【第七章 王都ヴァイゼ】第十話 王都到着
ヤスが門の前にセミトレーラを止めると、護衛の兵士がセミトレーラの前方にやってきた。
顔が引きつっているのがわかる。ヤスは笑いをこらえて、ライトを落としてからセミトレーラのエンジンを停止した。エンジン音がなくなり静寂が訪れる。
「ヤス殿。ハインツ様と話をしてきます」
「わかった。一旦降りるけど、俺は中で待っているよ」
「わかりました」
ディアナの座席の配置の関係で、先にヤスが降りなければならない。ついでドーリスが降りる。
1人の男性が近づいてきたので、ヤスは警戒しながらエミリアに命じて結界を解除する。
「神殿の主殿。私は、ハインツ・フォン・レッチュです。デリウス=レッチュ伯爵家の長男です。弟の」
ハインツが頭を下げようとするのを、ヤスが手で制した。
「ハインツ殿。謝罪の必要はありません。辺境伯より、仕事を受けてきました。ヤスと言います。神殿の主と呼ばれるのは好きでは無いので、ヤスと呼んでください」
「失礼致しました。ヤス殿。それに荷物を運んでいただけると聞いていますが?」
「はい。依頼をお受けいたしました。ドーリスに一任していますので、彼女と話をしてください。それから、彼女が泊まれる場所の手配をお願いいたします。それから、ドーリスに手配を頼んでありますが、物資の購入のサポートをお願いいたします」
「物資に関しては、承知した。宿はもちろん手配しておりますが、ヤス殿は?」
「私は、アーティファクトの中で寝ます。王都では安心できるとは思いますが、レッチュ伯爵領の領都ではアーティファクトを攻撃してきた者がいました。問題ないとは思いますが、万が一に備えます」
ヤスは、ドーリスに話しかけるようにしながら、近くまで来ていたハインツに聞こえるように言っている。
現実に、ハインツの護衛たちはヤスの言い方で気分を害したのだが、主であるハインツが制したので暴発しないで居る。
「ハインツ様。神殿の都のギルドマスターを務めることになりましたドーリスです。よろしくお願いいたします」
「話は聞いている。妹もそちらで厄介になるらしいな」
「はい。サンドラ様にはギルドで私の補佐をしてもらっています」
「妹は神殿に入っているのか?」
「神殿の都で生活を開始しております」
「なに?神殿は何もなかったのではないのか?」
「ハインツ様。神殿の都は、すでに建物も数多くあります。ギルドの支部も存在しております。住む場所も十分に確保されています。今、無いのは当座を凌げるだけの食料だけです」
「同じ様な報告が妹から来ている。本当なのだな?妹が野宿したり、テントで生活したり、そんな生活はしていないのだな?」
「はい。もちろんです」
「そうか・・・(ランドルフの奴がしでかしたことで、かわいい。かわいい。サンドラが神殿に行くことになったと聞いたときには、ランドルフを殺して神殿に特攻をかけようと思っただのが・・・。いや、待て、まだ・・・。ドーリスの言っていることが本当だとは限らない。父も俺を安心させようとしている可能性だってある。サンドラは賢くてかわいいから、俺を心配させまいと健気な嘘をついているに違いない)」
「ハインツ様?」
「あっ。すまない。今日は、休んでくれ、昼には使いを出す」
「わかりました。お待ちしております」
「それで神殿の主殿はどうされるのですか?」
「ヤス様は、アーティファクトの中で休んでいると言っておられます」
ドーリスがハインツと話し始めたら、ヤスは自分の仕事が終わったと言わんばかりにセミトレーラに乗り込んで居住区で横になっている。
「そうか・・・。いろいろ話がしたかったのだが・・・。難しいようだな。神殿の主と言えば一国の王に匹敵すると考えなければならないだろう」
「はい」
「ドーリス殿。私を神殿まで運んでもらえるように、神殿の主殿に頼むことは出来ないか?」
「無理だと思います」
「なぜだ?」
「ヤス様は、人は運ばないとおっしゃっています」
「貴殿は一緒に来たではないか?」
「私は、ヤス様が王都までの道がわからないと言われたので、道案内をしてきただけです」
「なんというか・・・。深く考えないようにする。おい。ドーリス殿を宿まで案内しろ」
護衛で来ていた二人がドーリスを案内してくれるようだ。
ドーリスも二人が女性だったので少しだけ警戒していた気持ちを和らげた。案内された宿は高級な場所だった。すでに宿の料金が支払われていて、食事や湯浴み用のお湯までついていた。
ドーリスは、神殿の都を懐かしく思いながら、硬いベッドに身体を預けた。
「あぁ・・ぁ・・・。神殿のベッドの方がいいな。お布団が柔らかいし・・・」
ドーリスは、布団に文句を言いながら(精神的に)疲れた身体を横にしていた。
数分後、ドーリスの泊まった部屋から寝息が聞こえてきた。
—
ドーリスが布団の上で睡魔に負けた時、ヤスも居住区で横になって目を閉じていた。本人は寝ていないと主張するかも知れないが、すでに精神は夢の世界に旅立っている。マルスが、エミリアに命令して多重結界を発動した。朝まで、ヤスに静かに寝てもらうためだ。
ヤスとドーリスが眠るについている頃。
王都にある辺境伯の屋敷では、二人の男性が先程出会った二人のことを話していた。
ひとりは、辺境伯の長男ハインツだ。もうひとりは、初老の男性だ。
「キース。貴様は、どう見た?」
「神殿の主殿ですか?」
「あぁ。ドーリスは、ギルドの職員だという話だ。サンドラからも報告が来ている。問題にはならないだろう」
「そうですな。ドーリス様は、頭の回転は早いのでしょう。坊っちゃんの話をうまく誘導していた印象があります」
「キース。坊っちゃんはやめろ」
「失礼しました。ハインツ様」
「それで?」
「ヤス様は、よくわかりません」
「わからない?鑑定したのだろう?」
「はい。鑑定を発動しましたが、弾かれました。表層の情報しか読み取れませんでした」
「なに?本当か?」
キースは、護衛に混じって神殿の主であるヤスを見るために門まで行った。辺境伯であるレッチュ伯爵家に使える執事であり、ハインツの教育係をしていた。ハインツが、王都で生活をするようになってからは、ハインツ付きの家宰を兼ねるようになっている。
二人が話しているのは、王都にあるレッチュ辺境伯の屋敷にある執務室だ。本来の主は、父親であるクラウスなのだが、クラウスからいずれハインツが引き継ぐのだから屋敷の管理を含めて全部を任せている。
「はい。名前。年齢。性別。種族だけ見ることが出来ました」
「・・・。キース。たしか、スキル看破を持っていたよな?使ったのか?」
「はい。使いました。鑑定と併用することで、隠されたスキルも見られます。ステータスも見ることが出来ませんでした」
「そうか・・・。神殿の主は、伊達ではないか?」
「はい。わからないのが不気味です。それだけではなく、アーティファクトもよくわかりませんでした」
「見たのか?」
「はい」
「それで?」
「数字が並んでいることはわかりましたが、数字の意味だと思われる場所は読むことが出来ませんでした」
「見えなかったわけではないのだな?」
「はい。記号のような物が書かれているだけです」
「そうか、何かしらのステータスなのだろう」
二人は沈黙してしまった。
神殿の主を見たら対策を考えると言っていたのだが、対策を建てるためのデータが不足している。サンドラから情報は来ているのだが、全部が真実であるとは思えなかったのだ。そのために、二人はヤスの実力を測ろうとしたのだ。
ヤスのステータスは最初に隠蔽された状態から多少変わっている。鑑定の効果を持っているサンドラの魔眼の様なスキルの存在がわかった関係で、マルスはステータスの完全隠蔽を実行した。多少見えていると、そこから推測する人たちが居た。そのために、完全に隠蔽してしまうことで、推測もさせない上位の存在だと思わせる状態を選んだ。
「やはり、妹や父様が言っていた通り、取り込むのは無理で、友好関係を築くように動くか」
「それがよろしいと思います。正直、”逃げる”のはできると思いますが、ハインツ様をお守りして逃げるのは不可能だと感じました」
「そうか・・・。アーティファクトだけでもと思ったが、あれは手をだしていい代物ではなさそうだな」
ハインツは、キースが持ってきた蜂蜜酒を煽ってから、出された水を一気に飲み干した。
「キース。明日は、当初の予定通り、物資の提供を行う。サンドラから来ていた追加の依頼も大丈夫だな?」
「はい。滞りなく準備が終わっています。ただ・・・」
「リップル子爵家だな。気にするな。父様からも気にする必要はないと言われている。直接的な妨害はしてこないだろう」
「はい。かしこまりました」
キースは一礼して部屋から退出した。
残されたハインツは椅子に深々と座り、大きなため息をついた。
「・・・。厄介な問題だ・・・。ふぅ・・・」
ハインツは、コップに残っていた蜂蜜酒で喉を湿らせてから隣室のベッドに潜り込んだ。
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