【第六章 神殿と辺境伯】幕間 父と娘

 

 サンドラの心は荒れていた。
 自分の考えがアフネスに見透かされていた。それだけではなく、悪手だと指摘されたのだ。

 魔通信機から聞こえてくる–ノーテンキにも聞こえる–父親の声に嫌味の一つも言いたくなってしまったのはしょうがないことだろう。

「お父様!」

「それで、サンドラ。神殿の主は依頼を受けてくれるのか?」

「お父様。まずは、お父様のスタンスをお決めください」

「スタンスと聞かれても、領民が苦しまなければ”よい”と思っている」

 サンドラは現状を把握しきれていた父親の言葉に軽いめまいを覚えた。
 覚悟を聞いたのだ、当然やるべき責務を聞いたわけではない。

「お父様。お兄様をどうされるのですか?」

「廃嫡だ。あやつにも出て行ってもらう。陛下にもご許可を頂いた」

「それは・・・。それは、取引材料にしても?」

「・・・・。ダメだ」

 辺境伯は時間をかけて考えてからサンドラに”ダメだ”とだけ伝えた。理由の説明はなかったが、サンドラは”取引材料”に使えないと理解した。

「お父様。神殿の主の条件をお伝えします」

 サンドラはヤスから伝えられた条件を辺境伯に伝える。
 取引材料が手元にないのだからメッセンジャーになるしかなかった。父親から交渉に使える材料を引き出すしかなくなってしまった。

「サンドラ。お前から見て、神殿の主はどのような人物だ」

「わかりません。静かで力を感じます。しかし・・・」

「しかし?」

「いえ、わからないのです。神殿を攻略したと伝えられていますが、”視て”もそれほどの力がある方には思えません」

「”視た”のか?」

「はい。深く視ました」

「そうか。それで?」

「ですから、わかりません。私に対してもなんの感情もお持ちではないようです。もちろん、お兄様の話を聞いても心がお動きではありません」

「そうか、交渉は無理ということだな」

「違います。お父様。誠意を持って接すれば誠意で返してくれる御仁だと判断しました」

 辺境伯はサンドラの観察眼を信頼している。
 魔眼の一種であり、相手の力量を見抜けるのだ。”深く観る”とは観察を深層に広げる行為で相当の魔力を使うのだが、相手の深層に問いかけることができる。難しい質問は無理なのだが、問いかけにYes/Noで答えが帰ってくるのだ。しかし相手が見られていることに気がついてしまえば魔眼の効力を失う。

 サンドラがヤスを探ったときには気がついた様子がなかった。様子はなかったのだがサンドラは”何かわからない”不気味さを感じていた。

「お父様。私は、私は、神殿の主。ヤス様が怖いです」

「怖い?」

「はい。ステータスはもしかしたら私よりも低い可能さえあります。しかし、なぜか勝てない・・・。そう思わせる・・・。考えさせられる”なにか”があります」

「ふぅ・・・。神殿の主というだけでなく個人としても敵対すべきではないと言うのだな」

「はい。お父様。お父様に付いていろいろな重鎮や将軍にお会いしました」

「そうだな」

「”視ている”と見破られたこともあります」

「あぁ」

「しかし、恐怖を感じたことはありません」

「サンドラ。それは、護衛の存在や儂の存在が大きかったのでは?」

「違います。お父様。先程もお伝えした通り、ステータスでは私の方が上かもしれません。魔法技能に関しては確実に私が上回っています。ヤス様は怖くありません」

「サンドラ。落ち着け、言っていることがおかしいぞ?」

「わかっております。わかっておりますが・・・。お父様。ヤス様を”視て”感じてから怖いのです。ヤス様が怖いのかと聞かれるとわかりません。わかりませんが心が恐怖を感じていて、ヤス様に逆らうなと命じているようなのです」

「・・・・」

「お父様?」

「わかった。それで?儂は神殿の主に逆らわないと誓えばいいのか?」

「・・・。ヤス様は、お父様。いえ、バッケスホーフ王国の誰の忠誠も必要としないでしょう」

「ならば」

「はい。敵対しない。友好的に接する。それだけで十分だと思います」

「わかった。儂の権限の範疇で約束を守ろう」

「ありがとうございます」

「お父様にいくつかお願いがあります」

「なんだ?」

「私が神殿に移住する許可をいただきたい。できれば、ギルド職員見習いでギルドと調整したく思います」

「わかった。冒険者ギルドに打診しよう。他には?」

「はい。今回、神殿の主。ヤス様に運んでもらうことになる荷物をユーラットのために使わせてください」

「・・・・。全部か?」

「はい。全部です。それを持ってエルフ族に和解を申し込みます。アフネス様と交渉いたします」

「悪くない。それだけか?」

「いえ、ギルドを巻き込みます」

「ギルドを?」

「はい。領都から王都までにはいくつかの村や街があります」

「そうだな」

「その村や街でギルドがある場所にヤス様に立ち寄ってもらいます」

「ん?」

「ギルドに依頼を出す形で、食料を集めてもらいます。余剰分だけでも集めればかなりの量になると思います」

「腐ってしまわないか?」

「・・・。大丈夫です」

「そうか・・・。しかし、それだけの物資を運べるのか?」

「お父様。領都から王都まで1日で行けるとしたらどうしますか?荷物を持って運ぶのに・・・。です。馬車の数倍の荷物を・・・。です」

「そんなこと・・・」

「できるわけがない。だから、もし、それができるとしたら、お父様は輸送量にいくら出しますか?王都近くで取れた野菜を運べるのです。実際、私もわかりません。ですが、アフネス様はできると思われています」

「なに?アフネス殿が?」

「はい」

「わかった。神殿の主の力を見たいのだな」

「いえ、王都や近隣の貴族に見せつけたいのです」

「そうか、神殿の主に逆らう愚かしさを見せるのだな」

「はい。そして、お父様。お父様が頭を下げる形でヤス様に依頼を出したく思います」

「依頼?」

「はい。今回ヤス様はミーシャ様たちが今まで受けていた依頼料で受けていただけます。そして、運んできた物資はユーラットにすべてを降ろします」

「あぁ」

「同じことを、もう一度同じ条件で受けて欲しいと依頼したく思います」

「無理なのでは?」

「私は、ヤス様は受けていただけると思っています」

「わかった。この件はサンドラに任せたのだ、好きにしろ」

「ありがとうございます」

 サンドラは、魔通信機を置いた。
 長い会話だったが、父親からの許諾が得られた。アフネスがどう考えているのかわからないが、交渉を行うことはできるだろう。

 ダーホスも同じだ。
 ギルドは独立した組織と言われているが、王国内では貴族の後ろ盾や情報は欲しい。神殿の主への報酬として考えるとサンドラの価値はアフネスが言った通りだとサンドラも判断している。しかしギルドへの参加ならサンドラは使いみちが出てくる。貴族社会で名前が売れている辺境伯の娘。たとえ貴族籍から抜けているとしても娘である事実がある。サンドラは神殿にできるギルドで働くことでギルドを守ることができるのだ。神殿のギルドが辺境伯の後ろ盾を得ている。勘違いさせることができるのだ。

 ダーホスとの交渉はすんなり終わった。途中で、ダーホスが辺境伯と話がしたいといいだした。ダーホスは確認をしたかったのだ。辺境伯が問題ないと言えば問題ないのだ。ダーホスは辺境伯から言質を取ってすべてを承諾した。本部にも説明をすると約束してくれた。

 あとはヤスがサンドラの提案を受ければ丸く収まる。

 ギルドにツバキが姿を現して、移住者の輸送を開始したいと言ってきた。
 すべての移住者を運び終えてから、ツバキとカスパルがギルドに顔をだした。

 サンドラは、アフネスとの交渉を切り抜けた。神殿から帰ってきたアフネスはどこか諦めに似た表情を浮かべていた。
 アフネスはリーゼが第一でそれ以外は正直な気持ちとしてどうでも良かったのだ。サンドラがヤスのことを畏怖の対象として見ているというセリフを信じて、彼女の策に乗ると宣言した。

 サンドラはドーリスと一緒にギルドや家の設備を説明されて、”絶対に敵対してはならない”と心に誓うのだった。

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