【第四章 マガラ神殿】第十一話 夢

 

 これは・・・。

 俺の目の前に、破壊された家が・・・。パシリカに行く前の状態で建っている。
 マヤが居る。ニノサも居る。サビニの声が奥からしている。俺を呼んでいる。

 まだ何も知らなかった頃の・・・・。夢だ。

 泡沫うたかた過去
 もう取り戻すことが出来ない。泡のように消え去った過去。未来に繋がるはずだった現実

 ニノサが笑いながら俺を見ている。サビニが作ってくれたご飯を食べる。マヤが、俺を見つめる。

 俺が欲している全てがあると言ってもいい。

 だが、夢だ。俺が知っている現実ではない。
 マヤは殺された。ニノサもサビニも・・・。

「どうしたら・・・」

「リン。どうした?困っているのなら、俺や母さんに話してみろ」

 やめろ!ニノサの顔で、声で、俺に話しかけるな!

「ニノ・・。父さん。お、僕、どうしたら・・・」

「うーん。お前の好きにすればいい」

「え?」

「そうよ。リン。貴方は、私とニノサの子供よ」

「あ・・・」

「そうだ。俺も、サビニも見ている。お前が”やりたい”ことをやればいい」

 俺の”やりたい”こと?

 父さんと母さんと、ゆうと一緒に過ごしたかった。
 マヤとニノサとサビニと一緒に過ごしたかった。

 ”やりたい”ことなんてない。やらなければならないことだらけだ。

「マスター!マスター!」

「ん・・・。あっ猫・・・?」

「猫ではない。猫型精霊のロルフです!」

「やっぱり、猫・・・」

「マスター!」

「・・・。ん。あぁ・・・。ロルフ」

「よかった。うなされていまして・・・」

「そうか、ありがとう。なんか、懐かしい夢を見たよ」

「そうなのですか?最初は幸せそうでしたが・・・」

「あぁ最悪な夢だ」

「え?」

「もう取り戻せない、懐かしい、暖かな、優しい夢だ。夢の中に、引きこもってしまいたくなる、儚く、優しく、そして、残酷な夢」

「・・・」

「ロルフ。それで、村に動きは?」

「はい。大人が一箇所に集まっています」

「場所はわかるか?」

「村で一番大きな建物です」

「いつくらいから集まり始めている?」

「昼くらいだと思います」

「わかった」

『マスター。ラット族が面会を求めております』

 アウレイアの後ろに、ねずみの群れが控えている。

「後ろに控えているのが、ラット族なのか?」

『初めて御意を得ます。ラット族の族長です』

 いろいろな種類の”ネズミ”が居る。
 ジャンガリアンハムスターのようなラットも居れば、プレリードックのようなラットも居る。

「種類が違うように思うが?」

『はい。種族はラット族ですが、個体差です』

「個体差?」

『はい。環境で変化します』

「わかった。それで、長の”名”は?」

『我には”名”はありません』

「そうか、族長に”名”を付けたいが受けてくれるか?」

『よろしいのですか?』

「アウレイアも、そのつもりで連れてきたのだろう?」

 アウレイアが頷いているので間違いは無いだろう。それだけではなく、ロルフもその方が良さそうな雰囲気を出している。猫って、ネズミを襲わないのか?

『マスター。猫ではありません。精霊です。猫型精霊です』

 勘がいい猫は嫌いだ。

『ロルフは、どう思う?』

『マスターの御心のままに・・・』

 ラット族の族長が、俺の前に出てくる。
 アウレイアとアイルが一歩下がる。ロルフは、俺の肩から飛び降りて、ラット族の間を取り持つような位置に立つ。

 族長は、頭を下げて、俺からの言葉を待つ。

「我、カンザキリンが名を与える。汝は、リデル」

『我は、リデル。カンザキリン様に絶対の忠誠を捧げます』

 身体から力が抜けるような感覚になるが、今までのような倦怠感は襲ってこない。
 ラット族が小さいからなのか?それとも、個体差なのか?よくわからないが、問題はなさそうだ。リデルは進化に入るようだ。

「マスター。リデルの進化を待ちますか?」

 ロルフが俺に聞いてくる。
 確かに、進化を待ったほうがいいのは間違いないだろうが、もう夕方になっている。村長おじさんたちを待たせるのも悪い。

「動こうと思うが?」

 ロルフとアウレイアとアイルを見る。

『マスター。お待ち下さい。闇が訪れるまで待ったほうが良いと思います』

 アイルの言葉も正しいだろう。
 闇が支配する時間になってから、動いたほうが、動きやすい。

「そうだな。アウレイア。狼たちの配置は?」

『問題はありません。一部、魔狼と交代しております』

「ありがとう。遠吠えを続けさせてくれ」

『はい』

 族長は、丸くなって黄色の靄が身体を包む。今までと違うのは、一緒に来ていた、ラット族まで進化の霧?に包まれる。

「アウレイア。リデルたちを守ってやれ」

『御意』

 アウレイアの後ろに控えていた狼たちが、ラット族を守るように取り囲む。族長は、アウレイアの背中に乗せられる。

『マスター。リデルはお連れください』

「いいのか?」

『はい。ラット族は、我らの森の支配に力を貸してもらいます』

「そうか?」

『森を、リン様の支配領域に致します』

「まかせる。人族以外で住んでいる者で、話が通じる者は殺すな。出来るだけ話し合いで済ませろ」

『はっ。人族は?』

「話しかけて、撤退する者は追うな。それ以外は殺せ。容赦しなくてよい」

『御意』

 アウレイアに指示を出してから、狼たちの遠吠えが村を取り囲んでいる。
 高台に移動する。村の全容は無理だが、村長おじさんの家や周辺はよく見える。中央の篝火も確認できる。

 辺りが暗くなってきて、村民たちは自分の家に戻っていく。
 何も対策が出来ないのだろう。数名が、村の外に行く様子が見えたが、慌てて戻ってくる。どちらの方向も狼や魔狼が居る。戦闘訓練をしていない村人では突破は出来ないだろう。
 俺の家に来た奴らは、武器を探しに来たのかもしれない。

『マスター。リデルの進化が終わりました』

「え?早いな」

『ラット族などの魔力の弱い魔物の進化は4-5段階あり、種族によってはもっと多い場合もあります。そのために、1段階の進化には時間を必要としません。また、経験を詰めば、更に進化します』

 アウレイアの説明を聞いて納得した。
 リデルを見ると、俺に向かって頭を下げる。

『マスター。これから、よろしくお願い致します』

「リデルも、アウレイアも、配下に、”名”を付けなくてもいいのか?」

『大丈夫です』『リデル。という”名”が種族の”名”でもあります。なので、必要はありません』

「そうか・・・。ファミリーネームのような使い方をしているのだな。ロルフ。皆に、同じファミリーネームをつけるのはいいのか?」

『え?』

「例えば、『ロルフ=アルセイド・フリークス』みたいにしたい」

『繋がりがあれば可能です』

「わかった。皆に、ファミリーネームを授ける。お前たちは”フリークス”だ。ヒューマ・フリークス。アウレイア・フリークス。アイル・フリークス。リデル・フリークスだ。群れの者には、フリークスを名乗らせろ」

 皆から同意した意思が伝わってくる。
 この場所にいない。ヒューマからも伝わってきた。心の繋がりがあれば、遠隔地でも問題は無かった。

「マスター」

 ロルフが、俺の肩に乗って声を掛けてくる。

「そうだな。リデルの進化も終わったようだし、行くか!」

『『御意』』

『マスター。我らは、誰も出ないようにし、誰も入ってこられないようにします』

「アウレイア。頼む」

『はっ』

 アウレイアが、頭を下げてから村の入り口に向かう。入り口で指揮を取るのだろう。アウレイアの動きに合わせて、群れが動き出す。

「アイル!俺を攻撃してくる者が居たら、無力化しろ」

『マスター。殺すのではなく、無力化なら、我よりは、リデルが得意です』

「そうなのか?」

『アイルの言っているように、無力化なら、我のスキルが良いでしょう』

「わかった。方法は任せる。殺さなければ、どうでもいい」

『御意』

「アイルは、俺の護衛と、村民たちの威嚇を頼む」

『わかりました』

 アイルは、サイズを二周りほど大きくなる。俺の腰くらいの大きさの狼になる。
 ロルフは、俺の肩からアイルの上に乗り換えた。俺は、武器を装備して、村に向かって、一歩を踏み出す。

 夢の中では、楽しく暮らしていた場所だ。
 誰かが俺から奪った。村長の行動を問い詰めなければならない。

 一歩一歩が重く悲しい。復讐ですらない。ただの八つ当たりだ。
 村長の守るべき未来に、俺とマヤは必要なかったのだ。

 アウレイアたちが、村の中心にある篝火を消した。

「行くぞ!」

 俺は、走り出した。横には、背にロルフとリデルを乗せたアイルが走る。新しくできた家族だ。

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