【第一章 スライム生活】第十六話 スライム
僕たちは、産まれたばかりのスライム。自分が、スライムなのを、なぜか理解している。
僕たちが、どうやって産まれたのかわからない。僕たちは、スライムとして一体だけど、一匹ではない。
僕たちは、池で生活をしていた。でも、スライムに生まれ変わった。
今、僕たちは、2つの気持ちに支配されている。
一つは、ご主人さまに会いたい。遠くに居る。ご主人さまに会いたい。僕たちは、産まれた時から、ご主人さまと繋がっている。ご主人さまのために、僕たちは産まれた。でも、僕たち以外の僕たちは、無残にも殺された。なんで、殺されたのか、誰に殺されたのか、僕たちにはわからない。
それが、もう一つの気持ち。僕たちを殺した者に復讐したい。いくら、僕たちがまとまっても、殺されるだけだ。
だから、遠くに居るご主人さまに会いに行く。
僕たちの気持ちを受け取ってくれた優しいご主人さまに・・・。
—
彼が魔物化した魚や昆虫たちは、個での活動は不可能だと悟って、一つにまとまった。スライムの形をした、スライムとは違う魔物になっている。一つにまとまったスライムは、感情と知性が芽生えた。スキルが芽生えなかったことへの代替なのかもしれない。弱い感情も、集まれば大きな強い感情となる。
全ての小さな感情が同じ方向を見ていた。
そして、スライムは彼女の下に移動を開始する。
月下での移動だが、スライムは確かな足取り?で、”ご主人さま”の下に急いだ。
名前を貰い、名実ともに、ご主人さまのモノになるために・・・。
—
はぁはぁはぁ。
んっくっ。
今日も酷い感情の流れだ。
慣れたくない感情の嵐だ。うまく、蓋をして、感情を殺している。抑え込んでいる。いつ、溢れ出しても不思議ではない。
今回は酷かった。連続して襲ってきた感情に潰されそうになってしまった。声が出ないのに、声が出そうになってしまった。きっと、乙女としては出してはダメな声だ。それほど、苦しかった。怖い夢の中で、さらに怖い夢をみてしまうような、わけがわからない状況だ。いつまで続くのか解らない終わりのない拷問を受けているような感じだ。
私を苦しめる奴への憎しみが増大していく。不安なのではない。憎しみの感情だ。殺したいほどの憎しみの感情が押し寄せてくる。
憎しみの感情の波が収まってから、私の所に何かが向ってくる。私に会いたいと思っている感情だ。
なんの感情かわからない。でも、たしかに私を探している。
(私はここ!)
声は出せないけど、私の存在を向けられている感情にぶつける。
歓喜の感情だ。それと、私に会いたいと思ってくれている。
何物かわからない。味方なのか、敵なのかも、何もわからない。でも、私も会いたい。会わなければダメだと感情が告げている。
誰なのかわからないし、どこに居るのかわからない。でも、私の所まで来てくれる。私は、自分の家で待っていればいいの?
そうだよね。
私は、貴方を知らないけど、貴方は私を認識できるよね。
—
「清水でスライムが居た?」
私が、ギルドに出社して最初に聞いた報告だ。
「主任。どういうことですか?」
「茜。報告の通りだ。スライムを見かけたと、ギルドに問い合わせがあった」
「清水のどこですか?」
「今、発見の連絡があった場所を辿っている」
「そんなにあるのですか?」
「あぁ最初は、ジャスコの近くだ」
「主任。イオンですよ。」
「そうだな」
「でも、おかしいですよね?」
「あぁ。山側の学校とかなら、可能性は否定しないが、あの辺りにいきなりスライムが出る可能性は考えにくい、そう言いたいのだろう?」
「はい。岐阜では、川沿いにスライムが現れたことはありますが、それは川にスライムが流されたのだと、結論が出ています。他国のギルドでも、川で流された魔物が遠くで見つかった例があります」
「そうだ。しかし・・・」
「はい。巴川は、魔物が生息する火山からは離れた水系だ。それに、イオンは巴川からも距離がある」
主任と話をしながら、パソコンを起動する。
PINコードを入力してから、生体認証を通す。OSが起動すると、同時に同期からメールが届いた。主任と私宛で、スライムの目撃情報とサブジェクトが書かれている。メールを開くと、清水の広域地図と、17箇所にピン立てされている。ご丁寧に、スライムのマークのピンだ。
時間の前後があるが、最初の発見場所は、有東坂池多目的広場のようだ。こんな所に、いきなりスライムが発生するわけがない。
そのまま山の方向に進路が設定されている。東寄りになっていることから、確実に目的があるように思える。
「移動の速度が早いな」
時間のズレがあるだろうけど、最初に発見されてから、最後の発見場所になっている国一バイパス近くまで、1時間で移動している。普通に、人が歩いてもギリギリかもしれない。
「そうですね。人の徒歩と同じくらいですか?」
「里見。考えられることは?」
「主任。私達は、推測を言う部署ではないと思います。対処はどうするのですか?」
「もう無理だろう?」
「え?」
「最初に見つかった場所から、最後に目撃された場所まで、ほぼ直線だ。どんな方法で移動したのかわからないが、見つかったスライムには、はっきりとした目的がある」
「そう思えます」
「だろう?それなら、その線を伸ばした先に、スライムの目的地があるということだよな?」
線上に何があるのか?
目撃場所がほぼ一直線なのも気になるが、等間隔なのも少しだけ気になる。
スライムは、空を飛べない。
スライムの移動は跳ねるだけのはずだ。
「はい」
地図をまっすぐに伸ばす。清水や近郊では無いだろう。地図を大きくすれば・・・。
現れてくるのは、富士山だ。
魔物が産まれる、3,000メートルを超える火山だ。富士山のどこで、魔物が産まれているのか、まだ解っていない。他の国のギルドでも同じだ。魔物が産まれる瞬間を観測した者は少ない。規則性が見つけられていない。規則性を見つけられたら、大騒ぎになるだろう。それが証明されたら、ノーベル賞は無理でも世界的な表彰を受ける発見だ。
川を跨いで魔物が産まれることがないと言うのが、今までの見解だ。
しかし、今回は富士山から、何本もの川を越えた場所でスライムが”初めて”見つかった。誰かが、スライムを捕まえてきたのではなければ、見つかったスライムは清水で産まれたことになる。
「富士山ですか?」
「そう考えるのが簡単な答えだろうな」
「はい」
それに、国一バイパスを越えて、民家を越えてしまえば、そこはもう山だ。興津と由比の間にある山に入られたら、スライムを探すのは、主任が言っている通りに、無理だろう。
それに、国の対応が遅れたことで、あの辺りの山には、まだ”はぐれ”が居ると予測されている。スライムが、はぐれの魔物と遭遇したり、獣と遭遇したり、討伐されてしまう可能性がある。
主任はまだ地図を眺めている。
「どうしますか?」
「そうだな。義務として、警察と自衛隊に、スライムの目撃情報と、こちらの推測を付けて、送っておく。簡単な報告書にまとめてくれ」
「わかりました」
「あと、住民に、スライムを見つけても近づかないように警告を出す。草案を頼む」
「わかりました。倒さなくてもいいのですか?」
「それは、ギルドの・・・。我々の業務ではない。自衛隊や警察の仕事だ。私たちは、魔物や魔物に関係する情報をまとめるのが仕事だ」
移動速度の問題も解決していない。
解決していないが。考えるだけ無駄なのかもしれない。魔物に関しての研究は始まったばかりで、実際には、ほとんど何も解っていない状況だ。
「それにしても、このスライムは、どこで産まれたのでしょう?」
私の独り言に誰も答えてくれない。
私も誰かの答えを期待したわけではない。ただ、何か、私達が知っている常識外のことがお膝もので発生しているような感じがしてしまった。
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