【第二章 帰還勇者の事情】第二十九話 少女
私は、今”日本”に来ている。
事故で全身に火傷を負った。その時に、片耳と片目を失った。喉も焼かれて、言葉は出せるが、雑音が混じるような汚い声だ。
そして、火傷は、私の心まで焼いた。
パパは、私を治そうと必死に医師を求めた。
しかし、私も見た医師の反応は同じだ。パパの権力を恐れて、”難しい”以外の言葉を聞いた事がなかった。
左手は、癒着して開かない。右手は辛うじて動かすことができるが、火傷の後が疼いて痛い。
右足は膝から先が無い。左足は、腿から先に感触がない。存在してはいるが、触られても解らない。
身体は、辛うじて火傷を免れた部分ではあるが、女としての機能は失われている。
人間としての機能も失われているのかもしれない。
息を吸って吐き出している存在が、私だ。辛うじて、飲み物は飲める。食べ物も口に入る大きさに切られていれば食べられる。
14歳の誕生日から私は、一人では食事も排泄も不可能な状況になってしまった。人形以下の存在だ。
パパは、私だけでも生き残ってくれて嬉しいと言ってくれている。私は、パパの為に生きる。生きると決めた。一人では生きられない私が滑稽な望みだ。でも、私が生きているだけで、困る人がいる。そんな奴らに負けたくなかった。
死ぬのも難しい身体だが、死ぬことはできる。
私は、死ぬのを諦めた。生きて、私を殺そうとした人を困らせる。
ミケールから教えられた・・・。『”日本”に、私を治せる方法がある』と・・・。期待していなかった。今まで、同じように期待して裏切られてきた。しかし、ミケールからもたらされた情報は、私の理解を越えていた。
ポーション?魔法?それは、ドラマやアニメーションや小説の中の話だ。それが現実に?
私は、ミケールが見せてくれた動画を見て興奮した。こんな身体になってから初めてだ。期待したわけではない。TVで繰り返される、魔法のようなマジックや物理現象を見て心が弾んだ。彼らの動画は、それ以上だ。
ミケールは、すぐにパパに報告して、パパは動いてくれた。私は、身体が治らなくても・・・。でも、『”日本”で魔法使いに会いたい』とパパにお願いした。
パパは、彼らが行ったオークションでポーションを落札した。
それを口実に、彼らに会いに来た。ミケールや私の世話をしてくれる人たちと一緒だ。”日本”には前から行きたかった。富士山の神々しい姿。これが、同じ世界にあるとは思えない。
日本に来て、富士山を見た。私は、目的の半分以上は達成できた。
しかし、本来の目的はこれからだ。
魔法使いでも、私を治すのは無理だろう。また期待して裏切られたくない。
しかし、彼・・・。彼らは違った。
私の姿を見ても、憐みの視線を向ける事も、蔑んだ視線でもなく、自然体で私を見てくれた。
それが、私には、嬉しかった。
私は、”可哀そうな少女”でなければならなかった。彼らは、私を”可哀そうな少女”として見なかった。
彼らは、私を”客”として扱った。
ミケールから毎日の報告を受けて、信じられない気持ちになっていた。
私が生きているのを好ましく思わない人物が、居るのは知っていたし、認識していた。屋敷にいる時にも、何度も殺されかけた。
”日本”は安全だと思っていたけど、私を殺したい人は、大きく動いた。
しかし、そんな襲撃者を彼らは撃退した。それだけではなく、捕えて、ミケールに渡してきた。
ミケールは、パパに連絡をして、事後処理を行う。
忙しそうに連絡を取り続けるミケールを見ている。今までは、憔悴したような表情が多かったが、彼らの用意した部屋では、私が安全だと思っているのか、ミケールはパパの仕事や襲撃者たちの処理を行っている。嬉しそうに、対応を行っているミケールを見ることができた。
ミケールから、襲撃者のことを教えてもらった。
パパからも許可を貰っている情報だけだけど、見せてもらった。信じられない人数に、ミケールに何度も確認をしてしまった。そんなに、私を殺したかったの?
しかし、ミケールから話を聞いて納得した。襲撃者は、確かに私の命を狙っていた。でも、人数が増えたのは、彼らが持つポーションを奪うためだ。ポーションを使って、お金儲けを考えていた。彼らの見た目は、幼い。年齢を聞いて驚いた。
驚いた私をさらに驚かせるように、彼らは魔法を使ってくれた。
そして、スパイが居たことも特定された。ミケールは、これで、更に安全が高まったと言って、私の護衛を彼らに任せた。
彼らから貰う。飲み物を接種するようになってから、身体の調子がいい。喉を襲っていた不快な感覚も治まった・・・。気がする。声も変わってきている。ように、感じる。
気のせいだろうとは思う。いくら、”日本”がNINJAの国で、彼らが”魔法使い”でも私の状態を治せるとは・・・。期待はしていない。でも、この楽しい時間は、炎で身体と心を穢してから、感じたことがない安らぎだ。癒されている。
「お嬢様」
ミケールが、慌てて部屋に飛び込んできた。
また、何かあったの?
しばらく見ていなかったミケール。彼らに協力して情報を整理していた。それが、パパや私のためになるのだと言っていた。だから、会うのも久しぶりだ。前は、ミケールに会えないと不安に押しつぶされそうになっていたけど、彼らの誰かが必ず私の側に居て、寂しさを埋めてくれる。
久しぶりに見たミケールは、以前のようにきっちりとしていた。
でも、どうしてか、ミケールの姿がはっきりと見える。火傷で穢された左目は見えるけど、ぼやけて見えていた。今は、ミケールの表情まではっきりと解る。
「ミケール?どうしたの?」
ミケールが泣いている?
私が知っているミケールじゃないみたいだ。なんで、泣いているの?
「お嬢様。お声が・・・。それに、お顔の・・・」
声?
顔?何も変わっていない。
「え?声?確かに、出しやすいけど・・・。それに、顔・・・。見たくないわよ」
彼らは、部屋に鏡や姿が映る物は排除してくれている。
窓ガラスさえ、姿が映らない。どんな技術なのか笑って教えてくれなかったが、外の様子は見えるのに、私の姿が映らない。屋敷にある私の部屋にも、このガラスを入れて欲しい。そうしたら、一日中カーテンを締め切って過ごさなくて済む。
「お声は、奴らに・・・。その前のお声と・・・。それに、お顔の右側ではなく、左側の・・・。火傷の跡が・・・。消えております」
え?
声は確かに、変わったように感じていたけど、耳がおかしくなったと思っていた。
髪の毛で隠している右目は、見えない。
でも、左目はしっかりと見える。
どういうこと?
私は、夢でも見ているの?
何もしていないのに、火傷跡が消える?
ミケールが、手鏡をかざしてくれる。見たくなかったが、目を開ける。
「うそ・・・」
顔にあった、焼け爛れた跡が消えている。
右目と右耳はまだ火傷に覆われているが。左目と左耳にあった火傷の跡が消えている。それだけではない。口の周りも綺麗になっている。
本当に、私?
辛うじて動く、右腕で手鏡を触る。手が動く?手鏡を持つのは無理でも、肌に触れられる。動かすと激痛が襲っていたが、今は痛みを感じない。
左目を触る。触っている感覚はない。ないけど、鏡で見ると、私の右腕が右目を触っている。目にも、腕が動いている。手が見えている。
涙が・・・。左目から、涙が・・・。嗚咽が左耳に届く、ミケールが泣いている?違う。私だ。私が・・・。ただ、これだけの事で・・・。
「ミケール」
「お嬢様。ユウキ様から、提案がありました」
「え?」
「お嬢様の火傷を治す方法です」
「治るの?治せるの?本当に?」
「はい。しかし・・・」
「なに?条件?お金?」
「いえ、違います。ユウキ様たちは・・・」
「それなら何?」
「方法が・・・」
「治るのなら、どんな方法でも・・・」
身体を要求。違うわね。私のように炎に愛撫された汚れた身体なんて・・・。それなら、何?ミケールがいい澱む条件?
「お嬢様」
「ミケール。教えて!」
「はい。その方法は・・・」
彼らから提示された方法は、確かに彼らだけに許された方法だ。彼ら以外が提案してきたら、正気を疑われる方法だ。だからこそ・・・。信じられる。
でも、私はそれに掛けたい。はじめて、”治る”と断言してくれた彼らを信じる。怖い・・・。怖いけど、このまま、生かされている状況よりは、私のことを考えてくれる、彼らを信じる。
それに、条件に”私の前に、自分たちの仲間で試す”それを見てから決めて欲しいと言われた。
そこまで・・・。
私は、ミケールをしっかりと見つめて、彼らから提案された方法での治療を受けると宣言した。
ミケールは、大きく頷いて、彼らからの方法を自分で試すことを許可して欲しいと言い出した。何度か、ミケールを説得するが・・・。ダメだった。
私が、頷くまでミケールは、私を説得してくるだろう・・・。本当に・・・。
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