【第三章 帝国脱出】第二十二話 おっさん脅す
おっさんは、領都を出てからフラフラと歩いて、林を抜けて、草原まで歩いている。
襲ってきた、少年少女たちを、笑顔で出迎えていた。
ナイフを切られた少年は、尻もちを着いた状態で、股間を濡らしている。
少女は、辛うじて立っているのだが、おっさんから向けられた視線で、足下に水が溜まり始めている。
「それで?君たちは、イエーンが欲しいのか?それとも、生きたいのか?」
切られたナイフをおっさんに向けている少年は、恐怖が抜け切れていない。震える声で、何か言っている。
「お願いです。許して・・・。ください」
「ん?君は?」
水たまりを作った少女とは、違う少女がおっさんと少年の間に入って来て、勢いよく頭を下げる。
「私は」「名前は、いい。何を許せばいいの?」
「え?」
おっさんの問いかけに、少女は目を点にする勢いで、おっさんを見る。
それはそうだろう、この状況で”何を許せば”などと言えるおっさんがおかしい。少女が、そう考えても、おかしくない。
「君たちは、俺を殺してでも、金を奪おうとした。違うか?」
少女は、おっさんの言葉を聞いて、否定ができない状況なのを悟っている。
そして、頷いた。少女は、怯えた表情ながら、おっさんをまっすぐに見ている。
「認識は、出来ているようだ。そして、俺が反撃して、そこの少年が殺されかけた」
少女は、今にも泣きそうな表情で必死に頭を縦に振る。
おっさんが何を知りたいのか解らないが、自分が相手をしていれば、殺されるのは自分だけだと考えている。少年少女たちは、皆が似たような境遇だ。産まれた時期も知らなければ、親もしらない。皆が同じような生活をしていて、いつの間にか一緒に居るようになった。家族ではないが、家族のようになっている。立ちふさがっている少女は、自分が姉だと思っている。その姉が皆を守らなければならないと、おっさんの前に立っている。ただ、弟や妹たちを守りたいと思う気持ちだけだ。
「許してください。初めて・・・」
少女が言いかけた言葉を、おっさんは手を上げて遮る。
何を言い出すのか解っているからだ。
「関係ないのは解るよな?初めてだから許して欲しい?それじゃ、俺もお前たちを殺すのは初めてだから、許してもらえるよな?」
少女は、おっさんの作り笑顔に恐怖している。
おっさんの言葉が否定できない。
「え・・・。あっ・・・」
絶望に染まりかけるが、うしろを見ると、少女に縋るような目線を向けている少年少女が居る。少女は、自分が殺されても、皆を逃がそうと思考を変えた。そして、辺りを見回して、さらに絶望する。
「あぁ逃げるのなら、勝手に逃げていいぞ、道が解って、安全に逃げられるといいな。迷ったら、魔物の餌になるだけだ」
おっさんの言葉は正しい。
辺りを見回して、少女は愕然とした。おっさんの対峙していた時間は解らないが、まだ夕暮れまでには時間があると思っていた。初めての事で、時間の感覚が普段と違っていたことに気が付いていなかった。そして、おっさんは、少女たちの動きに合わせて、光の球を浮かべていた。
おっさんと少年少女たちを優しく包み込むように、球から光が降り注いでいる。
少女は、周りが暗くなっているのに、その時になって気が付いた。
領都から近いと言っても、徒歩で1時間程度は離れている。森とは言わないが、林位には木が生い茂った場所を抜けなければならない。近くではないが、狼種の鳴き声も聞こえている。それだけではない。この草原には、夕方になると餌を求めて、魔物が姿を表す。
「アキ姉。騙されるな!このおっさんも、一人じゃ帰られない!俺たちを盾にして、自分だけ助かろうとしている!」
ナイフを切られて、座り込んでいた少年が、おっさんに向かって吠える。
手の震えは止まっていない。虚勢であるのは、明らかだ。
「そうか、そうか、怖い。怖い。それで?逃げるのか?それとも、ここで死ぬか?それとも、俺の質問に答えるのか?」
「え?」「なに?」「は?」
おっさんが、最後に提示した。”俺の質問に答えるのか?”は、最初から提示されていたのだが、少年少女はおっさんに殺される恐怖が勝っていた。話を最初に戻しただけなのだが、脅してきた相手に、”質問に答えるのか?”と言われて、素直に頷けるものではない。
しかし、皆の前に立っている少女は、おっさんの表情が最初からあまり変わっていないことに気が付いている。
「何を、お聞きになりたいのですか?」
「アキ姉!」
少女は、おっさんをまっすぐに見てから、頭を下げる。
おっさんは、少女が何をしたいのか理解して、手で合図をする。
「黙っていて!」
少女は、おっさんから視線を外した。後ろを振り向いて、名前を呼んだ少年に視線を合わせる。
「お願い。ここは、私に任せて、いい。イザークは、皆を守って、周りを警戒して。いい。あの人を怒らせるような事をしないで、お願い。本当に、お願い。私だけじゃなくて、イザークまでも居なくなったら・・・。だから、お願い」
優しい言葉遣いと”お願い”という言葉を使っているが、強い意思を感じる声色だ。少年は、少女からの”お願い”に頷くしかなかった。
「お待たせしました。なんとお呼びしたらよろしいのでしょうか?」
少女は、振り向いておっさんをまっすぐに見つける。
殺すの?奴隷にするの?犯すの?悪い考えが頭の中を駆け巡る。恐怖で、立っているのもやっとな状況だが少女は、おっさんに向き直って、気丈にも会話を始める。皆で生き残るには、この方法しかないと思っている。
「やっと、話ができそうだな。俺の事は、”まーさん”とでも呼んでくれば、君は、アキさんでいいのかな?」
「ありがとうございます。まーさん様。私は、本当の名前を知りません。皆から、”アキ”と呼ばれています」
「あぁ・・・。”様”はいらない。”まーさん”とだけ呼べばいい」
「わかりました。まーさん」
「それで質問だが、君たちは、『イエーンが欲しいのか?それとも、生きたいのか?』」
「え?それは・・・」
「よく考えて答えてくれればいいよ。なんなら、お仲間と相談してもいい」
「え・・・。ありがとうございます」
少女が後ろを振り向こうとした時に、おっさんはバステトに何かを伝えて、バステトが地面からおっさんの肩に上がった。
”にゃぁ”
バステトは、短く鳴く。
少年少女を中心に、白い膜が張られる。もちろん、おっさんもバステトも含まれている。
驚いた少女は、振り向くのをやめて、おっさんを見る。
「あぁ大丈夫だ。そろそろ、魔物が現れるから、結界を張っただけだ」
「結界?」
「そうだ。解りやすいように、白い幕になっている。そこから外に出なければ、安全だ。安全と言っても、強い魔物には意味がない。ゴブリンやオーク程度なら何体が襲ってきても大丈夫だ。安心してくれ」
おっさんの言葉は、信じられないが、それでも、おっさんも同じ膜の中に居るので、大丈夫だと判断して、後ろを振り向いた。
アキと呼ばれた少女の答えは決まっている
”生きたい”だ。正確に、伝えるのなら、今の環境から”抜け出したい”となる。
アキと呼ばれた少女以外は、”イエーン”が欲しいと”生きたい”を同列に考えている。”イエーン”があれば生きられる。ただ、それだけしか考えていない。
少女は、後ろで寛いでいるおっさんの気配を感じながら、仲間たちと話をしている。
10分くらいが経過して、少年少女たちが居る場所以外は、闇に閉ざされてしまった。
少年が立ち上がって、アキと呼ばれた少女に向かって、吠える。
「アキ姉!あんな、おっさん。俺たちが全員で」「イザーク!何も解っていない!まーさんは、私たちをいつでも殺せるのよ?なぜそれが・・・」
「アキ姉・・・。俺・・・」
「イザーク。お願い。考えて、どうやって、今まで、私たちは、考えてきたから・・・。だから、お願い」
少女は、涙を流しながら、少年を諫める。涙を流しながら、一人一人を見ながら、”考えて”を連呼している。
この場に居る少年少女は考えてきたわけではない。アキと呼ばれた少女が、皆の分まで考えて、慎重に・・・。そして、巧妙に行動してきたのだ。
皆が同じような環境で育った。親と呼べるような存在は居なかった。
いつの間にか、スラムで過ごしていた。スラムでよくしてくれた人も居る。領都の中にも、親切な人は存在している。騙すのではなく、しっかりと考えて、行動していた。奪うのではなく、施されるのではなく、自分たちができることを考えて行動してきた。
おっさんを狙ったのは、間違いだった。
間違いではあるが、現状を変えるためには必要な間違いだったのかもしれない。
アキと呼ばれた少女は、流されてしまった事に後悔をしている。間違えたのなら、間違えを正せばいい。
まだ、決定的な失敗ではない。そう自分に言い聞かせて、おっさんからの質問を必死に考えている。
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