【第三章 復讐の前に】第二十七話 覚悟

 

前田教諭は、黙って俺の手順を聞いている。
かなり・・・。違うな、傷口に塩を刷り込むような行為だ。認識している。

当初の予定とは違っている。
ポーションで治せるのは、身体の傷だ。脳神経も治せるのだが、心の傷は治せない。

心と記憶を分離する。
記憶が希薄になり、ドラマでも見たかのような感じになる。自分に発生したことだと認識は出来るのだが、どこか他人事のように感じるように分離を行う。この処置を行うために、前田教諭には苦痛を伴う記憶遡行を受けてもらう。妹さんが受けた身体と心の痛みを、全てを受け止めてもらわなければならない。スキルの制限で被験者の血縁者にしか遡行処理を行うことができない。

「現状。これが、妹さんを起こす為の手順です。どうしますか?」

俺をまっすぐに見ていた力強い視線を床に落として、眠っている妹さんを見つめる。
数秒だと思うが、前田教諭の中で何かと戦っているのだろう。

前田教諭が、視線を妹さんから俺に戻した。

「新城。一つだけ、確認していいか?」

これは、誰かに縋る視線ではない。負けを覚悟している目でもない。

フィファーナで何度も・・・。それこそ、嫌になるほどに、目撃してきた目だ。何かに挑むときの視線だ。自分はどうなってもいい・・・。自己犠牲を強く持っている人たちの視線だ。
自己犠牲だけでは何も解決しない。自己犠牲を贖罪だと考えると、危うい。

「なんでしょう?」

前田教諭が聞きたい内容は想像ができる。
家族の苦痛を考えれば当然の質問だと思っている。

「俺の記憶を呼び起すのは、俺が耐えればいい。果歩の苦痛に比べれば・・・。でも、果歩は、果歩が負った傷はどうなる?」

やはり・・・。
記憶の封印では、封印が解ける可能性がある。フラッシュバックが発生する可能性がある。
俺たちは、フラッシュバックが発生した時に、違う記憶に誘導するように、強固な封印を施す。何度も、フラッシュバックが発生すれば、俺たちが作った強固な封印でも破られてしまう可能性がある。
その時には、心が”生”を拒否する可能性が高い。そうなった場合には、記憶を消す処理を行う方法しか無くなってしまう。

「残ります。記憶を消すことも出来ます。完全に消してしまうことも出来ます」

傷は残さなければならない。
本当の意味での克服にはならないからだ。弱いレベルのトラウマなら消してしまえばいいのかもしれないが、”死”を望む程のトラウマだと、どこに関連しているのか解らない。トリガーが多数にわたっている可能性もある。

「それなら!」

記憶を消すのは簡単だ。
完全に消してしまうのは、俺でもできる。前田教諭が苦痛を味わう必要もない。ある意味・・・。おすすめだ。フィファーナではよく使っていた。ゴブリンに連れ攫われた人や、盗賊に連れ攫われた者たちの記憶を消し去った。家族もそうして欲しいと望む場合が多かった。

「その場合には、妹さん。果歩さんが経験した他の記憶も消されます。そして、副作用で関連している記憶が希薄になり、最悪は性格が著しく変化します。別人になってしまったと感じるかもしれません。それに、俺への対価になりません」

一つの記憶だけを消すのは不可能だ。関連した記憶を消していかなければならない。学校での行為なら、学校に関連する記憶を消す必要がある。消さないまでも希薄にして記憶として思い出さない状態にしなければならない。
記憶は人格や性格に密接に関連している。
消えた記憶が辛い物でも、楽しかったことや嬉しかったこと・・・。感じたことなどの記憶が消えたり、希薄になったり、呼び起こせなければ、性格や人格が変ってしまう。

「っ」

対価は別に考えてもいいと思っている。当初の計画が崩れた段階で、違う報酬を求めるのは筋としては正しいと思っている。

正直な話として、果歩さんの話は記事にしたいとは思うが、マストではない。
前田教諭から聞いている果歩さんの性格から”戦う”ことを選択してくれると思える。その場合には、先生以外に有効な手駒が増えることを意味する。
そして、俺が考えていた最初のターゲットに最も近い場所に行けるのが果歩さんだ。

果歩さんが無理なら、前田教諭に”あること”を話してもらうことになるだろう。十分ではないが、持っていき方次第では、相手を引っ張り出せるだろう。次善の策としては十分だろう。

「先生だけなら、この方法もいいでしょう。対価の交渉は後日の課題になってしまいますが・・・。しかし、ご両親は耐えられますか?」

「・・・。果歩の辛い記憶を・・・。記憶を俺が引き受ける事は、代わってやることは?俺に、何か出来ないのか?」

「それは、”記憶を消す”以外ですか?」

「そうだ」

「ありません。状況が、悪いです。今はまだ”心”が”生”を諦めていません。極端な事を言えば、果歩さんは・・・。夢で、追体験を繰り返しています」

「それは・・・。あの出来事か?」

「そうです。何が、おこなわれたのか、俺には解りません。先生も実際の所は、解らないでしょう?果歩さんは、同じ日の同じ時間を、何度も何度も何度もそれこそ、心が”死”を受け入れるまで経験しているのです。先生に耐えられますか?簡単に代わってやりたいとか言わないで下さい」

「・・・」

「夢なら、悪夢なら、醒めてしまえば、目覚めれば終わるかもしれない。でも、違うのです。本当の悪夢は、終わらないのです。果歩さんは、強い人です。どのくらいの時間が経過しているのか知りません。でも、その間・・・。永遠に思える時間を戦い続けているのです。先生が出来るのは、果歩さんが目覚めた後で戦う事を辞めさせることですか?それとも、一緒に戦う事ですか?」

ずるい言い方だ。
実際に、果歩さんが望んでいることは解らない。記憶を消して、別人に生まれ変わって生きる方法だってある。前田教諭の家族が”別人”になった果歩さんと出会えばいいだけの話だ。記憶の封印と違って、トリガーで目覚める事がない記憶だ。

「・・・。新城。俺は・・・」

「先生が決めてください。それから、果歩さんにポーションが必要ないようなので、ポーションは置いていきます」

「え?」

「ミドルポーションなら、脳神経の再生が出来ます。薬物依存症やアルコール依存症の依存症が完治しました。実証は出来ていませんが、アルツハイマーにも効く可能性があります。他にも・・・」

「新城!」

「なんでしょうか?」

「・・・・。覚悟が足りなかったのは、俺だと・・・。ふぅ・・・」

前田教諭が、眠っている果歩さんの頭を軽く撫でる。

俺をまた睨むように見て来る。

覚悟が決まったのか?
それとも・・・。

俺には、解らない。
俺は、この兄妹を俺の手駒に加える。そして、二人の人生が狂ってしまう可能性があるのに気が付いているのに、俺は俺の為に・・・。

「新城。果歩の記憶は消さない。記憶を切り離すだけでいい。身体の傷は完璧に治してくれ」

「わかりました。以前よりも肌だけではなく、髪も綺麗になるようにしてみせます」

「ははは。そりゃぁ困る。果歩がモテてしまう」

前田教諭は優し気な目で果歩さんを見つめる。
肌を優しくなでてから髪の毛を櫛でとかすように撫でる。

数秒間目を瞑ってから、俺をまっすぐに見る。

「新城。頼む」

深々と頭を下げる。

「お任せください」

待機して状況を見守っていた。ニコレッタとフェリアとフェリアに合図を出す。

「前田先生。彼女たちは、日本語がわかります。彼女たちの指示に従ってください」

「わかった。よろしく頼む」

3人は黙って、準備に入る。
日本語は解るが、話が出来ない設定のほうが楽だ。余計な質問を受けない。前田教諭を見れば、関係がない質問ができる余裕はなさそうだ。それに、これから、地獄の苦しみが待っている。

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