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2020/04/30

【第四章 襲撃】第三話 考察

 晴海は、夕花が寝ているのを確認してから、部屋のリビングに戻った。

 情報端末には、次々と能見に頼んだ仕事が完了した情報が表示されていく。

(流石だな。仕事が早い)

 晴海はローテーブルに、キャビネットから取り出したウィスキーを取り出す。キャビネットを探すが、欲しいもう一つの酒が見つからない。
 ホテルのルームサービスで、氷とアマレットを注文する。普段は、飲まないが今日くらいはいいだろうと思ったのだ。

 すぐに、先程対応したコンシェルジュが氷とアマレットを持ってきた、ロックグラスと短めのバースプーンも持ってきていた。晴海が何をするのか解っているような対応だ。

「ありがとう」

 コンシェルジュは何も言わずに頭を下げて扉を閉めた。メジャーカップはなかったが、そこまで厳密に作ろうとは思っていなかったので問題はなかった。

 晴海は、ウィスキーとアマレットを三対一になるようにロックグラスに注ぎ、氷を入れてから軽くステアをする。

 出来た『ゴッドファーザー』を、窓から街の明かりを見ながら喉に流し込む。
 アーモンドの風味が濃厚なウィスキーの香りを交わって、鼻から抜けていく。

「ふぅ・・・(父さん)」

 グラスを目の高さまで持ち上げて、ゆっくりとおでこにグラスを当ててから、目を閉じる。

「献杯」

 晴海なりの”献杯”なのだ。父親が好きで飲んでいたカクテルだ。本来なら、父親とグラスを合わせたいのだろう。もう実現できない。”形だけでも”と考えたのだ。
 残りを、飲み干してから、グラスをローテーブルに置く。連続で飲む気分ではない。

「父さん。すべてが終わったら、もう一度・・・。飲もう。今度は、母さんも一緒だ」

 晴海は、能見から送られてくる情報と、コンシェルジュから貰った情報を比べている。

(脱出方法は、用意した。コンシェルジュが敵方に落ちた時を想定して、能見さんにも手配しておこう)

 能見にメッセージを送った。すぐに返事があり、ヘリを用意出来ると言われたが、ヘリでは降りる場所が難しくなってしまう。それよりも、ホテルの近くに自動二輪を用意して貰った。晴海も夕花も中型なら乗れる免許を持っている。オートドライブの車なら簡単に振り切れるだろうし、オートドライブを切った車でも逃げ切れる可能性は高い。使わなければ、日常使いの足にすればいいと考えたのだ。

 10分後に、能見から準備が完了したとメッセージが到着した。鍵は、両方とも発信素子で認証されているので、晴海と夕花の持っている情報端末が鍵の代わりになる。使わなかった時の対応をメッセージで送信して、ひとまず逃走はなんとかなるだろうと思えた。

(夕花を追っている奴らと、文月に繋がる糸が同じだったとは・・・)

 情報端末に着信を知らせるメッセージが表示される。

「能見さん。何かありましたか?」

『愛しの晴海さんが寂しい思いをしているのではないかと思いまして、それと奥様との閨を邪魔して差し上げようと思っただけです』

「・・・。能見さん。戯言を言うだけなら切りますよ。そして、しばらく着信拒否します」

『愛しの晴海さんを、取られてしまった。傷心の私にひどい仕打ちだ。あっ遺産相続の問題は、明日にも終了します』

「能見さん。ありがとうございます。お手数をおかけしました」

『愛しの晴海さんの頼みですから頑張りました。ご褒美は、熱い抱擁でお願いします』

「規定の料金をお支払いいたします。それだけではないでしょ?」

『さすがは、愛しの晴海さん。私の心を解って頂けて嬉しいです』

「能見さん?」

『文月の方々が動き始めています』

「ほう。それは、それは、おじさんもお忙しくしているのですね」

『えぇそうですね。本業を頑張っていただければ嬉しいのですがね』

「切り崩されそうな人は居ますか?」

『本家筋では大丈夫です。全家が、晴海さんに忠誠を誓うと宣言しています』

 家として忠誠を誓った。六条に忠誠を誓うと・・・。

「味方だと確定した家は?」

市花いちはなだけです』

 家としては当然として、市花は”晴海”に忠誠を誓うと宣言したのだ。市花の人間を掌握して、内通者が居ないと確定した。

「市花家に、しばらく動かないように伝えてください。それから、俺のコールナンバーを伝えてください」

『わかりました。他の家は?』

「しばらく泳がせまそう。文月のおじさんだけで出来る範疇を超えていますから、内通者が居るはずです。あぶり出してください」

『はい。草を動かしますが、ご許可を頂けますか?』

「解った。忠義。六条家当主として命じる。前当主の命を奪った事件とそれに連なる事案での内通者をあぶり出せ。見つけ次第、拘束しろ。俺の前に引きずってこい。手足を切り落としても構わない。でも、絶対に殺すな」

『はっ。ご命令、しかと承りました』

 能見との通話を切って、ソファーに身を委ねる。
 市花家は、六条家の表を支えている事業の一つを受け持っている。規模が最大なので、味方と確定したのは単純に嬉しかった。

 後、4家。新見にいみ家。寒川さんかわ家。城井しろい家。合屋ごうや家。
 この中に裏切り者が居る。もしかしたら、一つの家でない可能性だってある。六条は大きくなりすぎたのだ。晴海の個人資産だけでも、7、000億以上ある。月々の収入も5,000万を下回らない。5家からの上がりだけでもかなりの金額になる。それに、六条家が独自に行っている事業も存在している。総資産は、晴海はいくらになるのか知らない。いずれ、把握しなければならないのは解っているが、まずは落とし前をつけるのが先だと思っているのだ。

 半島系のシンジケート。
 今、晴海が握っている奴らに繋がる情報は、それだけだ。襲撃させて、捕まえて、情報を引き出す方法も考えたが、晴海は無理だと判断した。捕縛する方法が思いつかなかった。もう一つが、末端を捕まえてもさしたる情報が得られない可能性が高いと考えている。リスクに見合う情報が得られなければ、実行しないほうがいいだろうと思い却下した。
 そこに、夕花の情報が絡みついてきた。
 夕花に詳しい話を聞く必要があるが、メンツで夕花を探して拉致しようとしているのなら、ダメだが、最終的な目的が”金”を得るためなら、夕花の糸に集まってきた組織の人間を買収したいと考えているのだ。同じ糸が同じ組織なのかわからない。繋がりは持っている可能性が高いのだ。金で引き込めるのなら、引き込んでしまいたい。晴海は夕花の話を聞いていない。夕花を狙う組織も後に引けない状況になりつつあった。

「晴海さん」

「夕花。起こしてしまった?ごめん」

「いいえ。晴海さんは、まだお休みにならないのですか?」

「うーん。考えたい物事があったからね。でも、もう寝るよ。夕花はどうする?」

 夕花は、ローテーブルの上を見て、晴海を見る。

「片付けをしてから休ませていただきます」

「わかった。その前に、一杯だけウィスキーを注いで貰える?」

「私が注いでよろしいのですか?」

「うん。夕花に注いで欲しい」

「わかりました。初めてなので、量がわかりません。どの程度の量を注げばいいのでしょうか?」

 晴海は、笑いをこらえながら、夕花にウィスキーの量の指示を出す。

「そうそう、氷を先に入れて」「はい」

「うん。その位でいいよ。ロックグラスの時には、夕花の指なら3本分くらいがいいかな?うん。そのくらいでいいよ。2本半って所だね」「はい」

「そうしたら、バースプーンで軽くかき混ぜて」「はい」

「うーん。下から上に持ち上げるようにして音を立てないように回せばいいよ」「はい」

 真剣な表情で聞いて実践している夕花が可愛いと思えたのだ。

「晴海さん。どうぞ」

「ありがとう」

 晴海は、夕花からロックグラスを受け取って、アマレットの匂いが少しだけ残るグラスに注いだウィスキーを一気に飲み干した。

「夕花。おいしいよ。ありがとう」

「晴海さん・・・」

 夕花は、晴海がウィスキーを一気に飲んだので驚いた。それから、褒めてくれたのは嬉しいが、うまく出来たのか不安だった。注いでかき混ぜるだけが、こんなに神経を使うのだと知らなかったのだ。

 そして、今度こそ一緒に寝るのだと思って緊張してしまったのだ。
 しかし、晴海は夕花の寝室に移動したが、主賓室のベッドは夕花に使うように言って、自分が控え室にあるベッドを使おうとした。慌てて、夕花が晴海を引き止めたが、一人で考えたいことがあるので、今日は一人にしてくれと言い出したので、夕花が控室に移動した。

2020/04/30

【終章】最終話 始まり

「ママ!行ってきます」

「気をつけるのよ」

「うん。大丈夫。スズとナツミと一緒だから!」

 真帆は学校でいじめられている。家では、”いじめられている”とは言っていない。両親を心配させたくなかったのだ。

 家から出る時には、無理にでも元気に出ようと思っているのだ。
 両親は、真帆の気遣いを嬉しく思いながら、実際に”いじめられている”状態が解っているのだ。放置しているわけではない。学校に相談したが、担任の杉本が出てきて”いじめなんてない”と言うだけだ。校長に話をしたが何も変わらなかった。家族はそれでも諦めなかった。学校が当てにならないのなら自分たちで現状を変えるしかないと考えた。真帆を”いじめて”居る者たちは解っている。いじめている生徒を特定して、証拠を持って家族に苦情を言う。
 真帆の家族は、地方のタブーに触れてしまったのだ。いじめていたのは、この地方で絶対なる権力を持つ3つの家と、それに連なる3つの家の子息だった。

「真帆は、キャンプに行ったか?」

「うん。宮前さんと吉村さんが一緒だから安心出来るわよ」

「そうだな。鵜木先生も一緒らしいからな」

 両親は、鈴と菜摘が一緒だと聞いて安心材料になっていた。しかし、鵜木教諭は移動のときの引率だけで、キャンプには参加しない状況になっていたのを知らなかった。もし、鵜木教諭が参加していたら、これから起こる悲劇は起こらなかった。可能性の話だが、後から”鵜木教諭”が居てくれたらと考えてしまった。それが、鵜木教諭の心をすり減らしていると考える余裕さえもなかった。この町の特殊な状況が影響していた。有名な街道の宿場町にもなっているが、町の東西を狭まった誰も住めない場所となって、南は海が広がっている。北は、低いが山が連なっている。東西南北、全ての方向に抜け出す事が出来ない閉鎖的な空間になっている。猫の額ほどの土地に皆が生活していた。その中でも、海側に住む人間と山側に住む人間で対立が発生していた。

 子供たちは、小学校に集まってキャンプ場まで移動する。子供たちの中にもコミュニティが発生して構築されている。親たちと同じ海と山の区分になってしまっている。小さな町の小さな小学校の中に明確な派閥が出来てしまっている。

「マホ!」

 宮前鈴は、親友の須賀谷真帆を見つけて駆け寄る。

「スズ!あれ?ナツミは?」

「居るよ。ほら・・・」

 鈴は、先生が集まっている所に居る吉村菜摘を指差す。

「本当だ?どうしたの?何かあったの?」

「なんか、鵜木先生がキャンプにいけなくなっちゃったみたい」

「え?」

 明らかに真帆が落胆の表情を浮かべる。鵜木教諭は、いじめられている真帆を庇ってくれる数少ない先生の一人なのだ。そして、スズたちの班を引率する先生でもあるのだ。

「・・・」

「スズ?」

「あのね。杉本が引率になりそうなの・・・。それで、ナツミが鵜木先生に頼みに・・・」

 明らかに、真帆の表情が変わる。

「大丈夫。ナツミが頑張っている。私も、マホの側に居るようにする」

「う・・・うん。ボク・・・。ごめん」

「ほら、マホ。また、”ボク”って言っているよ。那由太さんから言われているよね?」

「あっごめん。ありがとう。スズ」

「大丈夫。私が、マホを見つけてあげる!どんなに、どんなに、マホがイヤって言っても、私がマホと一緒に居るよ」

「うん。ありがとう。ボ・・・。私も、スズとナツミと一緒に居る」

 鈴と真帆は小指を絡めて約束をする。そこに菜摘が帰ってきて、二人に引率は杉本じゃなくなったと説明した。

 3人は、約束をした。
 鈴は、真帆を見つけてあげると・・・。
 菜摘は、真帆を守ると・・・。
 真帆は、鈴と菜摘と一緒に居ると・・・。

 3人の約束は二日後の肝試しの後に破られる事になる。

「マホ!マホ!どこに居るの!出てきて!マホ!」

「スズ!マホは?」

「居ない。仏舎利塔まで行ったけど、誰も居なかった。アイツら!アイツらが・・・!」

 真帆が目を離したすきに逃げて、居なくなった。こっちに帰ってきていないかと杉本が教諭たちに話している。

「宮前さんと吉村さん。須賀谷さんは?」

「居ない。居ない・・・よ。先生。マホはどこ!杉本が知っている!知らないなんて嘘!嘘!嘘!」

 鈴がヒステリックに怒鳴っている。先生方もそのくらいは解っている。解っているが、何も言えない。

「スズちゃん。ナツミちゃん。あとは、私たちが探すから、二人は休んで・・・。ね。お願い」

 先生が跪いて、鈴と菜摘を抱きしめるようにして諭す。
 しかし、二人は首を横にふる。勢いよく横に振るから、涙が先生の顔を濡らす。

「お願い。二人には・・・。ううん。違うね。わかった。私と一緒にマホちゃんを探そう。山を降りちゃったかも知れないから、そっちを探そう」

「うん!」「はい!」

 先生は、二人を連れてキャンプ場の仏舎利塔とは反対側に歩いた。

”杉本が知っている”

 先生方の共通認識だ。
 杉本は、探し疲れたと言って、キャンプ場の事務所に閉じこもってしまっている。立花、西沢、日野の3人を連れてだ。

 他の先生方には、杉本が探していたというのは嘘には思えなかった。
 足が汚れている。生徒たちも手足が土で汚れているのだ。仏舎利塔までの間は草木が生えているが、土で汚れるような場所はない。それこそ、崖を降りたりしなければ汚れることはない。探してきたのだと思ったのだ。

 通報を受けて、警察と消防が集まってきた。
 杉本が、真帆が居なくなった状況を説明している。

 仏舎利塔の手間で崖の方に走っていったと言っている。
 制止したが、周りも暗く、他の生徒が居たので、追いかけるのが出来なかったと言い訳をしている。

 消防と警察は、杉本と3人の生徒の証言から、仏舎利塔近くではなく紫陽花の花が埋まっていない場所から、崖の下を重点的に、捜索を行う。
 先生という職業は”嘘を言わない”と思われている。杉本の証言は、子供たちの話しと合致して。

 鈴と菜摘以外は、皆が信じたのだ。

「違う!先生!真帆は、逃げたりしない!だって、私とナツミと一緒に居るって言った!だから、違う。絶対に違う。逃げない!杉本が・・。杉本が・・・。立花たちが・・・。西沢が・・・。日野が・・・」

「マホちゃん。先生や友達を悪く言わないの。いい。皆が・・・。マホちゃんが走っていったって話しているよ。何か、怖いものを見て逃げたと思うわよ?」

「友達じゃない!マホとナツミだけ!絶対に違う。マホは、二回目だよ?最初だって、怖がって・・・なかった。私とナツミと・・・一緒に・・・。なんで・・・。マホ・・・・。せん・・・。せい・・・。マホを。マホを・・・」

「うん。うん。大丈夫。消防の人も、警察も来てくれた、すぐに見つかるよ」

「・・・」

 鈴は、先生の顔を見つめる。
 涙を流しながら、先生の目をまっすぐに見る。

「先生。マホは、一緒に居る・・・。って、本当だよ」

 先生は、鈴の真っ直ぐな目を見られないで居る。自分自身が信じていない話を、子供に信じさせる事は出来ない。

「わかった。先生とマホちゃんを探そう。絶対に見つけようね。怪我をしているかも知れないから、包帯とか持っていくね」

 一晩中、それこそ、足を棒にして、鈴と菜摘は真帆を探した。
 小学四年生には過酷な状況だ。何度、先生方が寝るように、休むように言っても二人は首を縦に振らない。
 喉が潰れて、声が出なくなるまで、真帆の名前を呼び続けた。

「マホ!マホ!マホ!マホ!マホ!マホ!マホ!」

 真帆に使う予定だった包帯は、鈴と菜摘の足や腕に巻かれた。巻かれた包帯が血で汚れても気にしない。二人は、真帆を探し続けた。

 朝日が仏舎利塔を照らすまで、二人は真帆を探し続けた。
 疲れ切って、気を失うように寝るまで、二人は真帆を呼び続けて、真帆を探し続けた。

 足は土で汚れ、手は草木で傷つき、目は涙で腫れ上がって、それでも、諦めない二人が、真帆の片方の靴を見つけたの・・・だ。

 すべてが遅かった。

(スズ。ナツミ。ごめん。約束・・・。守れない。でも、ありがとう・・・。ゆるさない・・・。許せない・・・。スズ。ナツミ。ありがとう)

 仏舎利塔の周りには、小学生たちが植えた紫陽花が青い花を付け始めていた。

2020/04/30

【第八章 リップル子爵とアデヴィト帝国】第二十五話 ディアスとヤスとルーサ

 ディアスは姿勢を正して、ヤスを正面から見る。

「ヤスさん。イチカちゃんが言った”お願い事”は忘れてください」

「子供を助けてくれってやつか?」

「はい」

「なぜだ?」

「皇国と帝国を敵に回す可能性があります」

「そうだな」

 ヤスの問題はないという態度にディアスは焦りを覚えて、きつい口調になってしまう。

「ヤスさん!解っているのですか?」

「ディアス。解っている」

「いいえ、解っておられません。帝国はどこまでも貪欲に神殿を狙ってきます。皇国も同じです。リップルとかいう子爵家とは違います」

「そうだろうな」

「ヤスさん!」

「ディアス。ディアスの気持ちは嬉しいけど、俺は神殿を危険に曝してまで助けようとは思わない。ただ、俺の手に収まった子供たちは助ける。俺の力が及ぶ範囲で助ける。それだけだ」

 ディアスは、ヤスの言葉で納得したように見えたが、やはり”帝国”と”皇国”には関わるべきではないと考えている。一人でヤスを説得するのが難しければ、サンドラやリーゼやドーリスを巻き込んでもいいと思っている。皆から反対されれば、ヤスも考え直してくれるのではないかと思っているのだ。

「・・・。わかりました。神紋も解除されるのですか?」

「そのつもりだ」

「ヤスさん。私に、学校で文字を教える授業を担当させてください」

「ん?問題はないぞ?」

「ありがとうございます。子供たちに、帝国と皇国で使える文字や言葉を教えます」

「・・・。??」

 ヤスは、ディアスの提案を受けて文字を教えるのは賛成したが、帝国と皇国の文字となると話が見えてこない。

「ヤスさん。彼女たちは、皇国の二級国民でした」

 ディアスがいきなり説明を始めたので、ヤスは話を合わせる。

「そうだな」

「これからヤスさんが助ける者の中に、皇国や帝国に情報を流す者が居るかもしれません」

「そうだな」

 そう言いながら、ヤスはその点は心配していない。盗まれて困る”情報”は存在しないと思っている。隠すから弱みになる。なら、弱みにならないように隠さなければいいのだ。他の皆が知っている情報なら、帝国や皇国に流れても困らない。
 神殿の機能もマルスの場所さえ守られれば困らないと思っている。迷宮区の最奥部だと知られてしまったら、迷宮を拡張すればいいとさえ思っている。

「そこで、皇国や帝国で使われている文字や言葉を子供たちにしっかりと教えれば、彼らが防波堤になってくれます」

「うーん。狙いは、曖昧だけど解った。ディアス。子供たちに読み書きを教えてくれ、それから、簡単な計算が出来るようにしてくれると嬉しい」

「わかりました」

 ヤスは、スパイの防止よりも、文字や言葉を覚えさせるほうが重要だと考えている。
 子供たちが神殿で生活し続けるにしても、文字の読み書きが出来たほうがいいのはわかりきっている。計算も同じだ。騙すような人は、神殿に出入りできないが、子供たちは外の世界に出ていく可能性だってある。文字の読み書きは、出来ないよりも、出来たほうがいいに決まっている。

 ディアスが執務室から出ていった。

「マルス」

『はい』

「帝国と皇国の情報を得るにはどうしたらいい?」

『情報が曖昧です』

「一般常識から、貴族や商人の動き、トップの動向が知りたい」

『マスター。不可能です』

「出来る範囲では?」

『魔通信機を流行らせれば可能ではありますが、問題も発生します』

「そうだよな。確かに情報は盗めるけど、帝国や皇国の情報伝達速度が上がってしまうからな」

『はい』

「何か・・・。そうだ!ルーサを頼ってみよう」

『はい』

 ヤスが基本の方針を決定した。しかし、ヤスが頼む前に、ルーサはそのつもりで居たのだ。”惚れた女の名前”を付けた村を荒らされたくないという思いや、ヤスの人柄にひかれたのも理由だが、なによりも自分を頼りにしてくれる住民が居る場所を守るためならなんだってやると思っている。
 アシュリは、自分たちの居住区がある村の名前として、それ以外の場所をトーアフートドルフと呼ぶようにした。2つをあわせて、トーアフートドルフ・アシュリとなり、関所の村になる。ユーラットに向かう街道にある関所では、問題は起こらないと考えている。まず、ユーラットに向かう者が少ない。これから増える可能性もあるが、問題がありそうな連中は、アシュリで足止めになる。

 問題は、帝国と繋がる関所だ。
 関所を案内されたルーサは頭を抱えた。ヤスが何をしようとしているのかわからなくなったのだ。

 帝国側に作られた関所は、関所という規模ではなかった。
 そして、帝国側から王国に入る門の周りは狭くなっているだけではなく、水堀まで掘られている。深さは、見ただけではわからないがかなりの深さになっているのは解る。堀の幅が5m近くある。そこに馬車二台がギリギリ通られる幅の橋が2本かけられている。帝国から攻められたら、橋を落としてしまえばいいようにも思える。両脇の城壁というべき石壁は弓矢で攻撃が出来るようにもなっている。水堀を渡りきった者が居た場合でも、上から石や魔法での攻撃が可能になっている。それが、帝国方面に続いているのだ。両脇を気にしながら進軍しなければならない。関所の前の石壁を超えられても、内側にも同じ様に壁が幾重にも作られている。そして、この関所を突破出来ても、ユーラット側の関所が本命なのだ。神殿の森に入れば、ルーサには簡単に説明しているが、眷属たちが襲いかかる。その上、神殿で位置や数を把握出来る状況では、戦略も神殿側が有利になる。

 これらの説明を聞いたルーサは、考えを切り替えた。
 自分たちは、情報収集をメインに活動すると決めたのだ。今まで活動していた者たちを、帝国や皇国に向かわせて情報を集めるようにしたのだ。もちろん、魔通信機を持たせてある。
 ルーサは、神殿や王国に出兵しようする帝国や皇国の情報をいち早く掴むのが自分の役割であると考えたのだ。

 ルーサが、情報網構築を模索しているときに、関所の村アシュリにアーティファクトが近づいてきた。

 アーティファクトは、関所の村アシュリで門番をしている者の指示通りに門の手前で停めた。

 門番は、すぐにルーサを呼びに行った。自分たちが乗ってきたアーティファクトと違う形状の物だったので、ルーサが相手をする。

「ルーサ!」

「・・・。ディトリッヒか?」

「そうだ。お互い・・・。お前は、年をとったな」

「エルフ族と一緒にするな。それよりも、お前が動かしたのか?ヤス様は知っているのか?」

「違うが・・・。そうか、ヤス様に会ったのだな・・・」

 お互い、なんとも言えない表情で相手の表情を見る。
 考えているのは似たような内容だ。お互いを、大変だったなという表情で見ているのだ。

「ルーサ様。私は、旦那様に使える執事のセバス・セバスチャンと言います。以後お見知りおき、お願いいたします」

「丁寧にありがとうございます。セバス・セバスチャン様。私は、ルーサと言います。ヤス様から、関所の村アシュリを任されております」

「お伺いいたしております。よろしくお願いいたします。それから、私やツバキや眷属たちは、呼び捨てでお願いいたします。執事やメイドに様付けはよくありません」

「わかりました。それでしたら、私もルーサとお呼びください」

「それはなりません。ルーサ様。ルーサ様は、村を治める長でございます。旦那様より信任されましたルーサ様を呼び捨てには出来ません。ご容赦ください」

 セバスが綺麗に頭を下げると、ルーサは何も言えなくなってしまった。確かに、まともな貴族の執事やメイドに”様”を付けるとセバスと似たような反応をされる。ルーサは経験で知っていたので、またこれで、ヤスの評価が一段上に上がった。

「わかりました。セバスチャン殿と呼ばせてください」

「ありがとうございます。ルーサ様。関所を通ってよろしいですか?お客様もいらっしゃるので、少しだけ急ぎたいのですが?」

「それはもうしわけありません。しかし、検査を受けていただきます」

「もちろんです。アーティファクトの乗員は、私とディトリッヒ様とサンドラ様とレッチュ辺境伯様です。荷台には、王都から運んできた物資と、途中の村々で助けてきた違法奴隷の子供たちです。お確かめください」

「え?」

 ルーサは、セバスの宣言を聞いて固まってしまった。聞き返そうにも、ディトリッヒが頷いているので、真実なのだろう。
 レッチュ辺境伯が同乗しているのは解る。わからないが納得出来る。しかし、違法奴隷の子供たち?どこから?

「頭!本当に、子供たちです。人数は、10名を超えています」

「正確には、14名です。男児8名と女児6名です」

「子供たちはどこから?」

「愚かにも、旦那様のアーティファクトを奪おうと襲ってきた盗賊を始末して、アジトに捕らわれていた子供たちです。辺境伯様と相談して一度神殿で預かってから、引き取り手が居ないか確認してみることとしました」

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2020/04/29

【第八章 リップル子爵とアデヴィト帝国】第二十四話 子供と名前とイチカ

「旦那様。テンです。おはようございます。朝からもうしわけございません。ディアス様とイチカ様が面会を求めてお越しです」

「うーん。わかった。工房の執務室に通しておいてくれ、着替えたらすぐに行く」

「かしこまりました」

(昨晩の話かな?まぁ子供関係だろう)

— 昨晩

 子供が寝ているのを確認して、ヤスとリーゼは寮に入った。

 子供たちは一つの部屋でまとまって寝ていた。ベッドを使うわけでもなく、床で、部屋の奥で肩を寄せ合いながら寝ていた。
 それを見たリーゼが急に怒り出した。

「(ヤス!なんなの!)」

「(どうした?まだ慣れていないのだろう?怒るようなことか?)」

「(違う。違う。皇国は、こんな子供に・・・)」

 ヤスは、子供たちが起きてしまった時の対応で、リーゼに髪の毛が隠れるフードを渡していた。それだけではなく、マスクNot布マスクも渡していた。

 子供たちの中で最年長の娘が、ヤスとリーゼの気配を感じて起きてしまった。

「・・・。ごめんなさい。許してください。打つのは私だけで許してください。他の子は許してください」

 女の子は泣きそうな声で謝り始める。ヤスが何か言いかけたのを、リーゼが手で制する。

「(なんで、二箇所も?)」「(リーゼ。どうした?)」「(ヤス。後で説明する。先に、神紋を解除する。いいよね?)」「(あぁ頼む)」

 リーザは、ヤスに耳打ちするような声で相談してきた。ヤスも、はじめから神紋の解除が目的なので、問題はなかった。

「君。名前は?」

「え?」

「名前は?」

「ありません。二級国民にも劣るからと言われて、名前は付けられていません。31番と呼ばれていました」

 リーザの奥歯が悲鳴を上げるように”ギリッ”と音がする。

「そう・・・。子供たちを守りたいのね?」

 ヤスは、リーゼから感じる今までにない雰囲気に押されている。ダメな子とばかり思っていたが、認識を改める必要があるのかも知れない。

「はい」

 31番と呼ばれていた少女は、ヤスをしっかりと見た。

「神殿の主様ですか?」

「あぁ。ヤスと呼んでくれ」

 少女には怯えがあるが、自身の怯えを抑えてヤスをまっすぐに見る。

「ヤス様。私はどうなっても構いません。他の子は、妹たちは助けてください。お願いします」

「ダメだ」

「え?」「・・・」

 少女は、ヤスを見上げる目に力を入れるが、心が折れそうになっている。折れそうになっている心を奮い立たせるように、言葉を紡ぐ。

「おね・・・がい・・・し・・ます。わ・・たし・・・は、お・・・ねがい・・・し・・・ま・・・す」

 涙が大きな目から溢れ出ても、ヤスから目をそらさない。

「ダメだ。キミを含めて、全員を助ける。キミの犠牲で助かっと聞いたら、妹たちが悲しむだろう?」

「え・・・。あっ・・・。ありがとうございます。ヤス様」

「うーん。”様”も止めてほしいけど・・・」

 少女は首をかしげるだけだ。

「旦那様」

 リーゼは変装しているので、皆の前でヤスを呼ぶ必要があった時には、”旦那様”とメイドと同じ呼び方をすると決めていた

「すまん。頼む。俺は出ていたほうがいいよな?」

「はい。神紋の場所を確認するから、旦那様は隣室で控えていてください」

 リーゼの気持ち悪い言葉遣いがヤスは気になったが、突っ込んでしまったら、せっかくの演技が台無しになってしまう。ヤスは、リーゼに言われたように隣室に移動した。

『マスター。ご報告があります』

『どうした?』

『個体名セバス・セバスチャン。個体名サンドラ。個体名ディトリッヒが仮称関所の森に近づきました』

『関所の森?』

『神殿の東側に広がる森は、地域名魔の森です。神殿の裾野に広がる森は、仮称神殿の森です。新しく支配においた森の仮称として、関所の森を使います』

『わかった。それじゃ明日の昼前には到着するか?』

『はい』

『セバスには、アシュリ村の説明をしておいてくれ』

『了』

 ヤスは、隣から聞こえてくる祝詞や会話から神紋の解除が問題なく進んでいると判断した。

 30分後、ドアがノックされた。

「開いているよ。起きているよ」

 ドアを開けて疲れ切ったリーゼが入ってきた。

「子供たちは?」

「ベッドで寝てもらった」

「12人も?狭くないか?」

「2つあるベッドを繋げた」

「そうか、神紋は?」

「解除できた。最悪だよ。皇国!」

「わかった。わかった。部屋で話を聞く。イチカたちを待たせておくわけにはいかないからな」

「うん」

 ヤスとリーゼは、寮から出た。

 ヤスが執務室に入ると、最初にイチカが気配を感じて、気がついた。二人は揃って、挨拶をする。

「それで?」

 ヤスは、本題に入る。この後、リーゼの所に行って、聞けなかった事情を聞くことになっている。

「ヤスお兄様。ありがとうございます」

「イチカにお礼を言われるような事はしていないぞ?」

「彼女たちの、神紋が消えていました。ヤスお兄様と知らない女性が来て、神紋を消してくれたと言っていました」

「そうだな。それは、解った、神紋を解除した人に伝えておく」

「私が直接会って伝えたいのですが?会えないのですか?」

「会うのは無理だ。俺が無理を言ってお願いした。その時の条件が、”誰にも会わない”だった」

「そうですか・・・。神紋のことを聞きたかったのだけど・・・。それならしょうがないですね」

「それを言うために?」

 ディアスが、イチカの肩を叩いた。
 まずは、お礼を言いたかったのだろう。でも、本題は違うようだ。

「そうだった。ヤスお兄様。彼女たちに名前を付けたいのですが?ご許可を頂けますか?」

「もちろん。いいぞ?そもそも、俺が許可するものでもないと思うけどな?」

「イチカちゃん。その言い方では、ヤス様には伝わらないわよ。ヤス様。イチカちゃんや、彼女たちは、ヤス様に名前をつけていただきたいのです」

「俺に?」

「はい。お願い出来ますか?」「あっ。ごめんなさい。ヤスお兄様。お願いします」

 二人は、同時に頭を下げる。
 何か意図しているのだろう。ヤスに名前を付けさせる理由などない。しかし、ディアスは、彼女たちに名前を贈るのなら、ヤス以外に考えられなかった。

「わかった。わかった。12名だよな?」

「はい。女の子だけです」

「年齢別に、『むつき/きさらぎ/やよい/うづき/さつき/みなづき/ふづき/はづき/ながづき/かんなづき/しもつき/しわす』でどうだ?」

「いい名前です」「え?あっありがとうございます」

 ディアスは、ヤスが続けて言った名前を一回で覚えた。そして、持ってきたメモにスラスラと書いていった。
 書いたメモを、イチカに預けたのだ。

「ヤス様」「ディアス。いい加減に、ヤス様は止めてくれ・・・」

「ヤスさん。彼女たちは、ヤスさんの為に働きたいと言っています」「はい!妹たちと一緒に働きたいと言っています」

 イチカがサラッと妹たちを含めて仕事がしたいと言い出した。

「確か、一番上・・・。むつきは、あと数年で成人だよな?」

「・・・。はい」

「まずは、健康になってもらう。それから、いろいろ試してみてできそうな仕事を探そう。まずは、読み書きと計算だな」

「わかりました。寮の部屋はどうしますか?」

「イチカに任せる。しばらくは、同じ部屋で過ごしたほうがいいと思うけど、少人数で分かれる部屋割にも慣れてもらわないと困る」

「わかりました。あの・・・。それで、ヤスお兄様・・・」

 イチカが、ディアスの顔を見てから、ヤスの顔を見る。
 何か頼みたいのだろう。ディアスは、イチカが考えたことなので、イチカがヤスにお願いすべきだと言ったのだ。

「なんだ?」

「むつきが言うには、他にも・・・」「イチカ。大丈夫だ。俺を信じろ、皇国の奴らが、俺の領域に入ったら、確保する。子供が居たらできるだけ助け出す」

「え・・・。ヤスお兄様。でも・・・」

「あぁ俺の手はそこまで長くない。でも、俺の手で掴める命なら救い出す。それでいいな?」

「はい!ありがとうございます!私も、もっともっとがんばります!」

 ディアスがイチカに子供たちに名前が決まったと知らせてあげなさいと言って、先に帰した。
 ヤスに元気よく頭を下げて、執務室を飛ぶようにして出ていった。子供たちに早く名前を教えてあげたかったのだろう。

 冷えた紅茶で喉を潤してから、ヤスはソファーに座り直した。

「それで、ディアス。イチカに聞かせたくない話なのか?それとも・・・」

 ディアスも、冷えた紅茶を一気に飲んでから、ヤスをまっすぐに見て姿勢を正して口を開く。

2020/04/29

【第四章 復讐】第六話 最後の1人

 警察の取調室。一人の男が警察官と対峙していた。ドアは閉められている。取り調べの前に、警察官がしっかりと宣誓している。取り調べの様子が録画される事や、記憶として残される事、弁護士を呼ぶのなら先に呼んで欲しいという事だ。

 男は、杉本という名前だ。
 元小学校の教師だ。元というのは、10日前に依願退職しているからだ。依願退職となっているが、スポンサー親戚の山崎からの圧力があり、辞めるしかなかった。本人は辞めるつもりはなかった。来年には、校長が見えていたのだ。校長になってから、無難に6年過ごして、スポンサー親戚の山崎のツテで地方議員になる予定だったのだ。それが全部崩れてしまった。

 杉本は、警察官の質問に黙秘を貫いている。
 証拠が何もないのは解っている。それも、25年も前のことなのだ

「杉本さん。この時計がなんで、須賀谷真帆さんの遺体と一緒に見つかったのか説明してください」

「・・・」

 警察は、同じ質問を繰り返すだけだ。杉本が答えないのも解っている。時間が来るまで拘束して帰す。警察が見張りに着いて数日後にまた呼び出す。繰り返されている。帰しているのには理由がある。

 杉本は、須賀谷真帆殺害の犯人と目されている。同時に、大量殺人事件の次のターゲットだと考えられている。大量殺人の犯人が、杉本を狙うと考えているのだ。そのために、自由にさせる時間を作ったのだ。

 しかし、杉本を狙う者は現れない。警察は、杉本が逃げ出さないかと期待していた。別件になるが、逃げ出した先で警察官の制止を振り切れば、逮捕出来る。逮捕してしまえば、落とせると考えているのだ。
 証拠はないが状況証拠は真っ黒なのだ。当時の記録を精査しても、須賀谷真帆を殺した犯人は立花祐介/日野香菜/西沢円花/杉本保都たもつだと思える。当時の様子を覚えている者は少なかったが、当時の様子が書かれた手記が見つかったのだ。当時の校長が書いたメモで、校長はすでに鬼門をくぐっていたが、遺族が大事に保管していた。警察は、4人+3人の犯行で間違いないと断定したのだが、すでに6人は死んでしまっている。そのために、残された杉本を守る名目で監視しているのだ。

 杉本は荒れていた。
 忠誠を尽くしてきた(と思っている)山崎家や立花家や日野家から見捨てられた。自分は、こんな場所で一生を終わるはずではなかった。立花祐介たちがいじめていた事実を山崎家や立花家から言われて隠蔽した。事故が発生したのはしょうがない。しかし、その事故もうまく矛先を変えることが出来た。それが今になって責任をとれと言われても、両家が余計なことを言い出さなければもっとうまく出来ていた。
 と、考えている。

 山崎家、立花家、日野家は、杉本をかばえる状況ではないのだ。
 特に、日野家は没落への坂道を転げ落ち始めている。誰が流出させたのかわからないが、マスコミが詳細な情報を入手していた。別荘で行われていた、乱交パーティーの様子や反社会的勢力との繋がりを示唆する資料も出てきた。一番問題になったのは、献金ではない金の流れがあった事だ。
 帳簿データまで出てきてしまって、日野は大臣を辞め、議員辞職に追いやられた。それだけで追求は止まらなかった。贈収賄での立件を視野に捜査が進められた。日野の私設秘書が”自分がやりました”的なメモを残して自殺をしたが、自殺にも不自然な部分が多く、追求が日野元議員にまでおよんだ。議員は、わざとらしくTVカメラが来ている前で倒れて、入院した。演技だと炎上した。すぐに、入院した病院が特定され、何も書かれていないカルテまで流出した。
 不可解な事は、それらすべてが内部資料なのだが、なぜか入手できた者たちが居た。入手経路が不明だが、正式な書類なのだ。

「くそ!なんで俺だけ・・・」

 杉本は、外に飲みに行くことも出来ない。マスコミがすぐに集まってくるからだ。
 家にある日本酒を煽る日々を過ごしている。

 何度目かわからない呼び出しがかかった。

 杉本は、警察車両に乗せられて、警察に向かった。

「刑事さん。いい加減にしてください。俺は、何もしていませんよ?」

「そうですか?それなら、知っていることを話してください」

「話していますよ」

「そうですか?それなら、腕時計をどこで無くしたか思い出しましたか?そう言えば、新しい証拠が出てきましたよ」

「え?証拠?」

 杉本は、証拠がないと思っていた。
 実際に、今まで何も見つかっていない。大丈夫だと思っているのだ。

 取調室に通された杉本は、若い刑事が座っているのが気になった。どこかで見た記憶があるが思い出せない。

「杉本さん。この写真に見覚えはありませんか?」

 提示された写真をひと目見て、杉本は顔色が変わる。あるはずがない写真だったのだ。
 杉本と立花と山崎と三好と西沢と日野と金子が、須賀谷真帆を紐で縛って連れて歩いている写真だ。杉本の左腕に、しっかりと時計が写っている。

「杉本さん。この写真は、とある人が見つけてきてくれた物でしてね。内容は、今はいいでしょう。この部分を拡大した物がこれです」

 刑事が杉本の腕を指差している。腕時計が拡大されているのが解る。

「最近のデジタル技術はすごいですね。こんな小さな画像からでも、腕時計の文字盤に描かれている模様がはっきりと見えるのですよ。ほら、これ・・・。須賀谷真帆さんと一緒に見つかった時計と同じですよね?」

 時計の文字盤には、大きく校章が描かれているのが解る。

「あっそうだ。同じ、校章が描かれている物は、杉本さんが持っているはずの時計以外はすべて所在が解っていますよ。そして、次はこれです」

「・・・。え?」

「そうです。須賀谷真帆さんが行方不明になった翌日です。集合写真は見つかりませんでしたが、下山する杉本さんが写っています。時計をしていませんよね?どうしてですか?そして、最後の写真です」

「なんで・・・」

「そう思いますよね。この写真は、肝試しが終わって、須賀谷真帆さんを先生方が探しに行くときの様子ですね。ほら、ここ、杉本さんですよね?」

「・・・」

「拡大したのが、これです」

 刑事が新しく写真を出してくる。

「ほら、これ。杉本さんですよね?それに、腕時計をしていません。どこで無くしたのですか?思い出しては頂けませんか?」

「知らん。合成でもして作られた写真じゃないのか?」

「そう来ますか・・・。いいですよ。今日は、時間もありますからゆっくりお話を聞きますよ。思い出したら、話しかけてください」

 刑事は、そう言って目を閉じた。
 杉本は、写真を食い入るように見る。あの時に、こんな写真を撮った記憶はない。もちろん、写真を撮られた記憶もない。ならば合成なのか?でも、立花や山崎たちがまさにあのときの服装なのだ。須賀谷真帆も覚えている限り、間違いなく同じ姿だ。

 杉本は、写真から目を離して二人の刑事を見る。自分を見ていない。しかし、視線を感じて後ろを振り向く。壁しかないのは解っている。事実、杉本の目には壁しか映らない。刑事を見るが同じ格好だ。

「ひっ」

 写真の須賀谷真帆が、杉本を見た気がした。自分の悲鳴で刑事が反応したのかと見たが、先程と同じ様な姿をしている。
 もう一度写真を見るが、写真の中の須賀谷真帆は同じ格好だ。

「え?ち・・・がう?」

「杉本さん。思い出しましたか?」

「写真がうご・・・いた!」

「杉本さん。思い出しましたか?」

 ゲームの中に居るNPCの様に同じセリフを繰り返す。杉本が必死になって、写真の中の須賀谷真帆が動いたと説明しても、目の前に座る刑事は同じ言葉を繰り返すだけだ。

「なんだよ!!!バカにしているのか!」

「杉本さん。思い出しましたか?」

「いい加減にしろ!写真が動いていると言っている!なんだよ!俺が何をした!何もしていない!知らない!ふざけるな!」

 杉本は、立ち上がろうとしたが立ち上がれない。目の前に座る刑事が、いつの間にか杉本の後ろに回って、肩に手をおいて立てなくしている。

「おい!何をする!暴力か!訴えてやる!絶対に後悔させてやる!」

 記録を付けていた刑事が杉本の前に座る。

「なんだ!俺が何をした!」

「何をした?先生。私の顔を殴ったよね?殴った時に、時計が壊れて、弁償しろと言ったよね?先生。まだ思い出さない?先生。土の中は冷たかったよ。寂しかったよ。苦しかったよ。先生。まだ思い出さない?」

「え?誰だ!」

「先生。まだわからない?私だよ?」

 杉本が最後に見たのは、にっこり笑った。
 須賀谷真帆の顔だった。

「桜。本当なのか?」

「本当だ。杉本が、取調べ中に死んだ」

「どうやって?自然死か?」

「いや・・・。不審死だ」

「不審死?」

「それ以外に言いようがない。多分、病死と発表されるだろうな」

「どういうことだよ?」

「杉本は、取調べ中はいつものように目をつぶって何も見たいし何も答えない状況だった」

「あぁ前に聞いたな」

「突然、喋りだした。『俺が何をした』とか『写真が動いている』とかだな」

「え?」

「事実だ。他に言いようがないしばらく、喚き散らして、急に立ち上がったら、死んだ」

「は?」

「だから、事実だ。何か、頬を殴られた様には思えた。傷も出来ていた。その後、頭蓋事が陥没して死んだ」

「・・・。桜。それは・・・」

「真帆と同じだ」

「そうか・・・。それで、不審死か・・・」

「あぁそうだ」

2020/04/28

【第八章 リップル子爵とアデヴィト帝国】第二十三話 ディアスと子供とリーゼと神紋

 神殿のリビングに戻ったヤスは、気持ちを落ち着かせるために、アルコール度数が強い蒸留酒を煽った。
 一杯だけで止めたのは、この後、ディアスが訪問してくると思ったからだ。

 喉を焼くほどの強いアルコールを感じながら、ヤスは子供たちの怯えた目を思い出していた。

「旦那様。お水です」

「ありがとう」

 ファイブから水を受け取り、喉の疼きを抑える。一気に、水を流し込んで目を閉じて考える。
 自分は、ただの”トラック運転手”だ。それ以上でも、それ以下でもない。異世界に来て、分不相応の力を手に入れた。力に振り回されるな。なんでも出来るわけではない。自分は”運送屋”だ。間違えるな。
 ヤスは自分に言い聞かせるように、何度も確認する。
 だが、許せないという気持ちを抑えることは出来ない。

「旦那様。ディアス様がお越しです」

「わかった。工房の執務室に通しておいてくれ、シャワーを浴びてから行く」

「かしこまりました」

 思考を切り替えるために、待たせると解っているのだが、シャワーを浴びてから執務室に行くことにした。
 熱いシャワーで淀んだ気持ちを洗い流してから、ヤスは執務室に向かった。

「ヤス様。先程は、もうしわけございませんでした」

 ヤスが部屋に入ってきたのが解って、ディアスは立ち上がって謝罪の言葉を口にした。

「ん?別に、ディアスが謝るような必要はないと思うけど?」

「いえ、私は、ヤス様が怖いと思ってしまいました。それが、子供たちに伝わって、子供たちが怯えてしまいました。私のミスです。もうしわけございません」

「うーん。怖い?それは、別にディアスの問題では無いだろう?俺が、子供たちの現状をしって、怒りの感情を出してしまったのが悪いのだろうし、ディアスもその・・・。言葉は悪いけどまだ大人の男性には慣れては居ないのだろう・・・。からな」

 ヤスは、ディアスもPTSDを持っていると考えている。慣れるために、カスパルと住まわせていい方向に向かっていると思っていたのだ。

「・・・。でも」

「ディアスが、俺のことを考えてくれるのは嬉しい。でも、まずはカスパルを大事に思ってくれ、俺は、そのほうが嬉しい」

「・・・。はい」

 指輪を触りながら、ディアスは頬を赤くして消えそうな声で肯定する。

「それで、子供たちの事か?」

「はい。イチカちゃんが食堂に連れて行って、皆で食事をしています。小さい男の子なら大丈夫なようですので、イチカちゃんの弟くんたちにも協力してもらっています」

「そうか・・・。それならよかった。話は聞けたのか?」

「まずは、やはり皇国の二級国民で間違いないようです。それで、神殿への移住を全員が希望しています」

「わかった。受け入れよう。神紋は?」

「わからないようですが消してしまったほうが良いと思います」

「わかった。手配する」

「ありがとうございます。それで今後は?」

「うーん。イチカに預ける」

「わかりました。それが良いと思います」

「そうだ。12名の性別は聞いたけど、年齢は?」

「はい。上は13歳で下は9歳です」

「え?間違いないのか?」

「・・・。はい」

「ちっ・・・」

 ヤスが勘違いしてもしょうがない。
 13歳にもなれば女性らしい体つきが見え始めてもいい頃合いなのに、男女の区別が付かなかった。それだけではなく、孤児院で生活していたイチカや、スラム街から流れてきた子供たちよりも生育が遅いのだ。見た目的には、一番上の子が7-8歳で下は5歳程度に思っていたのだ。
 ヤスは、年齢を聞いてもう一つの心配を思い出した。

「ディアス。女の子たちは・・・」

 言いにくそうにするヤスの表情からディアスは質問を理解した。
 イチカが居ない所で、年長者に聞いた話をヤスにした。

「そうか・・・。それは、よかった」

「はい。生育が遅いのが幸いでした」

「好きな連中も居るからな。でも、よかった。心が壊れかけていたし、生育も遅いけど、汚されて居なかったのだな」

「はい。確実かわかりませんが、誰も行為を受けた記憶は持っていません」

「わかった。ありがとう」

 ディアスからの報告を聞いて、ヤスは神紋の解除方法を考える。

「ディアス。子供たちへの説明は任せる。神紋の解除は、寝ている間に出来るようなら、そのほうがいいよな?」

「そうですね。どうやって解除するのかわかりませんが、寝ている間に出来るのなら、安心出来ると思います」

「わかった。その方向で考えてみるよ。あっ興味本位で聞くけど、帝国には二級国民なんて居ないよな?」

 ディアスは、二級国民の話をしたときに、いずれ聞かれるだろうと予測していた。答えも用意していたし、覚悟もしていた。

「いえ、二級国民の考え方は、帝国が発祥とされています」

「そうかのか?」

「はい」

「でも、ディアスは、リーゼやミーシャのエルフ族やドワーフ族だけでなく、獣人族も忌避しないよな?」

「はい。私の家は、『人族至上主義は間違っている、撤廃すべきだ』という考えの派閥でした」

「へぇ・・・。ん?そんな派閥があるのか?」

「はい。小さいですし、もしかしたら・・・。もう」

「そうか、調べてみたほうがいいな。辛い記憶だろう。ありがとう」

「大丈夫です。ヤス様のお力になるのでしたら、それに、ヤス様から頂いた恩はこの程度では返しきれません」

 ディアスは、ヤスに頭を下げてから執務室を出た。子供たちの所に戻る。

『マルス。リーゼに伝言を頼む』

『了』

 ヤスは、執務室を出て、リーゼの家に向かう。
 マルスから、リーゼがまだ家に居ると教えられたからだ。神殿から、リーゼの家まで2-3分の距離をゆっくりと歩く。途中、ファーストがヤスを迎えに来たのだ。リーゼが着替えるから待って欲しいと言っていると言われたのだ。
 そんなものかと思って、時間を賭けてゆっくりと歩いた。ファーストは、準備が出来たら迎えに来ると言って先に戻った。

 リーゼの家に着いて1-2分待ったら、ファーストが家から出てきて、ヤスを家の中に入れて、リビングに通した。

 家のリビングには、リーザが座って待っていた。

「ヤス。ごめん。待たせちゃったね」

「いいよ。リーゼに頼んでいた仕事まで時間が出来たから、暇になっていた」

「そう?ボクはどうしたらいい?」

「教えてほしいけど、ディスペルは寝ている相手にも可能なのか?」

「可能だよ」

「それなら、子供たちが寝てから、解除して貰ったほうがいいな。リーゼが入る時には、誰も近づけないようにしておくから、リーゼが解除したってばれない」

「わかった。ヤスが近くにいてくれるのだよね?」

「そのつもりだよ」

「それなら。ボクは頑張るよ」

「ありがとう。それで、報酬だけど・・・。リーゼ。今から時間に余裕はあるのか?」

「ん?あるよ?」

「それなら、ちょっとカート場に付き合ってくれよ」

「いいよ!勝負してくれるの!」

「うーん。ちょっと違うけど、上達するための秘密兵器を渡すよ」

 ヤスは、リーゼとファーストを連れてカート場に移動した。

 マルスからすべてのコースでデータを作成したと言われたので、リーゼが走りなれていると言っているフジに移動して、スマートグラスを試させた。

 スマートグラスをかけてカートに乗ると、スタートラインを越えてから最速ラップで走る映像が映し出されるようになる。走行に邪魔にならないように透過した状態で表示されるのだ。
 データは、マルスが保存しているので、誰の最速ラップをターゲットにするのか選ぶ事が出来るようになっている。自分の最速ラップをターゲットにしてもいいし、ヤスをターゲットに指定してもよい。個人によってカスタマイズできないので、スマートグラスの個人所有は必須では無いのだが、やはりリーゼは自分専用のスマートグラスを欲しがった。

 ヤスは想像通りだったリーゼの反応を嬉しく思いながら、ディスペルの報酬で渡すと言った。もちろん、リーゼは喜んで、すぐに解除を行うと言い出したが、子供たちが寝静まるまで待ってもらう。それまで、ヤスがリーゼに付き合ってカート場に居たのだ。リーゼは、スマートグラスがもらえる事も嬉しかったが、それ以上にヤスに頼られた事や、ヤスとカート場に一緒に居る事が嬉しくてたまらなかった。

 夕方になって、ご飯を食べてお風呂に入った子供たちが寝たのを確認してから、寮から全員を学校に移動させてから、リーゼに認識阻害のローブを被らせて、ヤスが手を引く形で寝ている子供たちの所に移動した。
 子供たちが起きて、ヤスが居るとパニックを起こしてしまう可能性がある事を考慮して、部屋の中にはリーゼとファーストだけが入ろうとしたが、最初だけヤスが付き合う事になった。

 そして、40分後。全員の解除を終えたリーゼが来た時と同じ様に、ヤスに手を牽かれながら寮から出て、神殿の地下に入っていった。

 これで、子供たちは本当の意味で神殿の住民になったのだ。

 その後、ヤスは一回だけの約束をしてカートの勝負に応じた。
 しかし、勝負はリーゼが満足するまでの”一回”だった。すべてのコースでヤスが勝利した時点でやっとリーゼは、まだ勝負にならないのを理解して、終わった。

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2020/04/28

【第四章 復讐】第五話 須賀谷真帆

 須賀谷真帆の毛髪は、ナツミが保管していた。正確には、ナツミが子供の時に使っていたブラシに毛髪が残っていた。お泊り会をしたときに、ナツミがマホに貸した物だ。そのまま使わないでしまわれていたのだ。ブラシからナツミとスズ以外の髪の毛を探して、白骨死体から見つかった物と突合した。結果、かなりの確率で白骨死体が須賀谷真帆だと断定された。
 翌日、白骨死体が須賀谷真帆だと確定した。

 記憶を無くしていた、那由太が仏舎利塔に現れたのだ。
 那由太のDNAと白骨死体のDNAが調べられた。兄妹関係が確認されて、行方不明になっていた、須賀谷真帆だと確定した。

 そこから、マスコミは同窓会の事件と結びつけた。
 死者からの報復なのかと怪奇現象のように扱った番組まで有った。実際に、警察の捜査は手詰まりだった。いじめていた人間の殆どが同窓会の事件で死んでしまっている。残されているのは3人だけだ。3人と杉本には護衛として警察が付いたが、監視しているのは誰の目にも明らかだった。
 3人は、親や旦那の権力を使って警察を遠ざけた。自身の安全を図ると言って、姿を消した。

 白骨死体と一緒に見つかった腕時計は、記念の腕時計だった。
 持ち主はすぐに判明した。杉本だ。杉本は、警察の取り調べを受けた。証拠は腕時計だけだ。自供でもしない限り、起訴は難しいと判断されたが、執拗に呼び出しては取り調べを行っている。

 そこに、杉本以外の3人が死んだという知らせが届いた。

(スズが私を見つけてくれた)

 須賀谷真帆は、思考の中で過ごしていた。
 自分が死んだ、殺されたのは理解していた。最終的に、誰に殺されたのか解らなかった。

(スズの知り合いの人が推理してくれた)

(やっと。わかった。本当にお礼をしなければならない人が・・・・)

 真帆は、仏舎利塔の周りに咲く紫陽花を見ながら長い年月を過ごしていた。徐々に、自分が自分でなくなっていくのも認識していた。
 毎年行われる。仏舎利塔を回る肝試しと、その後の紫陽花の植え付けだけが楽しみだった。いつの頃から、紫陽花を植えられなくなったが、肝試しは行われていた。

 最初は悲しかった。辛かった。なんで自分が・・・。そんな思いに支配された。

 真帆の気持ちを抑えたのも、スズとナツミだった。数年経ってから、スズとナツミは、仏舎利塔まで来て手を合わせるようになった。定期的ではないが、思い出した時に来るようになっていた。結婚してからは来る頻度が減ってしまったが、それでも、真帆にとっては瞬きをするに等しい感覚だった。

 真帆の周りには、両親だけでなく祖父母や柚月が集まってきていた。
 兄の那由太は、東京で生活していた。真帆たちは、那由太が生き残ってくれたのが嬉しかった。

 そして、有り余る時間を使って、自分たちを殺した者たちを探し当てた。

 真帆は、本当に殺したい復讐の相手は一人だと思っていた。
 両親が、祖父母が、姉が、真帆をいじめていた者たちを許せなかった。真帆と違って、訪ねてくる者も居なかった者たちは、心が闇に染められてしまっていたのだ。

 復讐劇は始まった。
 真帆の思いとは違う形で開始されてしまったのだ。

(でも、もう終わり。終わらせなきゃ最後の一人は、私が、スズとナツミに謝らなきゃ)

 真帆は、仏舎利塔の天辺に座りながら自分が住んでいた街を見ている。
 そして、ゆっくりと溶けるように姿が見えなくなった。

「桜。本当なのか?」

「あぁ間違いない。日野香菜。西沢円花。立花祐介。3人が死んだ。不審死だ。いや、違うな。日野香菜は、薬物の乱用が原因での事故死として処理される」

「どういうことだ?」

 森下家のリビングに集まっているのは、家主の桜。妻の美和。隣に住んでいる、篠崎克己と妻の沙奈。それと、九条鈴の5人だ。鈴の旦那である進は仕事の都合で時間が合わなかった。

 桜は、調べた内容がメモされた紙を見ながら説明する。現場には出られないので、調べさせた内容なのだ。

「ねぇ桜さん。3人って・・・」

「そうだ」

「でも、マホが・・・。ううん。なんか、違う。マホじゃない」

「そうか、鈴が言うのならそうなのだろうな」

 桜にもわからないが、鈴がそう断言するのなら、マホじゃないのだろう。マホだったとしても、桜には何も出来ない。死んでしまった者を逮捕出来ない。桜は、須賀谷真帆の件で動くつもりはないと宣言した。ただ、鈴が知りたいだろうと情報だけを持ってくると約束したのだ。
 情報も、警察発表に毛が生えた程度の物だ。”毛”が少しだけ長くて、知らなくていい情報まで話してしまったのだが、それは弁護士資格を持つ美和が鈴に忠告する形で収まっている。

「なぁ桜。そうなると次は・・・」

「そうだろうな。杉本だろうけど、何も出来ないな」

「出来ない?」

「鈴。考えてみろよ、『唯が肝試しで、マホから手紙を貰って来て、いじめを告白した。書かれていた3人が全員死んだから、次は先生の番です』なんて話して誰が信じる?一応、警察も杉本を任意で呼んで調書を取っているし、刑事が張り付いているから大丈夫だろうけどな」

「そうなのか?」

「須賀谷真帆を殺した犯人として、杉本の名前が上がっている」

「本当か?」「桜さん!」

「本当だ。連日、取り調べを受けている。証拠が腕時計だけだから、弱いと判断されて、自供を引き出す様に動いているようだが、杉本は黙秘を貫いている」

「え?だって、時効じゃないの?杉本は罪に問えないよね?」

「それは大丈夫だ。鈴。美和。説明してくれ」

「はぁ・・・」

 簡単に言えば、杉本は真帆の失踪事件があって、学校を追われた。その後、海外に研修の名目で数年間留学している。山崎の金でだ。
 海外に言っている間は、時効の時計が進まない。

「へぇそうなの?それじゃ、杉本は真帆を殺した犯人として逮捕できるの?」

「微妙だな。証拠が何もない。腕時計が有っただけだ。杉本は、真帆が盗んだのではないかと言っているようだ」

「なにそれ!あの屑が!真帆を殺しておいて・・・」

「そうだな。でも、鈴。杉本はどのみち終わりだぞ?」

「え?」

 桜が、紙の束を鈴に見せる。

「これは?」

「明日発売の週刊誌の記事だ。東京でブローカーをしている知り合いが送ってくれた。実家まで届かなくて残念だと話していた」

「え?実家??」

 鈴は、記事を読んで、桜を見る。克己も内容を知っている。

 記事の内容は、杉本にまつわる不正と疑惑のオンパレードだ。それに伴い、山崎家に対する疑惑も記事には書かれている。
 誰かからの情報提供が有ったのだろう、腕時計の事や、小学校当時の暴力事件なども書かれていた。須賀谷真帆に関わる事は事細かく書かれていた。

「桜さん!」

「杉本は、終わりだろう?山崎も手を切るだろうし、立花も守らないだろう。”蜥蜴の尻尾切り”だけどな。雅史は悔しいだろうな」

「桜さん・・・」

「すまん。鈴。これが限界だ。あとは、切られ捨てられる尻尾に期待だけど・・・。無理だろうな」

「いえ、雑誌が出たら、仏舎利塔と真帆のお墓に報告に行きます」

「そうだな。真帆がどこに居るのかわからないからな」

 スズは、一人で仏舎利塔に来ていた。
 桜から教えられた雑誌が発売されたのだ。近くのコンビニで買って、そのまま仏舎利塔に来たので中身は確認していない。表紙にはアイドルがにこやかに笑っている写真が使われている。グラビア写真の次に杉本の記事が書かれていた。
 杉本とは名前は出ていないが、目線が入った写真が使われていて、見るものが見れば解るだろう。

 スズは一人で青い紫陽花が咲いていた場所に、花を手向けてから、レジャーシートを敷いて雑誌を広げた。記憶を頼りに、スズはマホが好きだった食べ物や飲み物を用意してきていた。レジャーシートの上に広げた。

「マホ。遅くなっちゃったし、今更だけど、お祝い出来なかった。マホの誕生日会をやろう!参加者は、私だけだけどごめんね。今度は、ナツミも誘ってみるよ」

 そう言って、スズは持ってきた小さいケーキを取り出して、マホが居なくなってしまった翌年から分の誕生日を祝った。
 最後は、涙で何を言っているのか解らなかったが、マホにはしっかりと届いていた。

(スズ。ありがとう。本当に、ありがとう)

 スズは、見えないが確かにマホが居ると確信していた。
 見えないし、声も聞こえないが、マホが居る。マホが居て、自分の行動を見ている。自分がやっている行動を見たら、”笑う”か”お礼を言う”のどちらかだろうと思っていた。そして、後者であると確信している。

「いいよ。マホ。私こそ、探すのが遅くなってごめんね」

(ううん。スズは、約束を守ってくれたよ。ボクを見つけてくれたからね)

「ほら、マホ。また、ボクって言っている。駄目だよ。私って言うの・・・で・・・しょ」

(本当だ。スズ。ありがとう。本当に、ありがとう。覚えていてくれて嬉しかったよ)

「・・・。ねぇマホ。私・・・。やくそ・・・く。守ったよ・・・ね?マホ。お願い。マホ。会いたい・・・。笑ってよ!マホ!一緒に遊ぼうよ!マホ!」

(ごめん。スズ。私、約束を守れない。ごめん。でも、用事が終わったらスズに会いに行くね!会ってくれると嬉しいな。またね!スズ。大好き!)

「あ・・・」

 スズは、近くに感じていたマホの気配が感じられなくなった。マホが消えた事ですべてを悟った。

「マホ・・・」

 スズは、翌日、桜から杉本が死んだと教えられた。
 驚かなかった。やはりという気持ちが強かった。

 そして、ナツミを誘って仏舎利塔に行くと決めた。

2020/04/27

【第四章 復讐】第四話 立花祐介

 西沢円花が、東京に向けて高級外車を走らせ、日野香菜が別荘で悪態を付いている頃。立花祐介もマスコミから身を隠すように父親から命令されていた。立花祐介は、他の二人と違って細かい指示はされなかった。
 蝿のように集ってくるマスコミに見つからないようにすればいいと考えたのだ。

 立花祐介は、インテリジェンスビル高度情報化建築にある自身が契約した最上階の部屋に居る。
 同級生で、同窓会の時に犠牲となった山崎の実家が持っているビルの最上階をタダ同然で借りているのだ。

 タダ同然というのにも理由がある。毎月の賃料はしっかりと請求されている。月で180万円だ。このクラスのビルでワンフロアーを借り切っている状況を考えれば、適正価格だろう。立花は、”現金で”払っている。ことになっている。領収書も発行されている。浮いた180万は、立花が一ヶ月に自由に使える現金となる。
 山崎の実家としても、地元では絶大な権力を持つ立花家と繋がりを持てるという利点があるのだ。ビルの最上階は、独立したシステムになっていて、セキュリティも万全な状態だ。

 買い物も、ビルの受付に連絡すれば、欲しい物が手に入る。

 立花祐介が、ビルの最上階に避難してから3日が過ぎた。
 ネットもあるので、情報は入ってくる。

 TVでは連日、見つかった白骨死体と同窓会の内容が流れている。新しい情報がない代わりに、かなり突っ込んだ内容が報道されるようになった。

 須賀谷家の家族構成までもが流れ始めた。
 立花家や山崎家や日野家としては嬉しくない情報だ。日野家は、姉である柚月の死に関係している。山崎家は、祖父の死に関係している。そして、立花家は父親と母親の死に関係しているのだ。もちろん、直接手を下したわけではない。金で動く奴らを使ったのだ。

 立花祐介は、父親の地盤を継ぐのは自分だと思っている。弟は居るが、弟は政治に興味がない。そして、立花の家を嫌っている。もう何年も本家に顔を出していない。立花家の人間で連絡先を知る者は居ない。

「アイツら!全員覚えたからな」

 立花祐介の言っているアイツらとは、警察官の事だ。議員の息子である立花祐介でも、今回の事件では参考人として考えなければならない。見つかった白骨死体である須賀谷真帆をいじめていた主犯格なのだ。それだけではなく、同窓会で名指しされた中の一人である。犯人ではないが、何か知っていると考えるのが一般的だ。そのために、警察も立花祐介を呼んで話を聞いた。議員の息子で、次の選挙では父親の地盤を引き継ぐのではないかと言われている人物なので、警察も十分に配慮はした。

 配慮はしたが、立花祐介という男には届かなかった。
 父親に言って、首にするとまで警察の会議室で喚いていた。参考人なので、会議室のドアは開けられているし、弁護士を呼んでも問題はなかった。そもそも、不可能犯罪の捜査をしているのだ、立花祐介が犯人だとは思っていない。

「絶対に許さない。上級国民である。俺を、公務員ごときが呼びつけるだと!」

 立花祐介は、買ってこさせたウィスキーをコップに注いでストレートで煽った。

「ふぅ・・・」

 喉を焼くように流れるアルコールで気持ちも少しだけ落ち着いた。
 立花祐介は、西沢円花や日野香菜の翌日に聴取を受けたのだ。その前から、立花祐介の名前が出ていたために、長期に渡ってビルの最上階での生活を覚悟している。父親からもほとぼりが冷めるまで出てくるなと厳命されている。

 空調を効かせた部屋の中で、立花祐介はウィスキーを飲み続ける。日野香菜の様に薬を使ったりはしない。純粋に、ウィスキーの味を楽しむ。

 自分でも、どのくらい飲んでいたのか判断できなくなってしまった。
 ビルの空調は夜になり弱められている。立花祐介はブラインドを開けて、夜の街を見下ろす。

 立花祐介はこの明かりを見下ろす風景が好きだ。支配している感じがして心を満足させるのだ。

『フフフ』

「誰だ!」

 このビルのセキュリティはしっかりしている。立花祐介が居る最上階には、地下から直通エレベータでしか移動できない。荷物などは小型のエレベータが設置されていて、搬送される仕組みになっている。エレベータも、立花祐介が部屋に居る時には、許可しなければ動かない仕組みになっているのだ。
 したがって、この部屋に自分以外が存在するわけがない。声が聞こえるわけがないのだ。

「気のせいか・・・」

『フフフ。違うよ。立花くん。キミに会いに来たよ』

「誰だ!姿を見せろ!隠れているのか!」

『隠れていないよ。立花くんは逃げているみたいだけどね。ハハハ』

「ふっふざけるな!俺は、逃げていない!うざいから、避けているだけだ!」

『そうだね。そうだね。立花くんが逃げるわけはないよね!』

「当たり前だ!俺が逃げるわけがない!」

『フフフ。ハハハ。キャハハハ。かっこいいね。すごいね。さすが!立花の跡取りだね。西沢さんや日野さんとは違うね。すごいね!』

「西沢?日野?お前は誰だ!?」

 立花祐介は、声がする方向を探すが一定ではない。いろいろな方向から声が聞こえてくる。声も、子供の声だったり、男性の声だったり、女性の声だったり、年寄の声も聞こえる。

 恐怖よりも、わけのわからない状況にイライラが積もっていく。

『誰?わからない?当ててみてよ!当たるまで・・・』

”バッチン”

 何かを殴るような、切れるような音がした。
 立花祐介が開けたブラインドが閉じられた。部屋の明かりが全部消える。映画を見るためだけに付けたプロジェクターの電源が入り、壁に明るく枠が表示される。そこに、小学校くらいの女の子が映し出される。顔は笑っているように見えるが、暗くてよくわからない。

『立花くん!』

「誰だ!お前は!」

”バァン”

「な・・・。ぎゃぁっ」

 立花祐介は、耳に痛みを感じて、手で耳を触るがなんの問題もない。

「隠れてないで出てこい!」

”バァン”

 両方の足首を掴まれて、前に引っ張られて仰向けに倒れてしまった。足首には、ベルトのような物が巻き付いて居る。

「何をする!貴様!許さんぞ!」

”バァン”

 今度は、手首を掴まれた。そのまま手首を足とは反対方向に引っ張られて”大の字”になってしまった。
 首にも同じ様にベルトが巻かれる。”バァン”という音とともに、立花祐介の自由が奪われていく。

 仰向けになった天井に、プロジェクターで映し出されていた女の子が見下ろす形で立花祐介を見る。

『キャハハ。無様だね。見下させる気分はどう?思い出した?』

「貴様!許さない!絶対に、殺してやる!」

『いいよ。出来たら、殺してみて、その前に、立花くんが死なないといいね!そうそう、寝られると思わないでね。簡単に死なないでね!』

「うるさい。さっさとはずせ!今なら許してやる!俺を誰だと思っている!」

『立花くんでしょ?それ以上でも、それ以下でもないよね?早く思い出したほうがいいよ?』

「なっ何を言っている?」

”バァン”

「ん?あぁぁぁギャァァァ痛い!痛い!痛い!医者を呼べよ。俺の指が!痛い。痛い。パパ!」

 左手の小指の第一関節が何かで切られた。

”バァン”

 5分後に、また同じ音が鳴り響いて、今度は、左足の小指が切り落とされる。

「誰か、誰かいないのか!警備員は、何を・・・医者を呼べ!警察だ!早くしろ!」

 立花祐介は、怒鳴るが誰も答える者は居ない。
 まだ死の恐怖は迫っていない。立花祐介は、この状態で気を失いそうになると、指が切り落とされる。

「だ・・・れ・・・か・・・。た・・・す・・・け・・・ろ」

”バァン”

「ひっ!」

 ナイフのような物で腹部を刺されることもあった。髪の毛を引っ張ってブチブチと音を立てて抜かれる事もあった。

 どのくらいの時間が経過したのかわからない。
 最上階の部屋には、朝日が差し込み始める。朝が来て、立花祐介は助かったと思った。朝になれば、異常を感じた警備員が来るはずだと・・・。

 しかし、どのくらい待っても誰も来ない。それだけではなく、開けられたブラインドから注ぐ太陽の光が自分に集まっているようにさえ思える。

「あ・・・つ・・・い」

『キャハハ。暑い?そうだよね。部屋の温度は、40度を超えたよ!どこまで耐えられるかな?早く思い出さないと大変だよ?』

「な・・・ぜ?」

『なぜ?ハハハ。面白いことを聞くね。それを聞いているのだよ?だから、早く思い出してね。それとも、心当たりが多すぎて絞れないの?』

 立花祐介は、最後まで”須賀谷真帆”を思い出さなかった。思い出したのか知れないが、最後まで名前を呼ばなかった。
 動かなくなって、声が出さなくなった時には、両手両足の指がなくなり、太ももに11本のナイフが刺さって、腹部には3本のナイフが刺さっていた。身体を自分の血の海に沈めていた。

『あぁぁ死んじゃった。バイバイ』

「主任!」

「どうした?」

「最上階から緊急連絡です」

「また、あのぼっちゃんの呼び出しか?」

「いえ、違います。本当の緊急通報です」

「何!何があった!」

「わかりません。5分前に一回と3分前に一回です。今、オーナーに確認しています」

「オーナーの許可が出ました。マスターキーで最上階に向かいます」

 ビルの警備員たちが見たのは、すでに事切れて、高級そうなソファーに座って居る立花祐介だ。
 手には、昨晩命令されて買ってきた高級ウィスキーが入ったグラスが握られていた。テーブルには、コップ一杯分が減ったウィスキーのボトルが置かれていた。

 すぐに警察が呼ばれた。
 不思議なことに、30代のはずの立花祐介の肌は60代・・・80代といわれても納得してしまいそうなほどだった。まるで、何日にも日干しにされた様に思えた。

2020/04/27

【第八章 リップル子爵とアデヴィト帝国】第二十二話 子供たち

「旦那様。旦那様」

 ヤスは、久しぶり・・・、でも無いけど、ゆっくりと寝た。

「リビングに、水を用意しておいてくれ」

 外からの呼びかけに布団の中から答える。

「かしこまりました」

 メイドが、扉の前から消えるのを気配で察してから布団から出た。
 服を着替えてから、リビングに向かう。

「旦那様。おはようございます。ファイブです」

「おはよう。マルス。デイトリッヒやサンドラの帰還はまだだよな?」

『はい。まだ、神殿の領域内にはおりません』

「わかった。子供たちへの対応を先に行ってしまおう。その前に、食事と報告を頼む」

『はい』

 ヤスは、ファイブが持ってきた水を煽ってから、出されたサラダとパンを食べる。

 食後の紅茶を飲みながら、マルスから報告を聞く。

『・・・以上です』

「問題になりそうな事象はなさそうだな」

『はい。関所の村の名前が、”トーアフートドルフ・アシュリ”に決まりました』

「長くないか?アシュリだけでもいいと思うぞ?」

『個体名ルーサからの報告です。省略名アシュリで、正式名称トーアフートドルフ・アシュリです』

「わかった。許可する」

『ありがとうございます。各所に伝えます』

「そうだ。カスパルのデータから、王都までは問題はなさそうだな」

『はい。ただし、王都までの行程を考えると、途中で休ませる必要があります』

「辺境伯と相談かな?エルスドルフ辺りだと丁度いいかな?」

『把握できている地図では、街や村の位置がわかりません。判断出来ません』

「うん。急がないから、後で考えよう」

『はい』

 ヤスは、物流の拠点を神殿以外に作る考えを持っていた。ユーラットに荷物を運ぶだけなら現状の形でも問題にはならない。しかし、血液の様に荷物を流すのなら、集積所は必要になる。神殿は、車庫であり、修理工場なのだ。王国の中心に拠点を作るのが正しいのか、それとも領都の様に発展している場所に拠点を築くのがいいのか判断出来ないでいる。

「子供たちは?」

『個体名ディアスと、個体名イチカが一緒に居ます』

「どこ?」

『学校の寮に泊めました』

「わかった。ギルドに行けばいいよな?」

『わかりました。個体名ディアスに個体名セカンドが付いていますので、連絡します』

「頼む」

『了』

 リビングの端末を閉じてから、ヤスはギルドに向かった。
 自転車やバイクで移動しても良かったのだが、歩いて移動するようだ。

『そうだ。マルス。カート場の各コースに俺の記憶を表示してくれ、参考記録として載せる』

『了』

『それと、スマートグラスをある程度の数を準備できるか?』

『ある程度が不明ですが、可能です』

『常時、カート場に居るのは、4-5人だろう?』

『はい』

『それなら、10個もあれば十分だろう。用意してくれ』

『了』

『使える機能を絞れるよな?自分の走行データの記録と、他者のデータの表示機能だけを有効にしてくれ』

『了。装置名スマートグラスに機能を設定します。マスター。スマートグラスは、個人所有を認めますか?』

『そうだな。値段を決めて売るか?どうせ、カート場でしか使えなくするから安くてもいいだろう?』

『了。個人所有を求める者が出た時に、改めて値段を相談します』

『わかった』

 そういいながら、ヤスはどうせ最初に欲しがるのは、リーゼだろうと思っていた。ディスペルの報酬に渡してもいいなと考えていた。他に欲しがりそうなメンバーの顔を思い浮かべながら、売るよりも報酬や報奨で渡したほうがいいような気になってきた。
 そのときになったら考えればいいかと考えるのを放棄した。

 ギルドに入ると、ドーリスが依頼表を張り出していた。朝に到着した依頼はすでに大半の依頼は受けられて、新しく張り出したのは昼の分だと説明された。関所の村が出来て、荷物の受け渡しが可能だと通達したことで、各ギルドから素材や物資の獲得依頼が増えたのだと説明された。
 神殿に入らなければ、ユーラットまで取りに行かなければならなかったのが、距離が縮まったのだ。それも、帝国に向かう街道近くなら、魔物の心配をする必要がないのだ。ヤスは驚異を感じていなかったが、関所の村がなければ、ユーラットまで来なければならない。ユーラットに至る道は、今では石壁の道と呼ばれる安全に通れる街道が用意されているが、遠くにあるギルドではその情報の真偽を確認出来ていない。そのために、森から魔物が出てくる可能性を考慮して護衛を雇わなければならない。そうなると、いくら神殿産の質のいい物資でも輸送費を考えると赤字になってしまうのだ。その分が圧縮出来たために、依頼が増え始めている。

「ドーリス。ディアスとイチカが来ていると思うけど、会議室か?」

「あっいえ、訓練場です」

「訓練場?」

「はい。子供たちが、狭い部屋を怖がったので、広い場所に移動しました」

「そうか・・・」

 ヤスの暗い顔を見て、ドーリスもいたたまれない感情になる。ヤスの脳裏には、一つの言葉が浮かんでいた、”PTSD”心的外傷後ストレス障害。どれほど、ひどい環境に子供たちが置かれていたのか考えてしまった。

「ふぅ・・・」

 大きく息を吐き出してから、頭を振る。
 ヤスは、昨日リーゼに自分が言ったセリフを思い出している。そして、幼馴染で親友であった男が凶行に走った状況を思い出した。そして、自分の頭から黒く淀んだ考えを追い出すように軽く頬を叩く。

「よし。もう大丈夫だ。ドーリス。訓練場だな」

「・・・。はい」

 ドーリスは、ヤスが抱える”闇”がわからない。わからないが、聞いていい事でないのは理解している。訓練場に消えるヤスの背中を見送った。

 訓練場に到着したヤスは、ディアスとイチカを探す。訓練場の中に居るのかと思ったが、居なかった。

「ヤスお兄様!」

 一階の観客席からイチカの声がした。

「おぉ」

 ヤスもすぐに合流した。

 子供たちは、ヤスを見て固まるように身を寄せ合う。

「ヤス・・・さ・・・ん」

 ディアスが子供たちの横に立って、ヤスに話しかける。

「ん?いいよ。男の人が怖いのだろう?」

「はい。12名が全員、女の子です」

「そうか・・・。ディアス。神紋だけどな。解除の方法が解った。どうするか、彼女たちに聞いてくれ、それから、神殿に移住を希望する者は受け入れる。イチカ」

「はい。ヤスお兄様」

「イチカの妹たちと一緒に彼女たちを頼む。一緒に生活してあげてくれ、カート場の仕事はカイルと弟たちに引き継いでくれ」

「わかりました。配達は?」

「出来るのなら頼みたい。でも、数日は、彼女たちと一緒にいてくれ」

「はい。わかりました」

「ディアスも、頼むな」

 子供たちの怯える目線がヤスに注がれる。
 ディアスとイチカから説明は受けていたが、それでも本能的に男性に恐怖心を抱いてしまうのだ。ヤスも、それが解るので、努めて笑顔でディアスとイチカに話しかけた。しかし、頭と心に闇が降りてくるのが解る。

 ヤスは、笑顔のまま子供たちに背を向ける。子供たちの”ほっと”した雰囲気を背中で感じていた。
 ディアスは、ヤスが何に怒っているのか解らなかった。解らなかったが、ヤスが怖いと感じてしまった。そして、自分が感じた恐怖が子供たちに伝わってしまったのだと感じた。ヤスが背を向けた事で子供たちが安堵の表情を浮かべたのを見た時に、ヤスに申し訳ないと心の中で謝罪した。
 イチカは、知っていた。目の前に居る女の子たちはひどい扱いを受けてきたと、スラム街でこういう目をした子供たちを何度も見てきた。でも、この子たちはまだ諦めていないのも解っている。諦めた子の目ではない。諦めた子は怯えたりしない。この子たちは、まだ”怯える”ことが出来た。助ける事ができるのだ。自分がそうだったように、妹たちにも出来たのだ。そして、自分を愛してくれたお母さんと同じ様に、この子たちを助ける。イチカは、ヤスの背中を見ながら心に誓った。

 ヤスは自分の無力を嘆いていた。自分に子供たちの為に出来る事はない。
 そして、今からやるのは子供たちの為ではない。ただの八つ当たりだと解っている。解っているが、マルスに命令してしまう。

『マルス!』

『はい』

『子供たちを連れた奴らは解っているな』

『はい』

『次に俺の領地に入ったら、捕縛しろ』

『はい。捕縛だけでよろしいのですか?』

『あぁ捕縛でいい。もし、また子供を連れてきたら保護しろ、そして、捕縛した奴らを神殿の迷宮区につれてこい』

『了』

『処分は、子供たちに判断させる』

 ヤスの歩く足音だけが、訓練場に響いていた。

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2020/04/26

【第八章 リップル子爵とアデヴィト帝国】第二十一話 リーゼに頼み事

「マルス。それで、リーザは?」

『地下を出て、自宅に戻りつつあります』

「誰か付いているのか?」

『個体名ファーストが付いています』

「今から行けば、家で捕まえられるな」

『はい』

 ヤスは、地下の執務室を出て、リーゼの家に向かった。

「旦那様。ファーストです。リーゼ様は、お部屋でお待ちです」

「ファーストか、ありがとう。マルスから連絡が入ったのか?」

 ヤスはドアの前で待つファーストから、リーゼが待っていると告げられる。
 考えられるのは、マルスだけなのだが、ファーストに確認した。

「はい。情報端末に連絡が入りまして、リーゼ様のご指示で旦那様を待っておりました」

「そうか、ありがとう」

 ヤスは、ファーストが開けたドアから家の中に入る。住み始めて数日が経過している。リーゼの家の匂いになっている。不思議な物で、食生活はそれほど違わないのだが、家の匂いが違ってくる。些細なことなのだが、ヤスは嬉しく思えてしまう。こうして、一軒一軒、個性が出てくるのだと考えてしまうのだ。

「旦那様」

「おっありがとう」

「ヤス!」

「おっリーゼ。久しぶり」

「久しぶりじゃないよ!ボク、寂しかったよ!」

「悪かった。忙しかったからな。いろいろやることや、考えることが多かったからな」

「そうなの?そうだ!ヤス。今度、カートで勝負してよ!ボクも速くなったよ!スズカコースで2分を切れるようになったよ」

「ほぉ・・。1分50秒が切れたら相手してやるよ」

「えぇぇぇ。ヤスのタイムは?」

「ん?聞かなかったのか?」

「ん?聞いてないよ?」

「俺のタイムは、1分42秒だ。カートのカスタマイズをして調整したら、もう1-2秒は早くなると思うぞ」

 ヤスは謙遜しているわけではないが、カートで走るコースは、F1の決勝でのコースレコードに近いタイムが出るようにコースの全長が調整されている。理論的な数値なので、コーナー数が多いコースやテクニカルなコースでは10%程度のタイムロスが考えられる。したがって、1分30秒983(2019年時点)がタイムレコードのスズカサーキットでは、1分40秒前後がターゲットタイムになってくる。

「えぇぇぇぇ。あと、20秒も・・・。どこを削ればいいのかわからないよ・・・。ヤス。本当?」

「あぁ嘘を言ってもしょうがないだろう。そうだな。リーゼの場合は、ブレーキングを覚えないとオーバースピードでコーナーに入るから、出口で踏み込めなくて、加速が鈍っているのではないか?」

「うーん。もう少し考えてみる」

「あぁ受付で、俺のタイムも解るようにしておくよ。参考値として乗せておく」

 スマートグラスを渡して、理想のラインや過去の自分とのレースが出来るようにしてもいいかも知れないと、やすはリーゼの話を聞きながら考えていた。

「わかった!ヤスのタイムは、レコードには表示されていないよね?」

「除外している。もう少しリーゼたちが俺に肉薄してきたら考えるよ。まだ、10秒以上の差が出るだろうからな」

「うぅぅぅ悔しいな。ヤスは、自分のカートじゃないよね?」

「そうだな。リーゼたちと走るのなら、どのカートでもいいかな?カートを調整するまでもないな」

「うぅぅぅ。悔しいけど・・・。しょうがない。まだまだだね」

 ファーストは、このままカートの話を続けさせると、終わらない状況になってしまうだろうと考えて、やや強引に話に割って入る。

「旦那様。リーゼ様。お飲み物はどうしますか?お食事のお時間ですが、用意しますか?」

「ヤス。どうする?ボクは、一緒に食べていって欲しい・・・。かな?」

「疑問形なのがわからないけど、そうだな。どうせ、神殿に帰っても食事を頼むし、ここで食べても同じだな。ファースト。面倒だろうけど、頼む。飲み物は、リーゼに合わせる」

「かしこまりました。準備をいたしますので、お話を続けてください」

「ヤス。今日は、泊まっていくの?」

「その言い方は、いつも泊まっていくように聞こえるけど、明日は朝から仕事だからな。話をして、食事したら帰るよ」

 誤解されない様に言っておくと、ヤスは一度もリーゼの家に泊まったことはない。
 ユーラットのときに、リーゼの実家?の宿屋に泊まったのと、領都でラナの宿で違う部屋に泊まったことがあるだけなのだ。ひとつ屋根の下で寝たのは事実だが、泊まったという感じではない。

「・・・。わかった。また来てくれるよね?」

「もちろん」

 ファーストが、部屋から出ていくのを横目で見ながら、ヤスはリーゼを観察する。
 そして、ディスペルの話をどうやって切り出そうかと考えていた。

「ヤス?」

 ヤスが、何か言いたいのは解るのだが、何を言いたいのかわからない。言いにくそうにしているのは、何か悪い状況になっているのではないかと不安になっている。

「ん?あっ。そうだな。まずは、状況を教えないと駄目だな」

 順序立てて説明するほうがいいだろうと思った。

「うん。お願い」

 リーゼは、姿勢を正した。
 ディアスがカスパルと領都に行くのは知っていたし、サンドラも王都までお兄さんに会いに行くと言っていた。ドーリスもサンドラがしばらくの間、ギルドの仕事から抜けるので、仕事が忙しくなると言っていた。ミーシャは、何度かカート場に来たが、何か心配事があるのか上の空だった。デイトリッヒは、なんか真剣な表情で領都に行くと言っていた。”帰りがいつになるのかわからない”と話していた。神殿に居る皆がなんか忙しそうにしているのは解るが、何も聞かされていないのは不安になってしまう。ここ数日、リーゼは不安を抱えていた。そこで、ヤスが訪問してくると言っていたので、自分に関係する事で神殿に迷惑がかかったのではないかと思ってしまったのだ。
 その不安を隠すために、努めて明るくカートの話しをヤスにしたのだ。ヤスの口から聞きたくない言葉が紡がれるかも知れない恐怖を誤魔化すために・・・。

「子供たち・・・だけど・・・な」

「子供?カイルやイチカのこと?」

「あぁ違う。さっきな。カスパルとディアスが領都から帰ってきてな。帰り道で、12名の皇国から流れてきた子供を保護して連れてきた」

「皇国?子供?もしかして・・・。二級国民」

「・・・。そうだ。神紋があったようだ」

「ヤスは見てないの?」

「消化にいいものを食べさせて、風呂に入れたら、寝てしまった。起こすのも悪いから明日の朝に確認するつもりだ」

「・・・。そう・・・。「リーゼ」ヤス」

「あっ。リーザ。何をいいかけた?」

「・・・。うん。ヤスが、なんで知っているのかわからないけど、多分・・・。ボクのスキルだよね?」

 ヤスは、リーゼの顔をまっすぐに見る。少しだけ憂いを感じさせる表情をしている。しかし、目だけはいつものリーゼの様に、ヤスの目を見つめている。

「そうだ」

 ヤスは覚悟を決めて、一言だけつぶやいた。

「いいよ。でも、ボクが使ったってわからないようにはして欲しいかな?特に、ミーシャやデイトリッヒには絶対に内緒にしてほしい。他にも、ディスペルをかける子たちにもわからないようにして欲しい」

 ヤスからの言葉を聞いて、安堵の表情をリーゼは浮かべた。出ていけと言われるのではないかと恐怖していたのだ。それ以外なら・・・。頼み事なら、何でも受けるつもりで居たのだ。ただ、聖魔法だけは”母親”から同族のエルフにも知らせないようにしなさいと言われていたのだ。リーゼが聖魔法を使う事が出来るのを知っているのは、アフネスとロブアンだけなのだ。

「わかった。ありがとう。リーザだと解らなくする。約束する」

「うん。でも、12人も・・・。皇国は許せない」

「リーゼ。俺たちの手はそんなに長くない。助けられる者だけ確実に助けよう。全員を助けようなんて考えるな」

「・・・。うん。解っている。解っているけど・・・」

「リーザ?」

「ん?あっごめん。それでどうする?」

「子供たちの話を聞いてからになる。開放を望まない可能性もある。それに皇国に帰りたいと言うかも知れない」

「え?あっそうだね。わかった。ボクも準備をするね」

 リーゼは、準備と言ったが、特別な準備が必要なわけではない。
 祝詞も覚えている。”母親”から教えてもらった、詠唱省略も出来るようになっている。準備は必要ないのだが、心の準備だけはしておかないと、”ヤスの前で出来ません”とならないよう・・・。それだけを考えている。

「端末に情報を入れる」

「うん。ヤスが知らせに来てくれる?」

「わかった。俺が、リーゼに知らせに来る」

「うん。それなら、待っている」

「頼むな」

「ううん。ボクが出来ることだし、ボクにしか出来ない事だと思うからね」

「あぁリーゼにしか頼めない事だ」

「フフ。それなら、余計に頑張らないとね。ヤスの為に、ボクは頑張るよ」

 タイミングを図ったかのようにファーストが食事を持って来た。リーザは、果実水を頼んだので、ヤスも同じものを頼んだ。
 白パンと野菜のスープと、肉を焼いた物が用意された。なんの肉なのかは聞かなかったが、美味しかったので問題はないとした。

 雑談としてカートの走らせ方を説明しながら食事を楽しんだ。
 デザートはなぜかヤスが作ったのだが、リーゼが喜んだのでよかったと思うことにしたようだ。

 食後に紅茶を飲んでから、ヤスは自分の部屋に帰った。

2020/04/26

【第四章 復讐】第三話 日野香菜

 西沢円花が、東京に高級外車を走らせている頃、日野香菜は父親が用意した別荘に居た。

 日野香菜も、西沢円花と同じ様に地元では有名だ。祖父が長年に渡って町議会で委員長を勤めた。地盤を継いだ父親は、町議会から県議会に、そして国政に打って出た小選挙区では相手候補が強すぎて負けてしまったが、比例で復活当選を果たしている。

 その娘なのだ。現在、同じ派閥の議員の息子と婚約をしたばかりなのだ。
 そこに、スキャンダルと言える、同窓会での事件が発生した。日野香菜も他の参加者と同じで参加する予定ではなかったのだが、なぜか参加して事件に巻き込まれた。父親の派閥は、警察関係者も居たために、形だけの調書を取られただけで終わった。婚約者である、議員の息子は次の選挙で父親の地盤を受け継ぐことが決定している。今は、スキャンダルは避けたい状況なのだ。

 日野香菜は、少数の世話をする者と一緒に父親が用意した別荘に避難していた。別荘は、伊豆半島の中央にある小高い山の中腹にあった。別荘に至る道は一本道になっている。道は私有地なので、誰かが勝手に入ってくることも無い。父親が、懇意にしている建築会社に買わせた物件で、元々は派閥の議員たちが使う為に用意した別荘だ。領収書のいらない金の受け渡しや、密会や、それこそ仮面乱交パーティーを催すために使っているのだ。
 私有地の道に入る両脇も、反社会的勢力まるやの事務所があり地元の人間も滅多に近づかない。

「本当に!何なのよ!」

 日野香菜は、自分が置かれた環境に満足していなかった。不満だらけなのだ。
 今まで、ワガママを言い続けて生きてきた。家でも学校でも、それは同じだった。大学を卒業後に、就職するのがイヤで海外留学という名目でカナダの大学に行った。その後、ニュージランドに渡って、フランスで芸術の勉強という名目で贅沢三昧の生活をしていた。曽祖父が築いた財産の残り滓を喰い潰していたのだ。それでも、父親は国会議員だ。ある程度の金を用意する事は出来る。

 資金が有ったのに、フランスでの勉強する堕落した生活から呼び戻された。おかげで、嗜んでいたドラッグの入手も難しくなってしまった。これが1つ目の不満。
 婚約者を親から決められたが問題ではない。相手も愛人や肉体的な関係を持つ友達がダース単位で居る。お互い様なのだ。子供を産めばそれ以外はお互いに干渉しないと決められている。子供も別に誰の子供でも問題なかった。血液型さえ問題なければあとはどうとでもなる。遺伝子検査なんて誤魔化せばいいとまで言われている。しかし、別荘に軟禁された状態では好きなホストも呼べない。昔から身の回りを世話している奴らで満足するしかないのが、2つめの不満。
 3つめの不満は、そもそも、自分は何も悪くないのに、逃げるように隠れなければいけない状況になっていることだ。

 世話をする者たちに当たり散らしても不満が解消されるわけではない。
 従順な者をいじめるのは楽しいが、抵抗する者をいじめるほうが興奮するのだ。自分より若くて可愛い女の男を薬漬けにして、女の目の前で抱かせる。それだけではなく、何人もの熟女に奉仕させる。そして、最後は男性をむかい入れるようにする。女の絶望する顔にたまらなく興奮するのだ。
 目の前に居る男たちはたしかに自分好みの顔をしているが、従順すぎて楽しくない。命令すれば何でも実行するからだ。

 この男たちも後戻りが出来ない所に居る。須賀谷真帆の姉である柚月を犯して殺したのだ。借金と薬で縛り付けられているのだ。

「あぁイライラする。舐めなさい!」

「はい。香菜様」

 男がひざまずいて、言われたとおりにする。

「痛い!下手くそ!」

 香菜は、全裸の男の顔を蹴り飛ばす。男は、頭を下げてから、香菜の前で土下座する。香菜が頭を踏んでから謝罪の言葉を口にする。

「お風呂」

「はっ」

 この別荘は、ホームアシスト機能が充実している。密会現場として使われるので当然だと言えば当然だ。それだけではなく、風呂は離れにあり、露天風呂感覚を味わえるのだ。日野香菜は、この風呂は気に入っている。下々の生活する慎ましい光をみながら飲む高級ワインが最高だと思っているのだ。上級国民である自分に許された特権だと思っている。

 命じられた男が、離れの風呂に行き、綺麗に洗ってからお湯を溜める。日野香菜は、お湯が溜まる前に浴室に入り、男たちに体の隅々まで洗わせる。その後、自分が満足するまで楽しんでからワインを飲みながら風呂に入るのだ。

「ふぅ・・・」

 日野香菜は、身体を満足させてから、湯船に身体を預ける。
 心地よい温度のお湯が心を満足させる。そして、1人になった浴槽で”薬が入った”高級ワインを飲んで更に気持ちを充足させる。

”バッチン”

 何かが切れる音がして、浴室の辺りが消えた。浴槽の中のLDEだけは充電式のライトの為に、7色に光っている。ジェットバスが止まった浴槽には、不自然なくらいの静けさが訪れた。

「なに!なにが有ったの!誰か!すぐに対処しなさい!命令よ!」

 日野香菜は取り乱して大声で男たちを呼んだ。命令と強く言っているが、外からの反応が何もない。

「誰でもいい。早く来なさい!命令なのがわからないの!」

 浴室には日野香菜のヒステリックな怒鳴り声だけが響いた。何も反応がない状況に不満を持った日野香菜は、持っていたグラスを浴室の入り口付近に投げる。グラスが割れる音が虚しく響くだけだ。それでも、誰も現れない。近くにあった、ワインのボトルを投げつける。しかし、激しく割れる音がするだけで、何も変わらない。

「グズ!のろま!さっさと来なさい!私が呼んでいるのよ!早くしなさい!」

”バッチン”

 さっきと同じ音が浴槽に響くだけで何も変わらない様に思えた。

 浴槽に残っていたLEDの明かりが消えた。窓から見えていた家の明かりも優しく光っていた月明かりもなくなった。

 浴室は漆黒の闇に支配された

 外からの明かりがなくなって、唖然としていた時に、後ろから風が吹いた。背中に軽く感じる程度の風だ。

「なっなに?」

 扉からの風ではない。扉が無い場所から風が吹いてきたのだ。

「はっはやく。なんとかしなさい」

 大声をあげて自分の気持ちを落ち着かせようとしているが、逆効果だ。浴槽では大声を出せば響くだけなのだ。

 目の前にあるホームアシスト機能の電源が入った。モニタが明るく光ったのだ。

「ひっ・・・。びっくりさせないでよ。でも、これで・・・」

 ホームアシスト機能が復活すれば、電話も使えるようになるし、外に居る男にも連絡が出来る。日野香菜は、今日は激しくしたから、男どもは母屋に戻っているのだと考えたのだ。

 暗闇に慣れた目には、モニタの光は眩しかった。
 大丈夫だという安心感から、モニタの操作をするために手を伸ばそうとした。

「え?だれ?」

 モニタに、いきなり中学生くらいの女の子が現れた。
 笑っているのだ。

 恐怖心から、モニタに手を伸ばす。

「え?な・・・・。きゃぁぁぁぁぁぁ!!!!!!誰か、誰か!誰か、早く、来なさい。命令よ。すぐに来なさい」

『キャハハ。怖い?怖い?怖い?でも、誰も呼ばないほうがいいと思うよ!』

「え?」

 お湯から出した腕は赤黒く染まっていた。モニタの光に照らされた湯船は、血の海に見えた。

 扉を叩く音で、日野香菜は男たちが駆けつけたと思った。

「早く助けなさい!扉を壊して入ってきなさい!」

 内鍵がかかっている。扉の近くには、ガラスの破片が散らばっている。そして、なぜか・・・自分の足が動かないのだ。日野香菜はさっきから立ち上がろうとしているが、なぜか立てないのだ。それがまた恐怖を煽っている。

「か・・・な・・・さ・・・ま・・・」

「はや・・・く?」

 扉を叩く音はするが気配がない。声は聞こえるが、扉からではない。

「か・・・な・・・さ・・・ま。ご・・・め・・・い・・・れ・・・い・・・を・・・。お・・・ゆ・・・る・・・し・・・く・・・だ・・・さ・・・いィィィィィィ」

 窓を乱暴に叩く音が浴槽に響く。見ては駄目だと頭が訴えている。目の端に信じられない。見ては駄目な物が見えている。綺麗だった顔が崩れ落ちて、目が飛び出ている男たちだ。腕の肉は腐っているように見え、窓を叩いた後に糸を引いたような跡さえ見える。腕だけでなく、身体の肉が剥がれ落ちて内臓が顕になっている。

「ご・・・め・・・い・・・れ・・・い・・・ど・・・お・・・り・・・お・・・か・・・し・・・て・・・こ・・・ろ・・・し・・・ま・・・し・・・た・・・く・・・す・・・りィィィィ」

 日野香菜は面倒になったホストや女を、男たちに命じて殺させている。

「ひっ!知らない。知らない。知らない。知らない。私は、知らない。お父様よ。お父様が悪いのよ!」

『キャハハ。だから、言ったのに!ほら、貴女が好きだった男たちでしょ!愛し合っていたでしょ!中に入れてあげないの?』

 モニタに映っている女の子が日野香菜に話しかける。

「知らない。知らない。こんなの!知らない。夢よ。夢よ!だから、夢よ!」

『そうね。夢なら良かったね』

”バッチン”

「え?」

 明かり何もかもが戻った浴槽で、日野香菜は1人で湯船に浸かっていた。手には、空になったワイングラスがあり、浴槽の中には同じく空になったワインボトルが浮かんでいた。

「ゆ・・・め?そうよね。あんな・・・こと・・・ある・・・わけがない。のぼせちゃったかな。もう出たほうがいいわね。誰か!タオルを持ってきなさい!」

 浴槽から外に声をかけるが反応がない。立ち上がろうとするが、立ち上がれない。

「え?」

 モニタには笑っている女の子が映し出される。

『だから、”夢なら良かったね”と言ったのに、信じないのね。でも、日野さんに取っては、全部が幻みたいな物でしょ。都合が悪い事は、誰かがなんとかしてくれると思っているのでしょうね』

「え?な・・・んのこと?」

『思い出さない?残念。まぁ思い出しても、許すつもりもないけどね。キャハハハ』

「え?」

 日野香菜は、身体が自由に動かない恐怖を感じていた。
 ホームアシストのモニタには、女の子が消えて、浴槽の温度の調整する画面に切り替わっている。

『ほら、早く思い出して!』

「知らない。知らない。知らない」

 日野香菜は慌てだす。当然だ。
 ホームアシストの温度が、43度から、44度に自動的に上がった。1分程度で1度上がる身体を動かして湯船から出ないと、生きたまま・・・。

 湯船の温度も上がってきている。ヒステリックに喚くが、女の子が望んだ答えではない。女の子の笑い声だけ浴槽に響き始める。すでに、温度は50度になっている。日野香菜は、死の恐怖を感じている。徐々に熱くなる風呂に耐えている。喚いても誰も助けが来ない。気を失いそうになると、温度が下がる。そして、また上がる。永遠と思える時間の中、恐怖で気が狂いそうになっている。

『まだ思い出さない?』

「・・・す・・・が・・・や・・・さ・・・ん?」

『当たり!やっと思い出してくれたのね。んじゃバイバイ!』

「え?」

 日野香菜が聞いた最後の音は、自分の心臓が止まる音だったのかも知れない。

 翌日、消防に一本の電話が入る。
 山の中腹にある別荘の離れが燃えている・・・と。

 消防は、電話の発信元にある別荘に駆けつけた。とある企業の保養所になっている別荘だ。消防が駆けつけたときには、離れの火は消えていた。離れに繋がる渡り廊下から失火したようだ。

 しかし、消防はすぐに警察に連絡した。
 警察の上層部は、別荘の本当の持ち主は知っていたが、消防から人が死んでいると言われたら行かざるを得ない。そして、別荘の当たりを管轄していた警察署にも内定が入って上層部から捜査員まで総入れ替えが行われた直後だ。警察の不祥事をもみ消すために丁度良いと思われた。

 警察が駆けつけた別荘は不思議な状況になっていた。
 死体は、全部で4つ。女性が浴室で死んでいる。男性がリビングで椅子に座った状態で死んでいたのだ。男性には目立った外傷も毒物反応もなかった。不審死には違いないが、心不全で処理された。
 そして、警察は別荘を捜査した。女性が飲んでいたと思われる浴室の床に置かれていたワインのグラスとボトルから違法薬物反応が有ったのだ。
 別荘から、収賄罪に繋がる証拠や、スキャンダラスな写真や、20年以上前の未解決殺人事件に繋がる証拠まで出てきて、大騒ぎになった。

2020/04/25

【第八章 リップル子爵とアデヴィト帝国】第二十話 ディアスの報告

「ヤス様。子供たちは・・・」

 ディアスが言葉を詰まらせる。カスパルが、慌ててディアスの表情を見るが、泣いているわけではない。どう説明していいのか、自分の考えが正しいのか、正しかった時に神殿に影響が出てしまうのではないかといろいろ考えてしまっただけなのだ。

「大丈夫だ。ディアス。教えてくれ」

「はい。子供たちは、帝国を通って来たようです」

「ん?ディアス。ちょっとおかしくないか?」

「今、”帝国を通ってきた”と言ったよな?間違いじゃないよね?」

「はい。彼らの言葉を信じるのなら間違いなく、彼らは、ラインラント皇国から来たのです」

「??」

 ヤスは、もちろん”ラインラント皇国”を知らない。

 知らない事は、知らないとはっきりと伝えた。ディアスもカスパルもびっくりはしたが、ヤスならそれも”ありえる”と思えた、ラインラント皇国の説明を歴史的な流れを省略して始める。

「名前から、天皇や天子や神子が治めていると思ったけど、そのとおりなのだね」

「はい」

「他の国に習って、王を名乗る事もありますが、天子で間違いないです」

「ん?ディアスとカスパルの様子から、あんまり評判がいい国じゃないように思えるけど?」

「そうです。帝国が軍事国家だというのはご存知だと思うのですが、その帝国以上に厄介なのが、皇国なのです」

「厄介?帝国以上に?」

「ヤス様。歴史的なことですが・・・」

 ヤスは、黙ってディアスとカスパルの説明を聞いた。
 簡単に言えば、ラインラント皇国という国は、天子と名乗っている事から、”神の子供”の末裔で、神の血筋だと言っている。皇国は、リシトネン神国で政変に破れた者たちが集まって作った国なのだ。7つの皇家が”神の血筋”だと言っている。帝国は、最初は神国を守護するために作られた国だった。その神国は、都市国家で一つの都市しか領土としていない。皇国が出来るきっかけにもなった、政変も神の名前を使った侵略戦争を起こそうとしていた一派が居たためだ。
 侵略戦争を起こそうとしていた者たちが政変で破れて追放された。その時に、帝国は追放された一派の派閥に与していたために、神国から敵性国家だと認定された。現在に至るまで解除されていない。
 皇国は、政変から宗主国としての価値を高めた。戦闘放棄と種族融和を宣言した。攻撃されれば反撃はするが、自ら侵略戦争を行わないという宣言と合わせて、種族主義を撤廃した。多くの国は歓迎して、今まで通り宗主国としての存在を認めたのだ。
 帝国は、皇国の宣言は誤りであり、人族がすべての種族の中で優れている。人族こそが、全ての国の頂点に立つべきと言い出した。それを、皇国が”神の名の下”に認めたのだ。

「ふぅーん。ようするに、宗教的な話しに、領土を得るという野心が重なったのだな。あとは、種族的な問題か・・・。相容れないだろうな」

「はい。特に、ヤス様が治める神殿の現状を知ったら、許さないと思います。彼らは、神殿は神が彼らに与えた物。人族のために存在すると言っています」

「それは、わかった。それで、子供たちが皇国から来たと言うのは間違い無いのか?」

「はい。間違いありません。それに・・・」

「ディアス。なんだよ。話せよ」

「彼らが、”神殿が攻略”されたことを知っていました。誰かに教えられたのか、そう言われたのかわかりませんが、最低でも、神殿が攻略されたという情報を帝国や皇国が掴んでいると思ったほうが良いと思います」

「それは、別にいいけどな。どうせ、間諜が潜んでいるだろうし、そこから情報が漏れているだろう。それはいいけど、彼らが皇国の人間だというのはまだ確定じゃないよな?」

「はい。憶測が混じっています」

「その憶測とやらは?」

「彼らに、神紋が押されていました」

「神紋?」

「皇国で生まれた者に押される”紋”です」

「ん?それがあると何かまずいのか?」

「はい。奴隷の子や、人族以外の種族との取り引きを行う者たちで、二級国民という印です」

「はぁ?」

 ヤスは、馬鹿らしいと考えたが、地球の歴史を紐解けば似たような事例は掃いて捨てるほど有る。
 皇国でも同じなのだ。人族至上主義を唱えている以上は、人族以外との取引を想定していない。上層部やそれに類する者たちは、獣人やエルフやドワーフとの取引を下賤な者の仕事している。しかし、ドワーフの作る酒や武具や日用品は必要になる。エルフが持っている貴重な植物や森のめぐみは欲しい。そのために、それらの種族と取引を行う下船な者たちを用意したのだ。それが二級国民となる。一級国民や上級国民が出来ない仕事を行うのが二級国民なのだ。

 カスパルとディアスの説明を聞いて少しだけ落ちつたヤスは、子供たちの処遇を考える。

「そうか、わかった。子供たちが、俺たちの事をどうやって知ったのかは別にして保護しないという選択肢はないな」

「「ありがとうございます」」

「カスパル。ユーラットでは、物資の購入が難しいだろう。領都まで行って食料を買ってきてくれ。ユーラットには、別の者に行ってもらう」

「わかりました」

「ディアスは、しばらく子供たちを見てくれ」

「はい」

 ヤスは大まかな状況を把握して、カスパルとディアスに指示を出したのだが、まだ漠然とした状況なのが気に入らなかった。
 ディアスとカスパルが、執務室から出ていくのを見送ってから、端末を立ち上げて、12人の子供の様子を見る。眠っている状態を確認して少しだけ安堵した。

「マルス!」

『はい。マスター』

「知っていたよな?」

『はい。12名の幼体が森を歩いて居たのは気がついていました』

「次から、皇国や帝国が俺の領地で同じようなことをしていたら対処しろ。多少手荒な方法でも構わない」

『了』

「マルス。それから、子供たちの、バカみたいな紋は消せるか?」

『可能です』

「どうしたらいい?」

『・・・・(神紋を検索)・・・。マスターの眷属にするのが簡単です』

「他には?」

『神紋というのは、俗称で、内実は奴隷紋です。したがって、ディスペルで解除することが出来ます』

「ディスペルが使えるのは?」

『・・・(神殿住民のステータスを確認)・・・。神殿の住民では、1人だけです』

「1人?」

『個体名リーゼです』

「そうか・・・。わかった」

 ヤスは、リーゼのステータスを知らない。
 どうやってリーゼに話をするか考える必要がある。子供たちは、神殿の中に居る限りは、パスが切断されているので、奴隷にしている者には死んだと認識されるとマルスは補足したが、子供たちを神殿に閉じ込めておく状況は健全ではないと思っている。ましてや、眷属は子供たちが受け入れるかわからない。そうなると、ディスペルを使うのが最良の方法に思える。

 ヤスは、マルスに少しだけ考えると言って自分の思考に埋もれた。

 ヤスは忘れていたのだが、子供たちが神殿を目指すしか無いと思ったのは、ヤスが関係していた。ヤスは、神殿の山側の森は、辺境伯と帝国に跨る森だと思っていた、間違っていないが、正解ではない。森は、帝国と皇国と王国の辺境伯との間に広がっていたのだ。

 皇国の豪商で使われていた子供たちは、森の中で採取を行っていた。本人たちは、採取を命じられたと思っていたのだが、実際には魔物や獣の素材を求めて、森に踏み入った者たちの盾にされていたのだ。皇国ではよく使われる手段なのだが、二級国民を村や街や本隊との間に配置して、魔物や獣との戦闘に負けそうになると、二級国民が居る場所に逃げていき、魔物や獣が二級国民に襲いかかっている間に逃げるという方法だ。

 子供たちには、当然のことだが、知らされていない。一級国民が二級国民を使うのは当然の事で説明なんて必要としていなかった。逃げてきた、子供たちも同じ様に森の中層部で肉の盾にされていたのだ。
 偶然が重なった。ヤスが、森を分断するように川を作ったことで、子供たちと一級国民を分断したのだ。戦闘していた者たちは、川が新しく出来た事実を知らないで、戦闘後に子供たちが居なくなっている自体に気がついたのだが、魔物に襲われたかして死んだのだと判断した。

 子供たちは、わけも分からず森の恵みで飢えを凌ぎながら歩いた。
 そして、偶然が重なってカスパルとディアスの前を歩く事になったのだ。

 子供たちは、商家が言っていた、”神殿が攻略された”という言葉を信じて、神殿に向かおうとしていたのだ。もちろん、どっちが神殿で、どこに神殿があるのかもわからないが、12人の子供たちは皇国に戻りたくないとだけ考えて、来た方向とは別の方向に歩いた。

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2020/04/24

【プレゼン10分前】気がついてしまった罠

「どうする?」

「どうするも、提案書は出したのだろう?」

「提出した」

 俺は、システム屋のプログラマをしている。
 社長にはしっかりと説明して、俺の肩書はプログラマになっている。人が少ない零細企業なので、プログラマでも仕様書も書けば、客先に提案を持っていく、それだけではなくメンテナンスからハードウェアの修理まで何でもこなす。

 今日は、以前から話が社長の所に話が来ていた、大規模システムのプレゼンを行う日だ。

「行くしか無いか」

「すまん。無駄な時間だな」

 俺のボヤキに社長は謝罪の言葉を口にする。

「いいですよ。俺しかわかる人間が居なかったのですから」

「負担ばかり増えてしまっているよな?」

「大丈夫です。これも仕事です」

「そうか」

「それよりも、社長。この仕事が取れたらどうします?馬鹿みたいな規模ですよ?」

「ハハハ。それこそ無理だろう。大手が持っていくだろう?おこぼれで十分だ」

「そうですね。でも、確かにこのメンツに入れただけでも大金星ですよ。どこを貰いましょう?」

「谷。それで、何人月の見積もりだ?」

「社長・・・。見てないのですか?」

「俺が見てわかると思うか?」

「そうですね。680人月です」

「は?」

「だから、680人月です。単価は、120で出してあります」

「ちょっと待て!谷。数字がおかしくないか?」

「いえ、おかしくないですよ」

「予備見積もりの時には、300人月だったよな?」

「えぇそうです。先方からの要望を入れた結果です。よくプレゼンに呼ばれましたよ。絶対に呼ばれないつもりで作った見積もりなのですけどね。これに、ハードウェアとソフトウェアのライセンスとサーバとメンテナンスを別枠で書いてありますが、概算です。保守も要望プラスアルファで積み上げてあります。保守は先方常駐で1割。待機で1割。予備で1割です」

「谷。金額ベースだといくらだ?」

「え?知りたいですか?」

「是非教えてくれ」

「81,600万です。概算部分は29,511万としています。数字合わせですけど、合計111,111万です。保守はハードウェアとソフトウェアとサーバを除いて、初年度は24,480万です」

「はぁ?お前。馬鹿だろう?どう考えても無理な金額だろう?」

「えぇそう思いますよ。受けたくなかったから出した見積もりだったのですけどね??なんでプレゼンに呼ばれたのでしょう?」

 巨大プロジェクト。
 従業員10名程度の会社が受けられる規模ではない。そんなこと、自分たちでわかっている。
 300人月の仕事だとしても、全員で取り掛かっても、30月かかる約3年だ。その間に他の仕事が出来ない。支払い条件に寄っては手弁当で3年間過ごさなければならない。社長には悪いが仕事が採れた瞬間に会社が潰れる未来しか見えてこない。だから、絶対に通りそうもない規模の見積もりを作成した。

 金額を裏付ける資料はしっかりと作った。
 プレゼンは真剣に行う。俺たちは、顧客に対するプレゼンではない。同じ土俵に上がった大手SIerに対するプレゼンなのだ。どこでもいいので、SIerが受注した後で値段交渉が行われるのだろう。そのときに、俺たちが出した高めの見積もりが意味を持つはずだ。
 SIer は1円でも高く受注した。顧客は1円でも安く発注した。その鬩ぎ合いが行われる。俺たちの出した見積もりをSIerは盾にも鉾にもするはずだ。そして、一部でも俺たちに仕事を回してくれる。このときに単価が生きてくる。120と出している。俺たちの規模の会社の単価ではない。直請けでも100か110が妥当だ。2次受けなら80でも高いと言われる可能性がある。120で出しているので、SIerは俺たちに出す仕事は顧客に見える場所では、120か130だと定義するはずだ。そして、俺たちに適正価格である80で出してくる。少しだけ粘れば90くらいにはなるだろう。それでも、SIerは30が何もしないで懐に入る計算になる。出す仕事の規模に寄るが、3人/月で2年間仕事を行えば2,160万の利益が見込める。バッファーを作ることができるのだ。
 俺たちの狙いは受注するSIerに技術力を示して、仕事を流してもらおうとする行為だ。

 プレゼンを行う会社に到着した。
 受付で社名を告げると、何度かやり取りをした主幹会社の責任者が現れた。

 大規模なシステム開発ではよく行われる話なのだが、顧客が自社内にシステム部門を持っていても、システム屋やSIerと全面的なやり取りができるわけではない。そのために、懇意にしているシステム屋に声をかける。
 声をかけられた会社は、顧客側に立って話を進めるのだ。アドバイザー的な役割を行う。メンテナンスや保守管理は、システム完成後に引き渡して主幹会社が業務と美味しいところを持っていくのが一般的だ。しかし、この主幹会社はすでに顧客とのコンサル契約を結んでいるために、保守やメンテナンスも全部含めたプレゼンを行う話になっている。

「谷さん。本日はよろしくお願いいたします。弊社も、御社に期待しているのですよ」

「すみません。緊張して早く来すぎましたか?」

「そうですね。時間まで30分ほどあります。準備をしていただいても構いませんが、谷さんの所はトリになっています」

「最後なのですか?」

「えぇそうですが?」

「事前連絡では、3番目となっていたので、少しびっくりしてしまいました」

「そうですね。今回は、顧客からの要望と他社さんの都合で順番が変わってしまいました」

「いえ、構いませんよ。今日は何社ですか?」

「5社です。お伝えした通り、プレゼンは60分程度でお願いします」

「承知しております」

「部屋は使えますので移動しましょう」

「わかりました。お願いします」

 会議室は思った以上に広かった。
 100名位は入られるだろう。前面にあるスクリーンと手元にあるタブレットが連動しているのだろう。

「そこを、お使いください」

 示された席には、俺の名前と社長の名前が書かれた札が置かれている。周りも同じように名札が置かれている。

 やられた!
 これは、出来レースだ。

 担当者が席を外した。広い会議室には、俺を社長だけになった。パソコンのセットアップをするフリをして周りを見る。カメラは存在しているが手元を撮影していない。これなら大丈夫だ。WIFIは使っても大丈夫だと言われたが、自前のテザリング回線を使う。

『社長。途中で帰ってください。それから、俺からのメッセだと知られないようにしてください』

『どうした?』

『出来レースです』

『そうなのか?』

『はい。名札を見てください。1つ以外は中小です。プレゼンと入札を行ったというアリバイを作りたいのかも知れません』

『それなら俺が居ても問題ないよな?』

『いえ、最後に大手は必ず全部の会社を巻き込もうとします。そのときに社長が居ると回答を求められます。俺たちの番になる前に会社から電話をさせて抜けてください』

『巻き込まれるのなら予定通りではないのか?』

『事情が違います。単価60や50で出している会社が居ると』

『そうか、工数でやり取りして、単価を安くして』

『規模の割に納期がキツめだった理由が分かりました。火付け案件です』

『どうする?』

『全力でプレゼンを行います。合流を求められたら”社長が居ないので即答できない”と返事します』

『わかった。できることはあるか?』

『社長にこの話を持ってきた人に連絡してください。できればすぐに俺に連絡するように言ってください』

『わかった。話を持ってきたのは、宮腰先生だぞ?お前も知っているよな?』

『はい。存じております。俺から連絡して問題ないですか?』

『ちょっと待て、まだ余裕はあるよな?』

『はい。大丈夫です』

『連絡する』

 社長は軽く肩を叩いて会議室から出た。
 思った通り担当は表で待機していた。社長は喫煙所の場所を聞いて移動した。先生に連絡をしてくれるのだろう。

 5分後に俺のスマホがなった。宮腰先生からだ。すぐに折り返すと伝えて、主幹会社の外に出た。プレゼン開始まで20分ある。事情を確認するには十分な時間だ。

「先生。谷です。お忙しい時間にもうしわけありません」

『いいよ。それで?松田君が怒っていたけど何があったの?』

 現状と俺の推測の上での考えを伝えた。先生は黙って俺の話を聞いてくれた。プレゼンなんかよりも緊張した。
 話が終わったときに、先生から5分だけ待つように言われて、電話が切れた。

 4分後、知らない番号から電話が入った。
 先生関係者なのは間違い無いだろう。電話に出て驚いた。

 すべての事情がわかった。
 最悪の予測が当たってしまった。

 本来なら、1年後に完成予定だったのだ。それを1年伸ばして、システム会社を飛ばして新しい技術を使って納期の短縮を行うと説明されていたようだ。
 主幹会社と大手SIerからの提案のようだ。今日のプレゼンでは、金額面は”受けるのなら”という前提がついていると説明されていたようだ。技術力を持っている会社を集めてシステムのプレゼンを行うと言われていたようだ。

 今更テーブルをひっくり返せない。
 説明を聞いて、こちらが聞いている情報を伝えた。プレゼンの開始を2時間遅くしても問題ないかと聞かれたので、問題ないと答えた。

 一旦電話が切られた。社長が走り寄ってきた。

「谷!」

「大事になりそうです」

「だな」

 プレゼン開始の10分前になってテーブルがひっくり返った。

 俺は、ハイヤーで到着した先生と一緒に顧客が待っている喫茶店に向かった。
 大どんでん返しだ。俺が顧客側の立場になってシステム全部の面倒を見なければならなくなった。いわゆる、主幹となった。当初からプロジェクトに関わっていた、SIerと大手システム屋は切られた。主幹会社も全部のシステムから手を引くことになった。

 そして2年後・・・。システムは無事に動き出した。
 しかし、俺はベッドの上だ。首を切られた主幹会社の担当者に刺されて入院している。

2020/04/24

【情報の虜囚】悪意と善意

 綺麗だな。
 あちらこちらで僕が撒いた種が増えている。拡散され続けている。こんなに嬉しいものだったのだ。

 街の中にも青い紫陽花が増えている。

 街だけじゃなく国中を覆うように種を拡散しなければならない。

 僕の望みは、この国の隅々まで青い紫陽花を咲かせることだ。

 見届ける必要はない。
 種は拡散し始めた。僕の手を離れたのだ。もう止まらない。止める手段が存在しないのだ。
 伸び切ってしまった手足を切り落として小さいベッドで眠らない。受領した快適を手放せる者がどれほど居るのだろう。種の拡散を止める方法は存在しない。

 だから、僕は結末を見届けないで、君が待つ場所に行く。
 待っていてくれているよね。僕が行ったことを褒めてくれなくてもいい。前みたいに叱ってくれよ。僕は、君と一緒に居られればそれで満足なのだ。

 おやすみ。
 彼女を傷つけ僕を生み出した人たち。

 おやすみ。
 最後まで善意の塊だった人たち。

 おやすみ。
 興味本位で僕と彼女を晒した人たち。

 おやすみ。
 多くの関心を持たなかった人たち。

 あなたたちには、きっと悪意が安らかな眠りと一緒に訪れてくれるでしょう。
 おやすみ。いい夢を・・・。
 悪夢の方がましだと思える楽しい夢を見てください。

「アオイ!!」

 アオイは僕の目の前で凍りついた笑顔のままビルの屋上から飛び降りた。

「アオイ!アオイ!アオイ!アオイ!!」

 なぜ!なぜ!
 僕を押さえつける!アオイの所に行かせろ!

 僕を押さえつけている奴らも、下でアオイを見ていた奴らも、全部、全部、全部、全部、全部、殺してやる!

 アオイが僕の前から居なくなってから、アオイを見つけるまで1週間かかった。
 奴らがアオイを殺した。マスゴミとかいうクズが知りたくもない情報を教えてくれる。

 アオイは、いじめを苦に自殺したと報道した。知りもしないアオイの心情を話すコメンテータとかいう雌豚が居た。

 いじめ?最後には、服を脱がされて写真を撮られるのが”いじめ”。準強姦であり脅迫だ。
 アオイが持っていった料理が冷えていたからと殴った。殴ったのが同級生だったから”いじめ”なのか?暴行だ。

 アオイ。僕は、君が死を選ぶまでの1週間。側に居られなかったのが悲しい。僕を一緒に連れて行ってくれなかった?
 僕は、アオイと一緒に行きたかった。

 アオイが居なくなって何日が過ぎたのだろう?

 アオイが居なくても腹は減るし眠くもなる。僕はなんで生きている?

 アオイが最後に見せた凍りついた笑顔。アオイの笑顔ではない。アオイの笑顔で無いのなら、アオイではないのか?アオイはまだ生きている?

 アオイが僕を連れて行かない理由はない。一緒にいると言ってくれた。

 前に聞いた、アオイのお母さんが眠る場所に行ってみよう。アオイが居るかも知れない。僕を待っている。

 マスゴミのクズが騒いでいる。丁寧に僕に説明してくれた。アオイをイジメていた奴らは罪に問われなかった。主犯格の1人は所在さえわからないらしい。
 どうでもいい。奴らが死ぬのは確定した未来だ。僕が決めた。イジメじゃない。準強姦と脅迫と暴行だ。誹謗中傷もしている。16歳のアオイの下着姿を撮影して拡散したのだが児童ポルノにも該当するはずだ。いじめではない。いじめという言葉で誤魔化すまねをするマスゴミにも手伝ってもらう。

 アオイのお母さんが眠る墓所の近くに立派な紫陽花が咲いている。
 赤色の紫陽花に混じって一部だけ青い花をつけている。アオイが好きだった青い紫陽花だ。

 人の悪意は拡散する。悪意から死に繋げればいい。肉体的な死だけが、死ではない。社会的な抹殺も死と変わらない。心の死は周りの人たちの肉体と心の疲弊に繋がる。

 僕は、拡散する悪意を仕込む。アオイが好きだった花の別名を使う。

 悪意をばらまくウィルスは”手毬花”。仕込んでから開花するまでに3-4年は必要だ。まだまだ、悪意は有る。拾い集めて拡散させる準備をしなければならない。

 悪意を拡散するのは、悪意を持たない傍観者だ。
 傍観者も悪意を拡散することで、傍観者から加害者になる。加害者であり被害者だ。苦しめばいい。自分の大切な人が自分を大切に思ってくれる人が、自分の行為で悪意に染まるのだ。

 僕のウィルスは、ただ悪意を拡散するだけだ。
 秘密の暴露ではない。デマ情報の拡散だ。消えない傷となって拡散され続ければいい。ただ悪意を拡散するだけのウィルスだ。

 悪意は仕込んだ。
 読み方で、受け取り方で、感じ方が変わる。読んだ人たちの心に悪意が満ちていくだろう。誰にも止められない悪意の拡散。

 悪意が芽吹くとき、青い紫陽花が咲き誇るだろう。

 それは本当に小さな出来事だった。あとから考えてもきっかけというには小さすぎる。よくあるニュースだった。
 いじめを原因とする自殺。中学校でのいじめだった。女子が自殺した。珍しくもない事案でニュースにもならなかった。

 実際に、俺が勤めていたTV局では、取材にもいかないで警察発表を取り上げただけで終わりになった。他に取り上げるべきニュースが大量にあった。

 ニュースはこれで終わりになるはずだった。

 しかしこのニュースはきっかけで終わらなかった。
 いじめの加害者の名前がSNSで拡散されたのだ。拡散されたのは、キー局の報道局長の息子が関わっていると情報だ。住んでいる地域も違えば年代も違う。知る人が見ればすぐにデマだと気がつく情報だ。いつもなら、デマだと情報が出たら拡散も下火になって擁護される。

 しかし、この事案は違った。
 キー局が昼のニュースで取り上げたのだ。デマ情報であり、デマを拡散するのは犯罪行為だと拡散を止めるのに躍起になった。新聞や雑誌も、デマである根拠を述べて本人のインタビュー記事まで掲載した。火消しに躍起になった。
 火消しが何よりの証拠だという情報がSNSで拡散された。新聞や雑誌の記事を書いた人たちの過去の犯罪だとする情報も拡散された。

 この状況はおかしいと思い始めている。
 皆がおかしいと思いながらも拡散は止まらない。皆が善意や正義感から拡散している。情報を調べもせずに拡散する。

 完全にデマだと分かる情報もあるが、デマではない情報も含まれる。
 マスコミをあざ笑うように、マスコミが報道できなかった情報が悪意を持った内容で拡散している。真実が含まれる拡散が存在する。マスコミも一部のものしか知らないような情報も入っている。

 芸能人のスマホから情報が流出することもある。流出情報が拡散される。同じように作られた悪意を持った情報となり拡散される。

 誰もが被害者で、誰もが加害者になってしまっている。
 笑えない情報まで拡散された。国の予算案が事前に投稿され拡散されるに至って政府は徹底的な捜査を検察に依頼した。

 予算案がよく作られたデマだとわかってからは、デマを流した者が誰だったのかを特定する動きが加速した。
 マスコミも調べたがデマの発信元にたどり着くことが出来なかった。ことになっている。実際にはたどり着いた。情報の発信者は霞が関にある一部の省庁の端末からだった。コンピュータウィルスが疑われたがウィルスには侵されていなかった。

 そして、マスコミや警察が調べていることが公になると、デマを流したのは政府与党の関係者だというデマ情報が拡散した。
 拡散の連鎖を止めることが出来ない。

 ついに政府は特措法を制定するが、特措法を制定してまで拡散を止めたい理由は政府与党が隠したい不都合な情報があるのだと拡散された。マスコミや野党の反対にあって政府与党は廃案にした。

 最初のいじめを行っていた奴らの首謀者が自殺した。
 政府与党に恥をかかせたのは、自殺に追い込んだいじめを実行していた奴らだという悪意ある記事が投稿されまたたく間に拡散した。マスコミも、政府与党への忖度もあり”デマ記事”として拡散されている情報だと報道した。
 自殺に追いやったとマスコミが批判に晒される悪意が拡散される。悪循環になっているのは誰が考えてもわかることだ。
 この悪意の厄介な所は、やらなければやらないで”拡散されている情報が正しい”を思われてしまう。反論すれば、別の悪意ある拡散が始まる。拡散している人たちは、善意の人たちだ。新しく広がる情報の精査をしている間に次の悪意が拡散される。

 マスコミと警察が認識しているだけで、”悪意の拡散”に寄る自殺者はついに1,000人を越えた。認識していない自殺者も居るのだろう。

 誰もが被害者で誰もが加害者だ。
 ついには、物品の過不足まで拡散され始めた。

 最初は、地方銀や都市銀の各銀行の資本比率の情報が金融庁から出たのがきっかけだった。資本比率は銀行の体力を示す。確かに情報としては正しい。資本比率が低い銀行は合併するリスクがあると情報が拡散された。株価が下がると資本比率が低い銀行から倒産するリスクが高まるという情報悪意だ。
 銀行へ取り付け騒ぎとりつけさわぎに発展した、いくつかの地方銀と一つの都市銀が倒産した。バタバタバタと連鎖倒産が発生した。地方銀に頼っていた企業も大量に倒産した。政府は支援策を出すが、銀行ばかり優遇するのか?大企業ばかりが優遇するのか?悪意が拡散された。

 誹謗中傷に近い情報も流れる。
 皆が情報に翻弄される。地方の都市の一つが拡散された悪意で壊滅的なダメージを受けた。

 人口1億人を越えていた状態から、拡散された悪意が芽吹いたときには1億人を割り込んだ。
 死因の第一位が自殺になり。情報に踊らされた人々の狂気は殺人を許容するようになるまで4年の歳月しか必要としなかった。

 武器を持った警察隊や自衛隊がデマを拡散した者たちをテロと同じ行為だと断罪するというデマが拡散されて、人々は自分を守るために武装した。

 そして、国中に咲き誇る情報花の紫陽花は青く美しく咲き誇って居る。
 人口は今月末には5,000万人を切るだろう。まだまだ悪意は止まらない。

 風で飛ばされた新聞には、8年前に起きたイジメの加害者たちの首が被害者の墓前に置かれていたと告げるニュースが書かれていた。

2020/04/24

【都会へのUターン】地獄だった田舎暮らし

「オーナー。どうしましょうか?」

「お前は、何度言えばわかる。俺のことは”まさ”と呼べと言っているだろう!?」

「だって、オーナーはオーナーじゃないですか?」

「いいから、まさと呼べ!次は無いからな」

 いつもの朝の風景だ。

 俺は、新宿・・・。と、言っても有名な歌舞伎町ではなく曙橋という場所で生まれ育った。
 新宿で過ごして大学も新宿にある2流の大学に入った。何も考えずに入れたIT企業に入社した。ブラック企業一歩手前の会社だった。働いて身体と心を壊した。地元に居るのが怖くなった。TV番組で取り上げられていた田舎暮らしに憧れを持って、比較的近くて田舎暮らしができそうな港町に引っ越しを決意した。結婚もした。結婚相手も東京で生まれ育った人だ。嫁もブラック職場で身体と心を壊して田舎暮らしに憧れを持っていた。

 嫁との田舎での暮しは、楽しく問題はなかった。
 田舎暮しが新鮮に感じていた。見るもの、感じるもの、すべてが輝いて見えた。東京・新宿という街が色あせて見えていた。

 それが幻想だったと気がついたのは子供が産まれて幼稚園を探しているときだった。

 幼稚園に子供を預けるという当たり前だと思っていたことで批判されたのだ。
 周りとの歯車が合わなくなってしまった。

 俺たちの行動が監視されているように感じてしまった。
 実際には監視ではなく、俺と嫁は10年近く住んでも”よそ者”でしかなかったのだ。

 俺の職業も良くなかった。ブラック企業だったが、そこで培った技術は本物だ。その技能を使ってWebプログラマやサーバ運営を行っていた。地方の会社にはまだサイトに毎月5-10万も払っている場合もある。人から紹介されて、そのサイトを月額1万未満(1,000円を切る場合もある)で預かっていた。
 クラウドを使うまでもなく、自宅に置いたサーバで運営できる規模の会社がほとんどだった。港町らしく魚を扱ったり、釣り船のサイトだったり、小さいサイトが多くあった。しかし大手ショッピングサイトの営業に騙されて出店していた。出店料の割に売上が出ていなかった。俺には時間が有ったのでそれらの会社に足繁く通ってパソコンを教えたりサイトの作り方を教えたり、都会からやってくるIT営業の相手追い出しをしたりして信用と信頼を得ていった。

 田舎では旦那が家にいて、嫁が外に働きに出るのは”おかしな家”と認定されるようだ。
 子供(娘)を幼稚園に迎えに行くのが旦那だと”おかしい”と言われるのだ。また、俺も嫁も実家とは仲違いをしたわけではないのだが、子供が産まれてから1回しか両親が来ていないのも田舎からしたら”おかしい”と見えるようだ。

 娘が通う小学校を選ぶときに、私立に行くという選択肢も有ったのだが、嫁も俺も学歴を重要視していない。娘にどうしたいのかを聞けばいいと思っていた。
 これも田舎の人にとっては”おかしい”と見えたようだ。私立に行けるのなら行かせるのが当然。学歴がよいほうがいいに決まっている。子供の進路は親が決める。そんなことを嫁は職場で捲し立てられたようだ。

 徐々に嫁の精神がおかしくなってきた。

 ”とどめ”は娘の言葉だった。

”小学校に行かなきゃダメ?”だ。
 娘の話を聞いた。俺と嫁が”おかしい”から娘と遊んじゃダメと友達に言われたと泣きながら教えてくれた。

 小学校入学を来年に控えた時期だった。決断するには時間が少ない。

 だが確実に田舎にとっては普通のことだが、俺と嫁には違和感しかない状況が頻発した。
 娘の数少ない友達が、娘が居ないのに勝手に家に上がりこんで俺の仕事部屋に有ったパソコンで遊んでいた。親に抗議しても”子供のしたことだから”で終わらせようとする。訴訟すると言い出す。都会に住んでいた人は怖いとか、何でも裁判にすればいいと思っているのかとか、俺が悪いとでも言いたい様子だ。

 嫁も職場で孤立し始めた。
 看護師をしている嫁は、患者には良くしてもらって居る。話も面白い知識も豊富、東京の話とかもできる。嫁は患者からは慕われていた。それがやっかみを産む土壌になってしまっていた。”いじめ”や”ハラスメント”のような行為にはなっていないのが、嫁もいつまでも居ても”よそ者”でしか無いと認識してしまう状況になっていった。

 娘が祭りに誘われなかったと泣いて帰ってきた。
 もう限界だった。憧れていた田舎での生活はブラック企業から逃げ出したいがために見えていた幻想だったのだ。ブラック田舎という言葉はないが俺たちはブラックな田舎に掴まってしまったのだ。

 俺のところに旧友から連絡が入った。
 その夜、嫁に話しをした。

「なあ。Uターンするか?」

「ん?Uターンって田舎に帰る事だよね?」

「そうだな。俺とお前なら、東京に帰ることを指すと思うけど?」

「そうね。確かにUターンだね」

 嫁は真剣な表情ながら笑ってくれた。俺の表現が面白かったようだ。

「昔の知り合いが新宿で店をやっていたけど、身体を壊して田舎暮らしをしたいと言って俺に相談してきた」

「え?それで、どうしたの?」

「俺が感じたことを全部、正直に話した」

「それじゃ、田舎には来ないのね」

「できれば、田舎で生活したいと言い出した」

「え?どういうこと?なんで?」

「そいつは独り身だし、親の遺産が入ったと言っていた。この家と新宿に奴が持っていた家と店舗を交換したいと言い出した」

「騙されてない?」

「俺を騙すメリットが無いからな。家の権利書と店舗の権利書を先に渡してもいいと言っている」

「乗り気なのね?」

「うーん。6:4かな?お前が反対したら辞めるつもりだ。疑問点を全部潰してそれでも信じられないと思ったら辞めればいい。先方にもそう伝えるつもりだ。それで、先方がダメと言ったら辞めればいい」

「そうね。それなら、前向きに考えましょう」

 俺と嫁は、Uターンを前向きに考えることにした。
 その上で、娘のためという甘えは出さないと決めた。最終的に俺たちの選択に娘が巻き込まれるのはわかっているのだが、タイムリミットだけを決めて娘には引っ越すかも知れないとだけ伝えた。

 俺の仕事の都合で引っ越しをするかも知れないと娘には伝えた。

「パパ!私のためならいい、引っ越ししなくていいよ?私が我慢すれば・・・」

「違うよ。パパが違う仕事をしたくなったから、東京に行こうと考えているだけだよ」

「そうなの?」

「そうだよ」

「わかった。パパ。無理しないでね」

 涙が出そうになった。

 それから、奴が来ると言ったので会いに行った。陽気で変わらない奴の笑顔に救われた気持ちになった。奴からは新宿の匂いがした。

 奴が持っていた家はマンションではなく一軒家だった。親から受け継いだ古い家だと言っていた。場所は新宿5丁目。俺のテリトリーだ。古い家だから解体して立て直したほうが良いだろうと言っていた。更地にするところまでやってくれると言い出した。
 俺の方は、今の家と離れだ。離れはサーバが置いてあるのだが、現状維持が決まった。なにか有ったときのメンテナンスと維持費は今の契約の7割を奴に渡す。全額でもいいと言ったのだが、会社を作るつもりも無いし税制上の問題もあるから、顧客との契約はそのままで、奴が俺の会社に雇われる形になった。保険やら税金やらのために3割を会社に残す。顧客が減って契約がなくなっても、契約の7割は変わらないという覚書をいれた。

 俺と嫁の疑問点はすべて解決した。
 奴も善意だけではない。何もしないで生活できる環境にあこがれていたのだ。独り者だから俺たちのように田舎のコミュニティに関わる必要はなく無視して生活していけばいいと考えていた。事実、生活の拠点は家だが、旅行に出かけたり、釣りに出かけたり、独り者なので買い物も近くの大手スーパーでまとめ買いしたり、それこそ外食で済ませたりして過ごすようだ。
 都会になれた者は、よほどじゃない限り田舎のコミュニティに入っていけない。唯我独尊を突き通せば田舎での生活は過ごしやすいのかも知れない。俺には出来なかった。

 俺は、奴との交換でUターンすることが出来た。
 ただ田舎にあこがれていたときと違って今は田舎を活用していこうと思っている。

 田舎には資源が大量に埋まっていた。仕事を与えれば喜んで実行してくれる誠実な人が多い。
 ただ、田舎のコミュニティに縛られて呪縛のようになってしまっているのだ。

 俺は、奴が持っていた店舗飲食店も引き継いだ。店長は奴の幼馴染で優秀な奴だ。奴にそのまま運営を任せても良かったのだが、俺の考えを店長に伝えた。もちろん、断っても問題ないし、店舗を買い取りたいということなら相談に乗るという条件を提示した。

 店長は俺の話しに乗ってくれた。
 もともと、コンセプトが乏しくて赤字にはならないが儲けも少なかった。奴の知り合いが誰を気にすることなく飲める場所として作ったのが始まりだったようだ。奴が田舎に引っ込んでしまうことから常連が来なくなる可能性を危惧していたのだ。赤字になるようなら店舗を締める考えを持っていたようだ。

 俺の提案はよくある物だ。
 田舎から安価に仕入れて都会で売る。

 俺や嫁が都会に疲れてしまったのは、情報が多いのに情緒を感じることが出来なかったことだ。田舎に住んでみてわかったのは情報の伝達が早いのに情報が多くない。物の価値を自分たち目線でしか測ることが出来ない。

 釣り船屋や漁師と契約して市場に出しても値段がつかない魚介類を安く譲ってもらう。
 運搬は、田舎で燻っていた者たちに声をかけて中古の冷凍車やトラックを手配した野菜なども田舎のほうが安い場合がある。市場に入られる移動八百屋と提携することで野菜の確保も行った。馴染みにしている場所からの購入も行う。腐っても東京だ。食材は大量に集まる。田舎では入手が難しい食材も”そこそこ”の値段で手に入る。

 娘も英語を話せるようになりたいとインターナショナルスクールに通っている。

 こうして、俺と嫁のUターンはひとまず成功した。

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2020/04/24

【私が作る最高のお祭り】プロポーズされた!最高のお祭り!

「そっちに逃げたぞ!」

「大丈夫だ。アキが待っている」

「また、アキのところかよ?!」

「アキの奴、何人目だよ。俺が連れてきたメスもアキが壊していたぞ?」

「しょうがないだろう?そういうルールなのだからな。ほら、次の祭りに行くぞ!それとも、アキの後で壊れてなければやるか?」

「そうだな。昨日は、一匹にしか出してないからな。アキの後で犯すことにする」

「殺すなよ?」

「そんなヘマはしないよ。薬漬けにして売るのだろう?」

「あぁアナルも犯しておけよ。薬漬けの後に好きものが買い取ってくれるからな」

「わかった。わかった。また、汚えケツの穴に入れるのか?」

「お前、好きだろう?」

「そういうお前だって、穴ならなんだって良いのだろう?」

「違うぞ!お前と違って、ガキは相手にしないからな」

「そうだな。俺はお前と違って、オスには手を出さないからな」

 そこに、髪の毛を引っ張りながら1人の女性を引きずった男が現れた。

「アキ!もう壊したのか?」

「あ?」

 アキと呼ばれた男は、浴衣姿で服装が乱れて局部が顕になっている女性の腹を蹴る。女性は反応すらしなくなっている。

「殺してないよな?」

「大丈夫だ。生きている。初物じゃなかったけど、締りはよかったぞ?後ろは初めてだったようだから鉄の棒を刺したらいい声で泣いたぞ、うるさかったから殴ったら右耳がちぎれたけどいいよな?後ろは使えないけど、他の穴は使えるぞ?」

「死んでなきゃいいよ。残念だったな。ムロ。使えないな」

「いいよ。次に期待だ」

「祭りのときなら攫っても平気だ」

「薬は?」

「いつもの場所に置いてある。攫ったオスにも薬をキメろよ」

「わかっている」

 ムロと呼ばれた男は、廃墟の奥の部屋にぐったりとしている女性を引きずっていく。
 その部屋には全裸になっている男女が10名程度放置された状態になっている。

「これで、『若者の乱れた性』現場の出来上がりだな。あとは、売人が勝手に連れていくのだろう」

 ムロは、食パンを無造作に投げる。
 男女は群がってパンを貪るように食べる。排泄もその場でして男は女を犯して女も受け入れる。女は男の上にまたがって腰を動かす。

「俺たちも良いことをしているよな!メスは満足して腰を振るようなるし、オスは好きにできるし、俺たちには金が入る。メスは仕事がもらえる!誰も困らない!」

 娘は2年前の夏祭りに彼氏と出かけてから帰って来ていない。
 彼氏の湯沢くんも一緒に消えたことから駆け落ちでも下のかと言われたが、結婚に反対していなかったことや湯沢家からも歓迎されていた。二人が駆け落ちする必要は一切なかった。

 元気だった妻も体調を崩して冬には肺炎を患って帰らぬ人となった。湯沢家も執拗なマスゴミの取材という名前の狂気にさらされて、最初は奥さんが続いてお兄さんが最後には旦那さんが自殺した。
 娘たちが居なくなった夏祭りの1週間後に隣町の廃墟で薬を使った乱交パーティーが行われていて数名の男女が逮捕された。娘と湯沢くんもここに居たのではないかと言われた。湯沢くんの空の財布が近くに落ちていたからだ。

 夏祭りに出かけた二人。
 娘からの最後の連絡は「プロポーズされた!最高のお祭り!」だ。

 娘が最高だと言った祭り。
 今年も1人で迎えるのかと思っていた。

 警察から2年前に行方不明になった娘が見つかったと連絡が入った。

 警察についてすぐに病院に行くように言われた。
 地下で眠る娘と再会した。物言わぬ娘の亡骸はやせ細っていた。健康だった肌は土色になっている。変わってしまったが娘で間違いない。首には、なにか締められたような痕がある。顔も殴られたのだろう・・・。

 怖かっただろう。痛かっただろう。

 警官は2課を名乗った。そして、娘の死は事故死だと言われた。

 殴られた痕があり、首を絞められた痕があり、なによりも全裸だ。そんな状態で事故死のわけがない!

 無情にも告げられた事実を理解することは出来なかった。

 娘は、複数の薬物の常習者で薬物中毒による死亡だと言われた。
 被疑者死亡で起訴されることが決まったと告げられた。

 どうやって家に帰ったか覚えていない。
 マスゴミが来る前に逃げ出す。娘と湯沢くんが管理して住むはずだった場所に逃げる。嫁が死んでから経営していた会社は信頼できる人に譲った。私一人だけなら困ることはない。

『どうしました?』

 昔から世話になっている弁護士に連絡をする。事情を説明したら、すぐに会いに来てくれた。気のいい男だ。

 彼は事情を聞いてすぐに行動を起こしてくれた。
 私は持っていた資産を売却した。活動資金が必要になるからだ。湯沢さんが持っていた山の名義を変更した。

 彼から紹介された探偵を雇った。探偵の親しい警官を巻き込んで事情を調べてくれた。
 探偵の努力もあって大まかな事情がわかった。

 主犯格は3名の男だ。有名企業や政治家の子息だ。大手病院の子息も居た。
 他にも関わった者たちが居る。探偵を使って調べ上げた。総勢49名。全員の素性が割れた。弁護士の彼には事情を説明しないで縁切りをした。私の祭りに彼を巻き込まないことに決めた。探偵は、私の祭りに参加すると言い出した。彼の身内も奴らの犠牲になっていたのだ。
 彼の紹介で反社の人たちとも知り合った。彼らも奴らを認識して潰そうと思っていたようだ。金を渡して手を引いてもらった。私の祭りにはふさわしくない。しかし、祭りにはテキ屋が必要だ。彼らから仕事誘拐を頼める人を紹介してもらった。

 資産を売却した金銭を使って祭りの会場設営を行った。金さえ払えば物品を用意してくれる人たちは居る。
 最後の物品の導入を持って祭りの準備は終わった。

「49名の招待を行いましょう。まずは、主要の3名ですね」

「その前に、死体を2つお願いします」

「そうでした。私と貴方が死んだことにしないと面倒ですからね。でも、よろしいのですか?」

「問題ないですよ。貴方こそよろしいのですか?今なら戻れますよ?」

「戻る?面白いことを言いますね。こんな最高のお祭りに参加させないなんてひどいですよ」

「そうでした。もうしわけない」

 3日後に、死体が手元に届いた。
 遺書を残して私の代わりになってもらう。警察関係者の中に居る協力者がうまくやってくれるだろう。

 ははは。なんていう天恵!
 娘の誕生日に祭りが始められる。最高のお祭りになるのは間違いない!

「彼らの様子は?」

「悪態をついていますが、出された食事やアルコールは警戒していないですよ」

「そうですか、女性に持っていってもらっているのがよいようですね」

「それで?」

「すでに犯していますよ」

「ハハハ。楽しいですね」

 配膳の女性は、祭りに招待した49名の中に居た人だ。関係者の中に夫や恋人が居る。もちろん、動画を撮影して招待した人たちに見てもらっている。46名のうち女性は5名で残りの41名は個室を用意した。椅子に座ってもらっていますが、暴れられても祭りがつまらなくなってしまうので拘束した。
 女性には首輪をしてもらった。外したら電流が流れるようになっている。彼らが娘と湯沢くんにしたように薬漬けになってもらう。薬のためなら夫や彼氏以外も求めるようになった。

 椅子に拘束している参加者の中で心が弱かった者が死んでしまった。残念だ。祭りはまだ中盤にも差し掛かっていないのに・・・。

 しかし、死者が出てしまったので、中盤に予定していたイベントを行うことにした。
 参加者もきっと喜んでくれるでしょう。

「3人の様子はどうですか?心が壊れるような逃げ方をされたら祭りが白けてしまいますからね」

「わかっています。女性に相手をしてもらっていますし、精神安定剤を混ぜた食事を美味しそうに食べています」

「それは良かった」

 さて女性の中で二人を選びます。元探偵が選んでくれました。元探偵の身内を嵌めた女性です。

「えへ。なんでもします。ちんぽを咥えたら薬をくれる?沢山、沢山、欲しいの!」

「汚いですね。必要ないですよ。それよりも、二人に頼みたい仕事があります」

「「はぁーい。なんでもします」」

 良い返事です。
 のこぎりとナイフと包丁と金槌を渡します。途中退場した人を材料に料理を作ってもらいます。椅子に固定している人たちの食事は今日から彼女たちが作る人肉が材料です。残っている人たちは、彼ら3人の世話をしている者を除くと30名になってしまいました。

「半分に減ったら次の段階に移行しましょう。彼らは?」

「騒いでいますが、大丈夫です。他愛もないことです。状況判断が出来ないのか、父親の権力に縋っています」

「それはいいですね。それでは、最高のお祭りの終わりを始めましょう」

 ネットに流れた動画は、数ヶ月前から行方不明になっていた3人の男性だ。
 椅子に固定されて、首輪をして全裸の状態だ。モザイクもなく配信されている。覆面だけをした全裸の女性が現れて男性器を咥えてから挿入する。その後、満足したのか抜いてから眠らせてから指を切り落としたり爪を剥いだりする。削除されても、削除されても動画が復活してくる。
 最初は女性が挿入までしていたが、勃起しなくなってからは薬で強制的に勃起させてから、死体と思われる女性を抱かせる。何度も何度も繰り返す。死体の女性が使えなくなったら、今度は死んでいると思われる男性を抱かせる。躊躇しないで薬を使わせる。勃起させるだけではなく、精神安定剤も大量に投与される。

 自分が行ったことを告白すれば3人のうち1人は助けると機械音声が流れると、3人は自分たちの罪を告白した。
 しかし、父親たちが失脚するには十分なインパクトを世間に与えた。

 椅子に拘束された状態で死んでいる15名と薬漬けで意識がはっきりとしない女性3人と身体を引き裂かれた女性2人と複数の男女と思われる死体を警察が発見したのは動画が流れてから1週間後だった。

 警察が踏み込んだときには、独白した3人は姿かたちもなかった。

 そして、壁には血文字で「最高のお祭り」と書かれていた。

2020/04/24

【4で割り切れて】400で割り切れて・・・

 空になったコップをテーブルの上に置いて旧友に愚痴を言う。

「ヨウコ!聞いてよ」

 学生時代からの親友であるヨウコに話を聞いてもらう。

「はい。はい。今日はどうしたの?また、いつもの人?」

「そうなの聞いて!うるう年って有るでしょ?」

「うん」

「計算方法って知っている?」

「マキ。私のこと馬鹿にしているの?文系でもそのくらい知っているわよ。4で割り切れる年でしょ?」

「でしょ!でしょ!それでいいよね!」

 私は、注文していたモスコミュールを一気に煽る。
 ヨウコの顔が”今日も長くなるのか”と言っているようだが気にしない。

「マキ。そんなに一気に飲まなくても。それにしても、モスコミュールなんて飲むようになったのね。今まで、甘いカクテルか果実酒だったのに、大人になったね」

 ”ケラケラ”と、笑っているヨウコに指摘された。いつからだろう?モスコミュールが好きになったのは?
 ヨウコのように日本酒を嗜むわけでもなく、梅酒や杏酒しか飲めなかった。

「それでね!」

「え?まだ続くの?」

 当然!全然話せていない。大学を出て入った会社はIT関連の会社だ。

「ヨウコもうるう年の計算が間違っているって言われるよ!」

「そう?でも、いいよ。私は、SEじゃないから」

「違う!プログラマ!」

「はい。はい。それで?」

 パンの耳で作られている名物のガーリックトーストを口に放り込みながら私の話を聞いてくれる。

「うん。それじゃダメって言ってやり直しさせられたの」

「いつもの人?」

 私は、肩書はSEだが1人でシステムを構築できるわけではない。クラスの一部を担当させてもらっている。仕様書をもらってコードに落とすのが仕事だ。昨日は部内で行われるコードレビューの日だった。

「飯塚さん。一応、OKは出せますが、うるう年は4年に一度でありません。しっかりと調査してコードに落としてください」

「え?」

「何度も言っていると思いますが、仕様書を読み解いて作ってくださいとお願いしていますよね?」

 上司である井上さんの小言が始まった。
 私が作ったコードではお気に召さなかったようだ。仕様書では、”1901年から2099年までの日付と時間をもらって指定されたクラスを生成して返す”となっている。クラスは、存在する日時なのか?うるう年なのか?和暦表現。祝日なのか?曜日。等々カレンダーに関係する情報を返すのだ。

 どうやら、私が作ったうるう年の計算が間違っていると言っている。

「井上さん。テストでは、うまくいきました。1901年から2099年までの全部の年で確認しました!仕様は満たしていると思います!」

 今までは、私が間違っていたが今回は間違っていない。
 毎回、井上さんのコードレビューで注意されたから、今回は全件チェックを行った。実際のカレンダーを見て確認したから間違っていない。

「飯塚さん。この部分でうるう年を判定していますよね?」

「そうですが!」

 しっかりとテストしたから強気で出られる!

「確かに、飯塚さんが担当するクラスの仕様では、1901年から2099年ですね。このシステムの概要設計を読みましたか?」

「え?」

 自分の担当以外は会議で出た場所以外は読んでいない。そもそも、読む理由があるとは思っていない。
 え?周りの人を見ると読んでいるのが当然という雰囲気だ。
 読んだほうがいいとは言われたが、読む必要はないと思っていた。

「全部を熟読する必要はありませんが、概要設計くらいは読んでください。今回は時間も差し迫っていますので、改善点を告げますが、次からは注意してください」

「・・・」

「飯塚さん。納得してくれとは言いませんが、自分のミスなのです。認めてください」

「私・・・。ミスして・・・。いません」

「いいえ、貴女のミスです。概要設計には、このシステムは、2200年まで動かすことが前提となっています」

「え?」

「そして、貴女が作ったファンクションでは、2100年と2200年をうるう年の判定してしまいますが、この2つの年はうるう年ではありません」

「・・・」

「いいですか。うるう年は、たしかに4で割り切れる年ですが、条件はまだあります。100で割り切れない年がうるう年です」

 え?それなら・・・。

「そうです。2000年は100で割り切れてしまいますが、うるう年です」

「それじゃ!」

「400で割り切れる年はうるう年なのです」

 頭が混乱する。
 400で割り切れたら、うるう年。
 4で割り切れて、100で割り切れない年がうるう年。

「え?でも、仕様では・・・」

「そうです。でも、概要設計では2200年まで使うことを想定するとなっています。確かに、飯塚さんの担当部分では1901年から2099年です。それなら、”4で割り切れる”だけでも問題はありません」

「なら!」

「ダメです。”うるう年”の判定なのですよ?飯塚さんならわかりますよね?」

 井上さんが私の目をじっと見つめてきます。
 怖いけど、温かい眼差しです。途中からわかっています。私が間違っていたのです。渡された仕様は、協力会社のSEさんから渡された物です。仕様書が間違っていると指摘しなければならない立場の私が仕様書を鵜呑みにして楽な方に逃げたのです。
 概要設計を読んでいれば・・・。うるう年をもっと真剣に調べていれば・・・。もっと、私に知識と経験があれば・・・。
 井上さんは、”いつも”言っていました。経験がなければ、経験がある人に聞け。または調べる。些細なことでも疑問に思え。きっと、井上さんも、以前に作ったシステムでうるう年を調べたのでしょう。私は、経験がないのに自分の知っている事実だけで作って・・・。無駄なテストに時間を使ってしまったのだ。
 悔しくて、うつむいてしまった。

「いいですか?飯塚さんが作っているファンクションは一部ですが、日付や日時のチェックはいろいろな場面で役立ちますし使われます」

「はい」

 そんなことは言われなくても・・・。

「それなら修正をお願いします。いつまでに出来ますか?」

「明日には終わらせます!」

「飯塚さん。いいですか・・・」

 また小言が始まってしまった。早ければいいと言うものではない。
 わかっています。私がこれで明日までに出せなかった、明日から始める予定になっている部分のリスケが必要になる。話を切り上げたくて、ギリギリの日付を口にしてしまった。井上さんは、ギリギリなのがわかっているのか注意してくれているのです。
 わかっています。でも、私はこの人に認められたい。”よくやった”と言われたい。

 だから。

「なんだ!マキが悪いってことなのね」

「そうだけど・・・。でも!でも!言い方って有るでしょ!」

「マキ?あんた。泣いているの?」

「違う!泣いてなんか居ない!」

 涙じゃない。目から汗が出ただけ!

「はい。はい。それで?」

「違うからね!」

 ヨウコに会議での話を説明する。
 おかわりのモスコミュールを一気に飲み干す。強いアルコールが心を揺さぶる。
 なんで私はこんなにも井上さんに認められたいのだろう?プログラムのこと以外ではだめな人で、客先に行くのに服装を気にしない、寝癖がついたままのときだってある。酒豪で、いくら飲んでも顔色人使えない。ウォッカやテキーラが好きで、ウォッカベースのカクテルをいろいろ教えてくれた。
 そうだ。客先でミスを犯して落ち込んでいる私をバーに誘ってくれたのも井上さんで、そのときにモスコミュールを飲ませてくれた。井上さんにも文句を沢山言ったけど笑って許してくれた。

「マキ。マキ!」

「ん?何?」

 酔ってきたかも。

「あんたのスマホがさっきから鳴っているけどいいの?」

「え?」

 スマホを取り出して確認する会社からだ。こんな時間に会社から電話がなるなんて問題でも発生したのか?
 アルコールが入っているから今から行っても。

「切れた?」

「かけなおしたら?」

 ひとまず確認してみると、3回ほど会社から着信がある伝言は残されていない。会社からの電話の前に知らない番号からの電話が入っていた。

「そ・・。そうする」

 かけようと思ったときに、会社から4回目の連絡が入った。

「はい。飯塚です」

 え?言っている意味が理解出来ない。
 なんで?嘘?

「わかりました。すぐに。はい。いえ、大丈夫です。はい」

「マキ?」

 電話を切る。まだ電話の内容が理解できない。違う。認めたくないのだ。

 今日。2月29日は私の誕生日。4年に一度の記念日。会社を定時で出た。井上さんが”今日は帰っていい”と言ってくれた。ヨウコとの約束が有ったが、仕事が遅れそうだったので、約束をキャンセルしようとしたら、井上さんが”4年に1度の誕生日だろう?6才児は帰っていいぞ。テストだけだろう?代わりに消化しておく、来週の土曜日の結合に参加してくれればいい。休日出勤だけどな”そう言いながら笑いながら・・・。

「マキ?大丈夫?何だったの?顔が真っ白だよ?本当に大丈夫?」

「あっうん。大丈夫。ヨウコ。ごめん。会社に戻らなきゃ。違う。病院に・・・」


 4年前の2月29日。井上は、事故にあって帰らぬ人となった。
 マキは、約束の時間よりも少しだけ早く約束の場所に来た。

「ずるいですよ。人の誕生日に、告白して返事を聞かないで・・・。気持ちに気がついたときには相手が居ないなんて。私の誕生日だったのですよ?4年に一度だけの告白なんて洒落たまね。馬鹿ですね。これから4年に1度。貴方のことを思い出します。それ以外は、綺麗サッパリ忘れますからね。それじゃダメですね。100で割り切れる年は思い出しません。でも、400で割り切れたら思い出すことにします。私が生きていればですけどね。あのクラス、そのままリリースしちゃいましたよ!」

 墓石に井上が好きだったウォッカを置いた。

「献杯!」

 マキはモスコミュールを飲み干した。モスコミュールの酒言葉は「その日のうちに仲直り」。

「飯塚」

 時間通りに社員が集まってきた。今日は、4年に一度の墓参りなのだ。

2020/04/24

【第四章 復讐】第二話 西沢円花

 西沢円花は、旦那が会社の資金を流用して購入した高級外車を走らせていた。

「なんで私が、私は社長夫人なのよ!」

 旦那のIT企業は本社を地元に置いて、都内に支社を作っていた。規模は、支社の方が大きいのだが、本社機能だけを残している。

「あの人も、あの人よ。今更、なんだって言うのよ!」

 円花は、先日警察から呼び出しを受けた。地元の古くあまり使われていないキャンプ場で白骨化した死体が見つかったのだ。

 同窓会の時に起きた凄惨な事件と相まってマスコミが騒いだ。
 見つかった当初は、20年近く前の白骨死体とだけ報道された。

 数日後、身元が判明してからマスコミの動きが変わった。

”須賀谷真帆”

 見つかった死体の身元だ。
 マスコミや世間は、円花が出席した同窓会で発生した事件と結びつけた。

 そして、どこから情報が漏れたのかわからないが、当時須賀谷真帆をいじめていた生徒が居たと報道した。
 名前までは出ていなかったが、とある雑誌社がイニシャルで報道した。

 地元では有名な話だったので、覚えている人も多かった。
 そのために、円花だけではなく旦那の会社にも影響が出始めてしまった。

 旦那は、”円花のためを思って”というもっともらしい理由を付けて、円花を地元から遠ざけた。

 地元が好きではなかった円花は、旦那の話を受けて、都内のホテルでしばらく身を隠すことにした。

(無駄だよ。どこに隠れても見つけ出すよ)

「え?なに?」

 円花は、子供の声が聞こえた気がした。

 マホの復讐は始まったばかりだ。

 円花は、旦那に指定されたホテルにチェックインした。部屋はセミスイートだ。旦那からはおとなしくしておくように言われていたが、円花が従うわけがなかった。
 泊まった部屋がスイートではなかったと、旦那に電話で抗議した。それだけでは怒りが収まらなかった円花は旦那の会社の支社に電話をかけて、数名をホテルに寄越すようにお願い命令した。1人では何も出来ない自分の世話をさせるためだ。地元なら許されたかも知れない行為だが、東京では許されなかった。すぐに、支社から本社に連絡が入って、社長である旦那に抗議が入ったのだ。売上を支社に依存している関係で、強くも出られない状況で丁寧な苦情を旦那は聞かされ続けた。

 円花が従業員召使いが来ない状況に痺れを切らして支社に電話をかけるが、誰も出ない。無視されたと考え、旦那に電話をかけるが、旦那にも繋がらない。

 イライラが収まらない円花は、ルームサービスで一番高いワインを注文する。
 注文は、端末からする仕組みになっていて円花が望んだワインの注文は受け付けられた。

 しかし、何分待ってもワインが届かない。円花は、フロントに電話をかけるが繋がらない。泊まっている部屋がセミスイートなので専属のコンシェルジュサービスが付属しているのを思い出して、コンシェルジュを呼び出すが反応が無い。

「どうなっているのよ!!!」

 円花は持っていたグラスを窓に叩きつける。グラスが割れる音だけが部屋の中に響くだけだった。

 円花のスマホが鳴った。旦那からの折返しかと思って、スマホを見るが知らない番号からだ。

「誰?クズ?ルームサービス?さっさと持ってきなさい!それから、グラスが割れたから、片付けもしなさいよ!」

 いきなり相手を確認しないで自分が言いたい事を言い放つ。

『西沢円花さん。貴女は、旧姓も西沢でしたね。須賀谷真帆さんの事で聞きたい事があります』

「何よ!須賀谷真帆なんて知らないわよ!誰!名乗りなさい!私は、西沢なのよ。社長夫人なのよ!無礼よ!」

『貴女はそういう人でしたね』

 電話の声色が変わった。男性の声から、急に女性の声になった。喋り方も柔らかくなる。

「誰!私のことを知っているのなら、私がどんなに偉いのかすごいのか知っているわよね!」

 ヒステリックに喚く円花の声を聞いて、電話の相手は静かに笑っただけで、円花の反応を楽しんでいる様子だ。

「誰なの!!私は忙しいの!いい加減にして!」

 円花は、スマホを操作して通話を切る。

 急に、部屋のTVの電源が入って、女の子の後ろ姿が映し出される。
 TVから声が聞こえてきた。

『西沢さん。偉いのは、貴女じゃないでしょ?貴女が出来たのは、須賀谷真帆さんに暴力を振るうことだけですよね。それも、周りに人が居ないと何も出来ない』

 円花はTVのリモコンを持って、電源を落とそうとするが、電源が落ちるわけがない。
 TVに映っている女の子のシルエットも最初は1人だけだったのが、徐々に増えてすでに10人にもなっている。円花が、リモコンを乱暴に操作するのに合わせて、笑い声をあげている。

『こうやって、よく笑っていたよね』

 TVの真ん中の女の子が振り向いた。顔はよくわからない。
 その子が、円花に話しかける。

 錯乱した円花は、リモコンをTVに投げつける。激しい音が部屋中に鳴り響いて、TVから女の子が消えた。

「知らない。知らない。私は、なにも知らない!私が何をしたの?私は選ばれた人間なのよ!こんな事!おかしい!おかしい!おかしい!」

『おかしくないよ!西沢さんは、昔から変わらないね。自分が気に入らない事があるとすぐに逃げたり、言い訳したり、誰かのせいにするよね!』

 セミスートの窓に、1人の女の子が居て、円花に話しかける。

 隣の窓にも女の子が現れる。

『西沢さん。須賀谷真帆さんが大事にしていた筆箱を捨てたのは、貴女だったよね』

 その隣にも・・・。順番に、部屋にある窓やガラスに女の子が現れて、西沢が真帆にした行為を笑いながら話し始める。

「ち・・・ちがう・・・。わた・・し、かん・・・け・・・い・・・な・・・い。し・・・ら・・・な・・・・い」

『『『『そう?知らないの?だったら、いらないね。殺しちゃう?』』』』

 女の子たちが声を揃えて円花に話しかける。

「え?」

『『『『だって、西沢さん。必要ないなら死んじゃえと言ったよね?』』』』

『『『『言った。言った!』』』』

「言って・・・ない」

『『『『言ったよ!仏舎利塔で時計も探せないのなら死んじゃってもしょうがないねと言ったよ!』』』』

「・・・。ゆ・・・る・・・し・・・て。あれは、そう!先生が・・・。そう!先生が悪いの!私は悪くない!私は、何もしてないよ!須賀谷さん何でしょ!許してよ!もう・・・。昔の話・・・」

『『『『昔!?』』』』

 円花のセリフに女の子たちが激しく反応する。
 部屋の明かりも心臓が脈打つように点滅し始める。円花の心臓にリンクしているかのように点滅も徐々に早くなっていく。

「そう、昔の話!私も、反省している。許して。許して・・・。許してください」

 床に頭を付けるようにして、何に謝っているのか、わからないが、円花は必死に謝った。このままでは、殺されると思ったのだ。

『『『『ふーん』』』』

 明かりの点滅が少しだけゆっくりになった。
 円花は、許されたと甘い考えが頭をよぎった。自分が謝っているのだから、許されて当然だと思っているのだ。

 最初に窓ガラスに映った女の子が振り向いた。

『西沢さん。須賀谷真帆さんがそうやって謝った時に貴女は何をした?』

「え?」

 円花はそんな事を覚えているわけがない。

「わたし・・・。そう!須賀谷さんを許して、立たせて、膝に着いた汚れを払ったよ!そう、そう、私は何も悪い事はしていない。許してあげたよ!」

 もちろん、そんな事はない。
 何も悪くない真帆を、ただ前を歩いていたというだけで、真帆を後ろから蹴飛ばして、土下座させて、謝る真帆の頭を足で押さえつけた。その後で、何度も何度も笑いながら背中を蹴ったのは、西沢円花なのだ。

 窓ガラスに映った姿は、小学校のときの西沢円花にそっくりだった。
 悲しそうな目をして、大人になった西沢円花を見ている。

『『『『ふーん。そう?だったら、立っていいわよ?立てたらね』』』』

 顔が解る女の子以外の女の子が一斉に喋りだす。

「え?は?」

 円花は、立とうしたが、膝から下に力が入らない。

「さ・・・。さむ・・・い。し・・・にた・・・・くな・・・い。わ・・・た・・・・し・・わ・・・く・・・・・ない。な・・・ん・・・で、あ・・し。わた・・・しの・・・な・・・い・・・の?」

 円花の最後の声を聞いた者は居なかった。

 翌朝、朝食を持ってきたボーイが目にしたのは、膝から下が切断された状態で横たわる西沢円花の姿だ。
 部屋の中央で土下座の格好になっている西沢円花が、目の前にある自分の足に手を伸ばして息絶えている状況だ。スマホには、西沢の旦那や支社からの着信が数十件残されていた。

 不思議な事に、遺体からは血が一滴も出ていない。部屋にも、血の匂いも荒らされた様子もない。グラスも割れていないし、TVも壊されていない。円花の部屋には、封が開けられていない。高級ワインが一本だけ置かれていた。

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2020/04/24

【第八章 リップル子爵とアデヴィト帝国】第十九話 カスパルの報告

 動かない二人を見てヤスは戸惑っていた。部屋の前で立って待たれるとヤスが困ってしまう。それに、どこから突っ込んでいいのか解らないのだ。

 ヤスも神殿から出る時に、二人を見送っているが、その時にはしていなかった腕輪をしている。それも、二人でお揃いの腕輪だ。

『マルス。お揃いの腕輪は、結婚の証なのか?』

『婚約指輪と同等と考えてください』

『わかった』

 ヤスは、二人を観察した。おそろいの腕輪以外ではおかしなところはない。座っていたソファーから立ち上がって二人を招き入れる。

「いい加減に入ってこいよ」

「あっ。もうしわけございません」

 二人が動き出したのを見てから、ヤスはソファーに座り直す。

 ヤスの呼びかけで二人は腕を組んだまま部屋に足を踏み入れた。
 ヤスの正面に座る形でソファーに腰を降ろした。

 丁度よいタイミングで、ファイブが飲み物を持ってきた。3人の前に置いて、ヤスの後ろに控えるように立った。

「いろいろ聞きたいが・・・」

 ヤスが言葉を続けなかったので、カスパルとディアスは体を硬直させた。結婚は、二人で決めたのだ。咎められるとは思っていなかったが、領都からユーラットに向かう途中で今にも倒れそうな子供たちを発見して保護してしまったのだ。子供たちの目的地が新しく攻略された神殿だと聞いて、駄目だとは思ったがアーティファクトに乗せて連れてきてしまったのだ。二人は、ヤスが領都や王都から大量の物資を運んできて、住民に無償で提供しているのを知っている。子供と言っても12名も増えてしまえば、物資がまた必要になってしまう。その上、一部の者しか知らされていないが、リップル子爵家や帝国に対しての報復嫌がらせを行っている最中なのだ、物資が足りなくなってしまう可能性だってある。子供を助けたことは後悔していない。後悔していないが、恩人であるヤスに不利益になる動きをしてしまったのではないかと不安になってしまっているのだ。

「あ・・・まぁ・・・。そのな。結婚おめでとう。なんか、煽ったようで申し訳ないのだが、二人で決めたのだろう?考えを尊重するよ。本当に、おめでとう。家は、今の場所でいいか?別の場所が良ければ移動してもいいぞ?」

 ヤスは一気に言い切った。考えが上手くまとまらないが、祝福している気持ちだけは伝わった。

「え?」「・・・」

「ん?」

「ヤス様。俺・・・。私たちは、神殿から追い出される覚悟で・・・」

「出ていきたいのか?」

 二人は、勢いよく首を横にふる。

「そうか、よかった。二人が居てくれないと困る」

「え?」「・・・」

「カスパルは、領都までの荷物と人の搬送を行ってくれた。これから、もっと長距離の移動を頼みたい。俺1人で神殿に住む者たちの物流を行うのは無理だ」

「はい。はい。必ず。ヤス様の期待に応えます」

「うん。期待している。ディアスには、アドバイザーとして、サンドラやドーリスと違った視点での意見を期待している。俺だけで神殿が運営できるわけではない」

「ありがとうございます。ヤス様のお気持ち、大変うれしく思います」

 3人の間に先程までと違った沈黙の時間が訪れた。
 カスパルとディアスは組んでいた腕を降ろして、肩の力が抜けた。ヤスもそんな二人を見て間違っていなかったと安堵の表情を浮かべている。

「カスパル。それで?」

「え?」「(カスパル。ヤス様に報告しないと・・・)」

 ディアスが、カスパルにだけ聞こえるような小さな声でヤスが期待している話を振ってくれる。

「あっヤス様。俺もディアスも、親も兄弟もいません。でも、二人で生きていくと決めました。ヤス様。ご許可いただけますか?」

 カスパルが真剣な表情でヤスに告げた言葉は、ヤスやディアスが考えていたセリフとは違っていた。

 ヤスとディアスは、カスパルの斜め上を行く宣言にお互いを見てしまった。

 ヤスは、笑いそうになるのをこらえるのが必死だ。
 ディアスは、カスパルの発言を嬉しく思ったのだが、ふさわしいセリフではないと考えていた。

「カスパル。先程、ヤス様はなんといいました?」

「え?『それで?』と言ったから、結婚の事じゃないのか?」

「はぁ・・・。カスパル。ヤス様は、その前に『結婚おめでとう』と言ってくれています。まだ婚約なので、違うとは思いますが、ヤス様はすでに認めてくれています。その上で報告を聞きたいとおっしゃっているのですよ?」

 カスパルが驚愕だという表情でヤスとディアスを交互に見る。

「え?そうなの?」

 ヤスは、イタズラを思いついた顔をしてから、ディアスに真剣な表情で話しかける。

「ディアス。カスパルでいいのか?もっといい男が居ると思うぞ?」

 ディアスも、ヤスの意図が解ったのか、カスパルを見てから息を吐き出して、ヤスを見てから話しに乗った。

「はい。そうですね。私も早まったかも知れません。考え直す必要があるかもしれません」

「え?ディアス・・・。そんな・・・。ヤス様も、止めてください」

「ハハハ。カスパル。大丈夫だ。ディアスの心はお前にむいているよ。それで?ノロケは時間が有る時にゆっくりと聞かせてくれ、報告を頼む」

 ヤスの言葉を受けて、カスパルもディアスも姿勢を正した。

「はい。報告します」

 カスパルが、神殿の出発から領都に到着するまでの話を報告した。

「アーティファクトには問題はなかったのだな?」

「はい。事前に、ユーラットを出てから、燃料計には注意しろと言われていましたので、注視していましたが、問題はありませんでした」

「動作にも違和感がなかったか?」

「・・・。はい。ございません」

「カスパル。どんなに些細な事でも報告してくれ、今後の運用を見直す必要があるかも知れないだろう?」

「失礼しました。操作には問題は発生しませんでした」

「操作には?」

「はい。ヤス様のアーティファクトですが、結界が常時発生しています」

「そうだな」

「商隊の馬車とすれ違ったのですが、その時に馬が結界に接触してしまって、よろけてしまって・・・。あっ大事には至らなかったので良かったのですが、任意で切るとか、大型のアーティファクトの場合には、結界をギリギリの大きさにするなど・・・。出来ませんか?」

『マルス』

『可能です』

「できるが、考えさせてくれ、セバスの意見も聞きたい」

「わかりました。あと、できればですが、バスと言いましたか?あの中を改造したいのですが、許可をいただけますか?」

「改造?」

 カスパルは、今回の様に荷物と人を運ぶ時でも、ダブルキャブではなくバスで運びたいというのだ。
 運ぶのが、荷物と決まっている時なら、トラック形式が楽でいいのだが、人と荷物と何を運ぶのか決まっていない時には、ダブルキャブではなくバスで運びたいというのだ。改造案もディアスと話してきたのだと言っている。

「別にいいぞ?」

「よろしいのですか?」

「工房に居るドワーフたちと相談して決めてくれ」

「ありがとうございます」

「ダブルキャブとユーラットとの物流で使っているケートラもカスパル専用にする。改造をしていいぞ。しっかりと仕事してくれよ」

「え?よろしいのですか?」

「そうだな・・・。結婚祝いだな」

 ヤスは、得意にしている”本人曰く、渋くニヒルな笑い”をカスパルとディアスに見せる。悪ガキのイタズラを思いついたときの笑いにしか見えない表情を見せられて、二人は反応に困ってしまっている。

 ヤスは、カスパルに3台の業務車を贈った。丁度いいタイミングだと思ったのだ。

「ディアス。それで、子供はどこで拾って、どこから来た?まさか、いきなり12人の子供を産みましたとか言うなよ?」

 カスパルに聞くよりもディアスの説明のほうがしっかりと事情や状況が解ると思ったのだ。それに、カスパルよりは間違いが少ないだろうと思ったのだ。
 確認した映像では、子供たちに最初に気がついたのはカスパルだった。カスパルが助けようと言うのを、思いとどまらせたのがディアスだ。しかし、子供たちに最初に近づいたのは、ディアスなのだ。ダブルキャブの荷台に子供たちを乗せて、ゆっくりとした速度で移動してきたのだ。

「ヤス様。子供たちは・・・」

2020/04/23

【第八章 リップル子爵とアデヴィト帝国】第十八話 嫌がらせ作戦実施中??

 ヤスは、ユーラットの駐車スペースに戻ってきた。メイドにカードを渡して、FITのロックを外す。
 運転席に乗り込んだ。

『マスター。東門に向かう。ルートが構築されました』

『お!どんなコースだ』

『ディアナに転送しました』

 カーナビに、レイアウトが表示される。上から見たコースと高低差が解るようになっている。表示が切り替えられるようになっている。

『マルス。なんで、130Rからの高速S字が有ったり、立体交差が有ったり、わざわざ登ってから下りながら90度ターンをするようなコースになっている?』

『マスターの満足度から判断したコースです。問題はありますか?』

『なんで2つのコースを作った?』

『ラリー用のコースも用意しました』

『ラリーは、FITでは難しいな。モンキーでも無理だろうから、何かあった?ヤリスは買ってなかったからな・・・』

『ラリー用ではありませんが、シビックType-Rなら走破が可能です』

『そうか、雪道使用にしてあったやつだよな?』

『はい』

『わかった。試走を兼ねて東門ルートを通ってみる。幅は?』

『スリーワイドでも大丈夫な幅を確保しています』

『よし。走ってみなければわからないな。S660のほうが楽しめそうだけど・・・』

 ヤスは、スマートグラスを取り出して装着する。
 コースの情報が表示されるので、ナビで確認する必要がなくなる。

 Sモード走行に切り替えて、パドル操作を行う。エンジンの回転数を2000以下に落とさないようにコーナを抜けていく。加速しながらコーナを抜けると、身体に外向きのGがかかる。タイヤが路面を掴みきれずに徐々に外側に流れていく。ヤスは、タイヤを滑らせながらコーナの出口に向かって加速する。タイヤが路面を掴んだ瞬間にアクセルを踏み込んだ。

 ヤスは心の底から楽しいと感じている。

 最後のコーナを抜けると、東門にたどり着く。
 ヤスは、アクセルを踏み込んで、門の前に作った広場に滑り込んだ。タイヤの焼ける匂いを残しながら、ヤスが運転するFITは停まった。

『マルス。何箇所か修正を頼む。ランオフというよりも逃げ場所を作っておいてくれ、もう少し攻められると思う』

『了』

 ヤスは、ディアナにコースを表示させて、アクセルとブレーキのタイミングを表示させた。コーナの修正をマルスに指示をしてから、東門を通って神殿に入った。
 地下工房に移動して、FITのメンテナンスを頼んだ。

 執務室に入ってすぐに端末を起動して、討伐ポイントを確認する。欲望に忠実なヤスは、討伐ポイントが足りている状況を確認してから、S660を交換した。シビックType-Rと迷ったが、まずはS660にしたようだ。

 S660の準備ができるまで暇になったヤスは、カイルとイチカの様子を確認するために、運転練習場に向かった。

「あ!ヤス兄ちゃん」「ヤスお兄様!」

 ヤスが近づいたのが解った、カイルとイチカがモンキーに乗った状態で近づいてきた。他にも、何人か子供が居て、自転車の練習をしていた。

「だいぶ乗れるようになってきたな」

「うん!」「はい」

「他の子も、だいぶ自転車に慣れたな。これなら、神殿の中なら、自転車で手紙の配達とかできそうだな」

『マスター。賛成です』

「え?」

「カイル。イチカ。お前達は、モンキーを使って、ユーラットと関所の村に手紙や伝言を届けて欲しい」

「うん」「はい」

 二人にはすでに伝えてあるが、再度頼まれた事で、二人はより強く仕事として認識したのだ。

「さっき、ユーラットで聞いてきたけど、ギルド経由で手紙が大量に届いているようだ。そこで、自転車に乗れる子供たちが、ギルドで手紙を受け取って、配達を行って欲しい」

「いいのか?兄ちゃん!」

「ギルドに依頼を出して、達成されたら知らせを伝えなければならない。本当なら、依頼を出した者が見に行くのだが効率が悪い。ギルドには話しておくから、子供たちが依頼人に知らせに行けばいいだろう。子供たちもギルドから駄賃がもらえる。依頼人も確認する手間が省ける。ギルドも対応が減って楽になる」

 ヤスのこのアイディアは、自転車に乗れる前提で考えていたが、自転車がない場所でも通用する。孤児がスラム街やストリートに居着いてしまう状況は、王国でも少なくない領地で問題になっているのだ。子供に与えるような簡単な仕事がなかったが、メッセンジャーなら特別な技能が無くてもできるので、多くのギルドで採用する様になっていく。孤児の救済が表向きの理由だが、別の理由があった。依頼人に寄っては毎日の様にギルドに顔を出して、依頼の達成を確認していく者も居る。毎日ならそれほど苦痛では無いのだが、ひどい依頼人だと数時間おきに確認しにきて、ギルドの職員に文句を言っていく、そういった者への対処として期待されたのだ。実際に、導入したギルドでは依頼の確認回数が減った実績もあったが、迷惑行為を行う人物は減らなかった。

 ヤスは、カイルとイチカを連れてギルドに移動した。
 ギルドで、ドーリスに説明をして受け入れられた。最初は、ギルドの職員が着いて行くが、大丈夫だと判断したら、子供だけで配達を行うことが決まった。

「ヤスお兄様。ありがとうございます」

「皆、頑張っているからな。仕事だから、しっかりやれよ」

「はい」

 ヤスは、イチカとカイルの頭を両手で撫でた。方向を示したので、あとはドーリスがカイルとイチカと話をするのだと言っていた。
 時間が出来てしまったヤスは、ギルドの掲示板に張り出されている依頼を見るが、自分ができそうな依頼がないので、落胆した表情を浮かべて、ドーリスとカイルとイチカを見てから外に出た。

 久しぶりに、アフネスに会ったので、リーゼにでも会いに行くかと考えて、地下に向かおうとした。

『マスター。個体名カスパルと個体名ディアスが戻ってきました』

『今どこだ?』

神殿の守りテンプルフートです。通過までしばらく時間が必要です』

『わかった。地下駐車場に案内して、工房の執務室で話を聞きたいと連絡しておいてくれ』

『了。同乗者はどうしますか?』

『同乗者?』

『はい。カードを持っていない幼体が12名同乗しています』

『ツバキを呼んでおいてくれ、それから、子供は神殿の前でおろして、ツバキが健康状態のチェックと食事を与えて風呂に入れろ、その後は寮に送り届けろ』

『了』

 指示を出してから、ヤスは急いで執務室に戻った。
 情報端末から情報を得るためだ。確かに、子供は12名だ。人族だけの集団のようだ。健康状態もひとまずは大丈夫だろう。食事を与えて、風呂で綺麗にしてから、寝れば大丈夫だろうと判断した。駄目なら、ツバキが対処するだろうと考えた。
 ヤスは、ディアスやカスパルから事情を聞かなければならない。状況は、ディアナに記憶されているので、マルスに命令して該当箇所を調べた。
 どうやら帰り道で、子供だけの集団を見つけて、保護したというのが映像から判明した。

 厄介事にならなければいいとは思っているが、子供を見捨てる選択肢は持っていない。ヤスは保護した子供たちをカイルとイチカに預けるのがいいかと思っている。ヤスから見て、カイルは大丈夫だとは思っているのだが、イチカは成人して妹や弟がしっかりと生活できるようになったら、復讐するために神殿を出ていく可能性が高いと思っている。そうならないように、見えない足かせを嵌めようと思っていたのだ。
 この子供たちが、イチカの足かせになるのなら受け入れる理由としては十分だと思ったのだ。

 ヤスが情報端末で確認していると、ドアがノックされた。

「旦那様。ファイブです。カスパル様。奥様のディアス様が面会を求めていらっしゃいました」

「入ってもらってくれ、俺に適当な果実水を頼む」

「かしこまりました」

 ドアが開いて、カスパルの腕をしっかりと握ったディアスが耳まで真っ赤にして居た。カスパルは、何を緊張しているのか、直立不動でヤスを見ている。

2020/04/22

【第八章 リップル子爵とアデヴィト帝国】第十七話 関所の村を説明

 アフネスは、手に持っていた試算表をヤスに渡した。

「ふぅーん。アフネス。これで、ユーラットはいいのか?」

「問題はない」

「今更ながらの質問だけど、ユーラットのまとめ役は、アフネスなのか?」

「ん?確かに今更な質問だが、私ではない。村長は、しばらく空席になっているが、まとめ役はロブアンだ」

「え?」

「何かおかしいか?」

「いや、なんでも無い。・・・。・・・。・・・。そうだ!忘れていた」

「なんだ。ヤス?」「ヤス殿?」

「カイルとイチカの事は聞いているよな?」

 ヤスの問いかけに二人は渋い顔をしたが頷いた。

「ルーサの事も大丈夫だよな?」

「話は聞いている」「・・・」

 ダーホスには話が通っているようだ。
 アフネスは、状況は知っているのだが、ヤスに話していいのか迷っている。

「カイルとイチカは、神殿で元気にしている。アーティファクトを与えたから、そのうちユーラットに来るはずだ」

「え?アーティファクトを?二人に?」

 ダーホスが激しく反応を示すが、アフネスは知っていた情報なので、驚きはしなかった。

「そうだ。カスパルが操作するようなアーティファクトじゃなくて、人は運べないし、荷物も小さい物しか運べない。伝言や手紙程度を運ぶ専用だな」

「・・・。それは、助かる。カスパルに、手紙の受け渡しを頼んでいるが、一日一回ではそろそろ難しくなってしまっている」

「そうなのか?ギルド経由なら・・・。あぁそうか、神殿のギルドはまだそこまで処理能力があると思われていないのだな」

「はい。手紙や伝言が、ユーラットのギルド経由になってしまっているのです」

「すまない」

「ギルドの仕事ですから大丈夫です。でも、カイルとイチカが来てくれるのなら助かります」

「試験運用に合格したら、本格運用に移行するからな」

 ダーホスから、ギルドの実情を聞いて、ヤスはカイルとイチカにモンキーを与えたタイミングが良かったと思っている。実際に、タイミングが良かったのだが、神殿が攻略されて、レッチュ領に居たエルフ族やエルフ族と繋がりがあった者たちが移動してしまった事実を、ギルド経由で知った者たちが連絡を取り始めたので当然の成り行きなのだ。

「ヤス。それで、ルーサはどうしている?神殿に向かったのだよな?」

 アフネスがしびれを切らしたように、ヤスとダーホスの話に割って入った。
 ギルドの受付が持ってきた、飲み物を飲みきって、コップを机に乱暴に置きながら、ヤスを見る。

「そうだった。ルーサには、関所の村を任せる」

「関所の村?」「??」

「ん?サンドラやドーリスから話が来ていないのか?デイトリッヒも、ミーシャも知っている話だぞ?」

 サンドラやドーリスは、ヤスの行う”嫌がらせ”の内容は、極秘事項だと思って、ダーホスやアフネスに知らせていなかった。ミーシャやデイトリッヒも同じで、リーゼにさえ言っていなかったのだ。しかし、リーゼはカイルやイチカから断片的に話を聞いているので、ヤスが何かしている程度には知っていた。

「ヤス殿・・・。話を聞きたいが、聞かないほうがいいのか?」

「ヤス。まずは、私が話を聞こう。その後で、ダーホスやロブアンに話せる範囲で説明すればいい」

「わかった。ダーホスもそれでいいか?」

 ダーホスが認めたので、アフネスはヤスを連れて、海に向かった。

「アフネス?」

 アフネスに連れられてきたが、話をするような場所には見えなかったのだ。

「ヤス。宿屋で話を聞いても良かったのだが、新しく雇った娘は、里からのスパイで、神殿の主との話は聞かせたくなかった」

「スパイ?」

「あぁ里は、神殿を神聖なものと考えすぎていて、攻略したのが”ヤス若い人族”だと知られると厄介な状況になってしまうからな。力を付けるまでは、注意してくれ」

「なにができるかわからないが、わかった。でも、リーゼはいいのか?」

「リーゼは、神殿から出ないだろう?地下が楽しいと言っていたぞ」

 アフネスが深刻な表情を崩してヤスに近況を聞いた。
 ヤスも、しばらくリーゼと会っていないと言いながら、伝え聞いている話をアフネスに聞かせた。

「アフネス。リーゼの話をするために、引っ張ってきたわけじゃないのだろう?」

 アフネスは、ヤスの言葉で姿勢を正して、ヤスを正面から見た。

「神殿は何を”やろう”としている?」

「ちょっとした嫌がらせだ」

 ニヤリと笑ったヤスだが、表情が渋くなるはずもなく、悪ガキが楽しいイタズラを思いついた程度にしか見えなかった。

「全部、教えてくれ」

「わかった・・・」

 ヤスは、カイルとイチカを保護した所から全部を話した。
 ルーサが、ユーラットとレッチュヴェルトの間に作った関所の村に居て、村長に任命した事も話した。帝国に抜ける道にも同じ物を作成してあると説明したのだ。

「ふぅ・・・。こんな場所で聞く話ではなかった・・・」

「話は、俺がしたけど、場所はアフネスの指示だからな」

 場所は、ユーラットにある海岸だ。
 岩場があり誰も近くに居ないのは確認している。近くに人が居ても、波の音で話している内容は聞かれない。

「ヤス。最初に聞きたい」

「ん?」

「ヤスは、リップル子爵家を潰したいのか?」

「どうでもいい。できれば、俺が知らない場所で、カイルやイチカやルーサから見えない場所で幸せになってくれればいい。そうだな。別の大陸とかなら最高だな」

「・・・。帝国に関しては?」

「出方次第だな。ディアスの件があるから、手を取り合うような未来は見えないけど、国民の全員が悪いわけではないだろう?」

「それは・・・。そうだが・・・」

「降りかかる火の粉は払いのけるだけだ」

「わかった。ダーホスとロブアンに話す嫌がらせの内容は任せて欲しい」

「わかった。ルーサの件は?」

「関所の村は隠しようが無いからな。全部話す。それにタイミングがいいと考えたのだろう?」

「そうだな。アフネスの試算した通行税を取るのに丁度いいな」

「ユーラット側はそれでいいが、帝国側はどうする?」

「セバスが、サンドラと辺境伯を乗せて王都に向かっている。もう着いて、嫌がらせの件と合わせて話をしているはずだ。サンドラから聞いたけど、王国の法では、帝国に向かう道は、辺境伯領だという話だから、辺境伯から俺への詫びとしてもらうのなら問題はないと言われたぞ」

「・・・。そうだな。森も、誰の領地でもなかったはずだからな。神殿の領地だと宣言すれば、王国内では文句は出ないな」

「だろう?帝国が文句を言いたければ、神殿の俺が居る場所まで来ればいい。神殿まで来られればだけど・・・。な」

「ハハハ。そうだな。わかった。関所の村は、作った意図は別にして有意義なのは違いない。それに、王都からも告知がでるだろうから、大丈夫だろう」

「そうか、それならよかった。それで、アフネス。通行料だけどな」

「解っている。必要ないと言いたいのだろう?」

「そうだな。そもそも、休憩所のつもりで作った場所だし、あれば使うだろう程度にしか思っていなかったからな」

「わかった。試算の中に入っていたが、通行税は無料にして果実の持ち出しに税を付ける」

「それでいい。持ち出しだから、関所の村から出る場合に課せばいいよな?」

「それでいいのか?ユーラットに持ち込んで売る奴らが出てくるぞ?」

「いいさ。それに、ユーラットに居る人間なら、自分たちで好きなだけ取りにいけるだろう?わざわざ商隊や冒険者から買う必要は無いだろう。あっルーサに伝えて、関所を通る時に、帰りに神殿の領域内で採取した物は、持ち出し時に”税”を課すと説明させる必要があるな。一覧表でも作って渡せばいいよな?」

「そこまでする必要はないと思うけどな?」

「貴族とかが、果物が欲しいから取って来いとか言い出したときの対処だな」

「わかった。ダーホスにでも試算させればいい」

「別に、儲けようとか思っていないから、ギルドやルーサが困らない状態になればいいぞ」

 ヤスはアフネスから、石壁の道への要望を聞いた。
 今はまだ大丈夫と言われたが、道幅が狭い事や、休憩スペースに小屋を作れないかと要望を伝えられた。

 道幅は、馬車が二台すれ違う程度で考えていたが、馬車は道で立ち往生して道を塞いでしまう。すれ違いが難しくなってしまうので、今の三倍程度の広さが好ましいと言われた。ヤスは車がすれ違える幅で考えていたのだが、3車線道路程度の広さをキープするように考えた。

 小屋は、監視する者を住まわせておく場所が欲しいらしい。
 ヤスは、セバスの眷属たちが居るから監視は必要ないと思っていたのだが、監視しているというポーズも必要だと言われた。承諾して、1人が生活できる小屋を作る約束をした。アフネスに、普通の小屋でユーラットに有るような小屋で十分だと念を3回ほど押された。全部に解ったと伝えたヤスだが、小屋にはトイレと風呂が完備されていた。ヤスとしても、風呂とトイレは譲れない所だったのだ。

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2020/04/21

【第八章 リップル子爵とアデヴィト帝国】第十六話 ユーラットに寄り道

 ヤスは、関所の村をルーサとイレブンに任せた。
 マルスも反対していないので、これが正解だったと思っている。

『マスター。セカンドが、FITで向かっています』

『わかった』

 ヤスがユーラット方面に歩いていると、10分程度進んだ所で、FITが見えてきた。セカンドが運転しているのだが、ヤスが見えてきた時点で速度を落として、手前で停まった。

「旦那様。セカンドです」

「ありがとう」

 セカンドは運転席を降りた。ヤスと運転を変わるのだ。
 運転席に乗り込んだヤスは、窓を開けてセカンドに声をかける。

「セカンドはどうする?」

「トーアフートドルフに向かいます。イレブンの補佐を行ってきます」

「そうか?送るか?」

「いえ、大丈夫です。旦那様。ユーラットにお寄りください。マルス様から、アフネス様に会ってほしいと伝言です」

「ん?わかった」

 ヤスは、マルスからの伝言なら、直接言うか、エミリア経由で知らせればいいのにと思ったのだが、セカンドの仕事として割り振った可能性を考えた。
 急ぎの仕事も無いので、ユーラットに寄り道するのもいいと考えたのだ。

「旦那様。それでは、失礼致します」

 セカンドは、頭を下げてトーアフートドルフ方面に歩き始めた。ヤスは、セカンドの背中をみながら、シートポジションを調整してから、エンジンを始動させる。

 安全運転の範疇で速度を上げながら、ヤスはマルスに話しかける。

『マルス。そう言えば、ミュージックプレイヤーとか、ナビと監視カメラのリンクとかできるのか?』

『ミュージックプレイヤーは、接続出来ますが、音源がありません』

『え?あっそうか・・。カツミの改造だな』

 ヤスはすっかり忘れていたのだが、ヤスの幼馴染が改造したカーナビは音源をSDカードで保存していなかった。音源は、クラウド上においてあって、通信が可能な時にある程度の音源を落として、電源を切る時に消すようになっていたのだ。

『ナビとカメラのリンクは可能です、切り替えも出来ます』

『設定を頼む』

『了』

 通い慣れた道というわけではないが、何度か通っている上に、一本道だ。

『マルス。商隊は、この道を通っているのか?』

『否。殆どの商隊は、石壁に沿って進んでいます』

『そうなのか?』

『安全を考えれば、当然です』

『安全?あぁ・・・。そうか・・・。休憩所の存在だな』

『はい。マスターの指示で作った休憩所がある為に、商隊は休憩所を経由しながら進んでいます。水が必要ないだけでも大きなメリットになるようです』

『そうなのか・・・。使ってくれているのなら、問題はないな』

『はい』

 ヤスは、アクセルを踏み込んだ。
 会話が終了したので、ユーラットに急ぐようだ。用事が有るわけではないが、アフネスがわざわざ呼び出したのには理由があると考えたのだ。

 マルスと話をして、走っている道に商隊が居ない確認が取れたので、速度を出してみた。
 快適に速度があがり、時速140キロ程度になった所で、FITが跳ねるように感じたので、120キロ程度が限界だと定めた。

『マルス。俺が乗る車以外にはリミッターの設置はできるか?』

『可能です』

『車は、100キロ。バイクは、80キロで様子を見てくれ、事故りそうならまた考えよう』

『了』

 ヤスも日本に居た時には、法定速度内で走るように努力していた。制限速度と言って理解してくれる可能性は低い。特に、リーゼとか、カイルとか、サンドラとか・・・。熱くなって速度超過になってしまっている可能性がある。
 結界がはられているので、運転手や同乗者は安全なのだが、商隊にぶつかった場合には、相手側の被害を考えると、もっと速度を落とさせてもいいのかも知れない。

 事故1回ごとにリミッターを10キロずつ落としていけばいいかと考えた。教習を受けたら、リミッターを戻す様にしておけば人まずは大丈夫だろうと考えたのだ。

 運用に関してのルールをヤスはマルスに指示を出した。

 ユーラットが見えてきたので、ヤスは速度を落とした。

 正門では、イザークが立っていた。

 ヤスは窓を開けて近づいた。

「イザーク。久しぶりだな!」

「お!ヤス!そうだな。今日はどうした?」

「アフネスに呼ばれている。今から、裏門に停めて、アフネスの所に行く。お前も来るのか?」

「そうか、俺は今日は表門で待機だ。そうだ!裏門もだいぶ変わったぞ?って、お前がやったのだよな?」

「ん?あぁバス停や荷物の搬入や搬出の場所か?」

「あぁまだ商隊も様子見だけど、大手が出てきたら話が違うだろうな」

「へぇ・・・。アフネスの話もその辺りなのか?」

「どうだろう?俺は、何も聞いてないぞ!」

「わかった。そうだ、イザーク。これをやるよ」

 ヤスは、窓から、りんごをイザークに投げる。
 イザークも、石壁も知っているし、”りんご”や”みかん”も知っている。商隊から話を聞いているので、自由に食べられることも知っている。

「お!悪いな」

「いいって!それじゃぁな」

「あぁカスパルに、たまには表門まで来いと伝えておいてくれ」

「わかった。今、領都に居るから、帰りに顔出すと思うぞ?」

「そうなのか?楽しみにしておくよ」

 イザークは、カスパルがディアスと一緒に領都に行っているのを知っている。
 帰ってきた時には是非からかってやろうと思っているのだ。

 ヤスは、裏門の近くに作られている駐車スペースにFITを停めた。

「旦那様。お疲れさまです。エイトです」

 駐車スペースにある小屋から、メイドが出てきて、ヤスに挨拶をする。駐車スペースに車を停めると、待機しているメイドから認証のカードを渡される。カードと引き換えに、車の移動が可能になるのだ。最初、マルスやセバスやツバキは、ヤスだけは特別対応にする予定だったのだが、ヤスが笑いながら”ユーラットには滅多に行かないから、別に皆と同じで構わない”と言ったので、皆と同じ対応になっている。ちなみに、馬車を預かるスペースもあり、馬車でユーラットに来た者は例外なく馬車を預けることになるのだ。

「頼む。何か、変わった事は?」

「大丈夫です。ありがとうございます」

 エイトは、ヤスが停めた場所のカードを渡す。
 これでロックされるのだ。最初は、ユーラットの守備隊が裏門の開閉をしていたのだが、面倒になってきてしまって、駐車スペースで渡されるカードで開閉できるようになってしまった。仕組みはマルスが指示をだして、ドワーフたちが嬉々として改造したのだ。

 アーティファクトを操作できる者は、神殿の審査に合格したものなので、ユーラットも問題なしとしたようだ。しかし同乗者は、裏門から表門まで移動して、正式な手続きを踏む必要がある。

 受け取ったカードで裏門を開けて、ユーラットに入る。
 宿屋に顔を出したが、アフネスもロブアンも居なかった。リーゼの代わりに雇ったエルフが1人で店番をしていた。店番が、アフネスはギルドに居ると言われたので、ヤスは、そのままギルドに向かった。

「アフネス!」

「ヤス。丁度よかった。今、計算が終わった所だ」

「計算?」

「ヤス殿」

 ギルドの奥から、ダーホスも出てきた。

「ダーホスも居たのか?」

「居たのかじゃ無いですよ。ギルドですから、私が居なければおかしいでしょ?」

「そうなのか?まぁいい。それで、アフネス。用事があるのだろう?」

「そうだった。ヤス。用事は、ダーホスの方だ」

「そうなのか?」

 ヤスは、疲れた表情をしているダーホスを見る。書類の束を持った状態で、ヤスを見ている。

「ヤス殿。石壁の内側は、神殿の領域で間違いないのですよね?」

「そうだな。境界線がわからないが、勝手にさせてもらった」

「それはいいのです。もともと、誰の物でもありません。ですが、神殿の領域としたので問題が発生しました」

「ん?問題?」

「ヤス殿。石壁には、一定の距離で、休憩所がありますよね?」

「それで?」

「はぁ・・・。やっぱり、ヤス殿が作ったのですね。それは、おいておきます。水と食料を提供してくれるのは嬉しいのですが・・・」

「何か問題なのか?」

 ヤスは、本当にわからないという表情で、ダーホスを見る。アフネスを見ても、説明してくれる様子はない。

「ヤス殿。水がどうやって湧き出しているのかは聞きません。聞いてしまうと、後戻りが出来ない気がしています。果物も同じです」

「ん?別に、知りたければ教えるぞ?」

「いえ、知りたくないと言っているのです。もうこれ以上、厄介事を増やさないでください。話を戻しますが、水と果物が”神殿の領域”から提供されている状況が問題なのです」

「ん?だから、何が問題かわからない。教えてくれ」

「・・・。ヤス殿。水と果物の対価はどうしたらいいのですか?」

「え?あっそういうことか!」

「商人や冒険者が水や果物を売ろうとしているのです」

「うーん。別にいいけど・・・。そもそも、大量に持っていこうとしたら、次から採取が出来ないぞ?」

「それも解っています。それでも、売ろうとするのですよ」

「へぇ・・・。止めたほうが、問題が少なくなるようなら、提供は辞めるぞ?」

「それは、それで、別の問題が出てきそうです」

 ヤスとダーホスと話にアフネスが割って入ってきた。

「なぁヤス。これを見てくれ、ドーリスと連絡を取って試算してみたのだが・・・」

 試算していたと言っている書類をヤスに見せたのだ。

2020/04/20

【第四章 襲撃】第二話 情報

 夕花は少しだけ考えていた。
 晴海が、自分を主寝室に呼ぶのではないかと・・・。

 紅茶を飲み終わって、二人の間に沈黙が訪れる。

 両者とも人付き合いが得意な方ではない。

 晴海は、それなりの経験はあるが、人付き合いという面では受け身だ。
 当然だろう。金持ちの子息なので、周りが勝手に興味を持って話しかけてくる。晴海の興味を引くためにいろいろな話題を振ってくるのだ。自分から話題を振るような必要は夕花と話をするまで必要なかった。

「晴海さん」
「なに?」
「今日は、どうされますか?」

 晴海は時計を見る。

(今度、ウェアラブル端末を用意するか?)

「そうだな。夕花。風呂にでも行くか?」
「え?」
「なんでも、このホテルは大浴場があるからな」

 晴海は、ホテルの情報を見た時に、大浴場を見つけていた。
 正直、行くつもりはあまりなかったのだが、夕花が風呂に入るのでは?と、考えて話をしたのだ。

「いえ、私はエステで・・」
「そうだったな。大浴場は明日以降にしよう」
「はい」

 夕花は、大浴場には興味が持てないでいる。
 確かに、大きなお風呂は魅力的だったが、それでは、夕花が晴海の背中を流す事ができない。家族風呂のような場所があればいいのだが、このホテルには混浴ができる風呂施設は用意されていない。

 混浴施設は厳密な意味では無いのだが、実は大浴場を貸し切る事ができるのだ。
 晴海は、時間があれば大浴場が空いている時間を聞いて、貸し切ってもいいと考えていた。

「それじゃ寝るか?」
「はい」
「あっ夕花は、先に休んでくれ」
「え?」
「少しやる事が残っているから、それを片付けてから寝るから、先に寝ていてくれ」
「はい」
「あっ!もう一杯紅茶をもらえるか?」
「かしこまりました」

 夕花は、指示された事もだが自分に仕事が与えられた事が嬉しかった。誰かに必要とされていると感じる事ができるからだ。些細な事だが、自分にもできる事があるのだと考える事ができる。
 紅茶を手早く入れてから、晴海に指示されたとおりに、主寝室に入っていく。

 晴海は、夕花が主寝室に入っていくのを見届けてから、情報端末を立ち上げた。

 遮音カーテンを引いてから、奥の部屋に入った。
 夕花に声が聞こえないようにするためだが、晴海は聞かれてもいいと思っている。

 すでに何度か連絡しているコールナンバーを入力する。
 相手もこの時間に連絡が来るのがわかっていたのか、すぐにコネクトされた。

「能美さん?」
『坊っちゃん!』
「坊っちゃんは止めてくれ」
『そうでした。御当主様』
「能美さん!怒りますよ」
『ハハハ。それで、晴海様。目的の物はご入手できたようですね』
「どうだろう?それでどうだ?」

 能見のうみ忠義ただよし
 晴海の数少ない味方だ。六条家に代々仕えている。御庭番だと言えばわかるだろう。全滅に近い状況の御庭番の中では最高位で数名の手足を持っている。六条家の当主に仕える者としてもだが、能見は晴海の幼少期の家庭教師もやっている。教育係だった側面も持っている。
 そして能見は弁護士資格を持っている変わり者だ。表と裏の顔を持つ能美が晴海の数少ない味方で最大の剣だと言える。

『大学は問題ありません。どこにしますか?』
「どこ?そんなにあるのか?」
『晴海様。いい加減、ご自身の資産を把握してください。伊豆に移られるのですよね?』
「資産?その為に、能見さんが居るのでしょ?伊豆の別荘なら街道から家まで一本道で都合がいいだろう?」
『そういうことですか・・・。それなら、駿河にある大学はどうですか?』
「能美さん。どうやって駿河まで通えと?」
『晴海様。それこそ、夕花様の所有スキルを見てないのですか?』

 晴海は、そう言われて夕花の特記事項以外見ていなかった事を思い出した。

「そうか・・・。でも、駿河湾は、1級が必要だろう?横断するのには?」
『はい。この際ですから、夕花様に勉強して取得してもらいましょう』
「わかった、明日、夕花に話す」
『免許の名義変更も必要でしょう』
「あぁそうだな。夕花の免許って失効しないのか?」
『ハハハ。晴海様。そんな事をしたら、人権団体が鬼の首を取ったように騒ぎ出しますよ』
「・・・。それもそうか、能見さん。任せていいか?」
『勿論です』

 奴隷となった場合でも、奴隷になる前に取った資格は有効になっている。
 奴隷になった時点で、名義人は”不明”となってしまうのだが生体認証は消されていない。その資格情報に名義登録するだけだ。奴隷市場ではやってくれない。主人が名義登録する必要がある。塩漬けされた資格は、更新料を払えば復活する事ができるが、その時に試験を必要とする場合もある。

「能美さん。夕花の他の資格も頼みます」
『わかりました。全部の資格を更新でいいのですか?』
「そんなにあるのか?」
『多くはありませんが、いくつかあります。自動二輪もありますね』
「わかった。頼む」
『承りました。資格や免許データはどうしますか?』
「あぁあとで、夕花の情報端末を教える。そっちに頼む」
『わかりました』

 能美は、晴海から頼まれた事の作業を処理していく。
 晴海と言うよりも、六条家専門の弁護士なのでできる事だ。忠誠心というのとは違う、信頼関係で結ばれた二人なのだ。
 そして、六条家の事件の時に何もできなかった事から、晴海のやろうとしている事に全面的に協力しているのだ。

『あっそうだ。晴海様。ご結婚おめでとうございます』
「能美さん。今、それをいいますか?」
『えぇ文月晴海様』
「さすがに早いな」
『そりゃぁ勿論、愛する。晴海様の事ですからね』
「お前な・・・。絶対に、夕花の前では軽口は叩くなよ」
『わかっております。でも、思い切った事をしましたね』
「丁度いいだろう?」
『そうですね。あんな方法で、名字を変えるとは思っていませんでした』
「合法だろ?」
『えぇ今までやった人が居ないのが不思議なくらい自然な方法ですね。それにしても、文月ですか・・・』
「あぁ面白いだろう?」
『そうですね。よりによって、文月を名乗るとは思っていないでしょう。あっ各種変更はお任せください。処理を行います』

 文月。
 晴海は、夕花に”母親”の旧姓と説明したのだが、それは嘘ではない。母親の実家が使っている性なのだ。
 晴海も能美も、六条家を襲撃した奴等を手配したのは、文月の家だと考えている。

 六条家の屋敷は、昔の城下町風になっている。
 真ん中に行けば行くほど六条と関係が深い者たちが生活をしている。そんな六条家の本家での祝い事が狙われたのだ。外部からの客は招いていない。内輪だけの催事だったのだ。勿論、文月家は、晴海の母親の出身だが六条ではない為に参列は許可されていない。
 六条の屋敷にも家を持っていない。ただ、前当主晴海の祖父の計らいで、屋敷の外に敷地と家を与えられていた。

 文月家は、地方都市では力を持っているが、それだけの家だ。
 そして、当主が交代した事で、屋台骨が揺らいでいたのだ。晴海が死んでいれば、文月家にも関係者として、多少の遺産が転がり込んだ可能性がある。六条家の遺産の1%でも転がり込んでくれば、数百億が懐に入ってくる計算だ。屋台骨が揺らいでいる文月家は是が非でも欲しい金額だったのだろう。

 それだけではなく、当日の動きも怪しかった。六条の催事に合わせるようにして、文月の屋敷でも催事が行われていて多数の客を招いていたのだ。

 前当主晴海の祖父も、文月が怪しいと見て能美たちに調査を命令しようとする矢先の事件だったのだ。

「どう出ると思う?」
『わかりませんが・・・。晴海様を探されるでしょうね』
「それは、それは、頑張ってもらおう。道での攻撃許可は?」
『可能です』

「能美さん。夕花の事だが」
『はい。裏社会から狙われていますね』
「どこだ?東京系か?山陰系か?西南系か?大陸系か?」
『いえ、半島系です』
「半島?間違いではないのか?」
『はい。晴海さんから送られてきた画像を解析しました。間違いないと思います』
「ほぉ~。それは嬉しいな」
『そうですね』

 六条家を襲った奴等の情報は、警察と軍部に握られていて詳細は秘匿されてしまっている。だが、文月家が裏の仕事で使っているのが半島系である事や、能美が調べた情報から半島系で間違いないと思われている。

『他には何か?』
「そうだ。駿河に行く為の足の準備をしてくれ。港への許可も必要だろう?」
『手配します』
「文月夕花で申請を出してくれ」
『わかりました』
「いいか、物は夕花が操作するのだからな。それを踏まえた物にしろよ。外見はそれなりの物にしろよ」
『わかっていますよ。私の愛しの晴海様を奪った夕花様の為ですからね』
「お前な・・」
『いつもの所から使っていいですよね?』
「あぁまだ大丈夫だろう?」
『十分です』

 その後、晴海と能見はお互いの情報を交換して、通信を切った。

(ふぅ。まさか同じ糸だったとは・・・)

 晴海は大きく伸びをした。
 時計を確認したら、1時間近く通信していた事に気がついた。

 冷めてしまった紅茶で喉を潤してから、寝る事にした。

 夕花が入っていった部屋はロックなどされていない。
 扉を開けると、夕花はベッドの端っこで丸くなって寝ていた。

 晴海は、ベッドに腰掛けて、夕花の髪の毛を触ってから、夕花の身体をベッドの真ん中に移動させた。
 そして、主寝室から出た。

2020/04/20

【第四章 襲撃】第一話 監視

 晴海は着信を確認してから、通話モードに切り替えた。

「何かあったのですか?」

 着信は、コンシェルジュからだ。

「文月様。夜分に申し訳ありません。先程、親戚を名乗る者が夕花様の事を問い合わせてきました」

 晴海は夕花を見て、少し考えた。
 不思議に思った事が2点ある。

「なぜ夕花だと?」
「はい。具体的に、写真を見せられました。当ホテルのエステを使われる前の夕花様に似ていらっしゃるお写真でした」
「夕花の名前を聞いたのか?」
「いえ、写真だけを見せられました」
「それで?」
「お泊りになっていないとお答え致しました」
「わかった。それは、どんな奴だった?複数か?」
「お一人でした」
「そいつの映像はあるか?」
「ございます。監視カメラが撮影した映像ですがよろしいですか?」
「十分だ。回してもらう事はできるか?」
「はい。後ほど、端末に送付いたします」

 晴海は、もう一度夕花を見た。

「夕花を訪ねてきた者が居たようだが、奴らでは無いようだな」
「え?」

 晴海は、夕花の名前を訪ねなかった事から、奴等である可能性は低いと考えた。
 奴らなら、奴隷になる前の名前を知っている事が考えられる。それで問い合わせれば、親戚を名乗る時に真実味を持たせる事ができるからだ。

 また、1人で来ている事から、警察の関係者である可能性も低いと考えている。

「監視カメラの映像が送られてくると思うから・・・おっ送られてきた」

「・・・」
「知っている顔か?」
「いえ・・・」
「どうした?何か気になるのか?」

 夕花が何かいいかけて辞めた事が晴海は気になった。
 何か、隠しているとは思わないのだが、何か思い当たる事が有るのかもしれない。

「記憶が違っているかもしれませんが・・・」
「あぁ」
「兄の親友と言って来た人に似ています」

「そうか・・・。それなら、本当に、夕花の事を心配していたのかもしれないな?どうする?会うか?」
「いえ、必要ありません。私は、晴海さんの奴隷です」
「違う。俺の家族だ。いいか、夕花。俺も約束は忘れない。だから、夕花も約束は忘れるな」
「・・・。はい。申し訳ありません」
「いい。わかってくれれば・・・。いい。それで・・。まぁいい」

 晴海は、夕花が自分から話してくれるまで待つつもりで居る。
 夕花は、晴海が聞いてくれれば答えるつもりで居たのだが、お互いがお互いの事を考えてしまって、説明するタイミングを逃してしまったのだ。

 それでも、晴海は夕花の事情をある程度は認識している。
 奴隷を購入して手続きをするときに、筋の悪い所からの借金や関係があったら問題になってしまう。そのために、夕花自身の事情は説明されていたのだ。あくまで、他者から見ての事情説明だが、まったく知らない状態ではない。しかし、晴海は自分から夕花に話すつもりはない。情報は、所詮情報で実際に夕花が”どう”思って、”どう”感じたのかが大事だと考えている。

「晴海さん」
「ん?」
「もし・・・。兄が、目の前に来たら・・・。いえ、なんでもありません。兄は、母と父を殺して、逃げました。ただの犯罪者です。捕まえて・・・。ください」
「わかった。俺の好きにしていいのだな?」
「え?あっお願いします。組織にも属していました、すぐに切り捨てられる下っ端でしたが・・・」
「そうか・・・。ありがとう。夕花」
「え?(晴海さんは優しすぎます。ありがとう・・・なんて言わないで欲しい・・・です)」

 自分の思考に入ってしまった晴海には、夕花のつぶやきは届いていない。
 一本の連絡から、二人のはじめての夜は終わってしまった。

 晴海は、少し考えたいと言って、寝室に入る事なくビジネスルームに入って情報端末を操作して過ごした。
 そしてい備え付けられているソファーで朝を迎えた。

「誰が・・・。夕花しかいないか?」

 朝起きた時に、晴海は自分にかかっていた毛布を嬉しそうに眺めていた。
 ソファーで寝てしまうのはよくある事だ。いつもなら部屋に厳重なロックをかけてから寝るために誰かに毛布をかけてもらう事など無い。昨晩は、ホテルに宿泊したために部屋にはロックはかけていなかった。

 晴海は毛布を持ってリビングに向かう。
 そこには、昨日購入した服に身を包んだ夕花がソファーに座って待っていた。

「おはよう。毛布・・・。ありがとう」
「おはようございます。気が付きませんで申し訳ありません。朝ごはんはどうされますか?」
「夕花はどうした?」

 そのタイミングで、夕花のお腹が可愛く鳴った。
 耳まで赤くして俯いてしまう夕花の頭をポンポンと叩きながら、晴海は端末を操作する。

「昨日の今日だ、奴らの監視があるかもしれない。ルームサービスでいいよな?」
「はい」

 端末を操作して、ルームサービスの中から所持を探して、遠慮する夕花を説得しながら、朝食を注文していく。

「晴海さん。私、そこまで」
「夕花。遠慮するな」
「いえ、遠慮ではなく、本当に、そんなに食べられない」

 また、夕花のお腹が自分の発言を否定するように鳴った。

「ほら、いいから。別荘に行けば、夕花に作ってもらう事になるのだから、今はルームサービスを食べよう」
「・・・。はい」

 観念して、注文をする。
 晴海は、粥とフレッシュジュースを注文した。夕花は、おにぎり2個と温かい緑茶を注文した。

 10分位して、ルームサービスが届けられる。
 わざわざ廊下に出なくても、リビングで受け取る事ができる。二人揃って、リビングで朝食を摂る事になった。

 夕花は、固辞したのだが、晴海が”一緒に食べろ”と命令する事で、晴海が座る反対側に座って食べる事になった。

 晴海が、夕花に命令したのはこれが初めてなのだ。夕花もわかっている事なのだが、はじめての命令が”一緒に食べろ”だったとは思わなかった。
 ”くすり”と笑ってしまった夕花を、晴海は不思議な表情で眺めていた。

 晴海も、夕花がおにぎりを両手で持って食べる姿を眺めていた。
 そして、家族が居た時の事を思い出していた。六条家は、名家では有ったが家族の仲は悪くなかった。忙しく働いている両親も、時間が有るときには揃って食事をする。家政婦も居たのだが、母親の手作りの料理を食べる事もあった。
 そして、夕花のおにぎりの食べ方が、殺された弟と同じなのだ。

「晴海さん?」
「どうした?」
「え?あっなんか、私・・・。おかしいですか?」

 おにぎりを食べている所を凝視されれば、誰だって自分の食べ方がおかしいと思われているのだと考えてしまうだろう。

「すまん。その・・・。な。おにぎりの食べ方が、知っている者と同じだったから見てしまった」
「・・・。そうだったのですが・・・。申し訳ありません」
「ん?何を謝る事がある。それよりも、朝食を食べよう」

 不思議そうな顔をする晴海を今度は夕花が凝視してしまった。
 夕花は、自分が不幸だとは思っていない。こうして、朝食が食べられているのだ。それに、目の前に座っている青年は、10人の女性が居たら6人は振り返る程のイケメンなのだ。そして、夕花は知らないのだが、晴海の総資産を聞けば10人中8人が晴海に言い寄ってくることなるだろう。

 いい意味でも悪い意味でも目立つ容姿を晴海と夕花は持っている。

 夕花が後片付けをしている最中に、晴海は端末を操作して、ホテルの情報を眺めている。
 主に、非常階段や避難経路だ。ホテルの施設に関してもチェックを行っている。全ての施設で通常使う出入り口とは別に、業者や従業員が使うのだろう裏口的な出入り口がある事が施設案内からわかった。

「晴海さん」
「なに?」
「紅茶と珈琲がありますが、お飲みになりますか?」
「紅茶は何?」
「え?」

 慌てて、銘柄を確認して、晴海に告げた。

「そうか、茶葉?ティーパック?」
「両方あります」
「それなら、アッサムを茶葉で頼む。蒸らしとか気にしなくていい。砂糖はいらない。ミルクを用意してくれ」
「わかりました」

 5分後。
 ティーポットと温められたカップを一組持って、夕花は晴海の所に戻った。

「ん?夕花は飲まないのか?」
「はい」
「嫌いなら無理に進めないけど、遠慮はしないようにしなさい」
「・・・。はい」
「夕花?」
「ご一緒してよろしいですか?」
「勿論だよ」

 もう一組のカップを夕花が持ってきた。晴海は、夕花を正面ではなく隣に座らせた。
 砂時計の砂が全部落ちたのを確認して、ティーポットを持ち上げた。

「晴海さん。私がやります」
「いいから。いいから」

 そう言って、晴海は自ら自分のカップと夕花のカップに順番に紅茶を注いだ。
 最初はカップの1/3程度まで注いでから、交互に紅茶を注いでいった。

「夕花は、ミルクを入れる?」
「はい」
「砂糖は?確か、ガムシロもあったよな?」
「はい。お持ちしますか?」
「俺は、いい。夕花がほしいのなら持ってきてくれ」
「私は普段からミルクだけで無糖で飲んでいました」

「一緒だな」

 そう言って、微笑んだ顔を夕花に向けた。
 晴海の微笑んだ顔を初めて見た夕花はなんだか嬉しい気持ちになった自分に驚いていた。そして、その感情の正体がわからないモヤモヤした気持ちで、美味しい紅茶を両手でカップを持って、ちびちびの飲んだ。

 晴海は、そんな夕花を見て何故かわからないが懐かしい気分になっていた。

 二人の因果が繋がるのには、もう少しだけ時間が必要になるのだが、紅茶で喉と気持ちを潤している二人はまだ考えても居なかった。

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2020/04/20

【第三章 秘密】第三話 会話

「夕花」
「はい。晴海さん」

 晴海は、夕花を自分が座るソファーの前に座らせた。

「夕花の事を聞きたいのだけどいいかな?」
「私の事ですか?」
「そうだ」

「・・・」

 夕花は、晴海がどんな答えを望んでいるのかわからない。わからないが、必死に考えた。

「どうした?」
「いえ・・・。お話できるような事はないと思います」

 晴海は少しだけ困った顔をする。しかし、夕花に問題があるわけではない。晴海に大きな問題があるのだ。話を聞きたいとだけ言われて、どんな話をすればいいのか考えられる人間がどれほど居るだろうか?

 晴海は、夕花に真意が伝わっていないのは解っているのだが、どうやって伝えていいのかわからないのだ。

 家の事もあり、自分に近づく女性が”晴海”個人ではなく、六条の家に興味をしめしているのが解ってしまった晴海は、女性への興味を失っていた。
 そこに事件である。女性との接し方や話し方が解るはずがない。

 しかし、22歳の健全な男として、彼女が欲しいし、性への欲求も勿論持っている。

「うーん。夕花。夫婦として最低限の事を知りたいと思っているし、僕の事も知ってほしいと思うのだけどダメか?」
「あっ」

 夕花は、夫婦という言葉に反応した。
 自分が普通ではないが結婚したのを思い出したのだ。

 夕花は、美少女と言って問題は無い。エステを受けた事で磨きがかかっている。
 晴海ほどではないが、印象的な見た目をしている。
 少しだけ釣り上がった目が攻撃的な印象を与えるが、それを体全体から出る雰囲気が和らげている。
 髪の毛は、奴隷市場で首輪に繋がれていた時には、腰まで有ったのだが、今は、肩甲骨くらいで綺麗に切りそろえている。夕花としては、バッサリ切りたかったのだが、エステを担当した女性が”ご主人様の意向を聞いてからのほうがいいですよ”と助言をくれて、それに従ったのだ。
 古来の日本人と同じ直毛黒髪の夕花は、エステで髪の毛の色を聞かれたがどうしていいのかわからないので、そのままにしている。

 エステは薄手のワンピースのような物だけを羽織って受けたのだが、すごく恥ずかしかったのだけは覚えている。
 全裸になる事は恥ずかしくはなかった。奴隷となった時から見られたりする事は諦めていた。
 しかし、恥ずかしくなってしまったのだ。夕花はエステを受けたときに、身体から擦っても擦っても垢が出てくる事が恥ずかしかった。全身の毛を綺麗にされた事が恥ずかしかったのだ。夕花も年頃なので、脱毛は気にしていたのだが、脇は脛や腕や手の脱毛は自分でやっていた。
 エステではそれこそ全身の手入れをされたのだ。そして、エステティシャンがまとめた毛を見たときに羞恥心が芽生えてしまったのだ。毛の中にはかなり長い縮れた毛も混じっていたのだ。

 そしてなぜか、買ってくれた主人の顔を思い出して、垢だらけの身体や伸び放題になっていたムダ毛を見られなくてよかったと思っていた。それが、どんな感情に由来するのもなのか、そのときの夕花には判断ができなかった。

 このときにはまだ、夕花は晴海の事が理解できていなかった。若い女だから買ってくれたのだと思っていた。
 しかし、晴海は夕花の見た目が気に入って購入したわけではない。ましてや、若い女性だからではない。結婚したのは、若い女性で養子縁組を結ぶには年齢が近すぎると思ったので、婚姻という手段をつかっただけなのだ。

「夕花?」
「ごめんなさい。勘違いをしていました」
「勘違い?」
「はい。晴海さんが、私の”特記事項”をお聞きになりたいのかと思ってしまいました」
「うーん。それを聞きたくないと言ったら嘘になるけど、夕花が話したいと思ったタイミングでいい。それよりも、夕花の事を教えて欲しい」
「私の事ですか?」
「そ、僕の奥さんの事だよ」
「あっ」

 晴海は、少しだけ天然の要素がある。
 今のセリフも、キザになって言ったセリフではない。素で思った事を口に出しただけなのだ。

 しかし、それを聞いた夕花は、少しだけ考えてから言葉の意味を考えてしまった。
 夕花も年齢程度には知識を持っている。少しだけ偏った知識になってしまっているのはしょうがないと思うのだが、夕花が考えた”奥さん”に関して知りたい事が、性の方向に傾いてしまった。
 そして、自分が奴隷だという事で、求められているのだと考えたのだ。

「ん?」

 晴海が、肯定したのだと思った、夕花は恥ずかしいという思いが有りながら、晴海に全部を告げる事にしたのだ。

「晴海さん。僕、初めてですが、その・・あの・・自分では触ったりしていたのでできると思います。おっぱいは、そんなに・・・大きくないのですが、エステのお姉さんには柔らかくて色も綺麗だと褒められました。その・・あの・・指を入れた事もあるので・・初めてじゃないかも知れません。その、男性の・・・あの・・・見たことは無いのですが、授業で教わった事や、学校の女の子たちが話していたのを聞いたのでわかります。うまくはできないとは思いますが、教えてくれたら何でもやります。痛いのはイヤですが大丈夫です。あの・・・お尻も使いますか?今日はエステで綺麗にしてもらったので・・・。僕・・・あの1人でする時に、女性が乱暴にされるような事を想像して・・・していたので・・・多分Mだと思います。晴海さんに・・・あの?晴海さん?」

 夕花は、俯いたまま一気に”自分が考えた奥さんの事”を一気に話した。
 普段は、”私”という一人称を使っていたのだが、子供の時から使っていた”僕”という一人称が緊張と恥ずかしさから出てしまった。

 話し終わってから、目の前に座る晴海の顔を見たら、キョトンとした表情をしていたのを見て、自分がなにか勘違いしていたのではないかと思ってしまった。

「夕花。それも知りたかったけど、他の事も知りたい。さっきの話しは、夜寝るときにまた話そう」
「・・・。はい。ごめんなさい」

 自分が間違えた事もだが、聞かれても居なかった、性癖の事や1人でしていた事を、晴海に話してしまった事がすごく恥ずかしくなってしまった。これなら、裸を見られたほうがまだマシだと思えてしまうくらいに恥ずかしくなった。夕花は、自分の体温が1~2度程度上がったのを認識して、余計に恥ずかしくなって俯いてしまった。

「僕も経験があるわけじゃないから、夕花を満足させられるかわからないけど、いろいろ試すからね」

 晴海は、話しに乗る形で夕花の反応を楽しんでいる。
 少しだけ驚いた夕花は、晴海の顔を見てしまった。自分が顔を赤くしているのを認識していても、晴海が言った”僕も経験があるわけじゃないから”という言葉の真意を聞きたかったのだ。夕花は、晴海がお金を持っているのは知っている。そのお金持ちが、女性経験が無いとは思っていなかった。
 しかし、目の前に座る男性から”経験がない”と言われて、何故かわからないが嬉しいと思えてしまった事が不思議だった。自分の感情を確認するためにも、晴海の顔をみたのだ。

「晴海さん?」
「ん?なに?」

「いえ、なんでもありません。それで、どんな話を・・・」
「うーん。夕花は、学校に行ったのだよね?」
「はい。小学校と中学校と高校には行きました」
「大学に行きたいと思った?」
「無理だと思ったので、諦めました」

「それは、金銭的な事?」
「はい」
「今から大学に通う?」
「いえ、晴海さんと一緒に居たいと思います」
「そうか・・・。それなら・・・少し待ってね」
「はい?」

 晴海は、まだ切り替えていない自分の情報端末を取り出して、数少ない味方だと思える弁護士に連絡をする。

 晴海が通話しているのを、夕花は不思議な顔で見守っている。
 時折自分の名前が出るので、自分に関係がある事を話している事だけがかろうじて認識できていた。

 10分くらい晴海は説明と今後の方針と頼み事をした。
 まずは、大学への入学手続きを行う事だ。俗に言う裏口入学だ。晴海は自分と夕花二人の入学を頼んだ。大学は、六条家が管理している大学なので、厳密な意味では裏口ではない。推薦枠を増やして、推薦で入学できるように調整してもらう事だった。

 丁度晴海が通話を切ったときに、コンシェルジュに頼んでいたものが届いたようだ。

「丁度よかった。夕花」
「はい」
「発信素子の使い方は解る?」
「・・・。いえ。教えていただければできると思います」

 可愛く首をかしげる夕花に、晴海はコンシェルジュが持ってきた、発信素子と情報端末を渡す。
 自分が使っていた、情報端末から発信素子を取り出して、新しい端末にセットした。夕花も、晴海に聞きながらセットアップを完了させた。

「それじゃ、夕花はその端末を使ってね」
「え?」
「ん?」
「よろしいのですか?」
「連絡ができないと困るからね。それに、夕花の位置や状態が解るから、僕としてはこのほうが嬉しいよ」
「わかりました。ありがとうございます」

 お互いに連絡先の交換を行った。
 晴海は、それ以外に必要な連絡先を移行しながら、夕花を見ていた。

「どうされましたか?」

 見つめられている事に気がついた夕花は、端末から目を離して、晴海を見つめる。

 晴海が何か言いかけたときに、晴海の端末に着信を知らせるメロディーが鳴った。

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