【第五章 共和国】第四十九話 カルラノート
私は、カルラ。
カルラの名を継いでから5年が過ぎた。今の主は、クリスティーネ・フォン・フォイルゲン様。フォイルゲン辺境伯家のご息女で、ユリウス・ホルトハウス・フォン・アーベントロート皇太孫の婚約者だ。貴族家にしては珍しく、恋愛からの婚姻(クリスティーネ様が断言されていた)らしい。
クリスティーネ様からの指示を聞いたときに、不思議に思った。クリスティーネ様と幼年学校からのクラスメイトで少しだけ変わった感性を持っていると教えられた、アルノルト・フォン・ライムバッハ。フォイルゲン辺境伯家と同等の辺境伯の跡継ぎと、一緒に過ごして、調査を行い、些細なことでも報告する。
アルノルト様は、クリスティーネ様以上に不思議な方だ。
私が、アルノルト様を調査して、行動をまとめて、クリスティーネ様に送っているのを知っているのに止めないどころか、流す情報を増やすありさまだ。こんなに、潜入が簡単だった話はない。
クリスティーネ様は、カルラの名を引き継いだばかりの私だけではなく、アルバンも従者としてアルノルト様に推薦をしていた。
アルバンの名は、襲名ではないが、近い物があると教えられた。
アルノルト様とアルバンは、気が合うのか二人でふざける事が多い。
ふざけると言っても、年相応の悪ふざけではない。
殆どが、模擬戦だ。
騎士や護衛の模擬戦を見てきたが、二人の模擬戦は少しだけ、本当に少しだけ・・・。ダメだ。自分をごまかせない。二人と私を含めた模擬戦は、おかしい。騎士たちが行う模擬戦とは格段に危険度が違う。
条件付けもおかしい。”スキルや魔法は使わない”は、模擬戦ではよく使われる。しかし、私たちが行う模擬戦はスキルだけではなく、武器も通常の物を使う。それだけではなく、アルノルト様が作られた(で、あっているよね?)エイダと呼んでいる。ヒューマノイド・ベアがスキルを使用して、身体が重くなるようにして模擬戦を行ったり、高所と同じ状態にして模擬戦をしたり、息ができない状況を作り出したこともある。とにかく、異常な模擬戦を行う。
アルノルト様は、多くを語らない。
ダンジョンやスキルに関しての話は饒舌に話をしてくれるが、ご自身のことや、敵の事はあまり語って下さらない。クリスティーネ様も何かをご存じなご様子だが、アルノルト様から聞き出す必要はないと御下命を頂いている。
アルノルト様は、異常だ。
アルノルト様が持つ力が、王国に向った時には・・・。そうならないようにするのが、私の仕事で責務だ。
実際に、アルノルト様は、難攻不落と言われていたウーレンフートのダンジョンを単独で攻略された。
他の貴族に汚染されていたウーレンフートの街を含めて復興させた。それだけではなく、ダンジョンという場所柄、親を失う子供が多くいた。その子供たちに教育を施して、戦力として数えられるようにする方法を示した。他家ではできないことだ。この”学校”があれば・・・。先代のカルラも言っていた。私たちのような”カルラ”を育成するしかない状況を変えたい。自分の代で出来なかったことを、私に託された。最後の言葉は、”子供たちを守って”だ。私は、先代カルラの意思を継ぎたいと考えた。
この状況は、私が望んだことだ。最初は、クリスティーネ様からの指示だったが、不思議な男性であるアルノルト様が行ったことを聞いて興味をひかれた。娘は、カルラへの道を進んで欲しくなかったが・・・。
アルノルト様は、ウーレンフートだけではない。
共和国には、新しい力を得るために、新しいスキルを得て、経験を積むために来たはずなのに、共和国を苦しめる施策を考えて・・・。実行している。
王国と共和国は、不可侵条約を結んでいるわけではない。
共和国は多数の国を、少数の国で支配している。合議制で国の運営を行っているという建前だが、建前さえも守られなくなっている。そして、時折、王国に出兵を行う。
アルノルト様の一番と言っていいほど異常な部分は、辺境伯家の跡継ぎだったのにも関わらず、料理の腕前が一流だという事だ。
最初は、少しだけ不思議に思っていたのですが、クリスティーネ様から聞いた話や、実際に私が経験した状況を踏まえると、異常だという結論になった。
まず、前提条件として、貴族家の跡継ぎは、料理はしない。菓子作りを趣味として嗜む者は存在している。料理が好きだという者も居る。しかし、そんなレベルではない。王都の高級店よりもおいしい料理を、野営で出された時には、驚きを通り越してしまった。アルノルト様は、それだけではなく、料理のレシピや調理方法を教えてくださいました。本当に、貴族のご子息なのでしょうか?
クリスティーネ様も、御器用にこなしますが・・・。料理だけは、相性が悪いようです。クリスティーネ様は、未来の王妃です。出来もしない料理に時間を掛けるよりも大事なことがあるのですが・・・。
能力は、クリスティーネ様から聞いていた物とは違っていたので、困惑しましたが、それ以上に”知識”が異常です。
通常、魔法やスキルを使う時に、詠唱を必要とします。しかし、アルノルト様の詠唱は、通常の詠唱とは違います。試しに、アルノルト様の詠唱を教えてもらって、”身体強化”のスキルを利用したら、今までの詠唱と比べて、利用時間が5倍以上に伸びて、能力の底上げが2倍以上になりました。そして、調整が可能になって、短期間の行使も可能になり、戦略の幅が広がりました。
この新しい技術も秘匿しないで、教えてくれました。
それだけではなく、クリスティーネ様に報告を行うように言われました。そして、私を通して、クリスティーネ様やユリウス様を守るための魔道具も提供してくれました。同じ物を私とアルバンも持っています。
結界だと言われていますが、常時発動型では、動きが阻害されてしまうので、”悪意”に反応するようになっています。
アルノルト様と一緒に居て、私の力も上がっています。
アルバンも・・・。いえ、アルバンは、私以上に力を付けています。そして、私以上にアルノルト様に依存しているように思えます。アルバンの過去は、クリスティーネ様に簡単に聞きました。よくある話です。よくあるだけで、悲劇が喜劇に変わるわけではありません。
アルバンは、アルノルト様に危険な位に依存しています。そして、心酔していると言ってもいいでしょう。私も、アルバンのことを言えませんが・・・。アルバンは、私と違って、クリスティーネ様から受けた命令は一つだけです。
”アルノルト・フォン・ライムバッハを守りなさい”
アルノルト様に、護衛が必要だとは思えません。
確かに、油断していることはあります。しかし、油断している時の為だけに、アルバンが居るとは思えません。本当に、アルノルト様は”誰と”戦っているのでしょう?
クリスティーネ様からお聞きした、アルノルト様の事情には、少しだけ不思議な所があったので、黙って独自に調べました。
情報統制が行き届いているのか、アルノルト様の従者を”誰が”殺したのか解りませんでした。他の方々は、予測を含めてですが、判明しています。帝国が手引きしていたという噂も出ています。しかし、二人いた従者の一人は、”誰に”殺されたのか解らないままです。
本当に不思議な人です。
そして、凄く眩しい人です。私たちとは違う場所を歩いて行ける人です。
私とアルバンに向って、一緒に歩くように道を示してくれています。クリスティーネ様には、アルノルト様の手を取るのは自由だと言われています。ご命令されれば、違いますね。自分で考えて、アルノルト様の近くに居たいと思わない限り、アルノルト様には受け入れてもらえないでしょう。そして、西方教会の聖女であったエヴァンジェリーナ・スカットーラ様にも失礼でしょう。
私が、アルノルト様を理解する為に、書き始めたノートもこれで3冊目です。
これからも増え続けるでしょう。まだ何かを隠しているのは・・・。怖くもあり、楽しみです。
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