【紡がれた意思、閉ざされた思い】邂逅4 初仕事

 

『火消し専門部署』社内で語られる時の部署名だ。
正式名称は、『営業部付きインフラ開発部』だ。その後、『副社長付きソリューション開発部』と看板が付け替えられる。
『火消し部隊』や『真辺組』と呼ばれる事が多く正式名称を知っているものは殆ど居ない。

真辺と高橋と山本と小林と井上と倉橋の死を乗り越えた6名と篠原が引き抜いてきた8名の合計の20名での船出となる。

5月末に、真辺は篠原と一緒に専務に呼ばれた。
面倒な話である事は間違いない。

「石黒専務。篠原と真辺です」
「よく来た。入ってくれ」

本来個室など必要ないのだが、権力を見せつけるかのように、石黒は個室を持っている。
社長を除くと唯一の人間なのだ。

それだけでも、篠原と真辺から見たら俗物に思えてしまう。
実際の所、俗物で間違っていない。だが、金主には評判がいいのも間違い事実だ。

「お呼びと伺いましたが?」
「篠原部長と真辺部長。おっ真辺君の辞令はまだだったな」
「それで?」

篠原も、石黒の事を嫌っている。上役だから最低限の礼儀を守っているだけだ。

「チッ。可愛げがない。まぁいい。真辺君。君にやってもらいたい仕事がある。受けてくれるよな?」
「お断りします。それで話は終わりですか?もう帰らせてもらいます。失礼致します」

席を立って、一礼して出ていった。

篠原は苦笑して、真辺を見送った。
真辺たちは、営業部付きという肩書が付いている。真辺に頭ごなしに命令する事は、専務でもできない。だからこそ、真辺は篠原に伝えていた。もし、石黒が真辺に直接仕事の依頼をしてきたら断ると宣言していたのだ。そして、多分頭ごなしに命令してくるに違いないと予測していた。事実、その通りになってしまったのだ。

「し、篠原!!!奴は、真辺の奴は!?」
「専務。今、真辺たちは、営業部付きです」
「あぁ知っている。だから、俺が、この俺が仕事を頼むのを、あの礼儀知らずが!」
「落ち着いてください」
「落ち着いていられるか!あいつを首にする!おい誰か!」
「無理ですよ」
「なに?」
「あいつの人事権は俺に営業部にあります」
「だからなんだ!俺は専務だ!」
「えぇ開発部の専務ですよね?石黒開発部専務」
「なっ」
「今の発言は聞かなかった事にします。石黒専務。営業部への人事に関する口出しは、貴方でもできない。お忘れですか?」
「・・・。わかった。篠原部長。前言を撤回する」
「ありがとうございます」

篠原は立ち上がろうとした。

「待て、仕事を頼みたいのは本当だ」
「真辺たちにやらせるのですか?」
「そうだ。倉橋の部下だった者も何人か残っただろう」
「えぇそうですね」
「それで、真辺が業務連絡用に作ったシステムを会社として導入させろ」

篠原は頭を抱えた。
石黒が言っているシステムは、もちろん篠原も知っている。知っているのだが、会社での導入ができない。難しい事も理解している。あのシステムは真辺が前の会社に居る時に、趣味で作り上げたシステムだ。

「はぁ・・・石黒専務。あれは、真辺が個人的に作った物です」
「だからなんだ。会社に属しているのなら、会社の為に使うのは当然だろう?」
「いえ、あれは、真辺が売っている物です。ですので、導入するのなら、真辺から買う必要があります。誰が予算を出しますか?」
「ふざけるな!社員が作った物を会社で使ってやると言っている!さっさと導入させろ。これは命令だ!」
「無理ですね」
「篠原、いいか、俺は命令した。お前の責任で導入させろ!」
「予算は?」
「必要ない!真辺は社員だ!」

篠原は何を言っても平行線になる事を察している。どこかに妥協点を探る必要がある。

篠原は、その後も石黒の説明という名前の暴言を聞き続けた。
それでわかったのは、部下である部長たちから、倉橋が導入していた物が会社で導入したシステムなら自分たちも使わせろという言葉を得て、倉橋の部下だった者たちから聞いた所、『真辺が導入したと聞いて、それなら仕事として導入させればいい』と、考えたようだ。

篠原はすでに説得を初めて1時間が経過していた。すでに、ため息しか出てこなかった。

「石黒専務。無理な物は無理です。最低でも、予算を付けてください。社内規定でも、他の部署の社員を動かすときには、予算を付けなければなりません。その上で、真辺から買うのが無理ならメンテナンス費を営業部に払ってください」

篠原は、これが落とし所だろうと思っていた。
真辺には、営業部から金を出す。営業部の予算で買える金額ならそれでいいし、ダメなら分割にしてもらうように交渉する。

「わかった。それでいい。見積もりを出させろ」

重い足取りで、篠原は部署に戻った。
真辺は、篠原が帰ってくるのを待っていた。

「それで奴はなんて言ってきた?」
「ナベ。お前・・・。もう少しいい方が有るだろう?」
「無いですよ。あんなクズには、あのくらいでないと、わからないでしょうからね」

篠原は、真辺に話の概要を伝えた。

「わかりました。部署の人間を動かす分の見積もりをお願いします。山本と小林と井上でやります。ハードウェアやネットワークは実費という事にしておきますよ」
「ナベの分はいいのか?」
「篠原さんに貸しておきますよ。営業部の手柄にしてください」
「わかった。それで実際に売った時には、いくらで売った?」
「ソースなしの実行環境のみなら、25万。ソースありなら150万です」
「どっちで売れた?」
「ソース有りが3件と無しが5件です」
「ほぉ・・・。ソース有りの値段で見積もっておく」
「わかりました」

篠原の作った見積もりを、石黒に承認させた。
これで、皆が一斉に動き出す。

ハードウェア周りは、真辺と山本が中心になって見繕って発注をかける。
ソフトウェアの改修は殆どないものの、要望を取り入れた形で変更する必要がある。その部分は、井上が担当する。
真辺が作ったシステムは、マニュアルが存在しなかった。そのために、小林が中心になってマニュアルの作成を行った。

「ナベさん。本当にいいのか?」
「ん?何が?」
「いや、いいのなら問題ないけど、ばれないか?」
「山本。バレると思うか?」
「思わないから聞いている」
「だろう?だから、気にするな。それに、しっかり見積もりの時に入れ込んだぞ?」
「何を?」
「見るか?」
「あぁ」

真辺は、山本に提出した見積もりを見せた。
値引きの条件として『ネットワークログ及びパケットの内容を、今後の開発及び部署の運営に役立てる為に保管する。閲覧は、部署内に留めるが、報告書への添付は行う場合がある』と、明記してある。

「はぁ?これって、合法的な盗聴じゃないのか?」
「言葉が悪いな。俺は開発で必要になるからログが欲しいと思っただけだぞ?それに、SSLで暗号化した内容までは読めないからな」
「まぁそうだけど、メールは暗号化していないよな?」
「ん?俺はしているぞ?」
「ナベさん・・・」
「なんだよ」
「はぁそう言えば、こういう人だったなと思っただけだ」
「そりゃぁご愁傷様。そう言えば、山本とは社会人になる前からの付き合いだったな」
「あぁもう無くなってしまったけど、あのコミュニティだったからな」
「そう考えると長い付き合いだけど、これがはじめての仕事だよな」
「そうだな。遊びに行ったり、議論したり、アメリカにも一緒に行ったけど、仕事はなかったよな」
「あぁ何にせよ、地獄を覗いたからには、これからよろしくな」
「解っていますよ。真辺部長様」
「言っていろ、それじゃ頼むな」
「了解。任せておけ!サーバもきっちり仕上げておいてやる」

山本が指摘した通り、この仕事にはいくつかの毒が紛れ込んでいた。
しっかり篠原を通して説明した。もちろん、石黒専務にだけだ。真辺が昔のメンバー経由で聞いた所、石黒専務は篠原と真辺を恫喝して導入させた。俺の手柄だと言っている。したがって、誰にも見積もりの事を相談していない。
社内での支払いもごまかされる可能性があるが、真辺はそれでもかまわないと思っている。
見積もりを出して、承諾されて、依頼書も貰っている。金額が入った物だ。その上ハードウェアやソフトウェアの導入をしている。これで支払いを渋ったら、それまでの人間だと思う事にしている。十中八九渋るだろうとは考えている。

「ナベさん。マニュアルできたけど、どうする?説明する?」
「いや、説明はいいよ。小林には悪いけど、事務には説明しておいて欲しい。あぁログの件は聞いている?」
「山本から聞いたよ。かなりあくどいな」
「何のことかわからないけど、有効だろう?」
「あぁ有効だ。事務の説明は、俺だけでいいのか?誰か連れて行くか?」
「そうだな。高橋を頼む。多分、彼女は、現場には連れていけない」
「そうなのか?」
「あぁ本人は大丈夫だと言っているけど、多分無理だ。悪いけど、高橋の面倒を見てほしいけどいいか?」
「俺が?」
「あぁお前が適任だ。それに、彼女なら、お前の役に立つと思うぞ?」
「わかった」
「頼む」

真辺は、高橋が、今後火付け現場に出た時に、無茶をすると思っている。
多分、それは間違いないだろう。高橋は、倉橋が死んだのに、自分が生きている事を悔やんでいる。自殺しなかっただけ良かったとさえも真辺は思っている。そんな高橋は、現場に出れば、自分のキャパを越えて無理をするだろうと思える。だからこそ、現場に一番近い場所で現場の匂いが漂ってくる場所に置いておく事を考えたのだ。
一番いいのは事務だが、高橋は納得しないだろう。
そうなると、小林がやっているユーザサポートやマニュアル作成などの作業だ。火付け現場では必ずマニュアルやドキュメントが後回しにされる。そこを、小林と高橋でまとめてくれれば、真辺たちも動きやすい。

高橋は、真辺の予想以上に小林の作業にマッチした。
社内といえ、苦情を言ってくる者は多い。それらの対応を、高橋は見事にさばいた。その御蔭で、小林の行動までかなり楽になったのだ。

「どうだ?俺の作成したモジュールは?」
「ナベさんか?文句はない。文句はないが、なぜモジュールがホンダの車やバイクの名前になっている?」
「あ?そんな事決まっている素晴らしい物だからだ!」

なぜか、ホンダ車と日産車の素晴らしを競い合う2人。

「はぁもういいですよ。それよりも、改修は終わったぞ」
「ありがとう。問題はありそうか?」
「そうだな。もしかしたら、デザイナを入れたほうがいいかもしれないな」
「そうか・・・。でも、それは、パッケージにするといい出した奴にやらせよう」
「わかった。それもそうだな。まだ、社内ツールだったな」
「あぁサーバの方も、山本が作ってくれた。あわせこんでくれ」
「わかった。開発サーバはどうする?」
「うーん。パージしたいけどな」
「もったいないぞ?」
「わかった。俺が買い取る」
「いいのか?」
「実質的には、篠原さんに買ってもらうだけだ」
「あっ!営業部のサーバにしておくのか?」
「丁度いいだろう?」
「そうだな。わかった、後で山本と詰めておく」
「頼むな」

皆の協力で導入はスムーズに進んだ。
各部署に倉橋の部署に居た時に使った事があるメンバーが居たのも導入がスムーズに進んだ理由である。

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