【第四章 ダンジョン・プログラム】第二話 エイダ

 

 カルラは、3日後に戻ってきた。
 報告を提出して、逃げるように帰ってきたと話してくれた。どうやら、俺が感じているクリスの印象と、カルラが思っている上司としてのクリスは同じベクトルのようだ。最下層の報告を出したので、長く逗まっていると、間違いなく呼び出されるか、詳しい話を聞きにウーレンフートまで来ると考えたようだ。俺も、同意見だ。カルラが逃げるように最下層に戻ってきてくれた。クリスに捕まってしまう可能性は低いとは思うが、

 カルラが、地上で報告をしている最中に、アルバンと俺で、訓練場の構築を行った。最下層の入り口の部屋を魔物が出現するように設定した。設定が変更出来たので、倒せるような魔物が出現するようにした。それから、俺やアルバンやカルラが攻撃を受けたら、回復の魔法が発動するようになっている。一撃死にならないような魔物との戦いで、戦闘訓練を繰り返せるようにした。

「兄ちゃん!」

「アル。どうした?」

「訓練所を使っていい?」

「あぁヒューマノイド・オークかオーガを連れていけよ」

「うん!」

 アルバンは、控えていたヒューマノイド・オーガを連れて訓練場に入っていった。
 ヒューマノイドは、簡単な端末操作を覚えさせた者を控えさせている。アルが攻撃を受けたり、魔物が想定よりも強かったり、相性が悪かった場合に、端末を操作して魔物の変更を行う。戦闘の停止処理も行えるようになっているので、訓練には丁度良いだろう。そのかわり、経験は手に入るがドロップや素材は収集できない。

「アル!俺は、奥に入るから、用事がある時には」

「うん!解っている。ゴブイチに伝言を頼むよ」

「あぁ」

 ヒューマノイド・ゴブリンに、アルバンが名前を着けた。安易に、ゴブイチ・・・。ゴブニ・・・。ゴブサン・・・。安易すぎる名前だが、便利なので、そのまま使っている。個体の識別も出来るようになってきているので、本人?たちも気に入っている。ヒューマノイド・オーガやオークやコボルトたちにも、同じ法則で名前をつけ始めている。
 名前を与えたことで個性が産まれたのか、ヒューマノイド種にも違いがでてきた。

 芽生えた個性に合わせた作業場所は、カルラが戻ってきてから割り振った。
 俺も、アルも、細かい作業が出来なかった。

 外側は、カルラに任せて、アイと一緒にダンジョンをより良く運営するための環境を構築しはじめた。

「アイ。まずは、アイを構成する思考ルーチンを再構築する」

”え?”

「難しい話は、思考ルーチンの構築が終わってからにするけど・・・」

 ダンジョンで働いている人間の思考を・・・。あるのかよ。開発ツールを起動すると、加護とは別に”ダンジョン”のクラスが存在している。
 Python で機械学習からはじめよう。

 機械学習の素地は揃っている。ダンジョンクラスからデータを吸い上げ続ければいい。クラスを動かしてみて解ったのだが、地上部分も”ダンジョン”に含まれる。もちろん、全部ではないが、取得できたデータから解析を行うと、入り口の周辺に展開されている、ギルドの支部や商家の支部も解析の対象になっている。どのくらいで学習データが集まるかわからないが、1週間を目処にやってみよう。幸いなことに、データを保存する場所には困らない。

 アイに関しては、これで様子を見よう。

 次は、ヒューマノイドタイプの改良だな。
 ダンジョンクラスから、魔物を生成するクラスがある。クラスを継承して、ヒューマノイドタイプに再構築しよう。今のヒューマノイドは、倉橋さんイヴァンタール博士が作った。ヒューマノイド型として基底クラスが存在している。多重継承で、新たなクラスを作り出せばいいか・・・。面倒な感じはするけど、倉橋さんイヴァンタール博士が作ったヒューマノイドを捨てるのは、間違っているように思えた。問題は、倉橋さんイヴァンタール博士が繁殖までクラスの中に入れていることだけど、ダンジョンクラスの魔物は繁殖が出来ないようになっている。

”マスター”

「ん?」

”カルラ殿がお呼びです”

「え?あっそうか、俺は、どのくらい、作業プログラミングをしていた」

”約52時間45分です。途中、お眠りになっている時間がありますので、短くはなります”

「・・・。約、2日半・・・」

”マスター?”

「そうだな。腹も減ったし、部屋に戻る」

”はい”

 管制室を出て、居住区に戻ると、カルラが待っていた。

「マナベ様」

「すまない。少しだけ”根を詰めすぎた”」

「はい。お食事にしますか?それとも、お休みになりますか?」

「軽くなにか食べてから、寝るよ」

「わかりました」

 カルラは、近くに控えていたヒューマノイド・ゴブリンのゴブゴに指示を出して、食事の支度をさせている。
 他にも、掃除や洗濯を教えている。名前を持ったヒューマノイドは、”覚える”ことが出来るようになった。そして、”忘れる”ことが出来るようになったのだ。正確には、忘れているわけではないようだが、”覚えた”ことに優先順位を付けているのは、動作を見ていれば間違いはない。

「カルラ。彼らは使えそうか?」

「はい。複雑な作業は任せられませんが、単純な作業なら問題はありません。領都にいらっしゃる方が欲しがると思います」

「あぁ・・・。皇太孫と婚約者か・・・。欲しがるだろうな。でも、駄目だ。報告はしてもいいけど、ヒューマノイドをダンジョンから出せない」

「わかりました。しかし、書類整理が・・・」

「だめだ!」

「もうしわけございません」

「すまん。きつく言い過ぎた。ヒューマノイドは、確かに書類整理に、クリスは欲しがるだろう。だが、ダンジョンから出てからの安全が”担保”されていない」

「あっ」

「それに、クリスに、扱き使われるのは、ヒューマノイドが不憫でならない」

「・・・。マナベ様。クリスティーネ様にそのままご報告しますが、よろしいのですか?」

「・・・。借りってことで・・・」

「わかりました」

 食事が運ばれてくるまでの、他愛もない話だったが、連れて歩けるヒューマノイドを作ってみるのもいいかもしれないな。従魔だと言えば、許されるかもしれない。
 アイを連れ出すのは確定だけど、アイの護衛を考えれば・・・。ありだな。

 カルラも、アルバンが行っている訓練を実行するために部屋に移動した。

 食事も終わって、風呂にも入ったので、部屋で寝る。
 久しぶりに落ちるのではなく、寝るために横になった。身体が若いから、無茶が出来る。

 これからは、なるべく無茶はしないように、無理をしようと思う。
 あまり、カルラを心配させて、ユリウスやクリスに余計な連絡が行くのは避けたいと思う。

 今日は、もう寝る。
 明日、起きたら、二人の予定を確認して・・・。それから、作業に取りかかればいいよな・・・。

 朝になって、二人は訓練をすると言っていた。二人と一緒に朝食を食べてから、作業部屋に入る。
 アイは、いつもと違う場所に立っていた。そして、話しかけてきた。

”マスター”

「どうした?何か問題なのか?」

”情報がいきなり流れ込んできました”

「え?あっそうか、機械学習を並行処理させているから、情報が流れ込んでいるのかもしれない。何か問題がでたのか?」

”いえ、問題はありません。違いすぎて・・・。マスター。これが、なのですね”

 一人称が、私に変わった。性格が産まれたのか?それにしても、機械学習を始めてから、8-9時間なのに・・・。ダンジョンには、喜怒哀楽が詰まっているのか、それだけではなく、欲望や夢の感情も・・・。

「どうした?」

”マスター。私に、新しい名前をください”

「名前?」

”はい。博士が、私に付けた名前は、仮の名前です。正式なマスターに名付けを依頼せよと言われました”

「そうか?俺が名前を付けていいのか?」

”はい。お願いします”

「わかった。名前は、”Adaエイダ”だ」

”私は、エイダ”

 身体が光り始める。
 こんなギミックが有ったのか?

「マスター」

「え?エイダなのか?」

「はい。名付けで、魔核が安定しました。思考もはっきりとしています。マスター。これからよろしくお願いいたします」

 うーん。
 カルラに説明はするけど、クリスへの説明は・・・。もう考えるのをやめよう。なるようにしか、ならない。

 ヒューマノイドたちのプログラムを完成させて、実験を行えば、旅に出られる。
 開発環境を構築して持ち歩けばいい。それに、ネットワークで繋がる状況になっているのは解った。距離の問題が解決できれば、あとは魔法の開発を行い始めるだけだ。

 作業場所に使っている環境は、持っていけそうにない。
 ダンジョン内部の監視とアラーム処理を行う場所にしてしまっている。アイもエイダになってから、思考ルーチンが変わったのか、いやらしい罠の配置を行うようになっている。難易度が上がってしまうので、下層部分をエイダに担当させている。30階層までは、今までと同じか、難易度を下げるようにした。安全マージンを取りやすいように細心の注意を払いながら設定を変更した。

 持ち運べる端末で、丁度良さそうな物がまだ見つかっていない。
 魔法の開発にどの程度のスペックが必要になるのかわからないのが、機種の選定に悩んでいる理由だ。

 まずは、ヒューマノイドの環境を整えて、次に監視体制をしっかりと作り込んで、最後に魔法の開発環境の構築を行うことにした。

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