【紡がれた意思、閉ざされた思い】第三話 状況確認

 

「片桐。すこし付き合えよ。聞きたい事が山ほどある」
「・・・。あぁ・・・。わかった」

真辺は、片桐を伴っていつも部下たちと行く居酒屋に向かった。
この居酒屋は独立系の居酒屋でオーナーが趣味で始めた店だ。独立系なので、チェーン居酒屋よりは値段は少々高いが、味がいいし、酒のセンスもいい。それに、店の作りが気に入っている。小さな個室から大きな個室まであるので、よく使っている。真辺の知り合いがデザインをした事でオープン時に紹介されてからの付き合いだ。
店に電話をかけて、個室の状況を聞いた。幸いにも、小さい個室が空いているという返事をもらったので、”今から行く”とだけ伝えた。

「いらっしゃい。ナベさん。個室に、ボトル置いてあります。お通しは要らないですよね。串を適当でいいよね」
「あぁそれで頼む」
「お連れの方の飲み方は?」
「あ。俺は、何かノンアルコールを」
「あっ解りました、ウーロン茶でよければ、セットで置いてあります」
「あっそれじゃそれもらいます」

店に入って2分で注文が終わった。

真辺が好きで頼む物は店側も把握しているので、何もいわないで『いつもの物』が出てくる。
この店の常連である真辺は、部下達も気楽に使わせている。

真辺は、高給取りだが、金の使いみちが多いわけじゃない。唯一の家族をなくしてからは、夕飯もここで済ます事が多くなっている。
支払いが面倒になって、店長にまとまった金額を預けるようにしている。信頼していると言えば聞こえがいいが、裏切られたらそれはそれと思っている所がある。
ボトルも部下たちが勝手に飲んで新しい物を入れる。新しいボトルもデポジットから引かれるようになっている。昼のランチも始めてくれて、昼と夕飯をここで食べるようになっている。

「片桐。話せよ。何が問題だ?」

手酌でウーロン酎ハイを作りながら、”ド直球”で聞いた。

「・・・。なんの事だ」
「今更隠すなよ。急に、俺の事を思い出して、美味しい仕事をくれるほど、俺とお前は仲が良かったわけじゃないよな」
「・・・。あぁそうだな。お前の話は、村田さんから聞いた」
「そうか、半年位の前の案件で、村田さんの所から人が入ってきたな」
「そうだ、俺もこの仕事を受けてから、誰か居ないかと思って、村田さんに話をしたら、お前の話が出てきて、篠原さんも一緒だって云うから、連絡した」
「経緯はわかった。それで、”なんで”俺に話を持ってきた?今の口ぶりだと、村田さんに断られているのだろう?」
「あぁ考えても見ろよ。電子カルテが解って、医事会計が解って、ネットワークやハードウェアの事が解って、医療機器の接続が解って、施設運営や老人ホームや給食の事が解る人間なんて居ないぞ」
「別に、俺が全部に精通しているわけじゃない」
「それでも、お前なら、全部の担当と話ができるだろう?」
「ある程度は・・・な。システム構築した経験はあるからな」
「頼む。受けてくれ」

片桐は、テーブルに擦れるくらいに頭を下げた。

「頭上げろよ。だから、どうしてだ?まだ始まっていないプロジェクトなのだろう?」
「・・・」
「違うのか・・・あぁそうか、そういう事か・・・事故物件なのだな?」
「・・・そうだ。連続しているのは、俺だけだ」
「SIerは知っているのか?」
「・・・・あいつらが元凶だ。元々は、あいつらの別部署が訪問介護マッサージとWebサイト以外を担当するはずだった」
「ほぉそれにしては、根を上げるのが早くないか?」
「・・・・。ナベ。黙っていてくれるか?」
「あぁ・・・出来る限りでな」
「そうか、なるべくなら黙っていて欲しいが・・・」

片桐が話すのはよくある話だ。
大手SIerが受注した案件を子会社丸投げする。そして、子会社がシステム会社に自社案件として仕事を流す。そして、システム会社は、派遣から人を集めて体裁を整える。
業務知識もないままに”言語知識”と”経験”だけの人間が集まる。最初の頃は期間もあるから、集まった人間にも余裕がある。余裕があるからある程度の業務知識の吸収もできる。作成を始めると、当初の予定より、人手が必要な状況になってくる。これは、業務知識がない人間を担当者にしてしまった事で発生する弊害だ。
この辺りで客に説明すれば、被害は部分的な物になる。しかし、SIerの子会社は、自社の失点になる事を恐れて、システム会社に責任押し付ける動きをする。
要求が増えていく中、システム会社は人の補充が出来ないまま時間だけが過ぎていく。派遣で来ている人間への支払いが難しい状況になるのに、それほど時間は必要としない。
資金ショートが、目の前に迫ってくる。
数年にも渡るシステム開発は、確かに大手には美味しい案件だが、小規模のシステム会社では社運をかけるほどの物だ。

資金ショートしてしまった、システム会社は回収が出来ない状態で、飛んで倒産してしまう。
慌てるのは、子会社だ。SIerから丸投げされていた子会社は、客への報告を行っているが、システム屋特有の言い回しでごまかしてきていた。
子会社は、飛んでしまったシステム会社の変わりを探し始める。時間との戦いだ。業界は、広いようで狭い。どこで人が繋がっているか解らない。子会社は、今まで支払った金額や自社で溶かした金額を除いた金額で受注できる会社を探すが、そんな会社は存在しない。そこで改めて、機能を細分化して、切り売りを始める。

最初に見つかったのが、『出張介護マッサージ』のパッケージを作っていた。片桐の会社だった。
片桐は、パッケージを導入するだけなら協力するという約束で参加した。
子会社はパッケージを導入して終わりだと思っていた。しかし、質問という形の要望が大量に届けられる。契約と違うと怒鳴り込む事も出来たが、受け取った金はすでに溶かしてしまっていた。
渋々、追加料金を貰って、要望に答える事にした。その時に、子会社から親会社を紹介された。子会社は、これで面子が保たれた・・・かに、思えた。

しかし、片桐の所で出来るのは、一つの機能のみ。それもパッケージがあるだけで、顧客の要望を全面的に満足させる事が出来る物ではない。
親会社は慌てて、自社に居る人間たちを集めて自社開発をする事になった。出張介護マッサージ事業以外の部分を・・・・で、ある。
子会社と親会社は、片桐の会社がシステム開発を担当していると説明した。間違いではないが、正解ではない。これも、システム屋独特の言い回しで客に事実誤認させた。

客の方にもまったく非がなかったわけじゃない。窓口になった人間が、子会社にリベートを要求していたのだ。
子会社は、この時点で親会社に訴えていれば、ここまで酷くはならなかっただろうが、要求されたリベートの支払いに応じてしまったのだ。

そして、片桐の会社が入った事に寄って、システムの一部が動き出したのがとどめになった。
『出張介護マッサージ』の部分は元々パッケージなので、完成度も高い。事業に適さない部分もあったが、改修すれば、運営対応で回避できるレベルの物だ。
客もすこしは安心する事になった。しかし、『出張介護マッサージ』以外の部分を見せる事が出来ないでいる。ハードウェアの選定もまだ出来ていない。そんな状況が続いた事によって、客から親会社と子会社を飛ばして、片桐の所に連絡が入った。
客が怒鳴り込んでくるという状況になったのだ。片桐としては、『出張介護マッサージ』は自分たちが担当しているが、他は親会社と子会社が担当しているから、知らないと説明するしかない。

真辺はこの時点で3度ほど頭を抱えている。片桐に全く非が無い。契約したことを、契約に則った形で行っている。
しかし、片桐が行った事で火が具現化してしまったのだ。
まず、客を説得しようとした事が間違っている。自分たちが担当していない部分でも、客から見たら担当の1人で間違いない。なら、客がアポをとらないで来た時点で、親会社と子会社に連絡してすぐに来てもらうべきだったのだ。

その後、客は片桐を伴って、子会社に乗り込む。その後で、親会社に乗り込む。
4社揃っての協議にはなったが、幸いな事にその時には期間がまだ残されていた。片桐の所の様な成功事例がある事から、親会社はトップに近い人間が謝罪して、自分の所仕切りで、パッケージを集めて開業までには間に合わせますという話で落ち着かせた。客の関係ない所では、子会社の部署がまるまる飛ばされて副社長や役員の首が飛んだ。

片桐の最大のミスは、この時点でシステム料金を貰って撤退すべきだったのだ。
損切りが出来ない懐事情も有ったのだろう。撤退時期を見誤った。

この時点で、この案件は”事故物件”となっている。
SIerは、”生贄の羊”を探していたのだ。

「ナベ。頼む」
「・・・・」

真辺は、正直気乗りはしない。気乗りどころか、断る方向で気持ちが動いている。

「ナベ」
「うちの馬鹿どもがどうするかだな・・・。開発が必要になったら、お前の所か、SIerが担当するよな?」
「あぁ多分白鳥さんの所が担当する」
「お前と白鳥さんの関係は?」
「会社を興したばかりの時に、金を借りた」
「返したのだろう?」
「もちろんだ!でも、そのときの恩義があるから、俺は降りられない」
「そうか・・・今、お前の所の清算はどうなっているのだ?」
「あぁ3ヶ月まとめだ」
「末締め翌10日払いとかに出来るか?」
「俺の所と契約なら無理だ。白鳥さんの所なら交渉次第だと思う」
「わかった」
「受けてくれるか?」
「わからん。部下の意見を聞いてからじゃないと判断できない。全員で行く必要はないだろうが、資料を見てからだな」
「そうか・・・。悪いな」
「いい。ここ。お前が持てよな」
「あぁわかった」

それから、すこしだけ昔話しと近況報告をしてから別れた。

翌朝。
パソコンを見ると篠原からメールが来ていた。
資料一式が会社のサーバに入れてあるとの事だ。
面倒だとは思ったが、VPN接続で、部署で使っているルータに接続してから、RDTに接続しサーバのファイルを閲覧する。
経緯説明はなく今入札をしている企業や技術の説明。それから、松本先生の略歴や建設予定の施設の紹介だけが書かれていた。

そして、入札をしているパッケージを持つ企業から出ている資料が大量に存在していた。

(こりゃ無理だ。RDTじゃ見難い。しょうがない。会社に行くか・・・。)

ラフな格好に着替えて、会社に向かった。
すでに朝という時間帯ではない上に、別に長々と会社に居るわけではないので、車で向かう事にした。
真辺は来るまで出勤する事が殆どないのだが、ラッシュとぶつからないときには、時々車で向かう事がある。

車はスムーズに進んで、昼すこし前に会社の近くにある駐車場に止める事ができた。会社に入って、自分のパソコンでファイルを閲覧する。
真辺が抱いた感想は、”想像以上に何も考えていない”というものだ。入札されているシステムを見ると、動くOSだけじゃなく、求めるDBが違っているし、連携の方法も違っている。
SIerは、値段が安いシステムを導入する予定でいる。システムを少しでもかじった人間なら危険性は解るのだが、それさえも越えてしまっている状態なのだ。クラサバのシステムもあれば、Webシステムもある。DBを使わないで、ファイル共有を使う物まである。
求めるスペックが違いすぎる。どれを採用しても、繋ぐ事を考えれば、かなりチグハグなシステムになってしまう。

(片桐には悪いけど、こりゃ無理だな。断ろう。)

真辺は、一応体裁を整えるために、現状の分析を簡単にしてから、篠原に”無理”とメールした。

真辺がメールの送信とサーバからのレスポンスを確認して、帰ろうとした瞬間に真辺の机の上に置いてある電話がなった。
社内のシステムでは、真辺がデスクに居る事が解るようになっている。
篠原なら、電話ではなく足を運ぶだろうと考えたが、しのはら以外には考えられない。一呼吸してから、真辺は受話器を取る。

「おぉナベ。悪いな」
「いえ、それで・・・。無理ですよ」
「あぁ俺もそう思って、上に昨日の段階で難しい旨を伝えた」
「・・・そうですか、ありがとうございます」
「帰るのか?」
「はい。そのつもりです」
「すこし付き合え、昼飯位おごってやる」
「解りました。今は混んでいると思うので、13時にいつもの居酒屋でいいですよね?」
「あぁ解った」

真辺は片付けをしてから、外にでた。社内居ると碌な事にならないのは経験で解っている。
それに、今は休暇中なのだ。駐車場の料金がすこし気になるが、まぁしょうがない。本屋で時間を潰してから、居酒屋に移動した

「あ、いらっしゃい。ナベさん。篠原さん来ていますよ」
「あぁありがとう。俺、いつものね」
「はい。ナベさんスペシャル。あっ!今日”あぶらぼうず”が、入ったけど、どうする?」
「おっ!珍しいな。それじゃ海鮮丼にしようかな?」
「他にも、”ごそ”と”のどぐろ”と”太刀魚”がありますよ」
「そうか、それなら、鯵と鰤と”ごそ”と”あぶらぼうず”と”太刀魚”で頼む」
「はいよ。大盛り?」
「いや、蕎麦を付けてくれ」
「了解。モリでいいよね?」
「あぁ」

真辺は、貝類や甲殻類が食べられない。5色丼というこの店がランチの時にだけ提供している丼も実は真辺が作らせたのだ。入っている魚介類の中から5種類を選んで海鮮丼にしているのだ。

値段は、少し高めだが、1,400円。蕎麦付きなら+400円。ご飯の大盛りで+200円。ネタとご飯の大盛りで+500円。ネタとご飯と蕎麦の大盛りだと+600円。となる。安いとか、やすくないのかわからないが、真辺はこれにするか、刺身定食から真辺が食べられない物を除外して白身魚か光り物を増やした物に”もりそば”が付いて、980円。

「篠原の旦那」
「・・・あぁナベ。すまん。やられた」
「どうしたのですか?」
「白鳥の野郎。副社長に握らせやがった」
「はぁ?」

どうやら、真辺は最高の丼を最低な気分で食べる事になってしまったようだ。