【第八章 リップル子爵とアデヴィト帝国】第三十三話 報復

 

 ヤスが出した指示をマルスは計画を立てた。
 すぐに実行しなかったのは、魔力の吸収を優先させたからだ。せっかくなので、彼ら自身の魔力で魔物を召喚してみることにした。

 ヤスが命じたとおりに、ゴブリンとオークとオーガのメスを召喚した。
 奴隷化を実行しようとしたが、下位の個体では不可能だったので、上位個体を12体召喚した。その中の一体があるじとなるのだ。上位種は身体も顔つきも違ってしまうので、あるじの見分けが出来てしまう。ヤスの意図とは違うが、下位個体に兵士たちの相手をさせて上位個体に貴族と司祭と奴隷商の相手をやらせる。

 ヤスは情報を引き出せと言っている。
 情報を引き出すだけなら奴隷にするだけで可能だ。精神をゴリゴリに削る必要はない。必要ないのだが、マルスは捕らえた者たちを使って実験をしようとしていた。

 魔物の隷属実験は行ったが、逆は”出来る”とは知っていたがやっていなかった。帝国で行われている隷属の方法では、ステータスが関係している。だから、二級国民として奴隷にするときには、子供のときに隷属してしまうのだ。ステータスが伸びてしまうと、弾かれる可能性があるのだ。
 今回の実験でいろいろ解ってきた。精神を痛めつけて、精神力を削っていれば隷属が弾けなくなる。これは大きな収穫だ。

 マルスは続けて実験を行う。
 非人道的だと言われても、ヤスの為になるのでやめるつもりはない。知識として与えられた毒物の実験だ。毒物と言っても、即死というレベルではない。

 マルスが実験を始めたのは、帝国で紛争や戦争のときに使われている興奮剤の実験だ。
 兵士たちに興奮剤を与えてから、覚ます方法を探す。反対に、更に興奮して敵味方の区別がつかなくなる方法も探す。
 帝国に向かう道に作った関所や堀を見て、帝国側が侵攻してこないと考えるのは早計だ。マルスは、今まで得た情報から、高確率で戦争になると考えているのだ。そのときに、味方のルーサたちが不利にならないように、帝国側が行うであろう戦略を把握しておく必要がある。
 できれば、対抗手段まで準備しておくのがよいと考えている。

 他にも、帝国からもたらされた情報は多い。
 毒に関しての情報が入手できた。日本での知識はマルスの中にある程度ははいっているが、異世界特有の情報に関しては、神殿から得た情報だけだ。それだけでも膨大な量になるのだが、日々更新される情報の入手は難しい。マルスが得ている情報は、数百年前の情報がベースになっている。
 ルーサたちが来たことである程度の情報は入手出来るようになってきている。あわせて、魔通信機の交換機から得られる情報もあるのだが、帝国や皇国といった諸外国の情報は入手が難しい。ドワーフたちが、小型の魔通信機を開発して、ルーサが各地に派遣した者たちからの情報を得るのに成功して、やっと目処が立ち始めた所だ。

 マルスとしては、せっかく捕らえた帝国兵を実験に使い潰したいと思っていたのだ。
 ヤスは、殺せと命令した。開放するつもりが無いことは命令の内容から把握した。

 マルスは、ヤスが暗殺されるのを恐れたのだ。実際に、ヤスを暗殺するのは不可能なのだが、殺されたという事実が残るのがまずいと考えたのだ。
 だから毒殺暗殺を恐れて、諸外国だけでなく王国内の情報も欲していた。

 奴隷商の男が最初に心が折れた。オーガの上位種の命令を受けたオーガのメスが、奴隷商に迫っただけで、聞かれた内容は全部話すから助けてくれと泣き叫んだ。マルスは気にせず、オーガのメスをけしかけたが、立たないことに腹を立てたメスが奴隷商の一物を食いちぎった。気を失った奴隷商が目覚めたときには、両手と両足をオーガに押さえられた状態だった。奴隷商は、泣き叫びながら助けを求めた。セバスの眷属が超回復パーフェクトヒールをかけて部位欠損の治療を行う。奴隷商の店の場所や帝国国内での立ち位置を聞き出した。その後で、オーガのメスの相手をさせるために薬物を与えた。喜んで相手をするようになっていった。

 司祭と貴族は、兵士たちにオーガを殺せと命令するが、オーガは簡単には倒せない。
 オーガを倒そうとすると、ゴブリンやオークも犠牲になってしまう。

 兵士たちの半分が命を落とした。心が壊れた者も多数存在している。心が壊れた物は、超回復パーフェクトヒールで癒やして薬物の実験体になる。
 興奮を抑える魔法の開発が成功した。それ以外にも、帝国で開発されていた毒で”解毒する方法は無い”と、されていた毒の対処方法が見つかった。

 マルスが実験に明け暮れているときに、ヤスから連絡がはいった。

「マルス!」

『はい。マスター』

「カタログを見ていたら、ドッペルゲンガーとあるけど、瓜二つの幻覚を見せるドッペルゲンガーか?」

『違います。幻覚ではなく、姿かたちを同一の物にします。上位種は存在しませんが、上位体は、記憶までも同一になります』

「同一の人物になるのだよな?その時には、眷属の状態はドッペルゲンガーの眷属が優先されて維持されるのか?」

『はい。維持されます』

「それなら、帝国の奴らで死んでいない者は、ドッペルゲンガーで同一体にして帝国に帰そう」

『はい』

「それで、あの貴族の領地では、奴隷を開放したり、二級国民を解放したり、身分制度の根幹を撤廃しよう。そうだ!差別発言をする者を極刑にしよう。確か、前の報告では帝国は領主の権限が強いのだよな?」

『はい。得られた情報では、帝国法はザルです。貴族の権限が強すぎます』

「段階的にはなるが、帝国の中に、自由都市を作ろう。関税も撤廃だな。幸いなことに、農地となる森は関所の森だ。開拓ができるだろう」

『はい。国内からの反発は激しくなると思われます』

「排除しろ。物資が必要なら、集積場から余剰物資を運べばいい、関所の森を突っ切るようにすればいいだろう?」

『了。ただし、すぐに準備をしても、開始には数日は必要です』

「任せる。眷属を使ってもいい。帝国国内に、奴隷紋を刻まれた子供が居ない領を作れ」

『了。ドッペルゲンガーで複写した素材はどうしますか?』

「そのまま魔物の相手をしてもらおう。マルスも何かいろいろやっているみたいだから、実験に必要なのだろう?」

『ありがとうございます』

 ヤスは、日々のマルスの報告から、マルスが実験をしているのを感じていた。それも、自分のためであるのも認識している。

 マルスは、ヤスの指示思いつきを実行するための修正点や問題点を洗い出す。ヤスに許可を求めなければならない部分を先に許可をもらうのだ。
 兵士の中にも、騎士爵を持つ者も居たので、ドッペルゲンガーでコピーを作成する。他にも、数名のコピーを作成してから、帝国に帰還させた。

 貴族になったドッペルゲンガーは促進培養で5段階ほど上位の魔物になっている。種族名は同じ、ドッペルゲンガーだが別物だと言える。貴族のドッペルゲンガーを、マルスの眷属にして指示を流す司令塔にした。セバスと同程度の魔物になったと思われる。擬態も完璧で、冒険者ギルドの識別でさえもクリア出来る。上位の鑑定もごまかせる。奴隷商と兵士長のドッペルゲンガーまでがマルスの眷属になって報告と実施を行う。
 貴族領は、神殿には組み込んでいない。

 奴隷商は、思っていた以上に大店だった。貴族領のすべてに店舗を持つだけではなく、他の貴族の領や王都や皇国にまで店舗を持っていた。帰還させた、奴隷商のドッペルゲンガーに、違法に捕らえた者たちを、貴族の領地に集結させた。リーゼの様に強制解除は出来ないが、奴隷紋のベースが存在するので、解除出来る。犯罪奴隷は、奴隷商が持っていた情報をベースに5段階に分けられた。”殺す。神殿内で使い潰す。奴隷のまま。条件付き解放。解放”だ。借金奴隷も、3段階に分けられた、”奴隷のまま。条件付き解放。解放”だ。解放は、貴族の領内にある奴隷商で行われる。奴隷商と貴族が見ている前で行う。領内に留まっても良いし、自由にさせた。開拓を希望する者には、関所の森の中に作る開拓村に移住させた。奴隷商や貴族家で、不正(ヤス目線)を行っていた者を大量に粛清した。特に、奴隷商では奴隷になった女性を犯した者には、厳罰を与えた。

 二級国民の神紋は、司祭が詳細を知っていた。やはり奴隷紋と同じ物だ。術式に手が加えられているが、同列の技術なので、ベースがわかれば解除は難しくない。領内のすべての二級国民の解放が宣言された。そして、出ていきたい者は出て行けと宣言したのだ。特権階級が襲われても、領兵は動かないが、元二級国民が襲われたら即座に行動を起こす。反対する者たちを次々と粛清していった。領の規模は、1/5まで縮小した。支配していた都市の離反も発生した。支配していた村や町や街も26から6まで減った。
 しかし、どこからか、運ばれてくる資材や物資で、領は潤っていた。

 奴隷や二級国民でも、問題が無いものは受け入れると宣言したことで、領の広さは減ってしまったが、人口の減少は停まった。

 帝国への報復が始まった。