【消えない絆】それぞれの思い
僕には、彼女が居る。他の人には見えないが、僕には彼女を感じる事が出来るし、彼女を見ることができる。
彼女とのであいは、かなり前にさかのぼらなければならない。僕と彼女は、世間で言う”幼なじみ”の関係にある。僕が、彼女を好きだって事に気がついて、彼女が受け入れてくれたのは、つい最近の事で、彼女が肉体を失った日になる。
彼女が好きなアニメの劇場版のチケットを買って、日曜日に映画に誘った。彼女は友達と行く予定だったようだが、僕の誘いを受けてくれた。
そして、映画を見る前に、待ちの駅前の喫茶件で僕の気持ちを打ち明けた。
彼女は、わかっていたのだろうか、すぐに返事をくれた。
「私も、幸宏君の事、好きだよ」
そして、言葉を続けた
「気がついていた?美久も幸宏君の事を見ていたの・・・を」
僕は、正直に美香に告げた。「気が付かなかった」と・・・。
僕は美香だけが居ればいい。美香がどこにいても見つける事が出来るし、美香を感じる事ができる。
僕の美香への気持ちを、美香に熱く語っている。そんな僕の話を美香は微笑んで聞いてくれる。
でも、美香は優しく微笑んで
「私が居なくなっても、私を探さないでね。美久に優しくしてね」
僕は、このセリフの意味を理解する事が出来なかった。
これから起こる悲劇を考えていなかった。
お盆の真っただ中の8月16日。僕たちは、喫茶店を出て、この街唯一の地下道を通って映画館に向かっていた。
この日地下道を歩いたのには、理由が合った。地上が太陽の日差しで暑かった事もあるが、地上でお披露目するビルの取材が行われていて、通りがふさがれていて、歩きにくかった。
しかし、この選択を僕は後々まで後悔する事になる。
9時31分。事故が発生した時間だ。
完成を控えたビルの地下部分で、ガス漏れから引き起こされたガス爆発が発生した。
僕達は、このビルの前を通り抜けて、50m 位の所を歩いていた。後ろから、鼓膜を突き破る爆音と一緒に瓦礫が飛んで来た。
爆音や瓦礫の後に襲ってきたのは、猛烈な炎の乱舞だった。
僕は、壁際に吹き飛ばされて強く胸を打った。息が止まる思いがした。
しかし、これは序章でしか無かった。その後の炎の乱舞で、僕は身体の左半分を業火にさらすことになる。
僕は、美香だけは、美香だけは守らないと・・・握っていた、美香の手に力を込める。強く握り返されるのがわかる。美香を引き寄せる。僕の身体で、美香を業火から守り抜く。
僕は、この時まで美香の手を握っていた。確かに、左手で美香の手を握っていた。
しかし、握っているハズの左手には、美香の重さを感じる事が出来なくなっていた。
そこで、僕の意識は闇に閉ざされた。
次に、僕が左手に美香の手を感じたのは、病院のベッドの上だった。美香の右手は、僕の左手に確かにあった。
しかし、右手の先にあるハズの美香が居ないのだ。
そして、僕は左半分のから来る激痛を感じて、改めて周りを見回した。
両親と幸昭の姿があった、そこにいるハズの、美香がいない。
声が出ない。左手には、確かに美香の右手が見える。僕が、美香にプレゼントした指輪もしている。
でも、美香が居ない。僕は、左半身の火傷を追ったが、命に別条ない。身体の一部のやけど以外は、問題ないようだ。
そして、僕は痛みを堪えて、聞いた。
「美香は、どこに居るの?右手だけここにあるのに?」
「美香ちゃんは見つかってないの?」
僕は、母親の言っている意味が解らなかった。
そもそも、これから映画を見ようと思って、地下街を歩いていた、僕たちがなんで病院のベッドに横になっているのか?理解できない。
そして、なぜ美香の右手だけが僕の左手にあるのか・・・・。
消防士らしき人が入ってきて、僕の話を聞きたいとの話だった。
消防士は、大木と名乗った。ナース・・・看護師のお姉さんの同級生だと話していた。
先に僕の置かれている状況の説明をお願いした。
大木さんが言うには、完成間近のビルの地下で、テナントの工事が行われていたが、そこでガス漏れ事故が発生して、1店舗で小さな爆発が発生し、その隣接していた店舗を巻き込む形で大規模なガス爆発に発展したとの話だった。
そして、地下道に逃げ場を失った爆風と炎が吹き抜けていった。
まさにそこは生き地獄だと言っていた。
地下道は、全長700m程度の小さな物だった。その地下道の中で、今のところ生還が確認出来たのは、僕を含めて2名だけ。
そして、僕は爆発から 4日間意識を戻さなかった。今も地下道では懸命な救出作業が行われているが、生存者は確認されていない。
絶望的な状況だと言う事だ。
僕は、恐る恐る聞いた
「美香は、僕の彼女は?」
大木さんらの返答は機械的に
「まだ発見に至っていません」だった。
そして、その場に居た医者は変な事を言い出した
「君、幸宏君の左手は握った状態で炎に晒されてしまって、指が癒着してしまって、開くことが出来ない」
そんなはずはない。
僕の左手は、美香の右手をしっかり握っている。
僕には、解るのだ。美香の右手である事と、右手が脈打っている感覚が、美香は生きている。
それから数日後、”美香の遺体が見つかった”と、連絡が入った。
遺体は、綺麗な状態で全身が確認できる状態だった。
最初の爆風で壁に打ちつけられたときに、頭を打ったのが原因ではないのか?っと言うことだった。
しかし、美香は僕の左手と繋がっている。ここにいるのだ、僕にはそれが解るし、僕には美香だけ居れば十分だ。
それから、数年が過ぎた。僕は、まだ左手に美香の右手を握っている。美香が存在している事の証明として、僕はこの手を離すことはないだろう。
そんな時に、美久から呼び出された。
「いい加減にして、私だって、美香が居なくなって寂しいの、あなたが何時までもそんな事をしているから、美香はあなたを忘れてくれない。」
「私は、あなたが好きなの、美香を見ている・・・あなたが好きだったの・・・」
そう言って、僕の左手を握ってきた。僕は、美久の手を振りほどいて、美香が待っているベンチに急いだ。
そして
「美香は生きているよ、君たちには見えないのかも知れないけど、美香は居るよ僕を待ってくれている」
美久は黙って僕を見送った。
僕たちは、手を繋ぎながら、美久の方を振り向いて、手を振ってその場を立ち去った。
僕は、この日ある決心をしていた。
僕は、美香の居る場所に旅立つ事を考えていた。
美香は確かに、僕の側に居るし、感じることもできるが、話すことができない。
僕は、美香と一緒に居て、もっといろんな事を話したい。
学校の事、友達の事、そして二人の将来の事・・・。
だから、僕は、旅立つ決意をしていた。
美香は黙って僕の話を聞いて、うなずいてくれた。
美香は、僕と一緒に居たいと思ってくれている。でも、僕には、来てほしくないようだ。美香は、美久の事も大切に思っているのは知っている。
僕に、美久と一緒に居て欲しいようだ。
でも、僕は、美香と話せない現状をこれ以上受け入れる事ができない。僕は、美香だけ居ればいい。美香の代わりなんて欲しくないし、必要としていない。
いろんな方法がある事が解っているが、僕は、僕に相応しい方法を選ぶことにした。
美香の肉体が見つかった場所で眠るようにしよう・・・っと。
明日が、ちょうどいいのだろう。
8月16日。9時31分。僕の魂は、美香の待つ場所に旅立つことが出来た。
—
”おねーちゃんいい加減にして、おねーちゃんはガス爆発で死んだの、幸宏君の気持ちをかいほうして、そして、私の中から出ていって!”
毎晩繰り返される悪夢に、美久は脅えていた。毎晩の様に繰り返される悪夢。
美香が幸宏に告白されて、受け入れる”夢”を、そんな夢を見ている、自分と同じ顔を持つ姉の死の瞬間までを・・・・。
いろんな場面が夢で繰り返される。
幸宏を目で追っていると、姉である美香と目があう事を・・・。幸宏が、姉を好きだという事を・・・。
前を歩く二人の背中を見つめている自分を・・・。繋がれた手を・・・。
その繋がれた手が、姉が、幸宏が・・・爆風で飛ばされる瞬間を・・・。
右手が無い姉が、幸宏を探している事がわかる。
でも最後には必ず。
「美久助けて」
怨嗟の様なこのセリフが、美久の中から消えない。
私が、二人の仲を嫉妬したから?
私が、美香の願いを邪魔したから?
私が、幸宏を望んだから?
美久は、美香に幸宏が繋ぎ止められているのだと・・・理解した。
そして、幸宏を美香から解放する事で、美香と幸宏を助けようと考えた。
しかし、それは最悪な結果を生んでしまった。
幸宏の自殺と言う形で・・・。
そして、美久も幸宏と美香に誘われるように、同じ道を歩む。
同じDNAを持つ姉を求めるように、そして、自分自身を開放するために・・・。
— 現実
事故から、3ヶ月が過ぎていた。
幸昭はまだ、目を開けなかった。
「幸昭。幸昭。目を開けて、貴方だけでも・・・貴方だけでも、目を開けて・・・」
母親の必死の呼びかけも、病室にこだまするだけだ。
地下街ガス爆発事故。死者15名。負傷者223名。大惨事だ。
看護師の増田も、当時の事はよく覚えている。病院がパニックになっていた。消防士の大木が、なん往復もしていたのをはっきりと覚えている。
8月16日。
美香と美久が、見に行きたいと話していた映画を、見に行く約束をしていた。
兄である。幸宏が、美香の思いを受け入れたのだ。兄が、美香を選ぶのはわかっていた。
美久も悲しそうな顔をしていたが、そうなる事はわかっていたようだ。
最初の爆発で、爆発現場の上を歩いていた4人は、崩壊した、地下街に落下した。その上に、瓦礫が落ちてきて、下敷きになった。
少し後ろを歩いていた幸昭は、地下街に落ちる事にはなったが、瓦礫の下敷きにはならずにすんだ。
幸昭だけは、右手切断するという大怪我をおったが、命は助かった。
しかし、目を覚まさない。まるで、夢の中を彷徨っているかのように・・・。
そして、二年近くの時間が流れた。
本来なら、今年が卒業で、今頃4人で進路を話していただろう。
「幸昭。もう二年が経ったよ。幸宏も美香ちゃんも、美久ちゃんも、見つかっているよ」
「幸昭くん。美香も、美久も、君には生きて欲しいと思っているはずだ。早く目を覚まして、私たちの最後の希望なのだから」
両家の両親が来て、話しをしていく。
最初の頃は見舞いに来ていた高校の友達も、受験や就職で忙しくなっている。田舎の夏休みは、高校3年生は、車の免許を取り始める。徐々に来る頻度が少なくなって、最近では誰も来なくなった。
それを薄情と呼ぶには、少し可愛そうな気がしていた。
8月16日。9時31分。
増田は、ナースコールが押された部屋に向っていた。
二年近く、意識を取り戻さなかった高校生の病室だ。本来なら、個室に入る必要がない患者だったが、諸事情があり個室に入っている。ご両親の負担ではない。
面会時間ではないが、ご両親に連絡をした。
30分くらいで駆けつけると言っていた。
増田は、すぐに大木にも連絡をした。ついでに、旦那にも連絡をして、今日は帰れない事を告げた。
幸昭は、何事もなかったかのように、本当に、少し寝坊した高校生が、ばつが悪そうに起き出した様だ。
立ち上がろうとするのを、増田が抑えた。すぐに立ち上がれるわけがないと思ったからだ。
幸昭は、駆けつけた大木から説明を聞く必要がないと言った。
全部わかっているから・・・と。
幸昭の両親と、美香と美久の両親が駆けつけた。
4人の顔を見て、悪さがバレた子供の様な顔をした。
しばらく、誰も口を開かない。
幸昭は、大きく息を吸い込んで
「おふくろ。おやじ。おばさん。おじさん。俺、兄貴と美香ちゃん。美久が、いる所に行くよ。ごめん」
本当に、それだけ言って目を閉じた。4人は、まだ混乱しているのだろうと思っていた。
そして、幸昭が眠りに入ったのを確認した。今までと違う事に、安堵も覚えていた。
しかし、幸昭は二度と目を開けなかった。
そして、唯一生き残った、幸昭も”同じDNA”を、持つ幸宏を追うように、一切の説明を聞かなくても、すべてを理解しているかの様な微笑みを残して、兄と、愛する美久と、兄の愛した美香が、待つ場所に旅だっていった。
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