【第二章 帰還勇者の事情】第十七話 磨いた牙
「ユウキくん。本当に、この条件でいいのか?」
佐川は、ユウキから渡された書類を見ながら、質問を重ねていた。最終確認という意味を込めて、ユウキに言葉をぶつける。
「構いませんよ。近くの方が、いろいろと便利でしょ。その代わり」
「わかっている。各国の研究者との窓口は引き受けよう」
佐川が欲しいと思っていた、ポーションの素材をユウキが渡す条件を入れている。
ユウキが佐川に頼んだのは、各国の研究所から上がってくる研究結果の取りまとめだけではなく、日本国内のうるさい連中への対応を任せた。特にうるさいのは、記者会見の前にユウキに上から命令して、袖にされた連中だ。佐川も、彼らのことを嫌っていたので、ちょうどいいとばかりに、佐川は彼らを、異世界の素材研究から外した。
「ありがとうございます」
ユウキたちは、馬込から譲り受けた伊豆の別荘地を開拓した。馬込も、持っている資産を投じてくれた。ユウキたちは、街道沿いの家を整備した。その一つを、佐川に研究所兼住居にしないかと持ちかけたのだ。
サトシたちが異世界に帰る時の芝居を行った。今川や森田らユウキに協力的な者たちを通して、14名の”消失”を発表した。今川と森田らの前で、インタビューを受けながら、砂になって消えた。ユウキやヒナやレイアは、残ってそれ以外の者たちが、砂と服だけを残して消えた。
ショッキングなニュースだったが、大手は完全に無視した。ネットの記事として紹介しただけだ。
「ユウキ!」
「今川さん。それに、森田さんも、どうしました?」
「俺は、この前の配信のお礼に来ただけだ」
「いえ、こちらにもメリットが有ることでしたし、お礼を言われるようなことではないですよ」
「そうだ。忘れていた。中立な立場で、お前たちを監視することになった。よろしく!」
「はい。森田さん。それなら、条件を飲んでくれるのですね」
「先生にも許可を貰った」
ユウキが、森田に頼んでいた内容は、街道に監視カメラを設置して、24時間に渡って配信を行うことだ。配信を行っていることを、大々的に宣伝することも含まれている。ユウキたちが使う道は、私有地扱いになっているが、監視カメラを使って配信される。森田がユウキたちを監視するのだ。
「事務所も移転されるのですよね?」
「そうだな。ユウキたち専属に近いからな」
「わかりました」
馬込は、ヒナとレイヤに会ってから、ユウキたちに対するサポートを強化した。
ユウキたちに拠点として使える場所を提供しただけではなく、配下の者たちを街道に住まわせることにした。そして、ユウキに”好きに使ってくれ”と伝えてきた。街道に住まう人たちも、ユウキに挨拶をして配下や部下だと思って命令を出して欲しいとまで言われた。
ユウキたちは異世界と地球を移動できるという秘密を、今川と佐川と森下と森田(馬込)に打ち明けた。
異世界との移動ができるという話を聞いた馬込からの提案が、ユウキたちの育ての親を、伊豆に移動させることだ。ユウキたちの父親と母親も最初は必要ないと言っていたのだが、馬込の説得を受け入れて、移動することを承諾した。施設の子供たちも引っ越しをすることになった。施設が広くなることや、個人部屋がもらえることなどが、子どもたちの琴線に触れた。各国に散らばっていた人たちも、施設が完成したら、見学に来ることになった。
森下が、子供だけなら日本での受け入れも可能になるかもしれないと伝えてきた。方法に関しては、ユウキたちには説明されていない。グレーゾーンな手法ではないとだけは説明している。
馬込は、いろいろな権利を持っていた。順次、ユウキたちに移譲している。
その中には、学校法人や宗教法人があった。アダルトな権利も有していたが、ユウキが未成年だということもあり、森下が権利を保有した状態になっている。森下が驚いたのは、宗教法人とアダルトの権利だ。これは、現法では申請さえも不可能な権利だ。森下は、何度も馬込に確認したが、”ユウキに権利を渡す”で問題が無いと確認した。馬込は、街道からユウキたちの拠点に向かう山道の途中にある別荘で過ごすことに決めた。死んでしまった娘が眠る場所で晩年を過ごすことにしたのだ。駿河湾と富士山が見える一等地にある別荘だ。
拠点を作り、環境を整えていると、時間だけが過ぎていった。
その間にも、ユウキたちはフィファーナと地球を行き来して、素材を相互に移動した。連絡手段として期待していた通信は難しいことが解った。しかし、レナートに戻った者たちが、協力してユウキのスキルの解析に成功した。ユウキのように人を運ぶのは無理だが、マーキングした場所に物品を送ることに成功した。同じように、地球からもレナートに送ることにも成功した。リアルタイムでの連絡は難しいが、手紙と同等程度には連絡ができる状況になった。
残った15名が目的としていた地球で”やりたい”ことも目標が定まってきた。
ターゲットの特定に更に時間が必要だったが、情報を集めるのには苦労しなかった。ユウキたちは、言葉で苦労しない。それだけではなく、隠密に必要なスキルは皆が保持している。盗聴に対する対応をしている部屋でもスキルを使って盗聴に似たことができた。
牙を磨いていた勇者たちが、ターゲットの首元に牙を突き立てる準備が整ってきた。
「リチャード!」
「ユウキ・・・。いいのか、俺からで?」
「相談して決めたはずだ。俺だけじゃなくて、皆が同じ考えだ」
「ありがとう」
リチャードが皆に向かって頭を下げる。
皆が口々に、”気にするな”や”俺(私)の時には手伝え”とリチャードに言っている。
周りで聞いている、森田が不思議な表情を浮かべている。
「森田さん。どうしたのですか?」
「いや、ユウキが日本語を話しているのは解るけど、他は何語を話している?英語でもないし、ドイツ語でも、スペイン語でも、フランス語でもないよな?」
「へぇ森田さん、英語だけじゃなくて、ドイツ語やスペイン語やフランス語も解るのですか?」
「・・・。ユウキ?」
「すみません。フィファーナでの、標準語です。所謂、異世界の言葉です」
「そうか・・・。確かに、それなら、誰が聞いても、意味がわからないな」
「はい」
森田との話が終わったユウキにリチャードが近づいてきた。
「ユウキ!」
「どうした?」
「父さんと母さんが、おまえたちに礼をしたいと言っているけど・・・」
「必要ない。でも、俺の父さんと母さんへの繋がりは作って欲しい」
「そっちは大丈夫だ。ヒナが顔を繋いでくれている。子供たちは、順応が早いよな」
「そうだな。留学生という扱いだろう?いいのか?」
「よくわからないが、いいと思うぞ。それに、父さんと母さんは、職業研修とかいう制度を使ったのだろう?」
「そう聞いた。やり方は、教えてもらえなかったけどな」
「そうか、森下女史だろう?」
「そう・・・。だと思うが・・・」
「まぁ気にしてもしょうがないな。皆、国籍取得申請をすると言っているけど、いいのか?」
「皆がいいのなら、問題はないと思うぞ?それに、この場所なら、学校もある。生活に困ることはないと思うぞ?それに・・・」
「そうだな。いつでも帰られるというのは変わらないよな」
ユウキたちは、各国の施設を移動するときに、建物を購入してスキルで移籍を行った。他にも、作っていた作物がある場合には畑の移動まで行っている。スキルで黙ってやっているので、検閲を通っていないので、多少ではない不安があるが、今更なことなので気にしないことにした。
スキルを使っての偽装を施している上に、作物もスキルで成長させたりしている。
さすがに、魔法やスキルを教えるのは、躊躇したが”日本語”を不自由なく使えるだけのスキルを開発した。日本人の中で、日本語が一番不自由なサトシがベースになっている。日本で生活していく上で、十分な日本語が使える程度にはなれる。
勇者たちは、たしかに異世界で偉業を成し遂げた。それは、自分たちのためだけだった。
これからの行為が、”正義”ではないと理解している。しかし、勇者たちは磨いた牙を収められるほどの大人ではなかった。
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