【第一章 王都散策】第十七話 おっさん人に会う
まーさんとカリンが、イーリスの屋敷という研究所に住み始めて、20日が経過した。
カリンは、変わらずイーリスと勉強会という名前のお茶会をおこなっている。まーさんは、ロッセルやイーリスの同僚?に日本語を教える代わりに、酒代をもらっている。マスターの店にデポジットを行ってもらっているのだ。
今日も、まーさんは、マスターの店に来ている常連に”うまい飯屋”を紹介してもらって、夕飯を食べてからマスターの店に行く予定にしていた。昼には、日本語の読み聞かせを行っているので、懐も温かい。カリンの勉強会は、イーリスが居る関係で真面目な話が多いのだが、まーさんの勉強会は上役が居ないので、下級の研究員には人気なのだ。実際に読み聞かせも、まーさんが読んでいるだけではなく、研究員が読んで間違っている場所や解釈が違う場所をまーさんが指摘したりするので、研究も捗るのだ。
「おやっさん。うまかったよ。また来る」
「お!まーさん。今度は、一人じゃなくて仲間と来てくれよ」
「タイミングが合えば、そうするよ」
夕飯を食べた店から出て、広場の屋台で串を買い求める。買い食いが目的ではなく、屋台のおやじさんやおかみさんと話をすることが目的だ。
一軒目の肉の串焼きの店では、さほどいい話が聞けなかった。串を食べ終えると、次の店に移動する。
(確かに若返っているな。こんなに食べられなかったからな。20代の頃に戻った感じだな)
「まーさん!」
「お。おかみさん。今日も、綺麗だね。串を1本もらえるか?」
「あいよ。お世辞の分を引いて、銅貨1枚でいいよ」
「それじゃ悪いから、串二本もらうよ。銅貨三枚にまけてよ」
「いいよ。ほれ、焼き立てだよ」
「ありがとう」
まーさんは、屋台のおかみさんから串を二本受け取る。
野菜が挟まれた物だ。”ねぎま”に近い形だが、野菜が昨日と違っている。
「あれ?おかみさん。野菜を変えたの?」
「”ねぎ”の値段が上がってね。代わりに、”しいたけ”を試してみたけど、どうだい?」
「俺は、こっちの方が好きだな。タレが”しいたけ”に染み込んでうまいよ」
「まーさんが、うまいと言ってくれるのなら、売れそうだな」
「おかみさん。商売がうまいね。今度、研究員にも言っておくよ。”おかみさんのところの串がうまくなった”と宣伝しておくよ」
「そうかい。嬉しいよ」
「でも、おかみさん。”ねぎ”が高くなるのは、季節的には違うだろう?」
「そうだけど・・・」
おかみさんが、手招きする。まーさんは、おかみさんに近づいた。
「何かあったのか?」
「噂はなしだけど、一部の貴族が肉や野菜を買い占めているみたいでね。王都でいろいろな食料が品薄になってきている」
「そりゃぁ大変だ。おかみさん。大丈夫なの?俺、おかみさんの串のファンだから、食えないと寂しいよ」
「本当に、まーさんは、嬉しいことを言ってくれるね。この辺りの屋台で出している肉は大丈夫だよ。買い占めているのは、高級品だけのようだからね。野菜だけは、どうやらいろいろ買って居るみたい」
「へぇ・・・。何か、あるのかな?」
「さぁ・・・。でも、国王陛下から、5日後に重大な発表があるとかいう噂が流れてきているから、それに関連しているのかも・・・」
「えぇ俺たち平民に関係ない話だといいのだけどな」
「そうそう、国王や貴族連中がなにかやる度に、尻拭いは私たち平民だからね。本当に、いい加減にしてほしいよ」
「全くだ。おかみさん。串を、あと10本もらえるか?買って帰ってやりたい」
「いいよ。誰かが待っているのか?まーさんの”いい人”なのか?」
「ちがう。ちがう。同僚のような者だよ。環境が変わって、落ち込んでいるから、美味しいものでも食べさせてやりたいと思っただけだよ」
「そうかい。そうかい。出てこられるのなら、今度、連れてきなさい。部屋に閉じこもっているよりも、気分転換が出来ると思うよ」
「そうだな。聞いてみて、乗り気なら連れてくるよ」
「焼けたよ」
「ありがとう」
まーさんは、銅貨20枚を渡した。
「おつりはいいよ。次に来た時におまけして」
「はいよ」
おかみさんも、まーさんの性格が解ってきたのだろう。黙って受け取った。鉄貨5枚程度のお釣りをもらうよりも、街の人たちと話をして仲良くなる方が得だとまーさんは考えている。数十円程度で買える感心だけど、悪い気持ちを持たれるよりも、数百倍はましだと考えている。
串は、そのままマスターの店に持っていって常連にわたすつもりだ。酒を提供している店なので、食べ物を持ち込まれても困らない。マスターが一人で厨房も対応しているので、まーさんのように持ち込んでくれる客はありがたいのだ。自分だけで食べるのではなく、店に居る連中に分けるので、まーさんの持ち込みは客の中でも歓迎されている。
「マスター。いつもの」
「はいよ。そうだ、まーさん」
店に入って、常連に串焼きを渡して、カウンターに座る。
マスターに、ミードの蒸留酒をショットで頼んだ。マスターは、まーさんにショットグラスに注いだミードの蒸留酒を出しながら、奥の部屋を指差す。
「ん?俺?」
「あぁまーさんに会いたいらしい」
「ん?」
まーさんは、店の入口方向を親指で指し示す。マスターは、首を横にふる。今度は、上を指し示す。同じように、首が横に振られる。店の奥側を指し示すと、マスターは頷いた。
「へぇ」
今度は、指を1本出す。
マスターは首を横に降って、3本の指を出す。
「え?護衛?」
マスターは首を縦にふる。
(スラムからの客で、全部で3名。護衛ではないと言うことは、地区の代表が集まったことになる。こんなに、早くアクションがあるとは思っていなかった)
まーさんは、ショットを煽ってから、マスターにワインのボトルを出してもらって、奥の部屋に向かった。
ドアをノックすると、若い声で返事があり、部屋に足を踏み入れた。
3人は円卓に等間隔で座っている。空いている席にまーさんは座って、持ってきたワインをテーブルに置いた。
この辺りのマナーは、マスターに教えてもらったので、一通りは無難にこなせる。
「まーさんと呼んでくれ」
「西だ」
まーさんから見て、左側に座っている人物が名乗った。
見た目からの判断だが、一番若い。
「北とだけ言っておく、そのまま呼んで欲しい」
北が歳を重ねている。重鎮といった雰囲気を出している。
「それならば、東と呼んでくれ」
ヤバそうな雰囲気を出しているのが東と名乗った男だ。まーさんは、警察官僚や地方警察のトップと似たような雰囲気を感じた。
「わかりました。俺に”会いたい”ということでしたが?」
「主に北殿だな。儂と東殿は、お主と話がしたいと思った」
「西殿。我も、まーさんと話がしたいと思っただけだ」
まーさんが持ってきたワインを手酌でコップに注いで、飲み始める。
西と名乗った男性が、立ち上がって、扉を出ていった。マスターにワインの追加と食事を頼むようだ。
まーさんへの質問の形になるが、雑談の様な内容になっている。スラムの顔役たちも、まーさんを”見に来た”というのが正しい。
「ほぉまーさんは、北には足を踏み入れていないのだな」
「えぇ北側だけでなく、西にも東にも足を向けていません」
「なぜだ?これだけのことをしながら、どこにも来ていないだと?」
まーさんの”わかりやすいサイン”をスラムの顔役たちは受け取っていた。
スラムに出入りしている者を紹介してもらって、酒をおごる。その者から、別の者を紹介してもらう。紹介してもらう時にも、単純に人を紹介してもらうわけではなく、人を探していたり、何かに困っていたり、困っている人を知っている人を中心に紹介してもらっていた。そして、来た人物に普段なら触れ合わないが、”困っている内容”を解決できそうな人を紹介するのだ。そのための場所を、マスターの店を使って、短期間で構築したのだ。設けたルールは、マスターの店では”身分”も”本名”も”役職”も何も語らないことだ。
小さな問題から、少しだけ大きめの問題を”人と人を繋げる”ことで解決していった。
その中で、まーさんはスラムの権益には手を出さなかった。それだけではなく、スラムの人間でマスターや店の常連の紹介があれば、まーさんのおごりで酒が飲めるようにした。わかりやすく言えば、まーさんからのスラムの顔役たちへのメッセージなのだ。
スラムの住民にもいろいろなタイプが居る。
犯罪者もたしかに存在しているが、紹介で来るような連中は、紹介者が居る関係で不利益な振る舞いは極力さける傾向にある。そこに、まーさんが絡んでいる。紹介されて来た者たちは、”自分が困っていて”解決方法を持っている人を紹介してくれる人と言われてまーさんを尋ねる。
解決方法を持っている人たちも、”世話になった”経験があるので、下手なことはしない。まーさんが気にしていた、”筋”が存在していて、それがスラムの顔役に繋がっているのだ。だから、紹介されている者たちも、”筋”に従って問題行動を控えるのだ。
「怪しい森の中を、案内人を雇わないで歩く者は、森に住む獣や魔物に襲われてしまいます」
「ハハハ。確かに!まーさんの言う通りだ。それで、案内人は見つかりそうか?」
北と名乗った人物が、面白そうに、まーさんに問いかける。
「いえ、森の中にも、興味がありますが、南の方にあると言われる。”海”にも興味があります」
「”海”か、西殿が詳しいか?」
「そうだな。北殿が言われる通り、海は、我は”山”の方が得意だからな。”海”なら西殿だな」
「ククク。”海”か、確かに、儂なら、”海”に繋がることが出来るが、”海”は近々荒れるぞ?」
「そうなのですか?東殿?」
「あぁまーさんが、何者かは詮索しないが、”海”は”森”から離れた。”山”からも距離を取るようだ」
「ありがとうございます。これで、はっきりとしました」
「なぁに、世間話の範疇だ」
「いえ、私に近いのは、”海”なので、嬉しい状況です」
「そうだな。”森”や”山”よりは、ましだろう。”海”は仲間が少ない。しかし、筋は悪くないし、粒は揃っている」
「”海”が好みそうな物も、作ったそうだな」
まーさんたちの話は、深夜まで続いた。
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