【第六章 神殿と辺境伯】幕間 カスパルとディアス

 

 神殿からそれほど離れていない家の前まで移動した。
 どうやらディアスと俺が住む家の候補らしい。

 結界を通る時に作ったカードがそのまま鍵の役割になるようだ。
 ディアスの顔を見るが驚いている。俺では変わった家とすごい家という印象しかないがディアスはなにか違った感想を持っているようだ。

 家の中に入る。
 エルフ式のようだ。玄関で靴を脱ぐように言われる。ディアスもエルフ式は知っていたようだ。驚いているのはリーゼだった。この場にいる唯一のエルフ族が驚いてどうする。

 家を案内してくれるヤス様の説明は驚愕という言葉が陳腐に思えるほどだった。

 玄関を入ると、まずは俺のカードを家に登録する運びとなった。
 ディアスが行う必要があるようだ。玄関に入ってすぐのところに魔道具が設置してある。”ディアスのカードと俺のカードを重ねて二人の魔力を流す”これで登録が完了した。俺が一旦外に出てから鍵を使って中に入る。しっかりと鍵になっている。

「ディアス。その魔道具に触れてみてくれ」

 ヤス様がディアスに指示を出す。
 指示されたとおりに魔道具に触れる。

「カスパルの名前が出ているだろう?」

「はい」

 俺には見えないが触っているディアスには見えるのだろう。鍵を登録している人物が表示されるのだと説明された。俺はディアスにやり方を聞いて欲しいと言われた。

「カスパルの名前を触って・・・。そうそう、それで呼び出しを選んでみてくれ」

「はい」

 ディアスが恐る恐るだが何かを操作している。

”ブルブル”

「え?」

 カードが振動した。何が起こった?!

「カスパル。カードを見てくれ」

 ヤス様がカードを見てくれと言っている。

「え?」

 カードには”ディアスからの呼び出し”と表示されている。

「うん。成功だな。今、ディアスが魔道具を使ってカスパルを呼び出した。無いとは思うけど何か緊急事態が発生した時に使うといい。神殿の領域内に入ればどこに居てもつながるからな。呼び出せない時には選択できない。その時には神殿の領域に居ないと思ってくれ」

 驚愕だ。これがユーラットにあったら・・・。

 駄目だ。休んでいる時に緊急呼び出しがかかってしまう。なくてよかったと思うことにする。

「よし。部屋を案内する。リーゼのところも同じような物だから覚えろよ」

「うん!わかった!」

「ヤス様。リーゼ様と違いは?」

 ディアスがなぜ違いを気にしたのか?

「違いは、リーゼの家にははじめからメイドが住む場所が用意されている。あとは、10人程度が会議できる部屋を用意している。それと、アフネスとロブアンが泊まれる場所を用意している」

 ヤス様は頭をかきながら説明してくれた。
 どうやら、リーゼの家と言っているが集会場の用な使い方を想定しているようだ。アフネスやロブアンが訪ねてきた時に泊まれるようにしているのはヤス様の配慮だろう。ディアスも納得したようだ。

「ヤス!他は?」

 リーゼが我慢できなくなったようだ。

「わかった。わかった。ディアスもカスパルも次はリビングだが見ればわかるだろうから省略するぞ?内装は作っていないから、移住組が来たら頼むようにしてくれ」

「はい」「わかった。ユーラットから持ってきてもいいよな?」

「二人がそれでいいのなら問題ない。好きにしてくれ、そして次がキッチンだ」

 次はテーブルがありキッチンと言われたが、料理を作る場所と食事をする場所が一緒になっているようだ。

「ヤス様。魔道具なのですか?」

「そうだ」

「魔石は?」

「必要ない。神殿から供給される」

「え?そんな・・・。きいたこと・・・。ない」

「そうなのか?そういう物だと思ってくれ」

 ディアスが驚愕の表情を浮かべているが神殿特有の物なのだろう。魔石を交換する必要がない魔道具なのだろう。
 俺はそう理解した。聞いたことはなかったが、結界を越えてから知っていることのほうが少ないから、ヤス様が言っていることを全部”そういう物”として受け入れる。考えてもわからない。それなら考えなくてもいいと思う。

 冷魔蔵庫もある。大きな貴族の家なら備え付けられているらしい物だ。肉や野菜を保管すれば痛みが遅くなると言っていた。確かに、ユーラットと違って港があるわけではないのでこれはありがたい。

 家には風呂まで有った。貴族が住むような屋敷でも滅多にないと言われる設備だ。
 トイレが清潔だったのは純粋に嬉しい。
 他にも家の中の気温を一定に保つ魔道具が備え付けられたりしている。

 寝室は一つだったが、2つに増やす事になった。ディアスには2階にある部屋を使ってもらって、俺は1階にある部屋を使う。トイレは2階にもある。風呂は1階だが時間をずらせば大丈夫だろう。増やした寝室には布団だけが持ち込まれた。”畳”という草を編んだ物が敷かれている部屋が俺の部屋となる。

 ヤス様は一通りの説明を終えてリーゼを連れて出ていった。残されたメイドも生活用品や食料品を持ってくると言ってヤス様に付いていった。
 メイドは鍵を持っていないので帰ってきたらチャイムを鳴らすのでドアを開ける必要があるらしい。

 簡単に言えば、俺とディアスが家に残されたかたちになる。
 部屋や設備を見て回ってリビングと説明された部屋で椅子に座っている。アフネスには悪いけど、宿屋に置いてあるような椅子ではない。しっかりとした作りで安心できる。座りながら動いたくらいでは倒れたりしない座りやすい椅子だ。ソファーもあるが汚したら怒られそうでまだ座っていない。触って確認したが柔らかい触り心地だ。

 ディアスと正面になる位置に座った。

 本当に可愛い。年齢は18歳だと聞いた。俺よりも2つ下なのに落ち着いている。

「カスパル?」

 ディアスが俺を見ている。

「なんでも無い。それにしても、こんな家をいいのかな?」

「ヤス様の説明を聞いていると、他も同じようになっていると思います」

「そうだよな・・・。あっ。ディアス。俺が一緒で良かったのか?ヤス様に言えば違う家が借りられるから、俺が移動する」

「え?カスパルは、私が一緒では嫌なのですか?」

「そんな事はありません!ディアスといっしょになりたい!」

「え?」

「あっ・・・。失礼します。手伝いに行ってきます!」

「・・・・。わかりました。お待ちしています」

 ディアスの前から走り去るように逃げてしまった。
 いきなりで・・・。言葉が出てしまった。”いっしょにいたい”でもかなりの言葉だが”いっしょになりたい”ではプロポーズに聞こえてしまったかもしれない。間違っていないが、順番もあるしディアスのことを全く考えていない。駄目なヤツになってしまう。

 外に出ると、ヤス様が神殿に入っていくところだった。リーゼへの説明が終わったのか?

 ヤス様が入っていった神殿からメイドが荷物を持ってこちらに歩いてきた。

「カスパル様。問題がありましたか?問題があるのでしたらマスターをお呼びいたします」

「いや、問題ではない。荷物を持とう」

「いえ、カスパル様に持たせたとなると、私がマスターに叱られてしまいます」

「大丈夫だよ。そうだ、名前は無いのか?」

「私ですか?」

「そう。これからいろいろお願いすると思うから名前が無いと不便だよ」

「私は、マスターからサードと呼ばれています」

「俺やディアスがその名前で呼んでいいの?」

「問題ありません」

 会話が続かない。
 元々女性との接点が少なかった事は認める。それでも、多少は会話ができると思っていたのだが難しい。

 家に着いてしまった。鍵は開けられるのだが、チャイムを鳴らす。”カチッ”と鍵が開く音がして中に入る。

「カスパル!」

「ただいま・・・。で、いいのかな?」

「ここは、ヤス様から、”私”と”カスパル”の家として許可された場所です。”ただいま”で正しいです。カスパルは、私を置いてどこにも行きませんよね?」

 ほんの数分だけ離れていただけでディアスの心が壊れかけている。涙目になっている。それだけではない。喋り方も変わっているし声が震えている。ディアスが何を求めているかわからないが、俺ができることは少ない。ディアスの震えている手を握る。温かい手だ。戻ってきた感情表情を消さないためにもディアスとしっかり話をしよう。

 どうしたらいいのか?決めていこう。

 俺が玄関で立ち止まっていると先に入ったサードがディアスに挨拶をして荷物を部屋に運び入れている。

 気がつけば玄関には俺とディアスしか残っていない。

 二人で何をしたらいいのかわからなくてお互いの顔を見ることしか出来なかった。
 これからやっていけるのか少しだけ心配になってしまった。

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