もありません。子供たちなら安くて私が欲しい情報が手に入ると思っているのです」
「え?」
「院長。王都に、”キャベツ”を売る店がどのくらい存在しているか、ご存知ですか?」
「は?」
「私が知っているだけで、9軒です。値段も品質も、バラバラです。貴族向けの店なんて場所もあります」
「はぁ・・・」
「毎日ではありませんが、値段が変わります。当然ですよね。売れなければ、捨てるしか無い物をいつまでも高い値段で売るわけにはいかない」
「・・・。はい」
「院長。野菜だけではありません。値段は日々変わります。子どもたちは、敏感に感じ取っています。親切な店員がいる店は、やはり繁盛しています。子どもたちに横柄な態度を取る店は、貴族向けが多く見栄えを重視しています」
「あっ」
「調べて欲しいと言いましたが、正確には、子どもたちに毎日の生活を”日記”にして提出させてほしいのです。その中に、親切にされた店や怒られた場所。怖かった場所や遊んだ場所。お小遣いで買った物。買いたかった物。大人たちが話していた内容。それらを、私に届けてほしいです」
「それだけで?」
「十分です。できれば、多くの子供に日記を書かせてください」
「わかりました。まーさんからのお仕事の依頼をお受けいたします」
「よかった。金貨10枚では?」
「期間ですか?」
「はい。筆記用具も必要でしょう。子供に買い揃えてやってください」
「そうですね。3ヶ月でどうですか?」
「わかりました。子供への説明や、まとめは院長先生が行ってくれますか?」
「はい。責任を持ちまして」
まーさんは、立ち上がって、手を差し出す。
院長も出された手をにぎる。これで、契約がまとまった。それから、まーさんは院長と細かい話をしたが、”日記”を子どもたちに書かせることで話がまとまった。子どもたちが何か調べていると思うと暴走する可能性があり、危険な状態になってしまう。まーさんも、そこまでは必要がなく日々の”王都”の様子を日記にして欲しいと要望を出した。子供が感じた内容も付け足すように依頼した。これは、院長も日記をまとめる過程で子どもたちの日常が知れるので喜ばしいことだと考えた。
孤児院を出ると、マスターの店に向かうにはちょうどいい時間になっていた。
ゆっくりとした歩調で、まーさんは孤児院の敷地を出て、マスターの店に向かった。
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