【第七章 王都ヴァイゼ】幕間 ドーリスと子どもたち

 

 私はドーリス。生まれは・・・。わからない。気がついた時には王都のスラムで生活していた。5歳になるときに、孤児院に入った。そこで、お母さんが出来た。王都に行った時に会いたかったけど都合が合わなかった。
 王都までヤスさんを案内した。王都では各ギルドを回って、神殿に新たにできるギルドが承認された。すでに根回しが終わっていたがやはり緊張した。現状の神殿の都テンプルシュテットの様子が伝わっていたら間違いなく各ギルドは別々に作ると言い出すに違いないからだ。幸いなことに、ヤスさんのアーティファクトの速度が異常だったために神殿の都テンプルシュテットの情報が王都まで届いていなかった。各ギルドでは建物や生活面で困らないのかと質問されたが、”困ったら、今まで生活していたユーラットに一時的に避難します”と伝えて納得してもらった。

 王都や街や村で、ヤスさんのアーティファクトに物資を積み込んで、神殿の都テンプルシュテットに帰る途中で、子供だけの集団を見つけた。

 急にヤスさんがアーティファクトの方向を変えたので何か問題でも発生したのかと思ったが違った。
 疲れ切った子どもたちが休憩所に居たのだ。神殿の力が及ぶ範囲なので、安全が確保されているが、それでも心配になってしまう。

 アーティファクトの光に照らされた子供を見たときに、スラム街で生活していたときの自分と重なった。
 スラムで生活していた時の私よりもいい格好をしているし、食べ物も食べているようだ。スラム街の子供ではなくて、孤児院の子供なのだろうか?でも、そうなるとなぜ?孤児院なら・・・。最悪の考えが頭をよぎる。

 ヤスさんがアーティファクトの光を操作して弱くした。子どもたちは怯えた目でこちらを見ているのだろう。
 最初は、ヤスさんが子どもたちの所に行こうとしたが、私が行くほうが良いと告げて、ヤスさんには遠慮してもらった。ヤスさんも解ってくれた。

 子どもたちに近づくと、男の子と女の子が幼い子どもたちを背中に庇いながら私を見つめる。

 私は、ゆっくりと歩いて、両手を広げて子どもたちに近づく。

「私は、ドーリス。この先にある神殿の街にあるギルドの職員です」

「え?この先は、ユーラットではないのですか?」

 女の子が私の言葉に反応する。

「君たちは、ユーラットに向かっているの?ユーラットにも繋がっているから問題ないよ」

 後、数歩で子どもたちの所にたどり着けるが、足を止める。
 彼らから警戒を解いて近づいてきて欲しい。

「・・・」

「ねぇ名前を教えてもらえる?さっきも言ったけど、私はドーリス。それで、あの光っている目の大きな物は、神殿から出たアーティファクトで”神殿の主”ヤス様が操作している」

 一気に情報を与え過ぎかも知れないけど、少ないよりも全部話していると思われたほうがいい。
 子供でも、子供だけで移動しているのだ、男の子と女の子は子供扱いしないほうがいいだろう。

「私はイチカ」「俺はカイル。神殿の主様?」「カイル!」

「イチカちゃんに、カイル君だね。解った。私の事は、ドーリスと呼んでね。そうだね。アーティファクトを操作しているのは、神殿の主のヤス様ですよ」

「なぁドーリス姉ちゃん。神殿の主様なら神殿の事は何でも知っているよな!デイトリッヒさんは神殿に居るのか?俺・・・。父さんと母さんの敵を・・・」

「カイル君。落ち着いて。そうだ。喉は渇いていない?飲み物を持っているけど居る?」

 イチカもカイルも首を横にふる。イチカが休憩所の湧き水を指差す。そうか、ここには水が有るから喉の渇きを潤せたのだろう。ヤスさんに感謝だ。
 イチカとカイルに庇われている子どもたちを見ると手には果物がある。たしかに、休憩所なら採取した物を食べても問題ではない。そうか、子どもたちが緊張しているのは、石壁の向こう側が神殿の領域だと教えられて居て、そこから果物を採取したから、神殿の主が来て怒られると思っているのか?

「カイル君。イチカちゃん。果物を取って食べても問題にはならないよ」

「え?」「本当か!」

「ヤス様の許可は出ているから安心して、この休憩所を使っている人たちが、お腹がすいたり喉が渇いたりしないように、神殿の力でサポートしてくれているのですよ」

 子どもたちから伝わってきていた緊張が和らいだ。

「ねぇパンを食べる?多く買っちゃったから食べてくれると嬉しいのだけど?」

 孤児院で育ったのなら、施しを受けるのは良くないと教えられている可能性が高い。だから、”食べてくれる方が嬉しい”と提案すれば受け取ってくれるだろう。リーゼほど大きくないが私もアイテムボックスが使える。領都で買ったパンがまだ残っている。全員に2-3個は渡せるだろう。

 思ったとおり、イチカは自分たちがお金を持っていないと言い出した。

「ううん。違うよ。パンを持っているけど、多く買いすぎて、このままだと腐っちゃうから食べてくれると嬉しい。アイテムボックスの中身を減らしたいからね。ただで受け取れないのなら、果物の採取を手伝ってもらえる?ここの果物を取っておきたいのよ」

「わかった!ドーリス姉ちゃん。果物なら弟や妹でも採取できる!パンと交換しよう!」

 カイルが子供数人と石壁を登り始める。簡単な魔法が使える子も居るのか光源を使った。危ないと思ったら、セバスの眷属が何かしら教えてくれるだろう。
 私はイチカちゃんに目線を合わせる。

「それで、イチカちゃん。何があったの?話せる範囲で教えて欲しい?何か私にできることがある?」

 私の言葉を聞いて、ピーンと張っていた糸が切れたのだろう。イチカちゃんは泣きながら事情を話してくれた。カイル君が弟と妹を連れ出したのも良かったのかも知れない。残ったのは、本当に小さい子ばかりで休憩所が安心できると聞いて目をこすり始めている。

 ヤスさんが呼んでいる。

「イチカちゃん。ごめんね。ヤス様が呼んでいるから行ってくる。あっパンを渡しておくね。カイル君たちはすぐに戻ってくるでしょ?」

「・・・。うん・・・」

「大丈夫だよ。すぐに戻ってくるよ」

「うん」

 ヤスさんと今後の予定を決めた。ツバキが来てくれているのなら安心できる。
 私は残ってツバキを待つ。ヤスさんには先にユーラットに行ってもらう。実は、ヤスさんに先に行ってもらうのには理由ワケがある。子どもたちへの配慮も有るのだが、子どもたちを神殿で受け入れる場合に、彼らの住む場所や生活環境が問題になってしまう。少しの時間にはなってしまうが、方針だけでも決めてもらえると嬉しい。ヤスさんは受け入れる前提で話をしているので、子どもたちを追い返す状況にはならないだろう。

 イチカの所に戻ると、さっきまで泣いていたのが嘘のように話しかけてきた。

「ヤス様はどうしたのですか?」

 アーティファクトが移動し始めたので不安に思ったのだろう。

「ヤス様は、アーティファクトに沢山の物資を積んでいるので、先に戻ってもらいました。ヤス様の部下がこちらに向かっています。イチカちゃんたちを神殿で受け入れてくれるそうです」

「本当ですか!」

「神殿に入るためには審査は必要ですが、多分大丈夫だと思います」

「審査?」

 不安に思わせるつもりは無いけど、嘘は言えない。門で審査を受けなければならなのは変わらないだろう。

「そうね。神殿に迷惑をかけたり、危害を加えたり、そんなことをさせないための審査だね」

「それなら・・・。わかりました、カイルにはしっかりと言い聞かせます」

「それで、イチカちゃん。一つだけ聞いていい?」

「なんでしょうか?」

「カイル君もイチカちゃんも、お父さんとお母さんとルーサさんの仇を取りたいの?」

 聞いて置かなければならないことが、否定の言葉を口にするかも知れない。でも・・・。

「・・・。ドーリスお姉ちゃん。私も、カイルも最初は・・・。リップル領を出るまでは、許せない気持ちが・・・。お父さんとお母さんを殺した奴を殺したい。私の手で殺したい。そう思っていました。でも・・・」

「でも?」

「はい。ルーサさんや冒険者さんに会って、商人さんにもいろいろ話を聞いて、考えました」

「カイル君も?」

「はい。弟や妹が寝てから、カイルといっぱい、いっぱい、話をしました。殺したい。許せない。でも、お父さんもお母さんも、カイルと私に言いました。”弟や妹を守りなさい。生きなさい”と・・・。だから・・・」

「だから?」

「弟と妹が成人するまで、私とカイルで守ります」

「いいの?」

「はい。決めました」

「そう・・・。決めたのね」

「はい」

「ヤス様には、二人の気持ちを伝えておきますね」

「お願いします」

「住む場所は、どうする?全員で住む?それとも、孤児院に入る?」

「できれば、孤児院に入りたいです。まだ、いろいろ勉強したいですし、他にも小さい弟や妹が居るのなら守ってあげたいです」

 泣きそうな声でイチカが宣言する。多分、この子は解っている。弟と妹が居なくなったら、カイルが子爵家に復讐に行くことを・・・。それを止めるために必死なのだ。恋心なのか、まだ微妙な所だろうが、イチカはカイルをうしないたくないのだろう。孤児院に入れば妹や弟が増える。お父さんとお母さんの言葉を守って、見守り続けるつもりなのだろう。
 イチカを抱き寄せる。

「解った。ヤス様にしっかり言っておく。それから、子爵家は私に・・・。私たちに任せてくれない?デイトリッヒさんと話してみる。いいわよね?」

 イチカはびっくりした声を上げるが、頷いてくれた。

 少し時間がかかったが、カイルが沢山の果物と薬草を採取して戻ってきた。
 石壁に栗鼠が見えたのは、多分ヤスさん眷属だろう。皆が子どもたちを見守ってくれている。

 子どもたちがパンを食べていると、ツバキが操作するアーティファクトが近づいてきた。
 ツバキは綺麗な服と靴とタオルを持ってきていた。ドワーフが作ったポーションも持ってきてくれていた。

 足を怪我をしている子も居たのでポーションを使って治療をした。他の子もタオルを濡らして身体を拭いてから、服を着替えさせる。

 イチカとカイルに説明してアーティファクトに乗ってもらう。

 乗り込んでしばらくは緊張していたのだが、疲れのピークはすでに越えていたのだろう。糸が切れたように眠ってしまった。
 今は、小さい子を中心にまとまって寝息を立てている。ツバキが持ってきてくれた毛布を身体にかけておけば大丈夫だろう。椅子では無く床に座ってしまったのはしょうがないことだろう。

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