【第一章 スライム生活】第十八話 ファントム
スライムになってしまった彼女の犠牲者が居るとしたら、ギルド日本支部の”情報管理課”兼”スキル管理課準備室”兼”登録者管理課準備室”の職員だろう。その中でも、ほぼ彼女の担当と言っても良いようになってしまっている、里見茜だろう。
彼女は、父親が趣味で作った環境が”異常”だとは知らない。今後も気がつくことは無いだろう。そして、スライムになってしまった自分が、外でスマホを持っているのは、おかしいのではないかと考えて、スマホを部屋に置きっぱなしにしている。
彼女が、ここ数日でギルドに与えた衝撃は、徹夜作業に慣れている職員を絶望の表情にさせる程度の事だ。
まずは、”結界と魔石”を調べて、その後で、効果や範囲などの具体的な言葉が検索されている。ログを調べていた職員から、言葉が消えた瞬間だった。
世界的な規模で展開しているギルドには、それだけの情報が集まっている。予算も、潤沢とは言えないが、小規模な国家の年間予算に匹敵する予算が割り当てられている。予算を使って、汎用機を用意して、大規模な機械学習を行っている。検索されているワードを使った、行動解析が行われている。その中から、新しいスキルを得た者の行動が判明してきている。
情報を扱う部署に渡されているツールで、ファントムの行動を分析する。
「茜。この結果は・・・。そうだよな。”賢者”が弾き出したのなら・・・」
「残念ながら、ファントムは、84%の可能性で、”スキル結界”を取得しています。それから・・・」
「なんだ?ファントムの所在が解ったのなら歓迎するぞ?」
「いえ、ファントムが多数の魔石を持っている可能性があります」
「は?」
「これも、”賢者”の分析ですが、ファントムは魔石の使い方を実験している可能性があり、その結果、ファントムは”魔石を大量に持っている”と、”賢者”は結論を出しています」
「・・・。里見。他のギルドから、ファントムに関しての問い合わせはあるのか?」
「現在まで、他国からの問い合わせはありません。こちらからも、他国に問い合わせをしていません。それに、”賢者”の問い合わせ履歴は、秘匿されている建前があります。私たちが、ファントムを他国に紹介しないかぎりは大丈夫だと考えます」
「そうか、それだけは救いだな。部内と部外の情報は?」
「”賢者”の結果は、部内にも出ていません。しかし、ファントムの存在は部外にも出ています。しかし、ログに触れるのが、私たちだけですし、箝口令を発布していますので、情報の漏洩は心配しなくて大丈夫だと思います。しかし・・・」
「解っている。ファントムの異常な行動が発生するまえの情報は流れてしまっている。だろ?」
「はい。異常・・・。そうですね。蠱毒が絡みそうな辺りからは、秘匿に設定を変更してあります」
「助かる。さすがに、爆弾だな。たしか、特定のアクセスに、タグ付して情報を秘匿設定にできたよな?」
「既に設定は行ってあります。なので、部署でも数名で”賢者”と格闘しました」
「すまない」
「謝罪は、言葉でなくて、態度で示してください」
「わかった。わかった。賞与は・・・。ダメだな。成果を公表できない」
「・・・」
「睨むな。わかった。キルフェボンで好きなタルトを買ってやる」
「・・・」
「ワンピース。じゃなくて、3・・・。4ピースだ。これ以上は無理だ」
榑谷は、関係者の頭数を数えて、財布の中身を思い浮かべる。
キルフェボンと言い出したことを少しだけ後悔するが、これで、部下たちの気持ちが前向きになるのなら、安い出費だと覚悟を決めた。
「はぁまぁ妥協しましょう。ルピシアで紅茶もお願いします。季節のフレーバーを付けてください」
「わかった。経費は無理だな・・・。はぁ高く付く・・・。(ファントムが見つかったら、魔石を融通させてやる)」
紅茶は、皆で飲むように買っているが、経費ではない。有志が出しているお茶代から買われている。主任である、榑谷は皆よりも多くの金額を出している。そこに追加で出す必要がある。
平和的に、ファントムの評価が上がっていく。
「主任。他の報告も必要ですか?」
「他?ファントム以外の報告は、もう貰っているぞ?」
榑谷は、机の上に置かれている書類を指差しながら、里見に告げる。既に読んでいて、問題の把握は終わっている。
「いえ、ファントムに関する。”他の”報告です」
「茜。もう一度・・・。いや、言わなくてもいい。私の耳がおかしいのだろう。ファントムに関する”他の”報告と言ったのか?まだ、あるのか?」
「そうですね。いや、違いますね」
「そうだろう。そうだろう。お前は、疲れているのだろう」
「はぁ・・・。主任。正確に言います。これからが本題です。ファントムに関する”本当に聞いて欲しい”報告です」
「マジ?」
「”マジ”です。残念なことに・・・」
「・・・」
「これです。書類にはしていません。データです。見たら、削除してください」
里見から渡されたUSBメモリを受け取って、端末につなぐ。ウィルス対策が施されているUSBメモリは、端末に繋がれると、認証が必要になる。USBメモリに付いた指紋認証を通して、暗号で書かれた文章を復号する。
「茜。ここまで・・・。ん?あ・・・」
榑谷は、ここまで厳重にする必要があるのかと、里見に文句を言いかけた。
しかし、復号された文章を読み込んでいくと、里見が厳重な方法で、報告してきた理由がわかった。
「主任?」
「これも、”賢者”に問い合わせたのか?」
「いえ、必要が無いと判断しました。ログは、既に分離して、認証コードがないと閲覧が不可能なように設定をしました」
「助かる。さすがに、”これ”は、まずいな」
「はい」
里見が榑谷に爆弾として投げたのは、ファントムが”オークの進化(推定1段階)種の撃破。ドロップアイテムを得ている”という、無視するには大きすぎて、公表するには問題が有りすぎる情報だ。
「ドロップアイテムからの推測か?」
「はい。アメリカ支部のデータベースに情報がありました。オークが肉を落とすのは、『最低で1段階の進化が終わっている個体』『1cmの魔石は、特殊個体でしか確認されていない』でした」
「そうか、魔石の色は、検索されていないのだな?」
「はい。残念ながら・・・。4色とか言われなくてよかったです。それから、ファントムは”こぶし大の魔石”の値段も調べています」
「ん?茜。1cmの魔石の値段ではないのか?」
「言い間違いではありません。こぶし大の魔石の値段です」
「そうか・・・。聞き間違いじゃないのか・・・。値段を調べるのは、持っている可能性が高い物か・・・。もちろん、ギルドの買い取り金額だよな?売値じゃないよな?」
「はい。残念ながら、買い取り金額です。ちなみに、”賢者”に”こぶし大の魔石”があったらいくらで買い取るか聞きました」
「おい。まぁ気になるな。結果は?」
「聞きたいですか?後悔しますよ?」
「後学のために、聞きたいな」
「1,500億以上4,500億以下だと出ました。あくまで、現在の状況で・・・。です。もし、魔石からエネルギーを取り出せるとしたら、どこまで金額が上がるか・・・」
「おぉファントムは一気に金持ちだな。魔物関連だから、税金も免除だろう?大儲けだな」
「主任!」
「すまん。しかし・・・」
「はい。ファントムは、オークを倒しています。こぶし大の魔石は、無視したとしても・・・。オーク種の進化体を撃破です。それも単独での撃破報告はまだ世界中のギルドに上がっていません」
「肉がドロップするのは、里見なら食べるか?」
「食べます。私たちは、情報に触れられます」
「ファントムは食べたと思うか?」
榑谷の問に、里見は答えられなかった。
オークの肉だけではなく、ドロップアイテムになっている肉は”隠れスキル”を得られる可能性が高い。鑑定で見なければわからない上に、使い方の説明がない場合が多い。そのために、ギルドでは公表はしていない。安全性の確認も出来ていない。しかし、オークの肉を食べるチャレンジャーは世界に多い。オーク肉を調理して食べる動画をアップする者も居る。
榑谷と里見は、お互いの顔を見て、大きく息を吐き出すだけに止めた。
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