【第一章 スライム生活】第三話 自衛官

 

 ドアがオックされる音で、部屋で書類を整理していた男は、顔を上げる。

「少佐。報告に来ました」

「入ってくれ」

「はっ」

 ドアを開けて入ってきたのは、自衛隊の標準的な制服を来た。男性隊員だ。部屋の主である。少佐と年齢は同じだ。防衛大の同期なのだ。階級に差が出来てしまっているのは、中尉が”不良隊員”だと嘯いて実際に行動で”不良”を示してしまったからだ。

 少佐と呼ばれた男は、報告に現れた男の顔を見て、一瞬だけ驚いた表情をした。
 上から、本日付けで、少佐の副官が変わると通達が来ていたのを思い出した。上の考えはわからないが、以前に比べると”やりやすくなる”と、表情に現れないように喜んだ。

「少佐。魔物に関する報告書です。本日付けで、副官の任を拝命いたしました。上村蒼中尉であります」

「上村。二人だけなら、昔のように呼んでくれ」

「富士特殊対策本部室対策本部室長。桐元孔明よしあき少佐。報告書です。自分は、懲罰房に入りたくありません。あの中は、暇を持て余してしまいます」

「懲罰房は、お前を・・・。いや、それはいい。報告を頼む。それから、俺が悪かった。普通にしてくれ」

 上村と呼ばれた隊員は、表情を柔らかい物に変えて、ソファーに腰を下ろす。

「わかった。桐元。報告書だ。口頭での説明は必要か?」

「頼めるか?そうだ、何か飲むか?アルコールはないが、上手いコーヒーが手に入った」

「コーヒーか・・・。紅茶はないのか?」

「コーヒーがダメなのは変わらないな」

「軍人は、なんでコーヒーが好きなのかね。どっかの人が言っていたぞ、”無粋な泥水”って・・・」

「昔から、変わらないな。紅茶はないが、緑茶ならある。それでいいか?」

「あぁ」

 桐元が立ち上がって、隊長室に隣接する給湯室に行く、やかんに水を入れて、セットしてから戻って、上村が座っているソファーの正面に座る。

「少佐、自ら、申し訳ない」

「いいさ。それよりも、話を聞かせてくれ、対策室と言われているが、ギルドや上の客人をもてなすだけの部署で、現場の声が入ってこない」

「そうか、まずは、俺たちがやった実験からだな」

「あぁスライムを使った実験だな」

 上村たちは、スライムを人間社会の一部に組み込めないかと考えていた。他の国でも研究されているのだが、研究成果が上がった国はない。

「そうだ。しかし、失敗だ。スライムを、閉じ込めると、死んでしまう。閉じ込めないと、容器を溶かして逃げ出してしまう」

「合金もダメなのか?」

「いろいろ試したが、ダメだ。しかし、プラスティックを溶かしてしまうのは確認できた」

「それは、アメリアでも報告されている。大量のプラゴミを溶かしたらしい」

「俺たちは、富士の樹海で、魔物を大量に討伐した」

 上村は、資料の一部を指差した。
 倒した魔物と得たスキルの一覧が載っているが、得たスキルが少ない。

「少ないな」

「俺たちは、器と呼んでいるが、器の大きさに依存して得られるスキルの数が決まるのではないかと思っている」

「有り得そうだが、証明が難しいな。鑑定では、ステータスがわからないのだろう?」

「鑑定を持っている奴が、鑑定のレベルを上げて、カンストした。だが、所持しているスキルとスキルのレベルを見えるだけだ」

「ギルドのスキル鑑定と同じだな」

「あぁ鑑定を持っている奴を前線に連れて行ったのだが、面白いことがわかったぞ」

「なんだ?」

 上村が資料を閉じた。
 ギルドには通達していないのだろう。自衛隊の中だけで共有するという意思の現れだ。

「スライムを10匹近くとゴブリン10匹を追い立てて、一箇所にまとめた」

「危ないことをする・・・。それで?」

「殺し合いを始めた」

「・・・」

 ここまでは、ギルドからも魔物同士の殺し合いは報告されている

「偶然かもしれないが、スライムが勝利した」

「え?スライム?あの、スライムか?」

「どのスライムか、わからないが、あのスライムだ」

 桐元が驚くのも無理はない。
 スライムは最弱の魔物だ。小学生でも倒せる。もしかしたら、2-3歳でも倒せるかも知れない。子供が、木の棒で倒したという報告もある。

「ふぅ・・・。それで?」

「あぁスライムにスキルが芽生えた」

「は?スライムが、スキルを持ったのか?ゴブリンが持っていた物か?」

「いや、既知のものだったが・・・。集めた20匹にはないスキルだった」

「そうか、何のスキルだ?」

「物理耐性だ」

「俺も欲しい。訓練が楽になる」

「ははは。桐元。物理耐性では、訓練の辛さは楽にならない。精神耐性と、異常状態耐性があると違ってくる。もちろん、俺は持っている」

「・・・。それだけじゃないのだろう?報告書に無いのは、ギルドにも通達していないのだろう?」

「あぁなぁ上村。蠱毒って知っているか?」

「・・・?古代中国の呪術だよな?」

「あぁ俺たちが行った実験は、小規模だが、樹海の奥や、他の火山では・・・」

「・・・。そうか、魔物同士の殺し合いが発生している。強いスキルを持った個体が・・・」

「そうだ、ギルドと政府は、火山を封鎖したが、封鎖は本当に正しかったのか?」

「・・・」

「樹海の奥に入り込めば、魔物が増えている。これは、間違いない。そして、魔物たちは、多種なスキルを持っていた。3属性の攻撃をする魔物も確認できた」

 お湯の沸く音だけが、二人が居る部屋に響いている。

 上村は立ち上がって、給湯室に行く。

「物理耐性を持ったスライムは倒すのに苦労したぞ」

「そうなのか?」

「あぁ”耐性”だから簡単だと思ったけど、攻撃手段が無かったから、なんとか倒せたけど、スライムに攻撃手段のスキルが芽生えて、物理耐性を持たれたら、犠牲を覚悟しなければ倒せないな」

「犠牲?」

「あぁ隊員の10%の犠牲は必要になるだろうな」

「10%。小隊でか?」

「いや、中隊だ。小隊で、スキル持ちのスライムに会ったら、逃げる。逃げて、他の魔物にぶつける。スライムが弱った所で、銃弾の雨を降らせる」

「物理耐性がなければいいのか?」

「今の所は・・・。だけどな。もし、物理無効なんてスキルを持っていたら・・・。考えたくないな」

「”無効”系のスキルは、まだ見つかっていないが、お前が言った、蠱毒の説が本当なら・・・」

「あぁ」

 上村が入れた、緑茶を飲みながら、桐元は、今の説明を聞いても上は納得しないだろう。と考えている。
 まだ、不老や不死のスキルを求めている。存在しないだろうと思われているのだが、スキルは一部の人間が独占すべきだと本気で考えて居る。

「お!そうだ、上村。アルゼンチンのギルドが、”アイテムボックス”のスキルを見つけたみたいだぞ」

「本当か?俺も欲しい、狩った魔物は?」

「本当だ。魔物は、非公開だ。でも、日本人が考える容量は無いみたいだぞ?」

「ほぉ・・・」

「なんでも、80リットル程度の容量だと報告されている。それ以上も入るようだが、荷重という異常状態になるようだ」

「80リットルまでは、重さは感じないけど、それ以上入れると一気に重くなるのだな?」

「ギルドの報告では、それで正しい」

「確かに使えないな80リットルくらいなら、ロボットを使うのと変わらない」

 お茶を飲み干した、上村が立ち上がった。

「桐元少佐。明日から、よろしくお願いいたします」

「もちろんだ」

「大佐から、室長代理を送ると言っていたので、来週からは現場に出られますよ」

「そういう報告は先にして欲しい。大佐が送ると言っているのなら、あの人か?」

「多分、自分もまだ聞いておりません。大佐から、サプライズ人事だと言われました」

「大佐らしい」

 桐元も立ち上がって、手を出す。
 上村は、差し出された手を握って、笑う。

「困った、校長だな」

「あぁ」

 上村が部屋から出たが、桐元はソファーに座って、報告書に目を落とす。

 最弱のスライムがスキルを得るだけで、手につけられなくなる。上位と言われる魔物がスキルを持ったら?考えるだけで、頭が痛い。

 スラムの討伐報告が続いている。
 スライムが、スキルを持っている例は確認されていない。窓から落としただけで、潰れて死んでしまう最弱の魔物がスライムなのだ。