【第三章 託された手紙】第四話 邂逅

 

 鈴は、マホが自分を恨んでいると思った。だから手紙を唯に渡して、届けさせたのだと考えたのだ。

「鈴!鈴!いいか、手紙が、本当にマホが書いた物なら、お前や進や唯を恨む内容ではない。大丈夫だ。マホがお前たちを恨むはずがない。鈴やなつみを恨んでいるのなら、同窓会のときに対応していたはずだ。だから、鈴。大丈夫だ」

 克己が鈴を見てはっきりと宣言する。進も同調する。

「・・・。進さん。・・・」

 年齢で言うと、鈴だけ年下になる。それでも、一児の母親だ。自分の子供に被害が及ぶかも知れないと思って恐怖を感じていたが、手紙を開かないでは、終わらない。読まないという選択肢はないのだ。解っているのだ。でも、無性に怖いのだ。

「美和さん。桜さん。克己さん。手紙を・・・。読みます」

 3人がうなずく。

 震える手で、鈴は手紙を開く。
 変わった折り方だが、小学生の時によく開いていた。同じ折り方だ。鈴は懐かしく思いながら恐怖を感じている。

(なつみなら名前を書く。それに、なつみは不器用だから、この折り方を知っていても真似できない)

 手紙が開かれる。
 鈴には、見ただけでマホの字だとわかった。

(マホ・・・)

 鈴は、一筋の涙を流していた。
 自分が泣いているのも気が付かないで手紙を読み進めた。

 手紙を読み終えて大きく息を吸い込んだ。
 しばらく、自分の中で手紙の内容を整理するかのように目をつぶった。手紙は、大切な幼子を抱きしめるように自分の胸元で抱きしめている。

 一文字、一文字からマホの思いが、悔しさが、鈴に伝わってくる。

 4人は、鈴が口を開くまで待った。
 どのくらいの時間が流れたかわからない。1分も経過していないかも知れない、1時間が経過したかも知れない。時間が止まった世界の様な静けさの中に居た。

「進さん」

 鈴が泣き声で夫を呼ぶ。

「鈴」

「進さん。マホを、マホは、マホに、マホが・・・」

「鈴。落ち着け。ゆっくりでいい。俺は・・・。俺たちが居る。大丈夫だ」

 進も何が大丈夫なのかわからないが、鈴が取り乱しているわけではなく、考えがまとまらないだけだと思った。鈴の肩を抱きしめる。すでに震えは止まっている。自分の感情がわからないのだろう。

 複雑な想いなのだ。
 マホが自分やなつみを恨んでいなかった。感謝さえもしてくれている。マホが、居なくなった理由が解った。事実だとしたら、怒りや悲しみの感情が湧き上がってくる。そして、マホからの”見つけてほしい”という言葉。どうしていいのかわからない。

「進さん。ありがとう。もう大丈夫」

「鈴」

 進は、鈴の肩を抱きしめていた腕の力を緩める。

「美和さん。桜さん。克己さん。やはり、マホからの手紙でした」

 進が何か言いかけるのを、桜が手で制する。
 美和や克己も、桜に任せるようだ。美和は立ち上がって、すっかり冷めてしまった紅茶を入れ替えるようだ。

 美和が立ち上がったので、鈴は落ち着くためだろうか、冷めきった紅茶で喉を潤す。
 紅茶を入れている間、鈴は黙って手紙を読み直す。一文字、一文字を噛みしめるように読む。

 美和が人数分の紅茶を持ってきた。
 先程とは違う美和が好きな銘柄だ。ミルクがよく合う紅茶だ。温められたミルクも一緒に持ってきた。
 皆に紅茶が行き渡ったのを確認して、桜が鈴に確認するために質問する。

「鈴。マホと言ったが、須賀谷真帆で間違いないのか?」

「うん。絶対かと言われるとわからないけど、私が覚えているマホの字で間違いない。癖も同じ」

「内容を教えてもらってもいいか?」

「うん。読んで・・・。貰ったほうがいいと思う。お兄さんの友達だった桜さんや克己さんなら、マホも怒らないと思うし、美和さんや進さんでも怒らないと思う」

「わかった。まずは、俺が読んで、美和や進が読んでも大丈夫だと思ったら読ませるでもいいか?」

「桜さんに任せる」

 鈴は、桜に手紙を渡す。

 桜は、鈴から手紙を受け取ると、立ち上がって、家族で食事を摂る時に使っているテーブルに移動した。美和が桜の行動を理解して、紙とペンを桜に渡した。椅子に腰掛けて、背もたれに身体をあずけるようにして手紙を読み始める。

 一枚だけの手紙だが、子供の字なので読みにくい。
 それでも桜は、すぐに手紙を読み終えた。

「克己」

「あぁ」

 桜が克己を呼ぶ。
 克己も読んだほうがいいと判断したのだろう。克己は、桜の正面に座った。手紙をテーブルの上を滑らすように克己に渡して、桜は紙に何かを書き始める。

「どう思う?」

「そうだな。確認しなければならないけど、本物だろうな」

「そうだよな・・・。鈴。ちょっと来てくれ」

「何?」

 克己が桜の横に移動する。克己が座っていた場所に鈴を座らせる。

「鈴。俺と桜は部外者だ」

「はい」

「でも、桜は警察関係者だ」

「わかっています」

「だから、今からは俺と鈴で話をする」

「え?」

 鈴が桜を見る。手紙の内容から、桜が動けないと判断した。克己は、自分が主体となって動く覚悟をしたのだ。

「いいな。ここには、桜も美和も居ない。俺と進と鈴だけだ。進もいいな」

「わかった」「はい」

 美和も克己の宣言で事情を聞かないほうがいいと判断したが、桜が部屋に残っているので、自分も残っても大丈夫だと判断した。

「鈴。正直に答えてほしい。大事なことだ」

「はい。大丈夫です」

「それから、わからない事や知らない事も正直に”わからない”や”知らない”と答えてくれ」

「はい」

 鈴の宣言を聞いて、克己はうなずく。
 桜は自分が書いたメモの一部に”バツ”をつける。鈴かなつみの自作自演という項目だ。

「この手紙は、唯が受け取って、”鈴に渡してきた”で、間違っていないか?」

「はい」

「タクミもユウキも知らないと思うか?」

「わからない」

「手紙の中に、はっきりと解る名前は、須賀谷家の人間を除くと3人だけだ。鈴となつみと唯だ。間違っていないか?」

「はい」

「マホが書いたと思うか?」

「わからない」

「書かれている内容で上から聞いていくけどいいか?」

「はい」

「”私を見つけてください”に心当たりはあるか?」

「ないです」

「”男子が、傘を破った”は、知っていたか?」

「知らない。マホが大事にしていた傘・・・。おばあちゃんが買ってくれた傘なのは知っている」

「傘を探した?」

「うん。マホが泣いて、傘がなくなったと言っていてから、なつみと探した。覚えています」

「傘は見つかった?」

「見つからなかったと思う。よく覚えていない」

「”すずとなつみを殴った”とあるけど、誰に殴られたか覚えている?」

「・・・」

「鈴」

「西沢と日野・・・」

 桜が紙に名前を書く。

「肝試しを怖がったのは誰なのか解るか?」

「わからない。想像で良ければ・・・」

「想像でもいい。誰だ?」

「立花だと思う。彼、威張っていたけど、ビビリだったから・・・。それに、西沢や日野が立花と一緒によく居たから・・・」

「ありがとう。もうひとり名前らしき物が有るけど、わかるか?」

「ごめんなさい。わからない」

「想像でもいいぞ?」

「わからない。あの班は、3人だけだったはず・・・」

「そうか、班わけか・・・」

「鈴となつみが探しに行ったとあるが本当か?」

「よく覚えていない。マホが居なくなったと言われて、みんなで探しに行ったのは覚えているけど、明るくなってからだったと思う」

「おかしくないか?」

「でも、肝試しの後でマホと話をした記憶がある。マホが帰ってきて、私となつみで話をして一緒に寝た・・・。あれ?でも、マホが居なくなったってどうして思ったの?」

 鈴が昔の記憶を呼び戻そうと必死になっているが、記憶がおかしいのか呼び起こせない。

「鈴。肝試しの話は置いておこう。最後だ。鈴は、マホを探しに行きたいのか?」

 克己の問いかけに、鈴は顔を上げて、涙が出ていた目を拭って、自分の考えをまとめるように目を閉じた。
 2-3秒だけ考えてから、大きく目を広げて、克己を見る。

「はい。マホが私に”見つけてほしい”と言っています。見つけて、帰ってきて欲しいです」

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