【紡がれた意思、閉ざされた思い】第四話 消火活動

 

「はぁどういうことだよ・・・ですか?」
「すまん。気が回らなかった」

「いえ、すみません。篠原さんが悪いわけじゃないのは解っています。事情の説明をお願いします」

いつもの店員の女の子がお茶とお絞りを持ってきてくれた。
(ナベさんって・・・。あんな冷たい目つきをするのですね)
(あぁ仕事の話をしていると、時々な)
奥で店長と店員が話しているが、それどころではない。

「・・・。あぁ、会社の副社長は知っているよな?」
「えぇどっちもよく知っていますよ」
「そうだな」
「それで、”ろくでもない”方ですか?」
「あぁ息子の方だ」

真辺の会社は、中堅どころのシステム会社だ。今の副社長の親が立ち上げた会社だ。今の社長は、そのときの右腕だった人がやっている。温和な人で人望もある、経営者の視点もしっかり持っている。真辺の様な売上に直接貢献しない部署でも必要性を感じて維持している。副社長は二人いて、一人は立ち上げ時に入社した人間で現場の事をよく知っているし、業界内にも顔が聞く。開発から営業に移動したが、今は営業部のトップをやっている。
問題は、もう一人の副社長だ。先代の息子で、当初は大手電話会社系SIerに勤めていたが、先代がなくなってから、会社を継ぐと言い出して、戻ってきた。株主や役員の猛反対にあって、社長にはならなかったが、先代の社長が残した伝手やSIerの伝手を期待されたという建前を、専務が上手く利用して、副社長の地位にとどまっている。
仕事は、できる方の副社長にすこし劣る位だから問題はない。重要な案件に関わらないようにさせておけばいい。
この副社長の問題は、人格面にある。協力会社を子会社扱いしたり、リベートを要求したり、セクハラまがいな事を平気で行ったりしている。ちなみに、前回の案件で原因を作った、優秀な営業口の軽い愚か者は、この副社長が優秀だからと元の会社から引き抜いてきた者だ。
そんなクズだが、数名の役員や株主を抱き込んでいるので、処断する事が難しい。専務や開発部の部長が派閥を形成している。切ってしまってもいいが、その時に、抱き込まれた役員や株主や専務と部長たちがどう動くのか解らないために、うかつに攻撃できない。

「は・・・それで、なんで、白鳥は、馬鹿にアタックしたのですか?」
「白鳥が、副社長の元の会社の上司だったようだ」
「・・・。終わったな。事情は解りました。断れなくなったって事ですね?」
「すまん。ナベに連絡した後で、副社長から連絡があって、『白鳥さんの所の仕事、受ける事にしたから、潰さないでいる赤字部署がすこしは稼いでくれるのなら、営業も嬉しいだろう』だってさ」
「篠原さん。解りました。うちの部署は5月で解散って事でいいですか?」
「待て、早まるな」
「だって、赤字を垂れ流す部署ならない方がいいでしょ」
「だから、待て。お前の部署が必要なのは、副社長以外みんなが理解している。赤字を垂れ流しているなんて思ってない。だから、早まるなよ」
「はやまりませんよ。部下たちの再就職が終わるまでは、机の中に入っている”辞表”は出しませんから安心してください」
「だから、待て!!」
「・・・。はぁそれで、篠原さんとして、私に提供出来る、妥協点はどの辺りに有るのですか?」

「それを今からナベと話がしたい」
「・・・。解りました。ようするに、成るようになれって事ですね」
「・・・。すまん」

昼飯を食べてから会社に戻って、会議室に入った。
そこで妥協点を探す事にした。

まずは、入札に関わらせる事。これは絶対条件だ。決定権をよこせと言ってもいいかもしれない。その他の妥協点を列挙していく。
平均単価は、160/月として残業清算ありとし、現場常駐はしない。月末締め翌10日払い。ようするに、『言い値』を払えという事だ
納品物は作業報告書のみ。毎週の定例ミーティングの開催と必ず白鳥氏/片桐氏は出席する事。出席出来ない場合は、白鳥氏の上司に当る人物が出席する事。
開発人員は、SIerが手配する事。
行う業務は、プロマネとQA対応 及び 会社間の調整。試験の確認及び導入サポート。
契約は3ヶ月とし、延長は双方話し合いで決める。

これでは向こうがGOを踏むとは思えない。そんな条件だ。
なんか文句言ってきても、これでなければ受けられないと突っぱねる事が出来る状態には持っていきたい。
副社長は、社長に言って止めてもらうしかない。

「わかった。これで交渉してみる」
「たのみます。俺は、明日から実家の街に帰りますから、1週間は連絡が出来ないと思って下さい」
「携帯も・・・だな」
「えぇ田舎ですからね。つながっても電波の状況が悪いでしょう。すぐに切れてしまうのは間違いないです」
「・・・。わかった、社長や白鳥氏には、そう説明しておく」
「頼みます」

「ナベの所からは、何人くらい出す?」
「そうですね。俺入れて、4人って所でしょうかね?待機させておかないと不味そうな雰囲気が有りますからね」
「悪いな。ナベ以外の3名は?」
「医療関係だからな・・・石川と小林と井上かな、余裕があったら、山本を出すかな。ネットワーク関連でも揉めそうだしな」
「わかった、それじゃナベ入れて4~5名って話をする。予算感で決めると言っておく」
「頼んます」

会議室を出て、家に帰宅した。
駐車場代金が3,000円と高く着いたのが地味に苛ついた。

真辺には帰る実家がない。
実際には、田舎はあるが、帰っても、遠い親戚がいるだけだ。
両親はすでに他界している。両親の父親も母親も早くに亡くなっている。
妹が居たが、子供の時に他界している。ようするに、本当に天涯孤独の身なのだ。

家に着いてから、ホテルの予約を入れる。
いつものスパが空いていたので、そこに連泊する事にした。真辺の実家まで、東名高速を使って2~3時間。SAやPAに寄りながら帰るのが好きなのだ。
ガソリンを満タンにして、首都高から東名高速に入っていく。
一応、いつも持ち歩いているノートパソコンとタブレットは持っていく。着替えなどは、旅先で買えばいいと考えて手ぶらで出かける。

両親や妹が眠る墓所に連絡を入れておく。
急に訪れてもいいが、寺の住職が中学の時の後輩で良くしてくれているのは知っている。土産を持って訪れる事にする。
ついでに、同級生の何人かとも会うつもりで居た。

その後は、スパで堕落した生活を送る事に決めている。
好きな時に温泉に入って、好きなだけ寝て過ごす。気が向いたら、釣りにでも行けばいい。

堕落する前に、石川と小林と井上と山本の予定を確認する。
二週間後には会社で揃う事を確認して、部内で使うMLにて連絡しておく。質問は、篠原営業部長にするようにと付け足しておく。これだけで、火付け案件だと認識するはずだ。

資料の場所を明記して
最後に『受注確度:80%(副社長案件)』と、書いて送った。

返事はMLでなく、LiNEで来た。
名前が上がった人間たちは、『了解』と短く答えて、それ以外の人間は『ご愁傷様です』や『応援しています』と他人事の返事が続く。
4人は必須でそれ以外は任意とする会議予定を入れる。勿論、篠原営業部長にもご出席をお願いしてある。

何も考えないで済む時間を堪能する為に、愛車のハンドルを握って、エンジンに火を入れる。

二週間後に、会議室に関係者が揃った、関係者が揃っている事が確認され、篠原営業部長から、正式受注された旨が発表された。
単価以外の全ての条件を飲んだということだ。平均単価自体はOKで、残業時間の清算をするのなら、常駐して作業をしろという事だった。残業時間の清算をなくして、常駐もなくした。その代わり、現地作業時の残業清算を約束させた。まぁそのくらいの譲歩はしょうがない事だろう。

6月初めから作業が始めると決まった。

入札の最終プレゼンが今週あるというので、真辺と篠原はそれに参加する事になっている。

ここですでに誤差が生じ始める。

入札プレゼンといいながら、出来レースなのがミエミエだったのだ。
SIerの関連会社や、白鳥が属していた会社の関連会社しか残されていない。そして、対抗となるべき入札会社も準備ができていないのは明白で完全に数合わせとして入札プレゼンに参加している。

(やられた・・・)

バラバラなシステムになる。開発案件は発生しないから、勝手に苦しめばいいと投げやりな状態になってしまっていた。

導入するパッケージも決まり、個々のパッケージはそれぞれ顧客に対して確認をする事になる。
全体システムの運営母体は、SIerが受け持つ事になる。それは、最初から決まっていた事で、これが仕事として”おいしい”のだ。

それぞれのパッケージの仕様を確認する作業が始まる。
作業としては、それほど重いものではなかった。

それぞれのパッケージの改修は、7月末に終わるとスケジュールが出された。
安全を見て、8月中から2週間の確認期間を置くことになった。

7月はじめから、データの相互運営の為の話し合いが始まる。
そこが一つの山だと思っていた。やはりというか、導入する為のハードウェアとネットワークで揉め始める。
最初から解っていた事で再三注意喚起していたが、関連会社はそれぞれが自分の所では、改修で時間がない事を理由に他が合わせるべきだと言い争いになっている。
真辺たちはSIerに調停をお願いしていたが、都度担当者が変わって結局7月末までに調整が出来ないままテストに突入する事になった。

ここでまた、大きな問題が発生した。テスト人員が足りない事が発覚した。
実際には、足りているのだ。8月中は、俗に言うお盆の時期と重なる。SIerの関連会社や大手企業だと福利厚生というありがたい言葉で、社員が強制的に休まされる事がある。その分、どこかが作業をしなければならない。白鳥は、片桐の所に依頼をだしたが、片桐の所は人手が居るわけではない。それにすぐに集めて、1週間位でバラす様なチームが急遽作れるわけではない。

白鳥は、また副社長に連絡をした。
副社長は、なんの相談もなく受ける事を約束した。そして、真辺の所の人間が社内に居る事を聞いて、それを使う事を言い出した。理由付はいくらでも出来る。
1週間という約束で部下を現場に出す事にした。真辺が鍛え上げた部隊だけあって、現場での作業はスムーズに消化されていく。
テストも予定の7割程度消化する事が出来た。しかし、負荷テストを行っている時に、データが壊れたり、異常終了したり、遅延が発生したりする現象が出始めた。

休み明けに戻ってきたパッケージの開発会社に聞くと、”仕様です”という返事が来た。
”仕様”では済まされない問題である事は間違いない。そうすると、環境依存なので、弊社で再現しないので、修正出来ません。と、話がすり替わった。

これも火を噴く現場でよく発生する現象だ。

データ項目の見直しをしていた部下が根本的な問題を発見してしまった。
データ連携が出来ているはずのデータが、全く出来ていない事が発覚したのだ。それだけではなく、パッケージだからある程度はしょうがないにしても、言葉の統一はしなければならない。

元々の要件でも入っていた部分が出来ていない。

パッケージ単体で見ているときには、細かい問題は見受けられたが、全体的にOKだった物が、本番環境での連携テストをし始めた途端に問題が発生し始めた。

また、連携部分に関しても、真辺たちが指定した方法ではなく、自分たちが出来る方法で行っている事も発覚して、このままだと、OSや接続の為のライセンスが想定を越えてしまう。また、扱うデータの為にセキュリティにも十分注意する必要があったが、自社パッケージ内では守られているが、接続部分で漏洩の危険がある方法になってしまっていた。

これらの問題が発覚してから、真辺たちが現場に出る事になった。
内容や、時間を考慮すれば、契約破棄しても良かったが、副社長が欲をだして、子飼いの役員がまとめる部署に『パッケージや基盤の修正』という案件を受注させていたのだ。
真辺たちは、巻き込まれる形でズルズルと火消しを行う事になってしまったのだ

6月から始まった業務も気がついてみれば、8月末になっている。

あと二ヶ月で施設がオープンになる。
実際に、テレビコマーシャルも打っているようだし、看板広告も見かける。
従業員も多数雇い入れているし、入居者説明会は毎回満員だという、嬉しい話が沢山聞こえてくる。

”ふりだし”に戻せない状況で、個々のパッケージは完成されている物だから、従業員への説明が出来てしまう。

実は、この出来てしまったのが問題だったのだ。出来なければ、”最初は手書き”でお願いします。という逃げ道を使う事ができる。中途半端な状態で使えてしまっている為に、完全に後に引けない状況になっている。

パッケージを提供している会社は、自分の所の仕事は終わったとばかりに撤退を決め込んでいる。
接続部分に関しては、相手の作業だと言って譲らない。

そして、悪い事に、”篠原営業部長”が倒れたのだ。
真辺の味方が居なくなった瞬間だった。

白鳥が、副社長に話を持っていって、今後の運営を餌に接続部分全部の受注に成功したと、偉そうに社内で発表した時には、真辺は目の前が真っ暗になって、社長室に辞表を持って殴り込んだ。
だが、受理される事はなかった。部下たちの事もある、中途半端に仕事を投げ出すのも性分ではない。
社長に説得されて、この仕事が終わるまでは付き合うと約束した。運営が起動に乗るまで付き合う事になった。

涼しい時期から始まって、暑い季節を過ごし、9月の中頃。システムのカットオーバが見え始めて、安堵の声が聞こえ始めた。
最終テストと従業員への教育を担当していた人間から、爆弾発言が落とされた。

大きな、大きな、問題が複数発覚する。