【第十一章 飛躍】第百十八話

 

午前中は、迎賓館の中にある謁見の間で過ごす事になってしまった。
シロ用の椅子も用意したが、俺の横で立っている事を選んだ。

初日は、既に見知った者たちの挨拶を受ける。
行政官やSA/PAの代官たちだ。挨拶と言っているが感謝の言葉を紡いでいく。誰のこと?と思わないわけではないが、後ろでシロがウンウン言っているので、俺の事を言ってるのだろう。歯が浮きそうな美辞麗句を並べられている・・・わけではないが、それでも皆が感謝しているのがわかって、挨拶を受けてよかったと思えてくる。

午後からは、影ツクモと影シロで商業区や自由区を巡る予定を立てている。

影を使ったのは、昨晩の影響が残っているからだ。

昨晩というか、俺の感覚では夕方位に、アトフィア教の残党は自由区に襲撃をかけてきた。
シロとフラビアとリカルダが表立った対応をした。スーンは逃さないように包囲網を構築した。アトフィア教の残党だというは既知の事実だった、3名から”自分たちが始末を付けたい”と申し出があったのだ。

危険は少なく、この大陸におけるアトフィア教のあり方を決定づけるための儀式だと考えた。

他にも、29名の潜んでいた者や、穏健派から派遣されていた司祭や聖騎士が迎撃に加わった。
迎撃と言っても、自由区の外側に新たに作られた石壁の上から、襲撃犯たちを見下ろしていただけだ。彼らは、自分たちで襲撃の場所を選んだつもりになっていたが、俺とスーンによって誘導されていたのだ。

岩や木で道を塞いで、石壁に誘導していた。
総勢、110名にまで膨れ上がっていた襲撃者たち、全員がアトフィア教ではない事がこの時点で判明した。俺に不満を持つものや、既得権益を奪われた者や雇われた者も加わっていた。

戦闘には・・・ならなかった。
石壁の上から、司祭が代表して襲撃犯たちに話しかける。降伏勧告をしたのだ。
もちろん、そんな勧告に従うはずがない。夜襲が唯一の勝機だったのに、その夜襲が失敗した時点で逃げるべきだった。目の前で喚いている”人族モドキ”が何やら大声をあげている。そんな暇があったら撤退すればいいのに・・・ほら、もう逃げられない。

「シロ。フラビア。リカルダ。もう、終わったよ。帰ろう」
「はい!」「かしこまりました」「もう?流石ですね」

退路を断った。
もう逃げられない。塀をよじ登るしか無いのだ。登ることができない絶望を感じて欲しい。

まず、石壁を登るのが困難な状況なのだ。試しに作った物で使い所が無かったのだが・・・。スキル樹木とスキル水を付けた魔核で元々は木々が自然に育つように考えたのだが、どういった作用なのか、”ローション”を生成するスキル道具になってしまった。
今、石壁にそのスキル道具”ローション生成”を埋め込んである。常に、石壁をローションが流れるようになっている。

どんなに勇ましく怒鳴ろうが、ローションまみれになって、そのうち地面もローションだらけになるだろう。石壁を登ろうとするが全て落ちていく逃げさせると夢を見てもらうために、少しだけ傾斜を付けているのだが、その御蔭で更に滑りがよくなっている。

滑稽だな。

このまま、”誕生祭”が終わるまで放置する事が決定した。
襲撃犯が居なくなって安全にはなったが、昨晩の事があるので、俺とシロがそのまま出歩くのが反対された。主に、アトフィア教の面々から・・・だ。シロはわかるが俺までと思ったら、彼らの暗殺対象のトップが俺になっている。当然と言えば当然だ。アトフィア教の残党に俺の事がよく調べられたなと思えてくる。街に忍び込む事で調べたのだろうか?それとも違う方法なのだろうか?

影ツクモと影シロの状態で祭りを散策・・・できなかった。
司祭が面会を求めてきた。

午前中は、ペネム街に関係している者たちと会っているので、アトフィア教の司祭は遠慮したのだ。
影になっているので、話すには都合が良かった。場所は、カトリアの店を使う事にした。

「ツクモ様。ヴェネッサ様」「シロと呼べと言っているだろう。私は、シロだ。ヴェネッサは死んだのだ」
「姫様・・・」

ツンという効果音が聞こえてきそうだ。急激にシロの機嫌が悪くなっていく。
どうやら、司祭に祭りの散策を邪魔されたと考えているようだ。

「シロ!」
「カズト様。私の名前は、シロです」
「わかった。話が進まないからな」
「・・・はい」

シロが一歩後ろに下がる。
司祭の名前なんと言ったかな・・・聞いた記憶はある。司祭殿と呼びかければ問題はないよな。

「それで、司祭殿。お話があると聞いていたのですが?」
「そうでした。姫・・・シロ様とツクモ様「順番が逆!」ツクモ様とシロ様にお聞きいただきたい事があります」

シロが機嫌が悪いな。

「わかった。それで?」
「はい・・・」

司祭殿話は簡潔でわかりやすかった。

ロングケープを襲った連中で、シロたちと反対の立場に居た、副隊長が、総本山で裏切り者として処刑された。生きて帰った枢機卿たちも全て自害したという事だ。
穏健派の聖騎士や準聖騎士たちは、遺髪や武器防具を持って帰った事から自害は免れたという事だ。
概ね狙った通りの結末になっている。同時に、俺からの援助が届いた事への礼が伝えられた。

他にも、連絡を送った時点での総本山の状況が伝えられた。
ロングケープへの侵攻作戦で、聖騎士の半数を出してしまって、総本山といえさすがにすぐには戦力が回復しない。そして、穏健派に属している聖騎士以外の者は帰ってきても、戦える状態では無かった。その事が、教皇を激怒させていた。
ただ、打算もあるようですぐには次の討伐隊を組織しなかった。体力的戦力的な問題もあるが、孫娘の死を上手く利用して、総本山に残る反教皇派を一掃するつもりで居るようだ。穏健派は、対立軸で残されるようだが、それ以外の派閥が潰されているようだ。

ここまでは現状までに手に入れた情報だ。
支援を厚くする事を約束する。二大政党とは言わないまでも、対立軸として無視できない位には大きくなって欲しいと思っている。

「わかった。支援は何が必要なのだ?」
「一番は・・・」

影シロを見るが、影シロは知らないフリを決め込むようだ。

「それは無理だな。本人が戻りたいと言っても・・・難しいと思ってくれ」
「はい。それはわかっております」
「もう一度聞く、どんな支援が望ましい?」

司祭は、目を閉じてから、ゆっくりと開いて影シロを見てから、影ツクモを見る。

「ツクモ様。食料をお願い致します」
「スキルカードではなく?食料を望むのはなんでだ?」
「・・・はい。幸いな事に、私達はペネム街のおかげで食べるのに困る事がありません。ツクモ様よりお借りしている場所での作物も問題なく収穫できています」
「あぁ聞いている」
「はい。しかし、他の・・・いえ、総本山の周りにある集落や街は酷い有り様です」
「そうなのか?」

影シロを見るが、首を横にふる。認識はしていないようだ。

「はい。総本山に居る方々を支えるために・・・」

そうか、アンクラムやロングケープの周りでやっていたような事をしているわけだな。
そして、吸い上げるだけ吸い上げているというわけだな。

「わかった日持ちするような食料を用意しよう」
「ありがとうございます」
「そうだな・・・生産した物が不当に安い値段でやり取りされているのなら正規の値段で買い取ってもいいのだけどな」
「そうですか?しかし・・・」

総本山に残っている奴らを敵に回すかも知れない・・・と、いう事を心配しているかもだけど・・・今更だな。

「構わない。少し商隊の調整はするけどな」

リヒャルトに任せるにしても、護衛をしっかり考えれば大丈夫だろう。

「それでしたら大丈夫だと思います」

話が終わりに近づいてきた事を感じているのだろう。
影シロがそわそわし始めている。

司祭が立ち上がって、一礼してから部屋から出ていく。
細かい事は、今後、リヒャルトを交えて決定していく事になるのだろう。

「カズト様」
「あぁわかっている。シロ。どこに行きたい?」

少しだけおかしな感覚になる。
影武者を動かしているので、本当の身体はログハウスに戻っている。

細かい事を気にしてもしょうがないだろう。それに、影武者では飲み食いしてもあまり楽しくない。従って、街をぶらぶらしたり何か買ったりするしか無いのだ。

「なんだ。シロ。機嫌がなおったようだな」
「カズト様。機嫌・・・悪くなんて無かったですよ。それよりも、早く行きましょう」
「あぁ」

さっきまでの様子が嘘のように機嫌がよくなっている。
なんだかな・・・。

今日は、影シロと一緒に行動して、明日は、エリンとシロと行動だったな。

街の発展が確認できる散策が続いた。
”誕生祭”を満喫していたのは、間違いなくエリンだろう。屋台を制覇するとか言っていたし、シロだけではなく、クリスやリーリアとも回っているようだ。フラビアとリカルダも、何回かエリンに付き合ったと言っている。

”誕生祭”もつつがなく進んでいる。午前中の謁見も今日で最後だ。
最後は、ユーバシャールの関係者たちと、パレスキャッスルとパレスケープの者たちだ。

もう決まり文句なのだろう。どこかで練習してきたとしか思えない位に皆が揃って宣誓をしてから退出していく・・・別に問題はないが、どこかで練習しているのかと思うとシュールに感じてしまう。

距離的な問題がまだ解決していないが、バトルホースの繁殖が順調に進めば、一番遠いパレスキャッスルからでも急げば2週間あれば行政区に来る事ができる。余裕を見て、一ヶ月と考えると、3ヶ月に一度の会議では遠方の区が疲れてしまうかも知れない。しかし、1年では少し長く感じてしまう。
パレスキャッスルを基準に考えて、半年に一度の全体会議を宣言した。一年に一度は代官の出席を義務付けた。”誕生祭”が毎年開催される事が決定した瞬間だ。
半年に一度の会議は、報告が主な目的で代官本人ではなく代理の者の出席でも”可”とした。

バトルホースとワイバーンは、十分な数が揃い次第遠隔地から配置をおこなっていく事にする。不満が出ないように、ミュルダ老が調整する事もあわせて決定した。

全体会議には、基本的に俺が出席するが、俺が出席できないときには、スーンが出席する事になる事も申し付けた。
だってほら・・・面倒・・・じゃなくて、ポンポン痛くなったりすると困るからね。話は聞くよ。話は・・・。今回も、しっかり、話を聞いて助言をしている。

午前中の面談も無事終わり、決定事項をまとめた書類をスーンたちが作っている。今日の閉会式のあとで書類として代官たちに渡すためだ。
俺は執務室に移動し、その後でテラスに移動した。執務室は、”誕生祭”の最中に決定した事案を、スーンたちが文章に起こしているので邪魔しては悪いと思ったからだ。

「スーン。俺、テラスに居るからな。何かあれば連絡くれ」
「書類は、テラスにお持ちすればよろしいですか?」
「あぁそうしてくれ」
「かしこまりました」

テラスから、見える範囲だが、”誕生祭”を楽しんでいる雰囲気が伝わってくる。それだけでもこの街を作ってよかったのかと思えてくるから不思議だ。

「パパ!ここに居た!クリスお姉ちゃんが探していたよ!」

エリンが駆け寄ってくる。
エリンを抱きかかえる。

「どうした?」
「パパ。あとシロお姉ちゃんも!あれ?シロお姉ちゃんは?」
「そのうち戻ってくると思うけどな」

シロは、リヒャルトと司祭の打ち合わせに、フラビアとリカルダと共に参加している。
リヒャルトは、商隊を”総本山”の中にまで食い込ませる事ができると張り切っている。この大陸では、ダンジョン内農業のおかげで食料が豊富にあるので、売り先を探していたというのが正直な所だ。
気温や雨量や日照時間の調整ができるダンジョン内は、大きな温室で農業をやっているような物だ。その上エントやドリュアスが生育具合を見ているので、失敗がほぼ無い。
支援物資は、加工品を持っていく事に決まったようだ。
輸送ルートは間の安全の確保などを話し合うと聞いている。支払いに関しては、俺がリヒャルトに貸しているスキルカードで払う事になる。レシピや玩具の権利料だ。いらないと言っていたが、リヒャルトが律儀に持ってくるので、支援物資の支払いに使ってもらうことにした。リヒャルトの商隊以外にも運搬を担当する商隊があるので、運送費もリヒャルトが預かっているスキルカードから捻出させる事になる。

リヒャルト曰く、それでも俺がリヒャルトに貸しているスキルカードの100分の1にもならないと言っていた。
そのうち必要になったときになにかしらの現物を貰おうかと思っている。

会議にはシロが居ても戦力にはならないが立場上出席すると言っていた、打ち合わせが終われば、戻ってくるとは言っていたが、まだ終わった様子は無い。

「カイお兄ちゃんとウミお姉ちゃんは?」
「あぁカイは、イザークたちが街で怪しい奴を見たと報告してきたから、そっちに行ってもらっている。ウミとライは、ダンジョン内の5階層で魔物が出たらしいから、その対応をオリヴィエとおこなっているよ」
「そうなの?」
「あぁエリンは、クリスと祭りを回るのか?」
「うん。ギュアンたちも一緒だよ!」
「そうか、エリン。楽しいか?」
「うん!パパも一緒に行こう!」

魅力的なお誘いだな。

「あぁ後で合流するよ。スーンが作っている書類は早めに目を通さないとならないからな」
「うぅぅ・・・。わかった!でも、後で絶対、絶対、一緒に回ろうよ。シロお姉ちゃんも一緒だよ!」
「わかった、わかった」

エリンが手を振りながらテラスから立ち去った。

テラスから街並みや祭りの様子を見るのもいいな。
ウイスキーの一杯でもあれば最高だろうけどな。15歳の身体ではさまにならないよな。

「暗殺するには今しかないタイミングだよな。そう思うだろう?俺が1人になるのを待っていたのか?」

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